シンデレラクエスト  〜乙女ゲームヒロインのわたしがモブに恋するわけないって思ってた。

桂花

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第11ステージ LPより大切なもの

LPより大切なもの③

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 瞬きする間の出来事だった。
 神速で駆けて来た影が跳躍し、柱を蹴って勢いをつけるとスピネルの頭を突き転倒させた。
 新たな襲撃者は彼より一回りも小さな躰。その動きも最小で最短、まるで電光石火だ。

「降参すれば、同じ攻略対象のよしみで命だけは助けてやるよ、スピネル」 
 
 湾刀シャムシールを手に黒衣にまたがっているのは、なんとカイヤだった。
 ぎりぎりとのどにカイヤの親指がめり込み、スピネルは息が途切れそうになる。
「わかった、こ……降参だ」
 
 カイヤは湾刀シャムシールをもてあそぶようにくるりと回した。
「ね、ぼく、意外と強いって言ったでしょ」
 あれはハッタリではなかったのか。
 意外性にもほどがあると、生態が計り知れない少年をレンカは唖然として見る。

 カイヤは泡を吹いて気を失ったスピネルを拘束すると、薄い目蓋を伏せて言った。
「こんなことぼくが言える立場じゃないんだけど、わかってほしいんだ、スピネルのこと」
 とてもへそ曲がりのカイヤの口から出た言葉とは思えず、レンカは驚いて目を見開いた。

「ぼくらはきみを愛するようプログラムされている。家族愛、友情、執着、いろんな形で。あいつはそれが暴走してしまったんだ。だからって許されるわけじゃないけどさ。ぼく、前に言ったことあったろ、きみが夢中になってるゲームを知りたくなったからって。あれ、そのままの意味だよ」
 
 青い瞳がまっすぐレンカを見つめる。
 二代目でも、ずっといっしょだった大切な仲間。
 愛しさがあふれ、レンカはカイヤを抱きしめた。

「わたしのプログラムだってそうよ。でもゲームは終わったんだもの、これからは自由な選択肢があっていいのよ。二度と会えないわけじゃない」
 予想外の抱擁にさすがのカイヤも動揺している。
「あ、ほら、きみのサボテンのきみがこっち見てるよ」
 倒れたままむすっとした顔で睨んでいるタキトゥナに、レンカはあわてて駆けよった。

 
 スピネルのLPは侵食されている可能性があるため、検査入院することになった。
 おそらくはその後、なんらかの処罰が降されるだろう。
「しばらく会えなくなるわね」
 病室を訪ねたレンカに、スピネルはさみしげに笑った。

「……お前、前に乙女ゲームのヒロインが特別に扱われるのがおかしいって言ってただろ」
 正直、レンカは憶えていなかった。
「特別だったよ、おれにとっては」
「そっか……」
 今は微苦笑を浮かべるしかない。きっと情けない顔になっている。

「あんなに危ない目に遭ったのに、出て行くんだな」
「ごめん、スピネル」
「でもそういうお前だから好きになった。憧れたよ、本編じゃなくても」
(そんなシナリオみたいなかっこいいセリフ)
 泣きそうだったので、どうしても気になっていたことを訊いた。

「ゲームの途中で、データを破壊することだってできたはずよ。どうして?」
「……おれは攻略制限キャラだ。順番は最後だろ、自分のルートを演じ終えるまでは壊したくなかった」
 プレイヤーのためじゃない、まったくの自分の都合だ。なんてわがままで勝手なんだろう。
 
 でもその言葉で、本当に好きでいてくれたんだとわかった。
「ありがとう、スピネル」
 それだけ伝えて病室を出ると、廊下に花束をかかえたアンバーが立っていた。

「どうしたの、それ。まさかスピネルのお見舞い?」
「いや、これはお前にだ、レンカ」
 何かのお祝いのように花束が贈呈され、レンカは困惑する。

「乙女ゲームは卒業して、本当の恋をするんだろう」
 アンバーがふわりと笑う。とたんにさみしくなった。
 そう、恵まれた環境、御膳立てされた世界。
 自分が望んでそこから出るのに、やっぱりみんなとまだいたいとも思ってしまう。

「そんな顔をするな。わたしはお前を笑わせてくれるやつなら、あのサボテン野郎でもいいと思っているんだ。まあ、打ちのめされた恨みは忘れんがな」
 こぶしをぎりぎりとにぎるアンバーに飛びつくと、ゲームのときとは違い、きつく抱き返してくれた。

 タキトゥナは、病室近くのロビーで待っていてくれた。中の会話が聞こえたようで、やや不機嫌である。
「おれ、ひどい言われようだな」
「あれでも応援してくれてるのよ。それでどこへ行く? またクエストに……」
「待て、何か今──」
 タキトゥナの足がぴたりと止まる。

「サハラの声が聞こえなかったか?」
 レンカにはわからなかったが、タキトゥナは『デザート無双2』へ走り出した。
 だがカウンターにも事務室にも、彼の姿はない。

「サハラさんがいったいどうしたの?」
「いや、気のせいかもしれないが、呼ばれた気がして」
「なら総合受付に行ってみたら?」
「総合受付?」
 妙な顔をするタキトゥナに、サハラの正体はプラットホームの管理AIだとレンカは教えた。
 彼はまだ知らなかったのだ。

「う、嘘だろ、まずい……」
 自分の今までの行動を顧みて、さすがに青くなっている。
「大丈夫、わたしもいろいろやっちゃったから。サハラさーん」
 軽く足を踏み入れた総合受付で、ふたりは凍りついた。

「サ、サハラさん……?」
 倒れたサハラのそばでシャルキヤが泣いていた。
《レンカ、サハラを助けて》
「どうしたの、シャルキヤさん!」
「な、なんだあれは!」
 
 タキトゥナが見上げたプラットホームの天井が不気味な渦を巻き、まわりのゲームが徐々に吸い込まれていっている。

「すまない……」
 サハラが薄く目を開いて言った。
「こんな日がいつか来るのはわかっていた。やはりわたしの力で止められるものではないな、アポトーシスは……」
(アポトーシス、前にカイヤが言ってた……?)
「それはなんですか、サハラさん!」
 サハラをゆり動かすレンカに、シャルキアが泣き崩れた。

《アポトーシスは自滅のコード、プラットホームをよりよい状態に保つため、ソフトにエラーが発生したら自動削除機能が働くの。サハラが止めようとしたけれど、増殖するウィルスのほうが速くて間にあわなかった……!》

「でも、管理人であるサハラさんはプラットホームのコアじゃない、万一すべてのゲームが消失しても生き残れるはず! どうしてこんなになるってわかって、力なんか使ったんですか!」
 あのとき、妙に疲れた顔をしていたのには理由があったのだ。

「わたしが……初め自律型AIとして生まれたとき、このプラットホームには誰もいなかった。そのうちゲームが増え仕事も忙しくなってきたが、どんどんここはにぎやかになっていった」
 サハラは力なく笑った。
「あの受付嬢のことは責められまい。誰もいないプラットホームに、ひとりでいることを考えると怖くなったのだ。みんなにいてほしかった、それだけだ……」
 
 そして、レンカのほうを見て気まずそうに口のはしをゆがめた。
「訂正しておこう、我々はデータである前にキャラクターだな」
 
 タキトゥナがレンカの腕を引いて立ち上がった。
「方法は、救う方法はほかにないのか!」
「すまない、もう破滅は止められない」
「ちくしょう!」
 自分たちのゲームの異常事態にキャラクターたちはロビーへ避難しているが、それも時間の問題だ。
 いずれあの渦に巻き込まれてしまう。
 
 地下の留置所からも、犯罪者たちがわらわらと出て来た。何もかも最後だ、状況を考慮し釈放されたのだろう。
 その中にはあの司教の姿もあり、自分のゲームのゲートへ向かっていた。
「プレイヤーの……わしの宝物殿がァ!」
 警備員たちに取りおさえられ暴れている司教を見て、レンカは突如駆け出した。

「どこへ行く、レンカ!」
「『エピックオブドラグーン』へ!」
 しかし、RPGのゲートは閉じられつつある。
「こっちだ!」
 タキトゥナは『エピックオブドラグーン』へ続く抜け道へレンカを連れて行った。
 彼しか知らない秘密のルートなのだろう。

 
 ファンタジーの舞台はすでに崩壊が始まっていた。
 天を支える魔法陣はところどころひび割れ、パーツはばらけている。
 あの美しい三次元空間が綻んでいくさまは残酷だった。

「目的の場所は!」
「お城へ!」
 しかし城壁上の橋は壊れ始め、わたるのは困難だ。
「こっちだ!」
 何も聞かず導いてくれるタキトゥナの背中だけを見て、レンカはただ走った。
 崩れ落ちる柱と瓦礫の間を縫って、辿り着いたのは宝物殿。

「どうせ消えるなら賭けてみたいの」
「これは……」
 レンカが取ったアイテムに、タキトゥナも手を添える。
「お前が決めた選択なら、おれも信じよう」
 レンカが蓋を開けると金色の光がほとばしり、ふたりを包んだ。
 
 もう誰も──
「消えてほしくない!」
 
 レンカは転生の小箱を思い切り宙に投げた。
 その瞬間床が突き上げ天井は崩落し、城は砕けて地に沈んだ。
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