シンデレラクエスト  〜乙女ゲームヒロインのわたしがモブに恋するわけないって思ってた。

桂花

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第10ステージ 奇跡のアイテム

奇跡のアイテム②

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 レンカは岩陰から様子をうかがった。
 時間はすでに夜明け前。クエストのタイムリミットは近づいている。
 敵はとぐろを巻き一見リラックスしているように見えるが、あれはいつでも応戦できる態勢だ。
 
 今回囮になるのはレンカである。
 自分の働きにかかっているので失敗はできない。
(わたしがシャルキヤさんみたいに強かったら、もっと役に立つのに)
 せめてクエストではタキトゥナのパートナーになりたい。
 
 彼に合図を送ると、レンカは飛び出した。
 すぐに八匹が気づいて、レンカのほうへ頭を巡らす。
 そのすきに、タキトゥナがサンドヒュドラの心臓部の一体を見つけて討つという作戦だ。
 
 レンカはカクタス弾を投げ、思い切り駆け出した。
 見わたす限りの砂地だ、炎を吐かれたらまる焦げ確定である。
 動く標的レンカを目がけて八匹が炎を放つ前に、火炎ブレスの射程外へ逃げ込む。
 ここから十秒の間に全てを完遂させなければならないが、もちろん自分も手ぶらではない。

(これが切り札!)
 
 持参したアイテムの水をサンドヒュドラに投げつけると、全体の動きが鈍くなった。
 ただの水ではない、保冷剤を浸しておいた特製冷水だ。寒さに弱い蛇の体質を利用した案である。
 
 だが、背後に回ったタキトゥナの顔色でアクシデントを知った。
「だめだ、違う鱗なんてない!」
 どうして、正面のどこにもなかったのに。
 
 工程は変更だ、とにかくここから逃げなければ。
 ふるえる手で残り一つのカクタス弾を放るが、ターゲットに命中せず逆に怒りを煽る結果となった。
 サンドヒュドラが激昂して向かって来る。鱗は逆立ち、
 回避不能の軌道。

(この作戦は失敗だ)
 戦慄するレンカの前で、八つののどがせり出し口が縦に唾液を引き開いていく──

 とたん、レンカは叫んだ。
「後方向かって右から二番目!」
 
 地響き、何かがどうと崩れ落ちる音。
 一瞬、何が起きたのかわからなかった。
 
 砂塵の中薄く目を開けると、サンドヒュドラの巨体が砂上に横たわっている。
 ウィンドウに表示されたドロップアイテムには見向きもせずに、タキトゥナが走って来た。

「大丈夫か!」
 へなへなとひざから崩れるレンカを抱きしめる。
「どうしてわかった?」
「あれ……」
 
 タキトゥナの肩越しに、おそらくそれであろう印を指した。
 息絶えたサンドヒュドラの口の中に鱗型の痣がある。
 口内の痣を認識したときには、火炎ブレスの餌食になる恐れのある危険なタイミング。
 超難クエストと言われる所以である。
 
 それでも、ふたりは成功した。

「お前のおかげで助かった」
 その一言でレンカはすべてが救われた。
「そら、お前の目的のブツだ」
 タキトゥナが採ってきたアイテムをわたされたとき、ここへ来た目的を思い出した。
 
 見たところ、どこのクエストでも採れるふつうの瓶づめの蜂蜜。
 それとも、この新規エリアの生産物なら特別な力があるのだろうか。
「これにアンチウィルスの効果があるとは思えないけどな」
 タキトゥナに言われ、自分も自信がなくなった。
(こんなに大変な思いをして持って帰って、ただの蜂蜜だったら?)
 このままもどっていいのだろうか。
 
 迷うレンカの頬に光が射した。
「もう夜明け──」
 
 その瞬間、蜂蜜が光を放ち輝く液体に変わった。
 それは紫水晶を溶かしたような黎明色の、
「アムリタ……!」
 
 今わかった、蜂蜜が朝陽を浴びることによって秘薬へ変化するのだ。
 クエストの成功と知識なしには得られなかった、奇跡のアイテム。
「これでみんなを助けることができるわ!」
 レンカがアムリタを朝陽にかざすと、突然砂漠に拍手が響いた。

「いやご苦労ご苦労」
 ステージに不似合いな司教冠ミトラ、『エピックオブドラグーン』のあの司教が手を叩き、芝居じみた仕草で歩いて来る。

「な、なんであなたがこんなところに? どうやって入って来たの?」
 不自然な状況にレンカは思わず後退った。
 LPを奪われそうになったいつぞやの件を、まだ忘れてはいない。

「お前のことはリセットされたものとあきらめておったが、元気そうで何よりじゃ」
 タキトゥナを司教はにこやかに眺めたが、うらはらに彼は顔色の失せた表情をしている。
 ゲームの違うふたりに、なんのつながりがあるというのか。
 戸惑うレンカに、司教は手をのばした。

「さて、レンカ・アークエット。その秘薬と本をわたしてもらおうか」
「な、何を言ってるの? これは……!」
 しかし向けられた銃剣に、レンカはすべてを悟った。

(こいつがサハラさんの言った──黒幕!)
 司教はアイテムを奪いタキトゥナを見ると、大仰にため息をついた。

「お前にはがっかりじゃ、タキトゥナ。サハラに寝返ったのか?」
「違う!」
 ほとんど怒声で否定するタキトゥナに、レンカは不安が腹部に落ちた。
 
 このクエストはタキトゥナの策略だったのか。
 しかしレンカがダークデザートへ来たのは彼にとって偶発的な出来事で、司教を呼ぶひまなどなかったはずだ。

(ライブラリーで会ったときから司教には見張られていた?)
 全部自分の不注意のせいだ。アムリタを奪われては、みんなを助けることができない。
 レンカは世界が暗転するのを感じた。

「ここにいてはいずれサハラに見つかる。お前はうちのゲームに招待しよう」
 銃剣でレンカを促す司教に、タキトゥナは立ちふさがった。
「待て、こいつは自由にしてやってもいいだろう」
「もちろんじゃタキトゥナ、お前の仕事がすめばな」
「仕事?」

「この娘を解放したければ、サハラのLPをわたしのところへ持って来るのじゃ」
 ありえない条件にふたりは凍りついた。

「サハラさんの、LPですって?」
「『デザート無双2』はこのプラットホームで一番古いゲーム。サハラはスレイヤーでもないのに、なぜか最強のLPを持っておる。なんとしても手に入れたい」
 聞き覚えのあるセリフに、レンカは声を荒げた。

「女王はもとにもどったのでしょ? もうLPなんて必要ないじゃない!」
「そうだ、もう充分LPは手に入れただろう、これ以上──」
「充分手に入れたってどういうこと?」
 訝しむレンカにタキトゥナは言葉をおし込めたが、司教は快く解答を勧めた。

「……ウィルスで弱ったキャラクターのLPを集めていたんだ」
 レンカに逃げられたため、女王はほかのキャラクターから集めたLPで復活させたのだろう。
「サハラさんは、誰かがデバッファーの制御を狂わせ勝手に広がり始めたと言っていたわ。ウィルスを広めたのもあなたなの? それじゃあ女王が感染したのも、まるっきり自分のせいなんじゃない!」
「もとはと言えば『デザート無双2』の運営が作ったデバッファーが原因じゃ」
 
 完全に言いがかりだ。悪びれる様子のない司教に、レンカは全身が怒りに包まれた。
「うちのゲームで起きたバグもそうなのね」
「それはタキトゥナがまいたものじゃろう」
「いいえ、彼は『憂国のシンデレラ』に何もしていないわ」
 きっぱりと断言するレンカに、タキトゥナが驚いて目を見開く。

「確かに『デザート無双2』でウィルスをまいたのはタキトゥナよ。でも彼は」
 ゲームは終わりなんだよ、あんたたちもさっさと自分の巣へ帰ったほうが──
 そう言ったのだ。

「『憂国のシンデレラ』はちっとも安全じゃない。彼はうちのゲームに起きたバグを知らなかったのよ」
 王国にウィルスをまいたのは、あの少女だったのだろう。
 ずっと違和感があった、タキトゥナの行動に。
 彼はよくも悪くも自分のゲームに執着している。

「もうよい、時間がないのでな」
 司教は応酬を断ち切るように銃剣を撃った。
「きゃあ!」
 足もとの砂が弾け、レンカが飛び上がる。
「やめろ!」
 語気鋭く吐いた後、タキトゥナは決然とつぶやいた。
「獲って来てやるよ、サハラのLPを──」

「待って! どうしてこんなやつの言うことを聞くの!?」
 タキトゥナの背にレンカは声を投げたが、彼はふり返ることなく砂漠を出て行った。
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