129 / 186
114.不幸?
しおりを挟む
そう、昨日買い出しを頼まれていなければ彼らと会うこともなかったのに。
修道長に頼まれたものを全て買い終え修道院に戻る途中、まだ幼い子供が二人だけで歩いているのに気づいた。小さい子供だけで歩いているなんて珍しい。
この辺りは貧民街ではないが治安が良いとも言えない。子供だけで歩いていたら人さらい等の危険もある。別に見て見ぬふりしても良かったのだが、周囲の大人たちがぼーっと二人を見ているのに気づいた。保護目的なのか人攫い目的か……。
はーっと息を吐き後ろから近づき声を掛ける。
振り返った二つの顔に身体が固まった。
なぜ周囲の人が見ていたのか理解した。彼らは見惚れていたのだ……類稀なる美貌に。
だがルビーが固まったのはそれだけが理由ではない。
その顔は
「アリス…………」
あの女を思い起こさせる顔だったから。
というかリトルアリスだ。
「お母様のこと知ってるの?」
女の子が可愛らしい声で尋ねてくる。なんとも涼しげで気持ちが洗われるような声だ。お母様……やっぱりアリスの子だ。
「え、ええ昔ちょっとね」
「「へー」」
二人の綺麗な澄んだ紫色の瞳がじろじろと顔に向くのがわかる。
なんか恥ずかしい。
「あなたたち髪の毛の色はどうしたのよ?」
確か金色と銀色だったはず。彼らが生まれた時に新聞で見た覚えがある。
「お母様が目立つから王宮の外に行くときは色を変えなさいって言うの」
へー、子供の身を案じてアドバイスするなんてあの女もちゃんと母親やってんのね。あまりにも美形過ぎて髪の毛の色を変えても目立っているけれど。
やばい王子妃の子供に手を出す人間は恐らくいないだろうからバレても心配いらないのかもしれない。そもそもあの女なら子供たちの居場所くらいちゃんと把握しているに決まっている。
………………もしかして、今自分と一緒にいることもバレているんじゃ?もうあの女とは関わりたくない。大人しく生きていくと決めたのだ。
逃げよう。
一歩後退ると子供たちの不思議そうな視線とぶつかった。
いや、いくらなんでも保護者がいないのにこのまま置いて行っていいの?でもアリス……。ていうかなんで王族がこんなところをフラフラと歩いているのよ!
そうだ護衛!王族なんだから護衛がついているでしょ!
キョロキョロと見回すがわからない。隠れるのうますぎでしょ!
どうするべきか……やっぱり逃げ――――!?
あれは…………猛スピードで駆けてくる者が視界に入る。ちょっと老けているが間違いなくブランクだ。近くを走る者たちは彼の護衛だろうか。
ブランクはあんなにも夢中だった自分には目もくれず我が子達だけを見つめている。それに気づいたとき逃げようとしていた足が止まった。
寂しさ?
安堵?
ああ、ブランクとの奇妙な絆は無くなったんだ……7年かけて心にストンとその事実が収まった感じだった。
――――のだが、なぜまた現れた。
しかも自分の家に。
赤子をじっくり愛でて気が済んだのか、ブランクは今自分と向き合って座っている。ちなみにまだ子供たちはキャッキャと飽きずに赤子と戯れている。
「ルビー久しぶりだね」
「そうですね」
「可愛いお子さんだね」
「ありがとうございます。甥っ子です。主人の姉が体調を崩しているので一時的に預かっているんです」
「ルビーの子供じゃないんだ。あ、でも主人……結婚したんだね」
「はい」
「そ、そうなんだ。…………あっ、でも修道院行きになったのに結婚……」
「逃げたわけではありませんので、ご心配なく」
人には色々と事情というものがあるのだ。ルビーは堂々と修道院を出た。色々あったが修道院の人々には感謝している。今でもボランティアとして働かせてもらっている。
それはさておき、おろおろと話しかけてくるブランクに無性にイライラする。なぜ王族の彼が自分などの顔色を窺うのか。
「ごめん……あんまり聞いてはいけなかったかな?でも思っていたより元気そうで良かった。良かったなんて思ったら駄目だよね。きっと君は色々な辛い目にあったことだと思う。私が君に懸想していなかったらきっともっと違う人生を君は歩んでいたはずだよね……」
ブランクだけが悪いわけではない。むしろ彼の気持ちを利用し気に入らないアリスを虐めたのは自分だ。だが、アリスに対し酷い振る舞いをしていたはずのブランクは今も王族として生活している。
それに少々思うところがあるのは事実。
だが憎いかと問われればそうでもない。
今ここにいるのは民に対する自分の浅はかな言動故だ。アリスに対する行いのせいではないのだから。自業自得。まさにその言葉がぴったりと当てはまる。
「ええ、とても辛い日々でした」
「……ごめん」
下を向いて痛ましいと言わんばかりの表情をするブランクに無性に苛立つ。
「修道院行きになりさぞ苦労しただろう。いや、苦労したに違いない。きっと不幸になっているに違いない。そんな風に決めつけるのですね」
「あ、とそんなつもりは……」
「辛かった。自分がなぜこんな目にとも思いました。でも今私は不幸なんかじゃありません」
「え?」
ブランクが探るような目を向けてくる。その目を真正面から見据えるルビー。
不幸……不幸とはなんだろう。修道院で何もなかったなんて言えない。大っ嫌いなやつも、何様だと思うやつもたくさんいた。貴族時代には考えられないような理不尽な目にだってあった。
でも、良い出会いもあった。
色々な経験値も上がった。
お前は今不幸なんだとなぜ決めつけられなければならないのか…………ドロドロとした感情が渦巻く。
いけない、相手は王族だ。ふーっと息を吐いて心を落ち着かせる。
「教えません。どうしても気になるなら奥様にでも聞いてください」
なぜかアリスなら自分がどのような生活をしていたか知っているような気がする。そんなはずないのに。
困惑するブランクから目を逸らし、話をする気はないと目を瞑る。
ラルフとオリビア、そして甥っ子の楽しげな声が聞こえてくる。
――――まだまだ帰らなそうね。
修道院での生活……か。
少し思い出してみようかな。
辛くて辛くて苦しくて、でもどこか自分を好きになれるような場所だった。
修道長に頼まれたものを全て買い終え修道院に戻る途中、まだ幼い子供が二人だけで歩いているのに気づいた。小さい子供だけで歩いているなんて珍しい。
この辺りは貧民街ではないが治安が良いとも言えない。子供だけで歩いていたら人さらい等の危険もある。別に見て見ぬふりしても良かったのだが、周囲の大人たちがぼーっと二人を見ているのに気づいた。保護目的なのか人攫い目的か……。
はーっと息を吐き後ろから近づき声を掛ける。
振り返った二つの顔に身体が固まった。
なぜ周囲の人が見ていたのか理解した。彼らは見惚れていたのだ……類稀なる美貌に。
だがルビーが固まったのはそれだけが理由ではない。
その顔は
「アリス…………」
あの女を思い起こさせる顔だったから。
というかリトルアリスだ。
「お母様のこと知ってるの?」
女の子が可愛らしい声で尋ねてくる。なんとも涼しげで気持ちが洗われるような声だ。お母様……やっぱりアリスの子だ。
「え、ええ昔ちょっとね」
「「へー」」
二人の綺麗な澄んだ紫色の瞳がじろじろと顔に向くのがわかる。
なんか恥ずかしい。
「あなたたち髪の毛の色はどうしたのよ?」
確か金色と銀色だったはず。彼らが生まれた時に新聞で見た覚えがある。
「お母様が目立つから王宮の外に行くときは色を変えなさいって言うの」
へー、子供の身を案じてアドバイスするなんてあの女もちゃんと母親やってんのね。あまりにも美形過ぎて髪の毛の色を変えても目立っているけれど。
やばい王子妃の子供に手を出す人間は恐らくいないだろうからバレても心配いらないのかもしれない。そもそもあの女なら子供たちの居場所くらいちゃんと把握しているに決まっている。
………………もしかして、今自分と一緒にいることもバレているんじゃ?もうあの女とは関わりたくない。大人しく生きていくと決めたのだ。
逃げよう。
一歩後退ると子供たちの不思議そうな視線とぶつかった。
いや、いくらなんでも保護者がいないのにこのまま置いて行っていいの?でもアリス……。ていうかなんで王族がこんなところをフラフラと歩いているのよ!
そうだ護衛!王族なんだから護衛がついているでしょ!
キョロキョロと見回すがわからない。隠れるのうますぎでしょ!
どうするべきか……やっぱり逃げ――――!?
あれは…………猛スピードで駆けてくる者が視界に入る。ちょっと老けているが間違いなくブランクだ。近くを走る者たちは彼の護衛だろうか。
ブランクはあんなにも夢中だった自分には目もくれず我が子達だけを見つめている。それに気づいたとき逃げようとしていた足が止まった。
寂しさ?
安堵?
ああ、ブランクとの奇妙な絆は無くなったんだ……7年かけて心にストンとその事実が収まった感じだった。
――――のだが、なぜまた現れた。
しかも自分の家に。
赤子をじっくり愛でて気が済んだのか、ブランクは今自分と向き合って座っている。ちなみにまだ子供たちはキャッキャと飽きずに赤子と戯れている。
「ルビー久しぶりだね」
「そうですね」
「可愛いお子さんだね」
「ありがとうございます。甥っ子です。主人の姉が体調を崩しているので一時的に預かっているんです」
「ルビーの子供じゃないんだ。あ、でも主人……結婚したんだね」
「はい」
「そ、そうなんだ。…………あっ、でも修道院行きになったのに結婚……」
「逃げたわけではありませんので、ご心配なく」
人には色々と事情というものがあるのだ。ルビーは堂々と修道院を出た。色々あったが修道院の人々には感謝している。今でもボランティアとして働かせてもらっている。
それはさておき、おろおろと話しかけてくるブランクに無性にイライラする。なぜ王族の彼が自分などの顔色を窺うのか。
「ごめん……あんまり聞いてはいけなかったかな?でも思っていたより元気そうで良かった。良かったなんて思ったら駄目だよね。きっと君は色々な辛い目にあったことだと思う。私が君に懸想していなかったらきっともっと違う人生を君は歩んでいたはずだよね……」
ブランクだけが悪いわけではない。むしろ彼の気持ちを利用し気に入らないアリスを虐めたのは自分だ。だが、アリスに対し酷い振る舞いをしていたはずのブランクは今も王族として生活している。
それに少々思うところがあるのは事実。
だが憎いかと問われればそうでもない。
今ここにいるのは民に対する自分の浅はかな言動故だ。アリスに対する行いのせいではないのだから。自業自得。まさにその言葉がぴったりと当てはまる。
「ええ、とても辛い日々でした」
「……ごめん」
下を向いて痛ましいと言わんばかりの表情をするブランクに無性に苛立つ。
「修道院行きになりさぞ苦労しただろう。いや、苦労したに違いない。きっと不幸になっているに違いない。そんな風に決めつけるのですね」
「あ、とそんなつもりは……」
「辛かった。自分がなぜこんな目にとも思いました。でも今私は不幸なんかじゃありません」
「え?」
ブランクが探るような目を向けてくる。その目を真正面から見据えるルビー。
不幸……不幸とはなんだろう。修道院で何もなかったなんて言えない。大っ嫌いなやつも、何様だと思うやつもたくさんいた。貴族時代には考えられないような理不尽な目にだってあった。
でも、良い出会いもあった。
色々な経験値も上がった。
お前は今不幸なんだとなぜ決めつけられなければならないのか…………ドロドロとした感情が渦巻く。
いけない、相手は王族だ。ふーっと息を吐いて心を落ち着かせる。
「教えません。どうしても気になるなら奥様にでも聞いてください」
なぜかアリスなら自分がどのような生活をしていたか知っているような気がする。そんなはずないのに。
困惑するブランクから目を逸らし、話をする気はないと目を瞑る。
ラルフとオリビア、そして甥っ子の楽しげな声が聞こえてくる。
――――まだまだ帰らなそうね。
修道院での生活……か。
少し思い出してみようかな。
辛くて辛くて苦しくて、でもどこか自分を好きになれるような場所だった。
934
お気に入りに追加
5,194
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~
紫月 由良
恋愛
辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。
魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
いつだって二番目。こんな自分とさよならします!
椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。
ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。
ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。
嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。
そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!?
小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。
いつも第一王女の姉が優先される日々。
そして、待ち受ける死。
――この運命、私は変えられるの?
※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる