シンデレラクエスト  〜乙女ゲームヒロインのわたしがモブに恋するわけないって思ってた。

桂花

文字の大きさ
上 下
2 / 34
第1ステージ 乙女ゲームにさよなら

乙女ゲームにさよなら②

しおりを挟む
 異変に気づいたのはカイヤだった。

「ギャラリーのほうがなんだか騒がしくない?」
 耳をそば立てると、確かにスチルを収めたギャラリーから、エキストラたちの動揺した声が聞こえる。
 レンカたちがあわてて現場に向かい陰からのぞいてみると、そこには信じられない景色が広がっていた。
「な……スチルが!」
 
 なんと、プレイヤーが全ルートをまわって獲得した思い出の静止画が、何かに食い荒らされたようにあちこち穴だらけになって消えている。
 レンカはその場に凍りついた。
「どうしてこんなことに!」
「そんなことは後だ、みんな早く、もう一度スチルを作るぞ!」

 アンバーに促され、レンカたちは急いでスチルの背景場所へ飛ぶ。抜けたシーンを、もう一度再現するのだ。
「SEとサウンドをディレクトリから持って来るんだ」
「静止画だからBGMだけでいいんじゃ」
「いや『シーン再生』がある」
 そう、スチルによっては動画でふり返るものもある。

「もうぼくらだけでは手が足りないよ」
「エキストラたちにも頼もう。衣装は楽屋に予備があっただろう」
 ふだんはキザでナルシストなアンバーだが、一番の年長者だからか、こういうときには意外と頼りになる。
 初めての作業に戸惑う登場人物たちだったが、彼の指示で少しずつ復元は進んだ。
 しかし、なかなか完全にそろわない。

「このままじゃ、プレイヤーがメーカーにクレームを入れるぞ」
「まずいわ急いで! あとは?」
「ええと、スピネルが死ぬシーンだよ」台本を見るカイヤ。
「スピネルはどこに行ったの?」
 レンカが頭をかかえたとき、ちょうどスピネルが現場に来るのが見えた。
「あれ、お前たち……?」
 
 ただならぬ雰囲気に後退りするが、アンバーにすばやく首を確保される。
「な!?」
 レンカはカイヤに確認した。
「どの死に方?」
「刺されてからの溺死」
「エンドリスト№12、すぐに用意して!」
「やめろ、おれはもうやらんぞ!」
 
 何度も演って懲りたのだろう、全力で抗うがアンバーの腕はほどけない。一番高身長で肉体美を自慢するだけあり力も強いのだ。
「放せ! ちょっと待──わあっ!」

 スピネルは有無を言わさずエキストラたちに泉に放り込まれ、ブクブクと沈みゆくさまを撮られた。できた画像を速攻でレンカがギャラリーに貼りつける。
 なんとか間にあったようだ。

「……ふう、ちょっとしたバグってことですんだかな」
「でもレビューは星がへったかもね」
 談笑するアンバーとカイヤの後ろから、レンカは逸る口調で告げた。
「それより、どうしてこんな事故が起きたのか調べなきゃ」
「調べるって、どうやってさ?」

「わたし、このプラットホームにいるキャラクターたちに聞き込みに行こうと思うの。同じトラブルがまた起きたら、このゲーム消されちゃうわ!」
「うむ、さすがは主人公──だが、なんか殺気立ってるな、お前」
「コンプして性格変わった?」
 呆れ気味のアンバーやカイヤに、レンカはこぶしをにぎって力説した。

「わたしたちはずっと、作られたシナリオに沿って存在してきたわ。でもゲームは終わった。これからは予定調和な毎日じゃなくて、現実を生きたいの」
「現実とは?」
「このゲームの外の世界よ。みんなだってプラットホームに出てみたいでしょ?」
「そりゃまあ、外にはいろんなゲームがあるしなあ?」
 なぜか顔を綻ばせうなずくアンバー。

 だが、カイヤは他人事ひとごとのようにあくびをする。
「ぼくはやだよ、めんどうくさい。せっかくフルコンプしたんだ、これからはのんびり行きたいね」
「そこは同感だな。通常不具合の発見等デバッグは運営の仕事だ──はっくしょい!」
 スピネルも水を滴らせ、不機嫌そうに泉から上がって来た。

「いいわよいいわよ、アンバーが協力してくれるから」
「わたしが?」
 いちおう困った顔を見せるが、「しょうがないな」とレンカと裏方バックヤードへ向かう。
 頭をかきながらも後ろ姿に背負しょっているのは、キラキラとした光のエフェクト。

「あいつやる気満々だな」
「ウザいなあ」
 アンバーの頭上に表示された好感度アップのアイキャッチを、スピネルとカイヤは半目で見送った。

 裏方バックヤードは空港に似た作りで、ロビーから搭乗口のようにのびた通路がそれぞれのゲームの入り口につながっている。
 プラットホームにあるゲームはもちろん、『憂国のシンデレラ』だけではない。
 
 剣と魔法のファンタジーRPG『エピックオブドラグーン』、砂漠の怪物を狩猟する『デザート無双2』、動物の仲間たちと村おこしに励む『オアシス村物語』などなど。
『憂国のシンデレラ』はここでは一番ダウンロードが新しく、レンカたちは新参者だ。
 立体映像で空中に映し出された各ゲームのメインビジュアルを見上げながら、レンカは改めてゲームの多さを知った。

「ギャルゲーまであるのね」
「うむ、我々のプレイヤーはなんでも楽しむ雑食タイプのようだな」 
 ロビーは学生服の美少女や勇者たち、いろんなキャラクターでごった返している。
 初めて自分のゲームの外に出たレンカは、改めてわくわくと期待にみちた目でロビーを見回した。
 
 ふたりはまず、総合案内へ向かった。
「いらっしゃいませ」
 カウンターには、黒いスーツ姿に白い仮面の男性が立っている。
 記号で作られた顔文字がデジタルで仮面に表示される仕様になっており、今はノーマルの無表情となっている。

 彼がここの管理AIらしい。アンバーは早速スチルが消えた件を話したが、相手からはまとはずれな定例句が返って来た。

「それはご愁傷さまですな」
「いや、だから原因をだな」
 ふいに、白い手袋をはめた手がさっと受付の注意書きを指す。

『各ソフト内での事故・トラブルにつきましては、一切責任を負いかねますのでご了承ください』
「……というと?」
「申しわけありませんが、このような決まりになっておりまして」
 さほど悪いとも思ってなさそうな、単調な口調である。レンカはずいとカウンターへ乗り出した。

「うちのゲームのせいとは限らないわ。そっちの問題かもしれないじゃない」
「そのような報告はございません」
「ちゃんと調べてよ」
「わたしどものハードに不良はないと心得ております」
 取りつくしまがない。レンカはイライラと足を鳴らした。

「これだからお役所仕事って……」
「おっと定時だ」
 シュンと音がして顔文字が消え、管理AIは静止した。
「ちょっと、まだ終業には早いわよ! そっちのハードに不良はないんじゃなかったの?」
 シャットダウンしたAIにつかみかかるレンカを、アンバーが止める。

「行こう、レンカ」
「どうしてよ、あれ見て、納得できないわ」
 何食わぬ顔で復活している管理人を不服げに後ろをふり返るが、引っ張られてゆく。
 アンバーはロビーのすみのソファに腰かけ、レンカをなだめるように声をひそめた。

「まあ落ちつけ、今は分が悪い」
「じゃあ、どうするの?」
「なぜこのようなバグが起きたのか、調査するのだ」
「だからここに来たんじゃない」
「ああ、そうだったな……うむ」
 
 自分が落ちつけと言ったにもかかわらず、アンバーはそわそわと心ここにあらずだ。
 レンカが不審な視線を投げると、いきなり彼は立ち上がった。
「そう、聞き込みだ、いろんなキャラクターに聞き込みをかけるのだ!」
「それもわたしが言ったけど」
「そ、そうであったな。ではわたしは行く。お前もいずれかのゲームでいろいろ調べて来い。じゃっ」
 
 言うやいなや、マントを翻し、これまでに見たこともない俊足で駆けてゆく。
 行き先は、まっすぐに美少女ゲーム『ラブコンチェルト』のエントランス。
「あの男・はっ……」
 ひたいにぴしりと青すじが走る。スチルにはない苦虫を噛みつぶしたような表情で、レンカは歯噛みした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

150年後の敵国に転生した大将軍

mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。 ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。 彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。 それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。 『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。 他サイトでも公開しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

処理中です...