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第1ステージ 乙女ゲームにさよなら

乙女ゲームにさよなら③

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 とはいえ、実際情報は集めなければならない。レンカがきょろきょろとロビーを見回していると、
「ねえきみ」唐突に肩を叩かれた。
 ふり返ると、チュニックに剣を背負った旅人風の青年が立っている。ほかのゲームのキャラクターと話すのは初めてだ。

「な、何かご用ですか?」
 少し戸惑い気味に尋ね返すと、青年はにこやかに頭をかいた。
「いやあ、きれいなひとだなあと思って。あ、ぼくのゲームでちょっとお話しませんか? エリクシルと金のりんごをごちそうしますよ」
 自分のゲームでもいやと言うほどほめ尽くされてはいるが、こちらはシナリオではないし悪い気はしない。
 それに、自分もバグについて訊かなければならないのだ。
(行ってみよう!)

 青年の案内でゲートの一つをくぐると、そこには壮大な景色が広がっていた。視界に飛び込んで来るのは、天を覆う巨大な魔法陣に海を臨む古城。
「──RPGの世界!」
「そう、ここは『エピックオブドラグーン』のゲームです!」
 青年は両腕を広げてレンカを招いた。その肩の向こうには、悠々と空を駆ける影もある。

飛竜ワイバーンですよ。郊外の巣に帰るところです。うまくテイムできれば騎乗も可能です」
 チャーターしたドラゴンで遊覧する贅沢な光景を思い浮かべ、レンカは憧れのまなざしで空を見上げた。
 
 世界観は『憂国のシンデレラ』と似た場所があるものの、こちらはオープンワールド形式。プレイヤーが自由に歩き回れる環境となっている。ここに比べたら、自分のゲームの背景が書割に見える。
 
 作り込まれた城下町をうっとりと歩いていたら、いつの間にかレンカたちは城に到着した。重厚な正面門ファサードいかめしい音を立てて開く。
「お城へ行くの?」
「はい、女王も交えてお茶会はいかがですか?」
 
 ティータイムにはいささか敷居が高いが、女王ならバグについても何か情報を持っているかもしれない。
 逸る胸をおさえいくつもの扉を抜けて連れて行かれた先は神々しく輝く王の間で、騎士たちが左右にずらりと並んでいた。

「ただ今もどりました!」
 これまでの朗らかな態度とは一転、青年の硬さをふくんだ声がホールにこだまする。
 しかし肝心の玉座は不在。しかも場に張りつめた緊張感は、これから楽しくお茶を飲む雰囲気とは到底思えない。
 さすがに不安になって青年をふり返ると、彼はピシリと敬礼し、こちらをふり返りもせず出て行った。

「あの……?」
「女王陛下がお待ちである」
 戸惑うレンカをよそに、側近と見られる白い礼服の司教が現れレンカを奥の部屋へ促す。まるで、初めから待っていたようだ。
 だが豪華絢爛な個室にもかかわらず、やはり誰もいない。いや、よく見ると、
(ソファに何か、半透明のぬめぬめとした何かが……)

「!?」レンカは思わず後退った。
「これ娘、女王陛下の御前であるぞ」
「じょ、女王陛下!?」
 奇妙な物体を二度見しながら、やっと声を出す。
「なんですかコレ……」
「コレと言うな、女王じゃ」
 
 ぬめぬめとした何か、はよく見ると麺のかたまりだった。まだまだ知らない世界があるようだ。ファンタジーでは食べものも国の頂点に立てるらしい。
「変わった設定ですね」
「設定ではないわ」
 司教は苦々しい顔で僧服カソックの袖をこめかみによせた。

「ある日突然、女王はこのようなお姿になられてしまったのじゃ。コレは『しらたき』。鍋や煮ものに入れる極東の麺類である」
(コレって言っちゃったけど)
 呆れつつも尋ねてみる。

「どうして女王が食べ物なんかに?」
「プレイヤーは、白髪の女王のことを『しらたき』と呼んでおった。コレはやつの呪いに違いないのじゃ」
 司教の忠誠心と持論を訝りながらレンカは聞いていた。この事態はどう考えてもバグである。
 
 もっとくわしく聞かなければと司教に向き直ったが、
(じゃあわたし、どうして連れて来られたの?)
 女王がお茶会どころではない現状に気がついた。回りくどい勧誘をされたことといい、何やらいやな予感がする。

「えーとわたしそろそろ」
 踵を返すレンカの肩ががっしとつかまれる。
「待て、そこでそなたの力が必要なのじゃ」
「どうぞお大事に。わたし、女王役なんてできませんから」
 王女をっていたから自分に白羽の矢が立ったのか。
 見初められたのは誇らしいことではあるが、今そんなひまはない。

「役ではない。お前のLPを、女王にちと分けてほしいのじゃ」
「LP? わたしの?」
 LPライフポイントはキャラクターの体力、生命力の数値だ。おいそれと分けてやれるものではない。

「冗談でしょ、力のありあまってる勇者にでも頼んでください」
「お前のものが最適なのじゃ。『レンカ・アークエット』はここではダウンロードが新しい主役級キャラクター。このプラットホームで現在、一番強く新鮮な気を持っている。お前のLPを注げば、女王はすぐにもとのお姿にもどれるのじゃ」

「注ぐ? どうやって?」
「せ……接吻じゃょ……」
 妙に照れながら口を尖らせる司教にレンカは辟易して引いた。さらに咳払いをしながら、彼はとんでもない条件をつけ加える。

「十分もあれば復活されるじゃろう」
「そんな長いキスシーンいやよ!」
 そういう問題ではないが、プライベートでは遠慮したい。
「よいではないか、どうせ本編では、攻略対象とあれもこれも経験ずみなんじゃろう?」
「言い方ー! セクハラです!」
 もうナノレベルでも分けたくはないが、司教もなかなかあきらめない。

「女王登場のチャプターへプレイヤーが辿り着く前にもどらねば、ゲームの危機なのじゃ。接吻がいやなら、自分で取り出す方法もある」
「いやですってば。だいたいこんな剣と魔法のすごい世界なのに道具もないんですか?」
「プレイヤーは課金をしぶるやつでな。今宝物殿には、転生の小箱しかない」
 司教はメニュー画面を開き愚痴をこぼした。

「それを使えばいいじゃないですか」
「転生では女王自身にもどることができぬ、復活のアイテムかLPでなければだめなのじゃ」
 そんな内情は知ったことではないが、LPの仕組みには疑問もある。

「仮にですけど、もしも実行した場合、わたしのLPはどうなるんです?」
「大丈夫じゃ。完全シフトする前に女王が甦れば死にはせぬ」
「……つまり、運が悪ければわたしは消えるということ?」
 答えの代わりに、騎士たちがレンカを囲んだ。マスケット型の銃剣を向けられ、退路はふさがれる。


〝引き受ける? or 断る?〟
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