灰と王国のグリザイユ 〜理系王女は再建をめざす!

桂花

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第1章

アニス、王都へ行く②

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 早速、コミューンの駐在員から民生局、近衛連隊総出で捜索が始まった。
 今年近衛連隊に入隊したばかりのツバキは、ゴーグルをつけ指令書を片手に、コミューンの市民街を当てもなく歩いていた。
 短く刈られた黒髪はすでに灰をかぶり、真新しく少しゆるい黒の軍服も刷いたように白い。

「名前もわからないやつをどうやって捜すんだ。十七年前なんて、おれまだ二歳の幼児じゃねェか」
 不満げな口調にはまだ少年の名残りがあるものの、褐色の肌に見開いた三白眼の瞳には野性的な迫力がある。
 ゴーグルをはずせば、すれ違う者は関わりあいにならないよう、そそくさと顔を逸らせて行く。
 
 指令書に記されている内容は、件の侍女スイレンの古い写真と簡単な経歴のみだ。
 写真はモノクロで髪や瞳の色さえわからないが、少女を捜し当てた隊員には膨大な賞与が約束されている。
(おれには目的があるんだ。なんとしても見つけ出す)
 こぶしを固めたツバキの脇を砂地仕様のサンドバイクが駆け抜け、積もった灰がさらに舞い上がった。
 マスクを着用していなかったため、口中に入った灰粒を苦い顔で吐き出すツバキに、急停止したサンドバイクから見知った声がかかる。

「ツバキか? 今からレイド戦やるからお前も来いよ」
「見てわかるだろ、仕事中だっつーの。ゲームやってるヒマなんかねェんだよ」
「おめーマジで近衛連隊入ったの?」
 ツバキの少し大きめの軍服姿をげらげらと笑い飛ばすドレッドヘアの青年は、郊外が実家のツバキと違って、市民街の出身だ。
「あーちょうどいいや。ちょっと訊きてェんだけど、コミューンの内情に詳しいやつっている?」
「そりゃおめー……」
 
 悪友に連れられて行った先は、近代的に区画整理された商業地区より、さらに奥まった繁華街だった。
 目的の店舗はといえば、自販機にはさまれたこぢんまりとした造り。
 店といっても小さなショーケースが軒先に面しているだけで、いったいどんな客層に需要があるのか、洗剤や切手、輪ゴムや小菓子という、とりとめもない日用雑貨が売られている。
 友人曰く、「生き字引のババァだが、自分が生まれた頃からババァだった」という驚異の店らしい。
「しかもただのババァじゃねえからな、気をつけろよ」
 こそっと耳打ちをすると、彼はさっさとと逃げて行った。
 
 そんな助言をされると、返って身がまえてしまう。ツバキはピシリと襟を正すと指令書の写真を見せ、咳払いをして声をかけた。
「あー、すみません」
「────」
 競馬新聞から顔を上げた店の主は、大きな色つきサングラスに鮮やかな紫のアフロヘアという、確かに「ただのババァ」とは違う派手な老婆だった。
 服装もこれまたけばけばしいサテンのチャイナドレスに、ちぎれんばかりの耳飾りをじゃらじゃらとぶら下げている。皺の刻まれた顔や指にもまっ赤な口紅とマニキュアが施され、もはや妖怪じみていた。

「あのー、このひと知りませんかね」
 相手はこちらを見向きもしないが、ここで引き下がっては捜査にならない。
「あ……じゃあ、そこの板チョコを」
 老婆はじろりと胡散臭げにツバキを見上げると、陳列棚から板チョコを取り出し袋に入れた。
(……全部買えってか?)
 経費で落ちることを期待しつつしょうがなく清算すると、老婆はツバキの持っていた指令書を取り上げ、くつくつと笑った。

「くだらんお家騒動だねえ。その娘を見つけてどうする。十六の少女に国をおしつける気かい」
「……王女を捜すのが自分の任務っスから」
「早く一人前になりたいんなら、お前も任務の意味くらい自分で考えな」
 よく知りもしない赤の他人に説教をされ、ツバキは不快気に眉をしかめる。
 そんなツバキをもう一度ニヤリと笑うと、老婆はパソコンのキーボードを慣れた手つきで打ち出し、ある住所の書いた一枚のメモをショーケースの上に滑らせた。
「手がかりはここだ」
 
 ツバキが記された住所の場所へ行ってみると、そこは郊外の丘陵に広がる、だだっ広い教会墓地だった。ゴーグルを上げ、墓地を一望する。
「……あんのババァ、板チョコ大人買いさせやがった見返りがコレかよ」
 彼女は、すでに亡くなっているということか。
 腹立たしい思いでチョコの銀紙をむいてかじるが、賞味期限が切れたチョコは白く脂肪分が浮いており、風味がかなり落ちていた。

「くそおっ!」
 袋ごと地面に叩きつける。
 ふと顔を上げると、墓石の向こうから露骨に眉をよせてツバキを見つめる制服姿の少女がいた。手には白い花を持ち、誰かの墓参りに来たように見える。
「あの、ちょっと」
 唐突に墓石を飛び越えて来たツバキに肩をつかまれ、少女はマスク越しに悲鳴を上げて仰け反った。

「キャアアア! 痴漢、痴漢よお!」
 初対面の人間なら思わずたじろぐ目つきの悪さだ、仕方がない。
「いやいや、違う、ちょっとだけ、ちょっとだけだから静かに……」
 我ながら不審なアプローチだなと思った瞬間──
 
 バシィ!
「い、って……」
 後頭部にしこたま打撃を受けた。ツバキがふり返ると、白衣の少女が箒をかかえ心もとなげに立っている。
「……そ、その手を離しなさい」
 ツバキの凶相がよほど怖いのか、青ざめてがくがくと足はふるえ、箒を持つ手も頼りない。ひっつめた髪は、恐怖ではらりと落ちかけている。
 哀れに思ったツバキは逆に気遣い、笑顔で応対した。

「まあ、落ち着けって。怪しいもんじゃねェよ、おれ軍人だから」
「軍人が痴漢を」
「いや、だから痴漢じゃねーって──」
 突然、ツバキの視線は、少女の首のある一点にすい込まれた。
(首すじに、みっつのほくろ……?)
 
 ──が、いきなり少女にシュッと何かをふきつけられ、ツバキはわめき声をあげ目を覆った。
「ぐわっ、なんだコレ! 目がっ──顔がいてェ!」
 ツバキがごろごろと地面をのたうち回っている隙に、アニスはもうひとりの少女をともなって駆け出す。
「あっ、待て! この──!」
 ツバキはよろよろと覚束ない足取りで追いかけたが、目と顔が燃えるように痛み、断念した。
 だが、制服は覚えている。あれは『聖マツリカ女学院』のものだ。正規の手続きを踏んで連れて来れば、問題はない。

(あの女──)
 ツバキには、ひとつの確信が生まれていた。痛みが引いて来たので、墓石につかまり立ち上がる。
「しっかし都会では、軍人でもないただの女子高生が兵器を持ち歩いているのか。怖ェ」
 投げ捨てたチョコをひろい、ばりりとかじる。
(見てろよ、おれは必ず)
 とりあえず、ツバキは老婆に胸中で礼を述べた。

 ツバキが桜城へもどると、王宮は何やらめずらしくにぎわいを見せていた。近衛連隊上層部と元老院、ウツギとその細君ユウカゲが揃ってホールで祝杯を交わしている。
 ユウカゲはその名の通りひっそりとした女性で、夫を影で支え、内助の功を果たして来た妻だ。もともとは王家専属の医師で、自律神経失調症で鬱に陥ったウツギを献身的に看たことから、彼に見初められたという。
「これであなたも、心置きなく政務に打ち込めますわね」
「ああ、ひとまず肩の荷が下りた」
 
 ツバキは先にもどっていた同僚のハッカに、不思議そうに尋ねた。
「何かあったの?」
「お、お前、どうしたの!? その顔!」
 少女にふきつけられた怪しいスプレーのせいで、ツバキの目は泣きはらしたように赤らんでいた。顛末を説明するのも情けないので、話を逸らす。

「い、いや、灰溜まりに顔から突っ込んでよ……それより何? この騒ぎ」
「それがさ」
 ハッカが答える前に、ウツギが上機嫌な歓声をあげた。
「みなさん、ご注目頂きたい!」
 へぇあのひと、あんな明晰な声も出せるんだ、とツバキがなんの気なしに人だかりの中心を見ると、上品なワンピースに身を包んだ少女がウツギのそばに控えている。

「ハオウジュ将軍がついに捜しあてました、灰桜カイオウ国の新しいプリンセス──」
「そんな馬鹿な!」
 ──一瞬ホールが凍りつき、その場にいた全員の視線が声を発したツバキに注がれた。プリンセス、とやらも冷ややかな目つきで睨んでいる。
 ハオウジュ将軍がかすかにこぶしをふるわせて言った。

「……ツバキ・リクドウ二等兵。この場で異を唱えるからには、お前は王女に心当たりがあるのであろうな」
「はっ、自分は今日コミューンで──もがっ」
「あっすみません。こいつ今、寝起きで寝ぼけちゃって。お騒がせしました!」
 苦笑するハッカに無理やり口をふさがれ、ツバキはずるずると兵舎に連れて行かれる。

「──ぶはっ、何すんだ、ハッカ!」
「馬鹿なのかよ、ツバキ! お前、ただでさえハオウジュ将軍の印象悪いだろ。下手なことを言って、入隊早々クビになりたいのかよ!」
 春の模範試合で、ツバキがハオウジュ将軍にとんでもない恥をかかせたのは、まだ記憶に新しい周知の事実である。

「王女は、将軍自ら見つけて来たんだぞ。出生証明書からDNAまで間違いはないんだ」
「……そりゃ、おれはあの子のDNAまではわかんねェよ」
「あの子?」
「聖マツリカ女学院の学生だよ。コミューンのヌシのババァから情報もらってよ、教会の墓地で見つけたんだ。そんときゃ、痴漢に間違われて連れて来られなかったけど。でもそいつ、スイレンと同じ場所に同じ数のほくろがあったんだぜ」
「そんな理由で王女だって定めたの?」
 ハッカが肩をすくめ、ため息をつく。
「あとよ、目がそっくりなんだよ、亡くなった王に。あの子は、山猫みたいな金色の目をしてた」
「王なんて、入隊式のとき遠巻きに見ただけじゃないか。当てにならないよ」
 
 それは、ツバキにも説明できない勘だった。
 ふるえながらも、自分を睨みつけたときの少女のあの目。嵐の渦中にでも突っ込んでいきそうな強いまなざし。
 確かに直々に王に謁見したことはないが、そこに宿る光に同じ繋がりを感じたのだ。
 
 そんなふたりの話に、兵舎のすみで聞き耳を立てる影があることを、彼らはまったく気づいていなかった。
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