【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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136.クソ男

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「…………え?」

 今……なんと言った?

「つまらない……?」

 信じられない思いで相手は王子妃ということも忘れてアリスの顔をガン見してしまうルビー。だがそう思うのは彼女だけではないようで室内はシーンと静まり返る。
 
 だがアリスはそんな空気をものともせず言葉を紡いでいく。

「ええ。とーーーーーーーーってもつまらないわ。あなたそんなにつまらなかったかしら?」

「どういうこと……でしょうか?」

 いけない。タメ口になりそうになった。

「ふふ。ここは公式な場ではないのだから良いのに。あなたと私の仲ではないの」

 バレている。不自然に言葉を詰まらせてしまったのだから当然か。

「……私はあなたへの傲慢な想い、敵対心から民の前で不用意な発言をし全てを失いました。言葉には気をつけたく思います」

「ふ~~~~~~~~~~ん」

 アリスはじろじろと不躾にルビーを見つめてくる。その目にかつての生意気な自分が目を覚まそうとしているのがわかる。

 が

 いけない、落ち着け。

 自分に言い聞かす。

 静かに深呼吸するルビーを見てアリスは少し思案する様子だったが、何か閃いたのか突然ニヤリと笑うと口を開いた。

 その様に嫌な予感がしたのは自分だけだろうか。

「それにしても本当にルビーさんと甥っ子君が無事で良かったわ~」

「はい、ラルフ様とオリビア様のお陰でございます」

「そうね。2人を助けたのが我が子であることはとても喜ばしく、母として誇らしいわ」

「私達のような平民を気にかけてくださる方が王孫とは国も安泰にございますね」

「ふふっそうね。それにあなたが謝礼に来たのも嬉しいわ。人として色々と成長しているようで陛下の英断に感謝を。ねえ宰相?」

 陛下の英断……即ち婚約破棄及び修道院行きのことだ。自分にとって全てを失った判決ではあったが、無言でアリスの問い掛けに頷く祖父の姿を見たら目頭が熱くなった。

 祖父に認められたような気が…………

「で?」

 で?

 なにが?

 嬉し涙は渇き、目はカラッカラになった。

「…………………………?」

 考えても考えてもわからない。

「えっ!?おしまい?このまま帰っちゃうの?」

「……私たちは助かり、彼は無事に捕まりました。これ以上何か?」

 心底驚き~とでもいわんばかりの言葉に思わず突っかかるような言い方になってしまう。


 ………………!

 アリスの目に愉快な光が灯り、口角が上がった。

 室内にいるものの背中にゾクゥと悪寒が走った。

「おしまい?このまま帰るの?」

 再び同じ問いがなされる。だが先程よりもどこか重い。

 ルビーの胸にざわつきが生まれる。

 いや、目を背けていた思いがちらつき始める。

「捕まっておしまい?ちょっとしたら出てくるわよ?彼の性根が変わるとでも?彼がやっていること自体は悪いことではないから周囲の人は彼を褒める。彼を知らない人ばかりのところに引っ越しでもすれば彼はまたいい人いい人とチヤホヤされる生活ね」

 そう、弱者が好きだろうが哀れもうが目つきが気持ち悪かろうが罪ではない。彼の罪はその気持ちが行き過ぎて殺人未遂を犯したという点。

「まあ関係ないわよね。あなたと彼の縁は切れたわけだし。彼はもうあなたに趣味の範疇の人間ではないようだし、近寄ってこないわよね。釈放後きっと新しい哀れな人を見つけてニタニタして過ごすのでしょうね」

 そこで同じことが起こらないかはわからない。祈るのみ、だ。だが、彼にとってトップから底辺に転がり落ちたルビーはこの世で一番不幸なやつくらいの認識だったよう。だからこそ愚行に走った。一番不幸なやつを逃したくないという思いから。

 なかなかそんなトップから底辺に転がり落ちる人はいないので、彼の愚行は繰り返されないだろう……たぶん。


 ルビーはおずおずと口を開く。

「他の人が同じような目に合うことは恐らくないと思います」

 自分の心にあるのは他者への心配――――――

 


 本当に?


「そんなことは今はどうでもいいわ」

 そう、どうでもいい。

 いやいや違う。アリスの言葉に引きずられるな。

「やられっぱなしで終わるの?」

 それは…………

 でもそういうものだ。捕まって終わり。それが普通。

「何度も何度も自分の欲望のままに私に突っかかってきたあなたがそんな普通の考えをするなんて落ちぶれたものね」

 やめて。

 そんな目で、その辺の石ころを見るような目で私を見ないで。

「釈放後は人の心配?もちろんそれも大事ね、私だって再犯がないように心から願っているわ。でも、今あなたの心を占めている想いは?」

 やめて。

 これ以上揺さぶらないで。

「いい人――そんな称号があなたは欲しいの?そんなお飾りの仮面は落としたい男の前でだけつけてなさいな」

 いい人、良いではないの。悪い人と思われるよりも。

 いろいろな人に好かれ、愛されて……

「そんなものをつけて心が満たされるならばこのまま帰るといいわ。お帰りはあちらのドアからお願いね?」

 はっと見下すような馬鹿にするような嘲笑と共に吐き出された言葉にブチッと何かが切れた。

「仮面……」 

「ルビー」

 祖父から諌めるような厳しい声が飛ぶ。相手は王族。無礼な発言はいけない。

 わかっている。

 我慢だ。
 いや、違う。自分は心を入れ替えたのだ。
 我慢も何も無い。


 だが…………

 手が、
 唇が、

 震える。

 アリスと目が合う。
 彼女の目は爛々と期待に満ちた目で輝いている。

 その顔には

 お前に我慢などできるものか

 いや

 性根の悪さが簡単に変わるとでも?

 そう言いたげに

 見事な嘲笑が広がる。


「なんなのよ……一生懸命感情を抑えようとしている人間に対して」

「ルビー」

 再度祖父から声がかけられる。

 わかっている。

 わかっている。



 でも…………

「ねえルビーさん。そんな仮面外してしまいましょう?」



 アリスの優しい猫撫で声。スルリと耳から入ったその麗しい声は心に、頭に行き渡り、





 火がついた。


 ルビーは顔を上げると真正面からアリスを睨みつける。

 視線が交わる。

 アリスの顔に大輪の花が咲き誇るかのような笑顔が浮かぶとその口は開かれた

「皆に命じるわ。今から見聞きすることは全て夢よ。彼女が何を言おうと不敬だ無礼だと騒ぐことは許さない。そして……私もあなたが何を言おうと不敬だ無礼だと騒ぐことはないと天に誓いましょう」

 静かに紡がれる言葉。

 だが、その声音には愉しくて愉しくて仕方ないと言わんばかりの愉悦が隠しきれない。

 何が天に誓いましょう、だ。何を言われようといつも涼しい顔をしているくせに。どんな言葉もアリスの芯の強さの前には塵と化す。

 人が一生懸命良い人でいようと努力しているのに。

 

 本当にこの女は気に食わない。
 
 でも今一番彼女の心に灯るは

 人を勝手に不幸扱いして
 赤子まで巻き込んで
 自分の欲を貫き通そうとした


「あんのクソ男ーーーーーーーーーーー!!!」



 への憎悪である。


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