勇者の曾孫の迷走録

たくみ

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10.マザーラブ?②

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「母です!」

 とても誇らしげに言い放つ彼におーーーと感嘆?関心?するような声が上がる。些か落胆したような気配が漂っているような。

 先輩に関しては明らかに眉尻が下がっている。

 が気を取り直したのか

「お母様の刺繍でしたか!とても素晴らしい腕前をしていらっしゃる!イエイ、ビューティフォー!そういえばリカルド君にはまだ婚約者や恋人はいなかったな!気を利かせたお母様がやってくださったのかな?優しいお母様で羨ましいぞーーー!」

 フーーーと少しからかうような歓声が上がる。リカルドはそれに答えるようにニンマリと笑うと

「いえ、母はいつか恋人ができたらお願いしなさいと断ってきました。だからめちゃくちゃお願いしてやってもらいました」

 フーーー…………?としょぼくれていく歓声。

 うん?
 別にそこまでして刺繍してもらわなくても良いのでは?
 見栄を張るために自分でやったものを女性にやってもらったと言ったり、家族からやってもらったものを女性からもらったとか嘘を付く輩も当然いるがこれは珍パターンだ。

「あははは。うんうん、そうかそうか」

 いやもうなんて言っていいか困っちゃってるし。何がそうかそうかなんだか。

「はい。そうなんです。自分母親第一なので!やっぱり一番大事な人に刺繍をしてもらいたいじゃないですか!!!」

 シーーーーーン…………と静まり返る場。
 あれだけ騒がしかったのに、ここまで静まり返ることが出来るのか。

「あ……と。うんうん、そうかそうか」

 顔を思いっきり引き攣らせながらうんうんと頷く先輩。さっき乗り切れたからまた同じ言葉で乗り切ろうとしているようだ。

「はい!」

 お行儀よろしく返事するリカルドは爽やかで輝いている。かっこいい、かっこいいのだが……場に微妙な空気が漂う。

「えー…………っと。イエーーーイ!とっても良いスマイルだ!まさに優勝者に相応しい笑み!それでは皆様解散!!!」

 ザザザザザッ皆が即座に移動する。この微妙な空気から逃れようとするように。


「……俺、マズいこと言ったか?」

 リカルドが頬をかきながら言ってくる。

「いや、別に悪いことを言ったわけではないと……思う。とりあえず俺等も教室に戻ろうか」

「ああ」


 闘技場には学生も教師も一人も残っていなかった。



ーーーーーーーーーー


 ホームルームが終わった後、学園内にあるカフェテリアでお茶を飲むアレンとリカルドの二人。優雅に足を組みながらお茶を飲むアレンと微妙に身体を竦ませているリカルド。

「で、いつからお前はお母さん大好きっ子になったんだ?」

「えっと…………3日前から?」

「そうかそうか。お前の母さん美人だもんな。ちょっと厳しい印象を受けたりするときもあるけど、お菓子作りが得意で胃が癒やされるよな。ちなみに俺はブルーベリーパイが好きだ」

「ああ、今度遊びに来る時に焼いてもらうよ」

「そうか悪いな。………………で?」

「えー……なんか言いにくいなぁ」

「今更お前が変な思い込みをしていようとどうも思わないから早く言え」

「…………俺なこの前本屋に行ったんだ。そこの親父に勧められた本を読んでな。母親を何よりも大事にしてる男が恋に落ちるんだが、なんやかんやいって結局母親を優先するんだ。デートも、母親と彼女が同時期に風邪ひいたときも、プレゼントも。そのたんびに彼女は男に惹かれていくんだ」

「ほう、引かれるんじゃなくて、惹かれるのか」

「そうだ。惹かれるだ。ヒロインは母親一人で育てられたから自分の母親を大切にしてくれそうな人を追い求めていたらしい。で結局二人は結ばれ皆仲良く暮らしましたという話しだったんだ」

「ほう、だからお前も母親を大事にしている男だとアピールしたわけだな。そしてモテようと」

「なんだよその呆れたような表情は。本では上手くいってたんだぞ!それに皆母親に反抗的な態度をとったりするものだけど、やっぱり結婚する相手には自分の親を大切にして欲しいと思うものじゃないか?」

「まあそれはそうだが」

 そりゃそうだ。自分だって親をばかにする様な嫁さんはノーセンキューだ。

「だろう?自分の親を大事にせず相手の親だけ大事にするやつもいるかもしれないけど、そんなん表面的な仮面みたいな感じがするじゃないか。そりゃああまりにもクズ親だったらそんなこともあるかもしれないけど。一応自分の親を大切にしてこそ相手の親も大切にしてくれるって女の子だって思うものだろ?」

「まあ…………でも一番大事な人は母親だって言ってこの人素敵ー!って思われるのはなかなかないと思うぞ。小さい子供が言ったら微笑ましいけど……」

 これだけ立派な図体をした男が良い笑顔で母親が一番大事とか言っちゃうのはなんか女性から見てかっこいい男とは思われないと思うのだが。

 いわゆるそれは


 マザコンというものでは…………

 そして行き過ぎたそれは女性にとってウザさ全開事案だと思うのだが。

「いや、でもケンはうまくいってたぞ?」

 誰だよ、ケンって?もしや

「ケンとやらは本の主人公か?」

「そうだ」

「そうか」

 友よ、現実を見るが良い。

 この学院にこんなマザコン、いや実際はマザコンを装っているだけだが。こんなマザコン宣言したからといって誰かそれで近づいてくるわけでもなし。

 リカルドもすぐに失策だったと気づくだろう。




「あの…………」

 控えめな声が二人にかけられる。視線を向けると黒色の髪をおさげにした可愛らしい小柄な女の子がいた。かなり緊張しているようだ。二人はお互いに目を見交わし顔を近づけて小声で話す。

 アレン、お前に用なんじゃ?

 いや、リカルドお前にだろ?

 はあ、俺に告白なんてないだろ?

 なんのためのお母さん大好き宣言したんだ?というかそもそも告白か?

 いやいやあの空気感を醸し出す男に近寄ってくる女性はいないだろう。この緊張感は告白だ。

 いやいやいやいや、わかっていながらなぜやらかす

 いややらかしたあとに気づいたんだ。俺は空気は読める男だ

 ……………………………………

 そんな目で見ないでちょうだい


 しょぼんとするリカルド、垂れ下がった耳としっぽが見えるようだ。

 

「あのっ!急にごめんなさい。私1年のミカエラ・デリスと申します!あのっさっきのリカルド先輩のあのお母さん一番大事発言に大変感動しました!あのっ私もお母さん大大大大大好きで!!!いや、自分と似たような人と初めて会えて嬉しくて!あの、それで!それで!それで!あの、それで!」

 あまり何を言いたいか纏まっていないが、なんとか伝えようとするその一生懸命な様子に二人も周囲の者も応援したくなる。ていうか何やら頑張れーやら大丈夫だぞーと声がかけられる。

「は、はい、ありがとうございます!」

 律儀だ。真面目な子だ。

「あの……リカルド先輩!」

「は、俺?あっ……はい!」

 一瞬戸惑ったようだが周囲から鋭い視線を投げられ元気よくお返事するリカルド。

「よければ私とお出かけしていただけませんか!?」

 
 うおーーー!
 きゃーーー!

 お出かけ!お出かけ!お出かけ!お出かけ!お出かけ!……

 お出かけコールが始まる。

 本当にこの学園の生徒はノリが良い者が多い。




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