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第1ステージ 乙女ゲームにさよなら

乙女ゲームにさよなら①

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〝割れた教会の薔薇窓から、七色の光が射し込んでくる〟
『どこであろうと、お前がいる場所がおれの楽園だ』
〝スピネルがさし出した手を、わたしも強くにぎり返した〟
 
 ──Fin

 エンディングが始まり、スタッフロールが流れ出した。作品の名シーンが、現れてはセピアに変わり消えてゆく。
 クレジットが企業名で締められ、画面がブラックアウトすると、彼らはいっせいに息をついた。

「──やれやれ、スチルが多いとかなわんな」
 今しがた立っていた祭壇から、黒いマントの青年が華麗に飛び降りる。
 鬱陶しげにあかい髪をかき上げるその大仰な仕草に、もうひとりの青いサーコートの長身が失笑した。

「残念だったな、スピネル。セリフの数ではおれが上だ」
「そのセリフ間違えてたよね、アンバー。スピネルのスチルもほぼ死亡エンドだし」
 小馬鹿に笑うのは、ほかのふたりよりあどけなさの残る少年。

「ショタ枠は黙ってろ」
 黒衣にギロリと返された鋭い眼光にも臆さず、少年は藍色の瞳で邪気なく微笑む。
 対峙する彼らを、アンバーと呼ばれた青年は嘲笑を込めて見下ろした。

「まあお前たちがどうわめこうと、キービジュアルのセンターはわたしだ」
OPオープニング歌ってるのはぼくだよ。限定版ドラマCDのタイトルコールもね」
「人気投票はおれが首位だ。なんと言っても攻略制限ありだしな」
 マントを翻すスピネルにもアンバーは引かない。

「わたしのルートは三週したぞ」
「それは単なるスチルの回収でしょ」
「もはや作業だな」
「…………」
 
 一同にふくみのある沈黙が走る。そんな三すくみを、不機嫌な声がさえぎった。
「みんないい加減にしてよ。ちょっと話があるの」
「レンカぁ、あいつらふたりしてぼくのこといじめるんだ」
「あなたも煽ってたの見てたわよ、カイヤ」
 駆けよったもののピシャリと諌められた少年が、チッと顔に似あわない舌打ちをする。

「せっかくプレイヤーが完全コンプリートしたのよ。どうして攻略対象同士がケンカするの。舞台裏がこんなにギスギスしていたら夢が壊れるわ」
 少女は、殺伐とした視線を交わしあう三人を眉をよせ見回した。

『レンカ・アークエット(名前変更可)』。
 クラウンブレイドに編み込んだバラがトレードマークの、このゲームの主人公だ。
 これはゲームの裏方バックヤードで繰り広げられる、電脳世界のキャラクターたちの物語である。

『憂国のシンデレラ』──よくある仮想中世を舞台とした、恋愛ファンタジーAVGアドベンチャーゲーム
 主人公はとある小国に生まれた少女で、ひょんなことから王家の血筋を受け継ぐ王女だと判明する。
 しかし王宮に迎え入れられたのも束の間、敵国に攻め入れられ過酷な運命の渦中に。役職の異なる三者を廻る恋と戦いのストーリー、というのが大すじだ。

 そこそこの売り上数はあるが、メディアミックスへの展開はまだない「ふつうの」乙女ゲームソフトである。
「わたしの麗貌と声帯CVをもってアニメ化すればヒット間違いなしであるのに、なぜオファーが来ないのであろうな」
 アンバーが、舞台の一つである泉に己をまじまじと映してごちた。
 
 現在プレイヤーが見ているのは、すでにスタート画面。ギャラリーから、完全コンプリートのごほうびスチルを堪能しているころだろう。

「でもきみ、ネットでは残念なイケメンて言われてるよ」
 カイヤが泉に小石を放ると、アンバーの顔が千々に乱れる。
「う、嘘だ!」
「ほんとだよ、無意味に胸もと晒し過ぎなんだよ」
「そんなはずはない、プレイヤーの少女たちはわたしのカラダが見たいはずだ」
 そう言って、さらにシャツをかっ開く。
「その思い込みが気持ち悪いな」
「なんだと!」
 
 スピネルのとどめから再度始まった生産性のない口論を、レンカは俯瞰気味に眺めていた。
 敵国第一王子役アンバー。
 金髪碧眼の大人びた十九歳で、国民にはやさしく戦いでは雄々しく、まさに王子と呼ぶにふさわしい正統派のヒーローだ。
 見た目だけは。

「お前は誰が一番美しいと思う?」
 童話の魔女が鏡に尋ねるように、アンバーがウキウキと期待を込めて投げて来る。
「攻略対象なんだから美形なのはみんな基本よ」
「レンカ、ツンデレなのは本編だけでいいんだぞ?」
「乙女ゲームのセオリーを言ってるの。外見にどんな要素がプラスされるかが、キャラクターの魅力でしょ」
「そうか、わたしの魅力はギャップ萌えか」

 都合のいい解釈をされ、レンカは話を続けるのが億劫になった。
 作中ではアンバーは完璧な男性像で描かれるが、意外と涙もろかったりヒロインにやきもちを妬いたりとかわいらしい一面もあり、事実そんな表情がプレイヤーの母性本能をくすぐっている。
 
 タイプA・完全無欠×センシティブ男子。

「確かにアンバーはギャップがあるよね」
「設定は文武両道なのに台本が読めなかったしな」
「なっ……違うぞ! 〝ある鷹は爪を〟だ、あれはわかってやってるんだ!」
 仲間たちにまっ赤になって反論するが自爆したようだ。

「『兄さん』はしゃべらなきゃマシなのに」
 涼しい顔で微笑むカイヤは、アンバーとは異母兄弟の第二王子役である。
 ほかのふたりより年少で身長もレンカとそう変わらないが、小動物のような無垢な笑顔で毒を吐く、病んだ二面性が人気の、
 
 タイプB・弟属性×S系男子だ。

 紹介文句は『天使と悪魔のショコラティエ』。作中ではお菓子作りが趣味で、常にチョコレートを携えている。
 ただし舞台を降りると、

「お前小物おかしいだろ」
 チョコレートはつまみに変わる。

 呆れるアンバーにも介さずカイヤはボトルを床におき、クラシカルなショートパンツであぐらを組んだ。
 さらさらの前髪をヘアバンドでたくし上げ、スルメを裂く仕草は、少年のものとは思えない。

「攻略対象なんてストレスいっぱいでやってられないよ」
「お前中身オッサンじゃないのか、まともなのはおれだけだな」
 スピネルの冷笑をカイヤは逆に笑い飛ばす。
「何カッコつけてんのスピネル。一番こじらせてるのきみなくせに」
「そうだ、わかってるんだぞ。レンカ、こいつのタトゥーな」
 
 したり顔のアンバーに、レンカは何を今さらという顔で肩をすくめた。
 サイトの人物紹介にもあるが、スピネルは腕に暗殺団のタトゥーをかくしてあるのだ。

「違う違う、こっちに自分で彫ってるんだよ」
「あっ、やめろ!」
 ふたりがかりでおさえつけられる。
 クールなアサシン役のスピネルが、なんだかんだでいつもいじられるのをレンカは微笑ましく眺めていたが、アンバーに剥かれた彼のわき腹を見て固まった。
 
 手描きの相合い傘の下に、スピネルと自分の名前が彫られている。
 アンバーの手をふり払いすぐさま姿勢を正すと、スピネルは少し顔を赤らめ憂いを帯びた顔でレンカを見た。ストーリーでは、好感度が上がると解放される表情だ。

「こんなおれに幻滅……したか?」
「決定稿でもありえないんだけど」
 直球の返事がバッドエンドよりショックだったらしく、スピネルはわかりやすくがくんとひざをついた。
 
 怜悧なくれないの髪のタイプC・スパダリ×不運男子。

「そんなことより話があるの」
 これ以上諍いの波紋が広がるのを防ぐべく、レンカはメンバーを見回した。
「あのね、このゲームどう思う?」
「どう、とは……」
 質問の意図がわからず戸惑うアンバーだが、カイヤはすばやくオンラインを検索し、ネットの評価を得意げに読み上げる。

「『カイヤの澄んだ声が主題歌にぴったりで、挿入歌はシーンを感動的に甦らせた』だって」
「構成も完璧だったと思うぞ。伏線の回収も違和感なく、山場もきっちりおさえられていたな。特にわたしのルートは」
「そういうのじゃないの」レンカはアンバーに首をふった。

「乙女ゲームのヒロインって、特別じゃないのになぜ特別に扱われるの?」
「それが何か問題が?」
「確かにわたしは主人公だし顔がいいと思う」
「何言ってるのか意味わかんないんだけど」
 胡乱にスルメの足をかじるカイヤ。

「『神に愛された少女』なんてキャッチフレーズついてるし、内面も外見もみがくの大好きだし」
 アンバーも引いているのがわかったが、レンカは続けた。

「でも、いくらなんでもモテ方が不自然でしょ」
「スピネルのルートではめちゃくちゃ罵倒されていたようだが」
「スピネルは何しても結局『お前おもしろい女だな』って……」
 つまらなさそうにくちびるを尖らせるレンカに、本人が苦笑する。
「そういうシナリオだよ」

「それだけ恵まれていったい何が不満なのさ?」
 カイヤをふくめた三対の怪訝なまなざしに、レンカはもどかしく地団駄を踏んだ。
「とにかく、わたしには経験が足りないと思うの。まやかしの世界には飽きたのよ」
「そうは言っても乙女ゲームだしな……我々はその演者であるし」
 アンバーに続いてスピネルも訝しげにうなずく。

「だいたいプレイヤーはそういうフィクションを楽しむのだろう」
「プレイヤーじゃない、わたしの気持ちよ。作りものの世界、ご都合展開、リアリティがないストーリーはもううんざり」
 投げやりに、レンカはガラスの靴のイヤリングをはずした。
「お前さっき、夢が壊れるとかどうとか言ってなかった?」
 眉をひそめるアンバーに、レンカは真剣な顔で畳み込む。
「それで話というのはね」
「待て、レンカ」
 アンバーが不審に首を巡らせた。

「何か、背景がおかしいぞ」
「ああっ、ぼくらの国が!」
 
 カイヤの声にふり向くと、美麗に描き込まれた背景に亀裂が入り、電子の塵が泡立っている。
 そのとき、ドン! と地震のような爆発的な衝撃が走り、四人の躰は転瞬宙に浮いた。


「──!」
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