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36. 黒き獅子登場①

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 空から降ってきた黒獅子ーーーキールに一瞬呆然としてしまう5人。……が、呆然としている場合ではない。我に返ったレイラが叫んだ。

「黒獅子将軍!お助けください!」

「いや、無理だ」

 まさかの即答。

「何かあったら呼べと仰っていたではありませんか!」

 自分たちではどうしようもない。だからこそ現状を打破できそうな将軍を呼び出したのに、なんの意味もなかったことについキレてしまう。

「呼べとは言ったが、どうこうできるとは言っていない。……というか、少々こちらが思っていたこととは違うことが起きているようで混乱している」

「「「「「は?」」」」」

「これは魔術を使った呪いだな。しかもかなり強力な。こんなものはどれだけ優秀な魔術師でも解呪不可能だ。前来たときに強力な呪いがあることはわかっていた。ヒルデがそれをなんとかしようとしていたのもな。だが、俺はヒルデが自分を人柱として封印するのだと思っていた。あいつにはそれだけの力があるからな」

 キールの言葉に理解が追いつかないトーマス。

「そもそも呪いとはなんですか?俺が呪われてたんですか?なんかさっき変な声が頭に響いてきて、湖に行かなければいけない……という気になって、他には何も考えられなくなってしまって……。俺はいつの間にか誰かを傷つけていたのか?」

 わけがわからない。そりゃあ、善人ではないかもしれない。でも!こんな呪いをかけられるような覚えはなく、混乱する。

「いいえ、違います………………これは代々男爵家に伝わる呪いなのです」

 ミランダの静かな声が響いた。

「代々伝わる呪い……?どういうことだ?」

「それは……」

 トーマスの問いに答えようとしたミランダの返答を遮るものがいた。険しい顔付きのキールだった。

「呪いは王家に届け出なければならない。俺は陛下は知っていて俺に知らせていないだけかと思ったが、本当に何も知らないようだった。どういうことだ?謀反でも企てているのか?呪い返しにでもあったのか?」

 呪いとは厄介なものである。もともとは個人にかけられた呪いがどんどん膨らんでいき、国に甚大な被害を及ぼす可能性がある。その為、呪いは王家に報告する決まりがあった。

「……王家には呪いのことは届け出ていると聞いています。陛下がご存知ない理由は私にはわかりかねます……」

 呪いは大罪である。そもそもこの世界には呪いをかけられるような人間は数少ない。それだけの実力があるものはそれなりの役職についているものが多く、自分の財産や権威を落としかねない呪いに手を出す人間はほとんどいないといっていいほどだった。
 だが、本当に極稀に呪いに手を出すものはいる。人間とは欲深い生き物であるから……

 強力な魔術を操ることができるものしか呪いをかけることはできない。その呪いを解くにはそれを上回る魔術で呪いを打破するしかない。王宮に仕える魔術師たちが派遣されるのだ。それに呪いをかけられた方もなぜそんなことになったのか徹底的に調査される。かけられた方が相応の理由を持っている可能性が高いからだ。

 また呪者本人にその気がなくとも呪いとは不思議なもので、どんどん拡大していく場合もある。そうなったら国の危機となる恐れもあるから呪いの確認がされたら必ず国に届けなければならない。

 呪い……田舎暮らしの自分とは関係のない話し、存在だけは知っていたが本当にあるのかどうかも疑わしいと思っていた呪い。だが、トーマスは先程感じた恐ろしい感覚を思い出す。何も考えられず、呪者の思うままにされる感覚。自分が自分でなくなる感覚。あんなものにどう対処していくのか……。ヒルデはどうなってしまったのか……。全然考えがまとまらない。

「まあよくわからんが……とりあえずヒルデは生きているから安心するといい」

 考え込むトーマスはキールの言葉にハッとした。

「本当ですか!?」

「今、嘘を言うメリットがあるか?恐らくだが、湖の中で呪いとやりあってるっぽいな……。封印するんだったら呪いの気配が薄まるはず。だが、濃いままだ。この状態でヒルデが呪いに負けていたら、男爵殿に再び手が伸びているはずだしな」

 冷静に分析するキールの言葉にほっとしていいのか、よくわからない。

「なんとかできないんですか!?この国最高の将軍であられるあなたならなんとかできないんですか!?」

 自分の力では何もできない。男爵家にかけられた呪いにも関わらず……ヒルデが自分のかわりになんとかしようとしてくれているのに……自分にできることは何もない。どうにかなりそうだった。できることは他者を頼ることだけだった。

「……お前は水の中で息できるか?」

「は?できませんが……」

「そうだ、人間は水中で息することはできない。それに、呪いは非常に高度な技術がいる。それを解呪するのはかける以上に高度な技術が必要だ」

「…………………?」

 言っていることは正論である。しかし、黒獅子と呼ばれるこの男ならなんとかできるのではないのか?最高の地位、全てを持った男。ヒルデと並び称され、いや、ヒルデ以上に評価が高い男。ヒルデにできることが黒獅子にできないなんて……

「俺はヒルデに魔力の保有量も使い手としても遠く及ばない。剣の腕は確かにヒルデより上だと自負している。だが、今この状況で剣の腕が何か役に立つか?それに、魔術も攻撃に特化したものはまあ強いかもしれん。だが、呪いとは繊細なものだ。俺のような大雑把な魔術ではむしろ足手まといになるかもしれん」

 黒獅子は今、国随一の実力者と言われているが、ヒルデのほうが将軍としての力は上だった。剣の腕だけでいえば黒獅子の方が上だったが。しかし、戦時中は魔術を使った巧妙な戦い方をするヒルデのほうが活躍する機会は多かった。練習中にヒルデに勝てたことは一度もない。

 しかし、キールは公爵家のもの。ヒルデは平民。しかも、富裕層でもないどこの馬の骨ともしれない捨て子。宮中の人間はヒルデこそが国で一番の将軍ということを認めなかった。
 キールは馬鹿らしかった。が、貴族とはそういうものだということも理解していた。それに何よりヒルデ本人にこだわりがなかった。彼女が興味があったのは金払いがいいことだった。

「そんな……じゃあ、もうどうしようもないんですね……。ヒルデが勝つのを祈ることしかできないんですね」

 さっきから焦りやら、不安やら色々な感情が渦巻いて、汗が止まらなかった。しかし、どうにもならない、と心から悟ったときトーマスから汗がひいた。これが絶望か……。

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