シンデレラクエスト  〜乙女ゲームヒロインのわたしがモブに恋するわけないって思ってた。

桂花

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第2ステージ RPGとお茶会と

RPGとお茶会と③

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 ヒロインにふさわしくない異臭とともにもどったレンカに、三人は初め虚を突かれたように唖然としていたが、事のいきさつを聞いたスピネルとカイヤは、ナイフと毒薬を手にみるみる顔色が変わった。

「よし、『エピックオブドラグーン』つぶすぞ」
「オアシス村も殲滅しちゃう?」
「待て待て待て」悪い笑みを浮かべあうふたりをアンバーがさえぎる。

「そもそもレンカ、お前はなんでそのRPGの男にのこのこついて行った?」
「話が聞けると思ったの」
「それにしても知らないゲームに単身で行くなんて無用心だろう」
 まっ先に美少女ゲームに駆けて行ったアンバーを、レンカは無言で胡乱に見つめ返す。

「だいたいそのやり口、どう考えても怪しいやつじゃないか」
「でもわたしのこと、きれいだって……」
「お前は馬鹿か? 散々本編で口説かれてきただろ。なんでそんな見え見えの手に引っかかってるんだ、ヒロインのくせにチョロ過ぎるぞ」
「やーいチョロイン」
 アンバーやカイヤの暴言にレンカが怒り出す前に、スピネルが割り入った。

「まあまあ、で、お前を助けてくれたのはどこの誰だ?」
 しかし、あの一時いっときの遭遇では何もわからない。
「じゃあどんなやつだった?」
 食い下がるスピネルにアンバーとカイヤはうんざりとしていたが、レンカ自身、説明できなかった。
 これといって特徴がなかったので、攻略対象のように分類できないタイプだったのだ。

「どんなってうーん……ふつうのひと」
 ただそう言いながらも、自分の口にサボテンの欠片を運んだあの砂だらけの指を、レンカは思い出していた。
 少し骨張った、形のいいあの指。

「つまりはただのモブってことか。まあわたしのような秀でた美貌は、そうそういないしな」
 得意げなアンバーとは対照的に、カイヤが意味深な視線でレンカを見つめる。
「なんだチビ。何か言いたげだな」
「べつにィ」
 アンバーたちはカイヤを訝しんでいたが、レンカは例の副作用をもよおしたらしく、脱兎の如くレストルームへ走った。

 翌日、朝から『オアシス村物語』のゲート前をこそこそと往復するレンカの姿があった。
 もう一度、昨日の青年に会うためにである。
「会うって言っても、あのサボテンのきみにお礼を言うだけだし」
 誰に対しての言いわけか、高飛車に顔を上げ自分に言い聞かせる。
 正直、あの三人には絶対に見られたくない。

 だがなかなか彼の姿はなく、出入りするのはあの忌々しいアニマルたちだけだった。
 考えてみれば、彼が今日もオアシス村にいるとは限らないし、それ以前におそらく別のゲームのキャラクターだ。
 膨大なキャラクターが毎日動き回るこのプラットホームで特定はむずかしく、会える確率はゼロに近い。
 しかし今は、この場所しか手がかりがなかった。
(名前くらい聞いておけばよかったかな)

 ところが張り込みも飽きてきたころ、レンカは出て来る動物たちの中に違和感のあるキャラクターを見つけた。
 頭身は動物たちと変わらないミニサイズであるが、なんと人間の少年のキャラクターがいる。
『オアシス村物語』の、プレイヤーが使用するキャラクターだ。同じ人間でも、自分は別のゲームだから素材にされそうになったのか。
(そりゃ主人公消えちゃったらゲームになんないけど)
 納得はいかないが、話を聞くには彼しかいない。

「あの……」
 急いで呼び止めようとするレンカの肩が、トンと軽く叩かれた。
 ふり返ると、少年が天使のような笑顔でにこにこと立っている。
「──わあカイヤ! なんでこんなところに!」
「そう言うきみもこんなところで何してんの? レンカ」
 カイヤは笑いながらも青い目を光らせた。

「いやこのゲームね~動物だけかと思ったら人間のキャラクターがいるのよ」
「それがどうかしたの、P Cプレイヤーキャラクターでしょ」
「知ってたの? プラットホームに出るのはめんどうくさいって言ってたから、ほかのゲームには興味ないのかと」
「興味はないよ。知ってるだけ」
 なぜ素直に認めないのか。
 
 ツンと横を向くカイヤにレンカは質そうとしたが、そうしている間にも、ミニキャラの少年はトコトコとどこかへ行ってしまう。
 カイヤは噛んでいたあたりめで、プラットホームの案内板を指した。
「調べたいことがあるなら、ここ行けば?」
「ライブラリー?」
 
 カイヤの示した通り、プラットホームには図書館があった。ダウンロードずみのゲームの情報なら、あらかた収められているという。
「なんであなたもついて来るのよ」
「ぼくがいちゃまずいことでもあるの?」
 サボテンのきみの捜索は今日はあきらめたほうがよさそうだと、レンカは肩を落とした。
 だが調べたいことは実際ある。こうなったらカイヤにも協力してもらおう。

「大蛇に襲われたって言ったでしょ?」
 レンカは、書棚から運んで来たぶ厚い書籍をテーブルに広げた。
『デザート無双』シリーズのモンスター図鑑だ。
「ほらここ、ランスヘッドバイパーはもともと『デザート無双』のモンスターなのよ。なのにオアシス村に現れたの。変じゃない?」
 
 カイヤはしばらく考え、一冊の本を持って来て開いた。
「オアシス村にもその大蛇はいるみたいだね」
「そんなはずないわ。別のゲームよ」
「別でも舞台は同じ、『オアシス村物語』は『デザート無双』のシリーズなんだ」
 彼が手にしていたのは『オアシス村物語』の攻略本だ。
「そうか、スピンオフ!」
 
 カイヤの丹念で正確な検索法にレンカは感心するが、本人はもう本に没頭している。彼は知識欲が高いのだ。
「このゲーム同じシリーズだから、設定すれば『デザート無双』からひとりゲストに連れて行けるシステムなのか。おもしろいな……」
 が、突然眉をひそめページを繰る手を止めた。

 カイヤが開いた項目には、簡略化されたコミカルな造形のランスヘッドバイパーがいた。
「これが『オアシス村物語』のランスヘッドバイパー。ぼくも今気づいたけど、同じと言ってもデザインが違うんだ。レンカが見たのは本家のほうだろ? オアシス村に出現するのはありえないよ」
 確かに、あのときの動物たちは見たことのないモンスターに会ったように、半狂乱になって逃げていた。

「これもきっとバグじゃないかしら。『エピックオブドラグーン』でも『オアシス村物語』でも異常が発生してる。明らかにプラットホームで何かが起きているのよ」
「そうだね、このままじゃアポトーシスが発動してしまうよ」
「アポ……?」
「いや、それよりここ見て」
 カイヤが、図鑑のランスヘッドバイパーの絵図をくわえていたあたりめでなぞる。

「ビネガーだって」
「何が?」
「大蛇の弱点さ。レンカ、助けてもらったとき酢をかけられたんだろ? そいつ、それ知ってたってことは『デザート無双』のキャラなんじゃないの」
 知りたかった答えをあっさり導き出され、レンカは新しいステージが解放された気がした。
 彼を捜していたとばれたくなかったが、その気まずさも忘れて舞い上がる。

「ありがとう、カイヤ!」
 目指すは『デザート無双2』のゲームだ。
「でも気になるのがさ」
 カイヤが本から顔を上げると、レンカはすでに目の前にいなかった。
 中身が見えそうなほどスカートを翻し駆けて行くヒロインの後ろ姿を呆れて送りながら、少年は図鑑を手に唸る。
 今はそれより解せない点があった。
「『デザート無双2』……うーんなんだろ」 
 
 意気込んで出て来たものの、レンカがロビーに入ると、辺りはにわかに混雑し始めた。朝と違ってかなりの人出があり、なかなか目的地まで辿りつかない。
「どうしたのかしら、さっきまでいてたのに」
 何かイベントでもあったのだろうか。
 首を大きく廻らせていると、突然館内のスピーカーから通知音が鳴った。

「ポーン──プラットホームの電源がオフになりました。キャラクターのみなさんは自由時間をお楽しみください」
 なるほど、プレイヤーがログアウトしている間はお呼びがかからないので、キャラクターが自分たちのゲームから休息に出て来たというわけだ。
 好きに過ごしていいというのはうれしいお知らせである。レンカがひとり人混みを縫いながら歩いていると、
「きゃっ!」
 突然誰かにぶつかり、レンカはよろめいた。
 あわてて前方を見ると相手はうずくまっている。レンカと同じくらいの少女のようだ。

「ごめんなさい、わたしよそ見をしてて──」
 手を貸そうとして、何かおかしいことに気づいた。
 彼女には、足がなかった。
「!」
 
 いや、よく見るともともとなかったのではない、消えかけているのだ。
 彼女の足のつけ根から先は細かな電子の粒子で、レンカが抱き起こすそばから散り始めている。
「どうして……! 待って、誰か呼んで来る!」
 
 だが少女は、立ち上がろうとするレンカのブラウスのひじをつかみすがった。
「あのひと……終末のウィルス……」
「え?」
 上半身も消え、かくし持っていたのであろう布の包みが転がり落ちる。
「いや、消えたくない……!」
 そのまま、上体も下半身同様砂状に変わり、光のノイズとなり消えた。
 
 レンカはしばらく空っぽになった腕の中を呆然と見つめていたが、誰かの叫び声で我に返ると、プラットホームの警備隊がこちらへ走って来るのが見えた。


〝逃げる? or  とどまる?〟
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