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第3ステージ ヒロインは無双したい
ヒロインは無双したい②
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ガシャン──!
なぜプラットホームに留置所があるのかレンカはわからなかったが、投獄されているキャラクターたちを見るとすぐに合点がいった。
壁に向かって、延々と同じセリフをつぶやいているN P C。
別のプレイヤーを襲ったため、ペナルティを負ったP K。
そのほかにも、非アクティブタイプでありながら攻撃を仕掛けて来る幻獣やアセットなど、エラーを起こしたクリーチャーが収監されている。
「最近デバッファーが多いな」
看守たちのぼやきが聞こえてきた。ここは不具合を集めた檻でもあるらしい。
(なんでわたしがこんな劣悪な場所に)
まったくもって腑に落ちないが、何も悪いことはしていないし、わけを話せばなんとかなるはずだ。
なんと言っても自分は主人公なのだから。
きっとすぐにアンバーたちが助けてくれる。
そう祈るように言い聞かせ、レンカは一晩を石のようなベッドで過ごした。
しかし翌日レンカを迎えに来たのは、『憂国のシンデレラ』のメンバーではなかった。
看守に名前を呼ばれ外へ出ると、待っていたのは、ふちのない眼鏡をかけた四十歳前後の見るからに神経質そうな男性。
細身のスーツ姿で、管理職といった印象を受ける。
攻略対象なら──と考えるのは完全に職業病だが、大人枠にしてもしぶ過ぎるかもしれない。
(誰?)
男は目線でレンカを促すと、留置所から続く地下道を歩き始めた。
LPを奪うようにも皮を剥ぐようにも見えないが、用心するに越したことはない。
こういう一見紳士が怪しいのだと警戒しながら、そろそろと後をついて行く。
やがて薄暗い通路は、奥の小部屋に辿り着いた。
中は机と椅子、備えつけのコンロも設置されているところを見ると、簡易的な給湯室兼事務室のようだ。
(これは……オフィスラブでよく見るあの禁断の現場!)
レンカの脳裏を演技の参考のため観た昼ドラが過った(あまり参考にはならなかったが)。
そんな、ぎちぎちに力が入ったレンカのことは気にせず、男は後から部屋へ入ると後ろ手にドアを閉めた。
「そうだな、まずその服は脱いで──」
「ほうらやっぱりそう来たわね!」
レンカは机をひっくり返すと、椅子を逆さに男に向けた。
「思い通りには──!」
「……やれやれ」
気づくと男は隣に立っており、かまえていたはずの椅子は定位置にもどされていた。
(い、いつの間に!)
驚く間もなく、トンと肩を軽くおされると不意に力が抜け、そのまま椅子にすわらせられる。
さらに意気込んで立ち上がろうとするレンカのひたいを、男は指先で止めた。
「これ以上暴れるとまたブタ箱に入ることになるが」
どこのゲームのキャラクターか、圧倒的な力の差があるようだ。
「そ、そこは『鼻息の荒いお姫さまだ』とかで……」
「なんだその気色悪いセリフは」
抵抗はあきらめたレンカだったが、この先の展開を予想し最後の手札を切ることにした。
「……本編でもスリップ姿までしか見せたことないんです。それも、ただドレスに着替えるシーンで……くすんくすん」
ぽろぽろとこぼれる涙は水晶のように美しい。
だが男はまったく反応せず、事務的にレンカに箱に入った荷物をわたした。
「そういうのいいから。これに着替えたら声をかけるように」
そう言って自分は部屋を出て行く。
箱の中には、帽子とスカーフ、どこかのオフィスユニフォームのような制服一式が入っている。
意味がわからず涙は引っ込んだが、もちろん留置所にはもどりたくはない。
レンカは言われた通りすべて身につけ、男を呼んだ。
「よし、多少胸があまっているがサイズは問題ないな」
乙女ゲームなら、絶対にヒロインに言ってはならないセリフ。
男は眼鏡に手をやり、レンカのまわりをぐるぐると観察し始めた。
「顔は描き込みのグラフィックが細かいな。統合する前は相当なレイヤー数だろう、乙女ゲーム出身だからか。だがうちの子のほうがボディに立体感がある」
「さっきからなんなんですか、あなたいったい誰なんですか」
たまらずレンカが突っ込むと、男は手慣れた仕草でスーツの内ポケットに手を入れた。
「失礼、わたしはこういう者だ」
差し出された名刺には、フロアマネージャーの肩書きと、サハラという名前が記されている。
そして所属ゲーム名には──
「『デザート無双2』!?」
「うちのゲームに興味があるかね」
どうにかしてコンタクトを取ろうと画策していたゲームだ。いろいろ話が聞けるかもしれない。
興奮気味のレンカを前に、サハラは机にことりと、あるかたまりをおいた。
「ところで、きみはこれをどこで見つけた?」
唐突な問いにレンカはきょとんと目を見開く。
あのとき少女が落とした、手のひらサイズの大きな二枚貝。
「どうしてこれをあなたが?」
「それはいい。これが何かわかるかな」
「何かのアイテムですか?」
「その通り、うちのゲームの採取アイテムだ。砂漠を掘ればどこでも手に入る。ただこれがふつうの素材と違うのは──」
サハラがポットの湯を貝にかけると殻がぱかりと開き、中から太ったイモ虫が数匹うねうねと転がり出て来た。
「げっ」
『憂国のシンデレラ』には存在しない生きものなので、見慣れず気持ち悪い。
「な、なんですか、これは」
「ウィルスだよ、最近多発しているバグはこの類の虫が原因だ」
レンカは思わずざっと後退る。
「ウィルスは大抵こういった素材アイテムにかくされている。こいつは画像データをエサにするウィルスだ。うちのクエスト受注板も、何度も食い荒らされ穴だらけにされた」
「じゃあ、うちのギャラリーのスチルを消したのも……!」
「十中八九こいつだろう」
サハラはイモ虫をさっとちりとりで掃きゴミ箱に捨てた。
メニュー画面を開き、『ゴミ箱を空にする』と指で弾く。
「害虫ではあるが、このタイプは駆除はたやすい。だがウィルスはまだまだ種がある。感染者の形を変えるもの、消し去るもの、我々にとっては脅威だ」
しらたきになった女王をレンカは思い出した。
あれも症例のひとつなのだろう。
「病気みたいに治せるんですか?」
「ほとんどはLPの補充で解決する。消えてしまってはもう無理だがね──きみが接触した少女、彼女もウィルスに感染してああなった」
サハラはなんの感慨もなく言うが、レンカは慄くばかりだ。
管理AIの言った通り各ソフトでの問題だったが、これはプラットホーム全体で起きている共通の事件だ。
感染すれば自分もあの少女のように散ってしまう。
恐怖からレンカは我に返った。
「それでわたしに何を? あ、先に言っときますがLPはさし上げられませんから」
「そんなものはいらんよ。それよりきみに話がある」
サハラはレンカにずいと近づいて言った。
「これから話すことは他言無用だ。きみは、ロビーで消えた少女がこれを持っていたと知ってるね?」
かくす道理もないしすべてお見通しのようなので、素直にうなずく。
「あの少女はうちのゲームの受付嬢でね、密かにウィルスをばらまいていたテロリストなのだ」
「ええっ!」
そんな危険人物にぶつかったと思うと、今さらながらレンカは寒気が走る。
「もともと、うちの運営が用意したデバッファーがウィルスの原因だ。デバッファーとはキャラクターの防御力や体力をあえて低下させるものだが、ある日誰かが制御を狂わせ勝手に広がり始めた。このままではキャラ崩壊の恐れもある」
「では、バグの発信源は『デザート無双2』……」
驚きと同時に、自分が今身につけているフロント風の制服に気づく。
「もしかしてこの衣装」
「そう、きみには彼女の代わりに、うちの受付を務めてもらう」
(『デザート無双2』の受付嬢!)
バグを探るにも彼を捜すにも格好のバイトではないか。
レンカは早くも時間枠を考えたが、シフトはすでに決まっていた。
「早速今から入ってくれたまえ」
「え、今日はちょっと」
みんなも心配しているだろうし、何せトラブル続きですっかり疲弊している。少し自分のゲームでゆっくりしたい。
「基本、勤務時間はプレイヤーのログイン中となる」
「それはバイトではないのでは……」
「誰がバイトだと言った。任務が終わればもどれる」
「ええと、困ります」
「きみのところのゲームは終わったんだ。どうせひまだろう」
「ひまじゃありません! わたしは主役なんです。終わってもいろいろやることが」
ふくれるレンカを、サハラは尊大な目つきで見下ろした。
「こっちは恋愛シミュレーションと違ってコンプリートはないんだ。どんどんアップデートするんだよ。それに恩に着せるつもりはないが、わたしが釈放金を支払わなければ、きみはあの少女を削除した疑いで、未だ檻の中だったんだぞ」
「でも、彼女はウィルスに感染して消えたって、さっきサハラさん」
「それがきみの仕業だと思われている」
「そんな! 彼女、ウィルスをばらまいていたんですよね? 自分で感染しちゃったんじゃないですか? そう証言してくださいよ!」
「きみは話を聞いていたか? 他言無用だと言っただろう。それに彼女は自分のミスで感染したんじゃない、消されたんだ」
(消された……?)
「このウィルステロには黒幕がいる」
サハラの眼鏡が白く反射した。
「それを探るため彼女を泳がせていたのだが、どうやら先手を打たれたようだ。相手に察知され彼女は抹消された」
レンカは息を呑んで、消えゆく彼女を思い出していた。
儚く、きらきらと溶けるようにデータの欠片となっていった少女。
消えたくない、とレンカにすがっていた。
「でもわかりません。消えたくないなら、どうしてあんなことを。ウィルスなんかに手を染めれば自滅の道しかないじゃないですか」
「初めから光の中にいた主役のきみにはわからんかもしれんな」
サハラが嘲笑気味に笑うのでレンカはむっとしたが、彼女の最期の顔は目に焼きついて離れなかった。
(そうだ、あのとき、何か言ってなかった?)
思考をさえぎり、サハラが話を継ぐ。
「ほかに質問はあるかね」
訊くだけ訊いてみようと、レンカはちらりとサハラを見た。
「えー例えば、わたしが彼女の件を警備隊に話したりしたら?」
「その場合、きみは彼女と同じ運命を辿るだろうな」
酷薄な笑みに見下ろされ、部屋の温度が一気に下がった気がした。
あわてて苦笑いしてはぐらかす。
「た、例えばの話ですよ。そうだ、どうしてわたしに受付嬢を? 代わりならN P Cにまかせればいいのに」
「ウィルスのせいで欠員が出ている。だがそれとは別に、なんの関係も癒着もないきみの目を介して、怪しい者を見つけ出してほしいのだ。受付は、うちのすべてのキャラクターを見通す窓でもある」
つまり。
「テロリストはまだ内部にいる」
サハラが任務と言った意味がわかった。
「わたしはこの禍乱を治めたい。引き受けてくれれば、きみの無実を証明しよう」
証明できるなら条件なしでやってほしいものだが、断ればまた牢屋に逆もどりだろう。
ちらりと見上げると、サハラが決定のようにドアを開け外へ招いている。
選択肢のないルートが決まった瞬間だった。
なぜプラットホームに留置所があるのかレンカはわからなかったが、投獄されているキャラクターたちを見るとすぐに合点がいった。
壁に向かって、延々と同じセリフをつぶやいているN P C。
別のプレイヤーを襲ったため、ペナルティを負ったP K。
そのほかにも、非アクティブタイプでありながら攻撃を仕掛けて来る幻獣やアセットなど、エラーを起こしたクリーチャーが収監されている。
「最近デバッファーが多いな」
看守たちのぼやきが聞こえてきた。ここは不具合を集めた檻でもあるらしい。
(なんでわたしがこんな劣悪な場所に)
まったくもって腑に落ちないが、何も悪いことはしていないし、わけを話せばなんとかなるはずだ。
なんと言っても自分は主人公なのだから。
きっとすぐにアンバーたちが助けてくれる。
そう祈るように言い聞かせ、レンカは一晩を石のようなベッドで過ごした。
しかし翌日レンカを迎えに来たのは、『憂国のシンデレラ』のメンバーではなかった。
看守に名前を呼ばれ外へ出ると、待っていたのは、ふちのない眼鏡をかけた四十歳前後の見るからに神経質そうな男性。
細身のスーツ姿で、管理職といった印象を受ける。
攻略対象なら──と考えるのは完全に職業病だが、大人枠にしてもしぶ過ぎるかもしれない。
(誰?)
男は目線でレンカを促すと、留置所から続く地下道を歩き始めた。
LPを奪うようにも皮を剥ぐようにも見えないが、用心するに越したことはない。
こういう一見紳士が怪しいのだと警戒しながら、そろそろと後をついて行く。
やがて薄暗い通路は、奥の小部屋に辿り着いた。
中は机と椅子、備えつけのコンロも設置されているところを見ると、簡易的な給湯室兼事務室のようだ。
(これは……オフィスラブでよく見るあの禁断の現場!)
レンカの脳裏を演技の参考のため観た昼ドラが過った(あまり参考にはならなかったが)。
そんな、ぎちぎちに力が入ったレンカのことは気にせず、男は後から部屋へ入ると後ろ手にドアを閉めた。
「そうだな、まずその服は脱いで──」
「ほうらやっぱりそう来たわね!」
レンカは机をひっくり返すと、椅子を逆さに男に向けた。
「思い通りには──!」
「……やれやれ」
気づくと男は隣に立っており、かまえていたはずの椅子は定位置にもどされていた。
(い、いつの間に!)
驚く間もなく、トンと肩を軽くおされると不意に力が抜け、そのまま椅子にすわらせられる。
さらに意気込んで立ち上がろうとするレンカのひたいを、男は指先で止めた。
「これ以上暴れるとまたブタ箱に入ることになるが」
どこのゲームのキャラクターか、圧倒的な力の差があるようだ。
「そ、そこは『鼻息の荒いお姫さまだ』とかで……」
「なんだその気色悪いセリフは」
抵抗はあきらめたレンカだったが、この先の展開を予想し最後の手札を切ることにした。
「……本編でもスリップ姿までしか見せたことないんです。それも、ただドレスに着替えるシーンで……くすんくすん」
ぽろぽろとこぼれる涙は水晶のように美しい。
だが男はまったく反応せず、事務的にレンカに箱に入った荷物をわたした。
「そういうのいいから。これに着替えたら声をかけるように」
そう言って自分は部屋を出て行く。
箱の中には、帽子とスカーフ、どこかのオフィスユニフォームのような制服一式が入っている。
意味がわからず涙は引っ込んだが、もちろん留置所にはもどりたくはない。
レンカは言われた通りすべて身につけ、男を呼んだ。
「よし、多少胸があまっているがサイズは問題ないな」
乙女ゲームなら、絶対にヒロインに言ってはならないセリフ。
男は眼鏡に手をやり、レンカのまわりをぐるぐると観察し始めた。
「顔は描き込みのグラフィックが細かいな。統合する前は相当なレイヤー数だろう、乙女ゲーム出身だからか。だがうちの子のほうがボディに立体感がある」
「さっきからなんなんですか、あなたいったい誰なんですか」
たまらずレンカが突っ込むと、男は手慣れた仕草でスーツの内ポケットに手を入れた。
「失礼、わたしはこういう者だ」
差し出された名刺には、フロアマネージャーの肩書きと、サハラという名前が記されている。
そして所属ゲーム名には──
「『デザート無双2』!?」
「うちのゲームに興味があるかね」
どうにかしてコンタクトを取ろうと画策していたゲームだ。いろいろ話が聞けるかもしれない。
興奮気味のレンカを前に、サハラは机にことりと、あるかたまりをおいた。
「ところで、きみはこれをどこで見つけた?」
唐突な問いにレンカはきょとんと目を見開く。
あのとき少女が落とした、手のひらサイズの大きな二枚貝。
「どうしてこれをあなたが?」
「それはいい。これが何かわかるかな」
「何かのアイテムですか?」
「その通り、うちのゲームの採取アイテムだ。砂漠を掘ればどこでも手に入る。ただこれがふつうの素材と違うのは──」
サハラがポットの湯を貝にかけると殻がぱかりと開き、中から太ったイモ虫が数匹うねうねと転がり出て来た。
「げっ」
『憂国のシンデレラ』には存在しない生きものなので、見慣れず気持ち悪い。
「な、なんですか、これは」
「ウィルスだよ、最近多発しているバグはこの類の虫が原因だ」
レンカは思わずざっと後退る。
「ウィルスは大抵こういった素材アイテムにかくされている。こいつは画像データをエサにするウィルスだ。うちのクエスト受注板も、何度も食い荒らされ穴だらけにされた」
「じゃあ、うちのギャラリーのスチルを消したのも……!」
「十中八九こいつだろう」
サハラはイモ虫をさっとちりとりで掃きゴミ箱に捨てた。
メニュー画面を開き、『ゴミ箱を空にする』と指で弾く。
「害虫ではあるが、このタイプは駆除はたやすい。だがウィルスはまだまだ種がある。感染者の形を変えるもの、消し去るもの、我々にとっては脅威だ」
しらたきになった女王をレンカは思い出した。
あれも症例のひとつなのだろう。
「病気みたいに治せるんですか?」
「ほとんどはLPの補充で解決する。消えてしまってはもう無理だがね──きみが接触した少女、彼女もウィルスに感染してああなった」
サハラはなんの感慨もなく言うが、レンカは慄くばかりだ。
管理AIの言った通り各ソフトでの問題だったが、これはプラットホーム全体で起きている共通の事件だ。
感染すれば自分もあの少女のように散ってしまう。
恐怖からレンカは我に返った。
「それでわたしに何を? あ、先に言っときますがLPはさし上げられませんから」
「そんなものはいらんよ。それよりきみに話がある」
サハラはレンカにずいと近づいて言った。
「これから話すことは他言無用だ。きみは、ロビーで消えた少女がこれを持っていたと知ってるね?」
かくす道理もないしすべてお見通しのようなので、素直にうなずく。
「あの少女はうちのゲームの受付嬢でね、密かにウィルスをばらまいていたテロリストなのだ」
「ええっ!」
そんな危険人物にぶつかったと思うと、今さらながらレンカは寒気が走る。
「もともと、うちの運営が用意したデバッファーがウィルスの原因だ。デバッファーとはキャラクターの防御力や体力をあえて低下させるものだが、ある日誰かが制御を狂わせ勝手に広がり始めた。このままではキャラ崩壊の恐れもある」
「では、バグの発信源は『デザート無双2』……」
驚きと同時に、自分が今身につけているフロント風の制服に気づく。
「もしかしてこの衣装」
「そう、きみには彼女の代わりに、うちの受付を務めてもらう」
(『デザート無双2』の受付嬢!)
バグを探るにも彼を捜すにも格好のバイトではないか。
レンカは早くも時間枠を考えたが、シフトはすでに決まっていた。
「早速今から入ってくれたまえ」
「え、今日はちょっと」
みんなも心配しているだろうし、何せトラブル続きですっかり疲弊している。少し自分のゲームでゆっくりしたい。
「基本、勤務時間はプレイヤーのログイン中となる」
「それはバイトではないのでは……」
「誰がバイトだと言った。任務が終わればもどれる」
「ええと、困ります」
「きみのところのゲームは終わったんだ。どうせひまだろう」
「ひまじゃありません! わたしは主役なんです。終わってもいろいろやることが」
ふくれるレンカを、サハラは尊大な目つきで見下ろした。
「こっちは恋愛シミュレーションと違ってコンプリートはないんだ。どんどんアップデートするんだよ。それに恩に着せるつもりはないが、わたしが釈放金を支払わなければ、きみはあの少女を削除した疑いで、未だ檻の中だったんだぞ」
「でも、彼女はウィルスに感染して消えたって、さっきサハラさん」
「それがきみの仕業だと思われている」
「そんな! 彼女、ウィルスをばらまいていたんですよね? 自分で感染しちゃったんじゃないですか? そう証言してくださいよ!」
「きみは話を聞いていたか? 他言無用だと言っただろう。それに彼女は自分のミスで感染したんじゃない、消されたんだ」
(消された……?)
「このウィルステロには黒幕がいる」
サハラの眼鏡が白く反射した。
「それを探るため彼女を泳がせていたのだが、どうやら先手を打たれたようだ。相手に察知され彼女は抹消された」
レンカは息を呑んで、消えゆく彼女を思い出していた。
儚く、きらきらと溶けるようにデータの欠片となっていった少女。
消えたくない、とレンカにすがっていた。
「でもわかりません。消えたくないなら、どうしてあんなことを。ウィルスなんかに手を染めれば自滅の道しかないじゃないですか」
「初めから光の中にいた主役のきみにはわからんかもしれんな」
サハラが嘲笑気味に笑うのでレンカはむっとしたが、彼女の最期の顔は目に焼きついて離れなかった。
(そうだ、あのとき、何か言ってなかった?)
思考をさえぎり、サハラが話を継ぐ。
「ほかに質問はあるかね」
訊くだけ訊いてみようと、レンカはちらりとサハラを見た。
「えー例えば、わたしが彼女の件を警備隊に話したりしたら?」
「その場合、きみは彼女と同じ運命を辿るだろうな」
酷薄な笑みに見下ろされ、部屋の温度が一気に下がった気がした。
あわてて苦笑いしてはぐらかす。
「た、例えばの話ですよ。そうだ、どうしてわたしに受付嬢を? 代わりならN P Cにまかせればいいのに」
「ウィルスのせいで欠員が出ている。だがそれとは別に、なんの関係も癒着もないきみの目を介して、怪しい者を見つけ出してほしいのだ。受付は、うちのすべてのキャラクターを見通す窓でもある」
つまり。
「テロリストはまだ内部にいる」
サハラが任務と言った意味がわかった。
「わたしはこの禍乱を治めたい。引き受けてくれれば、きみの無実を証明しよう」
証明できるなら条件なしでやってほしいものだが、断ればまた牢屋に逆もどりだろう。
ちらりと見上げると、サハラが決定のようにドアを開け外へ招いている。
選択肢のないルートが決まった瞬間だった。
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