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第9ステージ ルートEX
ルートEX③
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まさか、たったひとりで超難のクエストに出るはめになるとは思わなかった。だが今回は装備も道具も一そろえは準備している。
足りないのはレベルだけだ。
キラービーの特効薬は、砂漠の蜂蜜アムリタとあった。
新規エリアのドロップアイテムなので、インベントリはもちろん、まだ誰も所持していない。
アップデートとともに文書も自動で更新されるのだとしたら、あの警備員はそれをチェックしにきたのだろうか。
なぜ司教は助けてくれたのか。
不安な気持ちも法螺貝の出発音を聞くと少し力が沸いてきた。
(待っててみんな、特効薬を持って帰るから!)
今度は初心者ではない。クエストのランクは高いが目的はモンスターの討伐ではないし、アムリタさえ手に入れば、リタイアして帰って来ていいのだ。
新しいフィールドは岩場の多い岩石砂漠だった。これまでと違って砂地は黒く、時間帯は夜から明け方。闇の中で探索しなければならないのは厄介だ。
早速インベントリから持って来た公式地図を開く。
ところが、ダークデザートの表記がない。地図のないクエストなどリストにはなかったはずだ。
レンカは来た道をふり返ってみた。
(あんなところにサボテンなんてあったかしら)
さっきと景色が違う気がする。
ためしに、少し歩いてまたふり返ってみるとサボテンは消えており、アップデートのテロップがすぐに浮かんだ。
『全マップ地形変動実施!』
地図がないはずだ。今回、絶えず砂漠は動いているのだからルートを作れるわけがない。
絶望的な気持ちで地図をカバンにしまったが、カサという紙の乾いた音に、もう一つ地図があるのを思い出した。まるめた紙筒を広げる。
「これは……タキトゥナが作った『デザート無双1』の地図!」
オブジェクトや景色が似ている気がする。
ここは『デザート無双1』の限定イベントで開放されたエリアの進化版だ、この地図は導になるのではないか。
プレイヤーですら持っていない貴重なアイテム。
「わたし、モってる……!」
レンカは火を焚いて砂地にすわり、地図を調べた。
移動する砂漠では場所は確定できないが、どのポイントでどんなアイテムがひろえるかはチェックできる。
「アムリタはないけれど、次のエリアに蜂蜜ならあるわ。とりあえずこれを探して──」
薄闇の中、いくつもの目がレンカを見下ろしていた。
気配にまったく気づかなかった。焚き火に反射するのは、湾曲する毒牙、平べったく広がった頚部。
敵の名前とレベルが表示されたのは、前回と違い受付を通してスレイヤーと承認されたからだろう。
(──サンドヒュドラ!)
このモンスターに比べたら、ランスヘッドバイパーなどかわいいものだ。何せサンドヒュドラは、九体の身を持つ怪物なのだから!
もともと戦うつもりはなく、エンカウントしたら逃げると決めていた。
だが足がすくんで動けない。まさに蛇に睨まれたカエルだ。
「こっちだ!」
どこからか怒声が放たれ、多頭の一匹が見返った。同時にその頭が弾け飛ぶ。
闇が咆哮し、一つ頭を失ったサンドヒュドラは痛みか怒りか、狂ったように暴れ出した。
(今だ!)
レンカは走った。声のしたほうへ。ぐいと岩陰に引っ張られ、いきなり頭から何か液体を浴びせられる。
「し! 動くな」
後ろから口をふさがれ羽交いじめにされるが、かくれた岩石の向こうから聞こえるシューシューという異様な音に、言われずとも躰は硬直している。
やがて巨獣は残り八つの頭をぬらぬらとふりながら、暗がりへ消えて行った。
「行ったか……」
ほどかれた腕の主を見上げ、レンカはほとんどつぶやくようにその名を呼んだ。
顔を覆ったターバンからのぞくのは、よく知っている金色の目。
「タキトゥナ……?」
彼はしまったという顔で横を向く。
「違う、おれはP Cのサシミだ」
「嘘、プレイヤーが使うのは剛剣だもの!」
レンカはタキトゥナが携えた湾刀をさっと抜き取った。
「あっ返せ、おれの武器!」
(おれの、って言った)
みるみる涙があふれてくる。
「タキトゥナなのね。リセットされたんじゃないのね」
なぜそんなふりをしたのかはわからない。きっと教えてもくれないだろう。
だが、目の前にこうして彼がいるだけで、今は途方もなくうれしかった。
レンカはタキトゥナにしがみついて泣きじゃくった。
「やめろ、またサンドヒュドラに見つかる!」
落ち着かせるためか、タキトゥナは強くレンカの頭を胸におしつけた。憤りを滲ませた声で抱きしめる。
「おれはお前がきらいだ」
「きらいでもいい、憎んでもいいよ。でもあなたはあなたでいて」
(意地悪でいやなひと。でもこれが本当のタキトゥナなんだ)
サシミのときみたいにちっともやさしくない。
なのに、本当の彼を知ることができて満足している。
きつくくちびるを噛んだタキトゥナの顔は、レンカからは見えなかった。
ただかすかなふるえだけが伝わってきて、レンカもぎゅっと彼の背をつかんだ。
レンカがようやく泣きやむと、タキトゥナはめんどうそうに頭をかいた。
「なぜお前がここにいる」
レンカはふと考える。彼は今クエスト中なのではなかったか。こんな場面をプレイヤーに見られたら。
あわててきょろきょろとまわりを見回すと、
「安心しろ、プレイヤーは今はいない」
タキトゥナは焚き火に枯草をくべ、お茶を沸かした。どうやらこのクエストは、プレイヤーが成功できなかったらしい。
「ところで、この液体は何?」
オアシス村でも酢をかけられたことを思い出し、レンカはくんと自分の服をかぐ。特に匂いは感じない。
「お前、なんの準備もせずに来ただろう」じろりとタキトゥナは睨んだ。
「そんなことない、ちゃんと持って来たわよ。水でしょ、万能軟膏でしょ、保冷剤にイチジクにカクタス弾……」
アイテムを数えるレンカに、タキトゥナは大きく嘆息した。
「なぜサンドヒュドラに感知された」
「……あ!」
さっき、気づくとサンドヒュドラは背後にいた。
蛇は闇のハンターだ、匂いと体温を辿って獲物を狙う習性がある。レンカが砂漠に入ったときから気づいていたに違いない。
これまでは相手の索敵にかかってからが戦いの始まりだったが、このクエストにそんな余裕はないと気づき、火に当たっているのにレンカは悪寒を感じた。
「あの液体は体温と体臭を消す、かくれみの薬だ。今回、このアイテムなしではクエストの成功はありえない。道具屋で備品をそろえるのはクエストの基本、スレイヤー失格だな」
レンカはしゅんと頭を下げた。
「おれは命の恩人ということになるな、さあ何しに来たか言え」
タキトゥナはお茶のカップを差し出しながらも強く訊いてきた。
しかし、彼はウィルスを広める側だ。目的を話せば、アムリタの採取を阻まれるかもしれない。
(相手はテロリストなんだ、油断しちゃだめ)
両手でカップをにぎり、ごくんと口をつける。
ミントのお茶はあまくあたたかかった。倉庫でもらったミルクのように。ひとを欺く人間が、こんなに心のこもった飲みものを作れるのが不思議だった。
心の中で罵りながらも、彼が消されなかったことにほっとしている。
矛盾する自分の気持ちがどこに向かっているのかわからず、考えているうちにレンカは百面相に陥っていた。
「ブサイクだな」
「へ?」
「乙女ゲームの主人公てのは人形みたいにきれいなものだと思っていたが、そんな変な表情もするんだな」
タキトゥナは意地悪そうに、だがおかしそうに笑った。
(ブサイク……ブサイクって言った!?)
サハラにも魅力がないと言われ、かなりのカウンター判定が出たのはつい最近である。
ヒロインを罵倒しても、ブス呼ばわりする攻略対象がこれまでいただろうか。
(そりゃここは乙女ゲームじゃないけど!)
状態異常かと思うほど目眩がしたが、ここへ来たのには目的がある。なんとか自我を取りもどし冷静に返した。
「わたし、仕事があるの。助けてくれたのは感謝しますけどおかまいなく」
「サハラの命令か」
「違うわ、わたし個人で動いていることよ」
タキトゥナはふんと鼻を鳴らす。
「あなたこそ、ここで何をしてるのよ。ダークデザートにもウィルスをまくつもり?」
彼がここにいる理由は一つしか思いつかない。
「あんたには関係ないだろう、ここは『憂国のシンデレラ』じゃない」
「関係あるとかないとかじゃない! 知ってるでしょ? 今プラットホームは大変なのよ。ゲームをあんなふうにしてそんなことしか言えないの?」
レンカは怒りで声を荒げた。
「それでゲームを救うためにここへ来たのか。無鉄砲だな」
「なんとでも言いなさいよ、わたしはみんなを助けるんだから!」
そう言ってカバンから出した地図に、タキトゥナの目がはっと焦点を結ぶ。
「どうしてお前がそれを持ってる!」
タキトゥナは『デザート無双1』の地図をレンカからもぎ取った。
「これは昔おれが作ったものだ。地図係は調べた地図を売って稼ぎにするんだが、前作の、それも限定イベントの地図なんか売れなくて、ただ同然で古道具屋に引き取ってもらったんだ」
怒るかと思いきや、興奮気味に地図を見る。
嘲り以外の言葉で、彼がこんなに長い文節で話したことがあっただろうか。
「大変だったんだ、ここまで作るのは。なつかしいな」
ただ地図を見る目は本当に楽しそうで、レンカも心がゆるんだ。
「サハラさんにあなたへわたすよう頼まれていたの。でもずっと返しそびれていて」
「サハラが?」
古道具屋に売ったものを彼が持っていたのが不可解なようだ。
ふたりはいったいどういう関係なのだろう。
昔からのなじみのようだが、個人倉庫で対面した彼らの間には何か確執があるように見えた。
それでも、ここに地図があるということは、サハラは道具屋からわざわざ買いもどしたのではないだろうか。
「あなたは『デザート無双1』のキャラクターなのよね。わたし、思うんだけど、サハラさんはあなたに昔を思い出してほしかったんじゃないかしら」
地図作成をして、いろんなエリアを狩猟をしたり採取したり。そんな楽しかった日常を送っていたタキトゥナをレンカは想像した。
「どうだかな、あいつは何を考えてるかわからない」
「あなたもです」と言い返したいのをおさえ、問いを重ねる。
「でもタキトゥナに素体のふりをさせて、留置所から出してくれたのはあのひとなのでしょ?」
「おれをこのゲームに閉じ込めているのもサハラなんだぞ」
タキトゥナは苛立たしげに岩を蹴った。
彼がプレイヤーのクエストが終わっても、ダークデザートに残っているのはそのせいだった。
「今『デザート無双2』を出れば、管理AIに引きわたすって脅しやがる」
これ以上、彼にテロ活動を続けさせないためだとレンカは思った。自分なら間違いなくそうする。
「リセットさせたとまわりに思わせて、結果あなたを護ったんじゃない」
しかしタキトゥナは疑わしい目でレンカを見た。
「それで? お前はおれの地図で何を調べていた? 地形変動で役に立たないはずだが」
「えーとそれは」
レンカが返事をごまかしていると、タキトゥナは怪しい色の小壜をかかげた。
「さっき飲んだ茶は土ナマズの毒が入っている。話せば解毒薬をやる」
飲み干したカップを見て、レンカは血の気が引いた。心なしか、気分とは逆に躰が熱く発汗してきた気がする。
オアシス村では、動物たちに同じ毒を盛られたとき助けてくれたのに。
真逆のことを平気でできる男なのだ。信じてうかつに飲んでしまった自分が馬鹿だった。
だが、アムリタがこの砂漠にあることはまだ誰も知らず、白状するわけにはいかない。
かと言って、このままの状態ではクエストを続けることも不可能。
「さあ、どうする?」
〝話す? or 話さない?〟
足りないのはレベルだけだ。
キラービーの特効薬は、砂漠の蜂蜜アムリタとあった。
新規エリアのドロップアイテムなので、インベントリはもちろん、まだ誰も所持していない。
アップデートとともに文書も自動で更新されるのだとしたら、あの警備員はそれをチェックしにきたのだろうか。
なぜ司教は助けてくれたのか。
不安な気持ちも法螺貝の出発音を聞くと少し力が沸いてきた。
(待っててみんな、特効薬を持って帰るから!)
今度は初心者ではない。クエストのランクは高いが目的はモンスターの討伐ではないし、アムリタさえ手に入れば、リタイアして帰って来ていいのだ。
新しいフィールドは岩場の多い岩石砂漠だった。これまでと違って砂地は黒く、時間帯は夜から明け方。闇の中で探索しなければならないのは厄介だ。
早速インベントリから持って来た公式地図を開く。
ところが、ダークデザートの表記がない。地図のないクエストなどリストにはなかったはずだ。
レンカは来た道をふり返ってみた。
(あんなところにサボテンなんてあったかしら)
さっきと景色が違う気がする。
ためしに、少し歩いてまたふり返ってみるとサボテンは消えており、アップデートのテロップがすぐに浮かんだ。
『全マップ地形変動実施!』
地図がないはずだ。今回、絶えず砂漠は動いているのだからルートを作れるわけがない。
絶望的な気持ちで地図をカバンにしまったが、カサという紙の乾いた音に、もう一つ地図があるのを思い出した。まるめた紙筒を広げる。
「これは……タキトゥナが作った『デザート無双1』の地図!」
オブジェクトや景色が似ている気がする。
ここは『デザート無双1』の限定イベントで開放されたエリアの進化版だ、この地図は導になるのではないか。
プレイヤーですら持っていない貴重なアイテム。
「わたし、モってる……!」
レンカは火を焚いて砂地にすわり、地図を調べた。
移動する砂漠では場所は確定できないが、どのポイントでどんなアイテムがひろえるかはチェックできる。
「アムリタはないけれど、次のエリアに蜂蜜ならあるわ。とりあえずこれを探して──」
薄闇の中、いくつもの目がレンカを見下ろしていた。
気配にまったく気づかなかった。焚き火に反射するのは、湾曲する毒牙、平べったく広がった頚部。
敵の名前とレベルが表示されたのは、前回と違い受付を通してスレイヤーと承認されたからだろう。
(──サンドヒュドラ!)
このモンスターに比べたら、ランスヘッドバイパーなどかわいいものだ。何せサンドヒュドラは、九体の身を持つ怪物なのだから!
もともと戦うつもりはなく、エンカウントしたら逃げると決めていた。
だが足がすくんで動けない。まさに蛇に睨まれたカエルだ。
「こっちだ!」
どこからか怒声が放たれ、多頭の一匹が見返った。同時にその頭が弾け飛ぶ。
闇が咆哮し、一つ頭を失ったサンドヒュドラは痛みか怒りか、狂ったように暴れ出した。
(今だ!)
レンカは走った。声のしたほうへ。ぐいと岩陰に引っ張られ、いきなり頭から何か液体を浴びせられる。
「し! 動くな」
後ろから口をふさがれ羽交いじめにされるが、かくれた岩石の向こうから聞こえるシューシューという異様な音に、言われずとも躰は硬直している。
やがて巨獣は残り八つの頭をぬらぬらとふりながら、暗がりへ消えて行った。
「行ったか……」
ほどかれた腕の主を見上げ、レンカはほとんどつぶやくようにその名を呼んだ。
顔を覆ったターバンからのぞくのは、よく知っている金色の目。
「タキトゥナ……?」
彼はしまったという顔で横を向く。
「違う、おれはP Cのサシミだ」
「嘘、プレイヤーが使うのは剛剣だもの!」
レンカはタキトゥナが携えた湾刀をさっと抜き取った。
「あっ返せ、おれの武器!」
(おれの、って言った)
みるみる涙があふれてくる。
「タキトゥナなのね。リセットされたんじゃないのね」
なぜそんなふりをしたのかはわからない。きっと教えてもくれないだろう。
だが、目の前にこうして彼がいるだけで、今は途方もなくうれしかった。
レンカはタキトゥナにしがみついて泣きじゃくった。
「やめろ、またサンドヒュドラに見つかる!」
落ち着かせるためか、タキトゥナは強くレンカの頭を胸におしつけた。憤りを滲ませた声で抱きしめる。
「おれはお前がきらいだ」
「きらいでもいい、憎んでもいいよ。でもあなたはあなたでいて」
(意地悪でいやなひと。でもこれが本当のタキトゥナなんだ)
サシミのときみたいにちっともやさしくない。
なのに、本当の彼を知ることができて満足している。
きつくくちびるを噛んだタキトゥナの顔は、レンカからは見えなかった。
ただかすかなふるえだけが伝わってきて、レンカもぎゅっと彼の背をつかんだ。
レンカがようやく泣きやむと、タキトゥナはめんどうそうに頭をかいた。
「なぜお前がここにいる」
レンカはふと考える。彼は今クエスト中なのではなかったか。こんな場面をプレイヤーに見られたら。
あわててきょろきょろとまわりを見回すと、
「安心しろ、プレイヤーは今はいない」
タキトゥナは焚き火に枯草をくべ、お茶を沸かした。どうやらこのクエストは、プレイヤーが成功できなかったらしい。
「ところで、この液体は何?」
オアシス村でも酢をかけられたことを思い出し、レンカはくんと自分の服をかぐ。特に匂いは感じない。
「お前、なんの準備もせずに来ただろう」じろりとタキトゥナは睨んだ。
「そんなことない、ちゃんと持って来たわよ。水でしょ、万能軟膏でしょ、保冷剤にイチジクにカクタス弾……」
アイテムを数えるレンカに、タキトゥナは大きく嘆息した。
「なぜサンドヒュドラに感知された」
「……あ!」
さっき、気づくとサンドヒュドラは背後にいた。
蛇は闇のハンターだ、匂いと体温を辿って獲物を狙う習性がある。レンカが砂漠に入ったときから気づいていたに違いない。
これまでは相手の索敵にかかってからが戦いの始まりだったが、このクエストにそんな余裕はないと気づき、火に当たっているのにレンカは悪寒を感じた。
「あの液体は体温と体臭を消す、かくれみの薬だ。今回、このアイテムなしではクエストの成功はありえない。道具屋で備品をそろえるのはクエストの基本、スレイヤー失格だな」
レンカはしゅんと頭を下げた。
「おれは命の恩人ということになるな、さあ何しに来たか言え」
タキトゥナはお茶のカップを差し出しながらも強く訊いてきた。
しかし、彼はウィルスを広める側だ。目的を話せば、アムリタの採取を阻まれるかもしれない。
(相手はテロリストなんだ、油断しちゃだめ)
両手でカップをにぎり、ごくんと口をつける。
ミントのお茶はあまくあたたかかった。倉庫でもらったミルクのように。ひとを欺く人間が、こんなに心のこもった飲みものを作れるのが不思議だった。
心の中で罵りながらも、彼が消されなかったことにほっとしている。
矛盾する自分の気持ちがどこに向かっているのかわからず、考えているうちにレンカは百面相に陥っていた。
「ブサイクだな」
「へ?」
「乙女ゲームの主人公てのは人形みたいにきれいなものだと思っていたが、そんな変な表情もするんだな」
タキトゥナは意地悪そうに、だがおかしそうに笑った。
(ブサイク……ブサイクって言った!?)
サハラにも魅力がないと言われ、かなりのカウンター判定が出たのはつい最近である。
ヒロインを罵倒しても、ブス呼ばわりする攻略対象がこれまでいただろうか。
(そりゃここは乙女ゲームじゃないけど!)
状態異常かと思うほど目眩がしたが、ここへ来たのには目的がある。なんとか自我を取りもどし冷静に返した。
「わたし、仕事があるの。助けてくれたのは感謝しますけどおかまいなく」
「サハラの命令か」
「違うわ、わたし個人で動いていることよ」
タキトゥナはふんと鼻を鳴らす。
「あなたこそ、ここで何をしてるのよ。ダークデザートにもウィルスをまくつもり?」
彼がここにいる理由は一つしか思いつかない。
「あんたには関係ないだろう、ここは『憂国のシンデレラ』じゃない」
「関係あるとかないとかじゃない! 知ってるでしょ? 今プラットホームは大変なのよ。ゲームをあんなふうにしてそんなことしか言えないの?」
レンカは怒りで声を荒げた。
「それでゲームを救うためにここへ来たのか。無鉄砲だな」
「なんとでも言いなさいよ、わたしはみんなを助けるんだから!」
そう言ってカバンから出した地図に、タキトゥナの目がはっと焦点を結ぶ。
「どうしてお前がそれを持ってる!」
タキトゥナは『デザート無双1』の地図をレンカからもぎ取った。
「これは昔おれが作ったものだ。地図係は調べた地図を売って稼ぎにするんだが、前作の、それも限定イベントの地図なんか売れなくて、ただ同然で古道具屋に引き取ってもらったんだ」
怒るかと思いきや、興奮気味に地図を見る。
嘲り以外の言葉で、彼がこんなに長い文節で話したことがあっただろうか。
「大変だったんだ、ここまで作るのは。なつかしいな」
ただ地図を見る目は本当に楽しそうで、レンカも心がゆるんだ。
「サハラさんにあなたへわたすよう頼まれていたの。でもずっと返しそびれていて」
「サハラが?」
古道具屋に売ったものを彼が持っていたのが不可解なようだ。
ふたりはいったいどういう関係なのだろう。
昔からのなじみのようだが、個人倉庫で対面した彼らの間には何か確執があるように見えた。
それでも、ここに地図があるということは、サハラは道具屋からわざわざ買いもどしたのではないだろうか。
「あなたは『デザート無双1』のキャラクターなのよね。わたし、思うんだけど、サハラさんはあなたに昔を思い出してほしかったんじゃないかしら」
地図作成をして、いろんなエリアを狩猟をしたり採取したり。そんな楽しかった日常を送っていたタキトゥナをレンカは想像した。
「どうだかな、あいつは何を考えてるかわからない」
「あなたもです」と言い返したいのをおさえ、問いを重ねる。
「でもタキトゥナに素体のふりをさせて、留置所から出してくれたのはあのひとなのでしょ?」
「おれをこのゲームに閉じ込めているのもサハラなんだぞ」
タキトゥナは苛立たしげに岩を蹴った。
彼がプレイヤーのクエストが終わっても、ダークデザートに残っているのはそのせいだった。
「今『デザート無双2』を出れば、管理AIに引きわたすって脅しやがる」
これ以上、彼にテロ活動を続けさせないためだとレンカは思った。自分なら間違いなくそうする。
「リセットさせたとまわりに思わせて、結果あなたを護ったんじゃない」
しかしタキトゥナは疑わしい目でレンカを見た。
「それで? お前はおれの地図で何を調べていた? 地形変動で役に立たないはずだが」
「えーとそれは」
レンカが返事をごまかしていると、タキトゥナは怪しい色の小壜をかかげた。
「さっき飲んだ茶は土ナマズの毒が入っている。話せば解毒薬をやる」
飲み干したカップを見て、レンカは血の気が引いた。心なしか、気分とは逆に躰が熱く発汗してきた気がする。
オアシス村では、動物たちに同じ毒を盛られたとき助けてくれたのに。
真逆のことを平気でできる男なのだ。信じてうかつに飲んでしまった自分が馬鹿だった。
だが、アムリタがこの砂漠にあることはまだ誰も知らず、白状するわけにはいかない。
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ところが初日、クエストに赴いたツルカらが早速出会ったのが、国を滅ぼすほどの力を持つ危険種。ツルカらは逃げることなく立ち向かい、やっとの思いで討伐を成し遂げたが、最底ランクの冒険者が危険種を討伐するのは異様だとグランディール国が反発。ツルカは危険と判断されて処刑判決を受けたが、様々な事があって半強制的に潔白が証明。
そして、冒険者昇格試験の下旬に行われるギルド対抗試験が始まったが、同時に拮抗状態であった陰謀が二つ動き出す。一つは魔王マリアネを現世に顕現させるという陰謀、もう一つがグランディール国に眠る秘宝『禁魔崩書(きんまほうしょ)』を手に入れ、世界を征服しようというもの。結果、後者の陰謀が実現しかけたが、ツルカの働きによって悪は討伐される。尚、ギルド対抗試験は急遽中止となった。
最終的には勇者アイギスによってツルカの正体が一部の間で明かされるが、例え極悪な魔王マリアネの力を持とうとも世界を救ったことに変わりはない、と批判する者はいなかった。ツルカはまた、普段通りの生活をしようと決めたが、そこへジン達が会いに来る。
三人は、冒険者昇格試験の結果を満面の笑みでツルカに見せつける────
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