シンデレラクエスト  〜乙女ゲームヒロインのわたしがモブに恋するわけないって思ってた。

桂花

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第10ステージ 奇跡のアイテム

奇跡のアイテム③

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 レンカは『エピックオブドラグーン』の一室に連れて行かれた。
 見覚えがあると思ったら、以前逃げ込んだ尖塔だ。
 バルコニーからは、飛竜ワイバーンが群れをなし飛んでいるのが見える。
 拘束はされてはいないが、ドアの横には騎士がふたり見張りに立ち逃げられそうもなかった。

「勇者の帰りを待とうではないか」
 司教が紅茶とカットした金のりんごを持って来たが、レンカは手をつけずキッと睨んだ。
「サハラさんのLPなんて何をするつもり?」
 図らずも声高になり、テーブルの水盤の水に波紋が広がる。
「むろんわしがいただく。このプラットホームで最強のキャラクターになるのじゃよ」
 
 動機はあまりに幼稚で、レンカは唖然とした。まるで魔王が勇者に言うセリフだ。
 あのサハラからLPを奪うなど、できるはずがない。
 だがタキトゥナとなら、どちらが強いのだろう。
 戦えばふたりとも無事ではすまない気がして、レンカは悄然とうなだれた。

「なぜタキトゥナはテロリストなんかに……」
 独り言のようにつぶやくレンカの前に、司教はおもむろに水盤をおいた。
 水面がゆらぎ、ひとりのスレイヤーが映し出される。
 遠い日の短髪のタキトゥナ。

「見るがよい、そのわけを」
 司教は楽しげに水鏡に手を翳した。

 
 そのころこのプラットホームには、まだ『デザート無双1』が入っていた。
 プレイヤーはこのゲームが大好きで、アバターであるスレイヤーのタキトゥナとどんな困難なクエストにも勇んで挑んでいた。
 プレイヤーと巡る狩猟や採取のクエストはとても楽しく、タキトゥナも毎日がしあわせだった。
 
 シリーズは、翌年には『デザート無双2』とスピンオフである『オアシス村物語』も発売された。
 武器、モンスターともに大幅に種類が増えた二作目は、瞬く間に前作を超える爆発的なヒットとなり、世界中のプレイヤーはこぞって続編をプレイした。
 
 このプラットホームも例外ではなかった。
 プレイヤーは『デザート無双2』と『オアシス村物語』、二つのゲームをダウンロードし、しばらくすると『デザート無双1』のソフトを売ってしまった。
 
 1のキャラクターとデータはプラットホームから消えた。
 タキトゥナひとりを残して。
 タキトゥナは、『オアシス村物語』へゲストキャラとして移行されていたため、ミニキャラの姿でゲームにとどまることができたのだ。
 
 しかし、デフォルメ化された小さなサイズのタキトゥナはそのまま放置され、時間だけが過ぎていった。
 新しいゲームに夢中なプレイヤーは、村おこしゲームに連れて行ったかつてのP Cプレイヤーキャラクターを忘れてしまっていた。

 タキトゥナは、来る日も来る日もオアシス村のフィールドを歩き測地し、地図作成マッピングする日々が続いた。
 まるで、地図マップさえあればどこか別の場所へ行けるとでもいうように。

(自分はプレイヤーに捨てられたのか)
 そう理解したときには、地図マップはすべての移動限界線まで描き切っていた。
 
 そんなタキトゥナに声をかけたのは『エピックオブドラグーン』の司教だった。
 このRPGは『デザート無双1』の次に購入されたゲームで人気はあるものの、『デザート無双』シリーズをしのぐまでには至らなかった。
 司教はある条件と引き換えに、タキトゥナをもとの姿にもどす約束をした。
 司教がどこからか集めて来たLPのおかげで、タキトゥナは前作のアバターを取りもどし、『デザート無双2』で活動することができるようになった。


「……その条件が、『デザート無双2』にデバッファーを起こすことだったのね」 
 映像の消えた水盤の水面を、レンカは呆然と見ていた。

「タキトゥナはプレイヤーを憎んでおる。人間の都合にふり回されたくないのじゃ、やつは一も二もなく承諾したぞ」
「タキトゥナの弱みにつけ込んで利用しただけじゃない、あなたは『デザート無双』が自分のゲームより人気があったのが許せなかっただけよ」
 的を得た指摘だったのか、司教の口がぐぬぬとゆがんだ。

「我が『エピックオブドラグーン』の美しく伝統ある世界が、あんな野蛮で低俗なゲームに劣るなどあってはならんのじゃ!」
「それが本当の理由なのね。あなたこそあってはならないことをした。ゲームはキャラクターのものじゃない、プレイヤーのためのものよ。私欲で壊すなんてもってのほかだわ!」
 
 それに、自分のゲームだけでなくよそでバグが確認されれば、プラットホーム全体のリスクにつながる。
 そうなれば『エピックオブドラグーン』もアンインストールされ、プラットホームが売られる可能性だってあるのだ。
 
 テロと言うにはあまりに無策でお粗末な計画に、レンカは思わず本音が口をついた。
「馬鹿なんじゃないかしら」
「なっ……女王の側近のわしを愚弄するつもりか? 引っ捕らえよ!」
 ふたりの騎士がレンカをはさみ、腕を強くつかまれる。
「ちょっ……何するのよ、痛っ!」
「待て!」
 
 部屋のドアが開き、タキトゥナが息を切らし入って来た。
 ガラス壜に入った、ターコイズ色の液体をかかげている。
「持って来たぞ」
「……ほ、本当にサハラのLPなのか?」
 自分で言っておきながら、いざ目の前にするとうろたえている。レンカは司教の器の小ささにつくづく呆れた。

「信じられないなら、あいつの私物もある」
 タキトゥナが、司教へふちのない眼鏡を投げて見せる。
 プラットホームで、この眼鏡をかけているキャラクターはサハラしかいない。確かな証拠にレンカは鼓動が跳ね上がった。
(ほんとにサハラさんのLPを……!?)
 毎日見ていたのだ、眼鏡がサハラのものなのは間違いない。
 
 司教は顔を紅潮させ、壜を奪い取った。
「サハラのLPにしては少ない気もするが」
「……相手も無傷じゃない。多少目減りはする」
 相手どころか、タキトゥナも見たところ怪我はないがふらふらだ。
 タキトゥナはきつそうに言葉をつないだ。
「約束だ、放してやれ」
「もちろんじゃとも、どこへなりとも行くがよい」
 
 騎士から腕を解かれたレンカは、おろおろとタキトゥナに視線を移した。
 このままこの部屋を出れば、少なくともみんなのところへもどることはできる。誰かに助けを求めることも。

(でも、タキトゥナは? 彼にまた会うことはできるの?)


〝部屋を出る? or 残る?〟
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