上 下
127 / 186

112.胸にしまう

しおりを挟む
 ルビーだ。

 ブランクはまじまじと彼女を観察する。

 結構老けているがルビーだ。いや、アリスが老けていないからそう感じるだけかもしれない。彼女を最後に見てから7年程経っているのだ。

 彼女は目を伏せたまま口を開く気配はない。

「……えっ……と久しぶり……。あっ!この子達私の子供達で……えっと……ルビーもしかして保護してくれてた?」

 ヤバイ、動揺でうまく言葉が出てこない。格好悪いところを見せてしまった。ちらりとルビーを伺うが特に気にしている様子はない。

「お久しぶりでございますブランク様。迷子かと思い声をかけましたがアリス様のお子様であれば不要でございましたね」

 ブランクの問い掛けに目を合わすこと無く頭を下げたまま話すルビー。ブランクはその落ち着いた様子に、以前の彼女からは考えられない低姿勢な言動に、目を見開いた。

「他人……行儀だね。せっかく久しぶりに会ったんだし、気軽に前みたいに話してくれても……」

「私は今平民です。王族の方と話すなど滅相もございません。失礼致します」

 一度も目を合わさず足早に去っていくルビー。

 それを見送る3人。

 双子はお姉ちゃんありがとう、またね~などと言っているがルビーは振り返らず去って行く。

「お父様、あのお姉ちゃんとお友達なの?」

「えっ?ああ、そうだな友達……。以前、誰よりも大切だと思っていた友達だよ」

「えっ!浮気!?」

 オリビアが叫んだ。

「浮気!?お母様と修羅場ったの!?」

 続けてラルフが叫んだ。

「違うよ」

 はは、と笑うブランク。

 あれ?違う……違うよな?

 ルビーの味方ばかりしてアリスを蔑ろにした。それは間違いない。心の浮気?

 いや、でも浮気とは不貞行為だよな?肉体関係は結んでいないし口同士を合わせたことすらない。

 ……うんギリセーフだ…………うん…………というか

「君たち浮気や修羅場という言葉をどこで知ったんだい?」

「この前王妃様のお部屋のドアが開いていてね。そのとき王妃様がおじい様に浮気野郎って叫びながら枕をたたきつけていたの。そのときエリアスが修羅場ですねって言っていたわ」

 すごい迫力だったねーと楽しそうに語るオリビアとラルフ。

「ははっ……そうだったんだね」

 今度から扉はきちんと閉めるようにお願いしておこう。

「じゃあ帰ろうか」

「「うん!」」
 

 ――――――――――


「みたいなことがあったんだよ」

「そうですか」

 夜、アリスとブランクの寝室にて髪の毛を梳かしているアリスにブランクが王宮の外であった出来事を話していた。

「久しぶりに会った愛しの君はいかがでしたか?」

「今はもう愛しの君ではないけれど。そうだなあ……老けていたよ」

 あれだけ夢中になっていた相手に薄情というのか、失礼なやつだ。だからこいつはもてないんだとアリスは思う。

「あなたも老けていますからおあいこですよ」

「えっ!?」

「特に生え際あたりが」

「えっ!?」

 慌てて鏡で生え際を確認するブランク。

「冗談ですよ」

「勘弁してくれ」

 夫の安堵したような情けない表情を見てアリスは軽く笑う。アリスの笑みを見ていたブランクはゆっくりと話し出す。

「彼女にあのときのような特別な感情はないけれど……。別れ方があまり良いものではなかったし、2度と会えないと思っていたから。会えたのも何かの縁だと思って少し話しでもと思ったんだけどね。逃げるように去っていってしまったよ」

 少し寂しげな様子のブランクにアリスは



 鼻で笑った。



「そりゃそうでしょうよ」

「え?」

「あれだけ自分に夢中になり言いなりになっていた人間に落ちぶれた姿を見られるなんて屈辱以外の何物でもないでしょうに」

「いや、でもなんかすごい礼儀正しくなってたし……大人になった感じがしたよ。屈辱とか感じているようには見えなかったけれど」

「従姉妹が優秀だったからか彼女本人も周りも気づいていないようですが意外と頭が良いんですよ。王子妃教育も可愛く見せようとわざと手を抜いていたようですし。生意気ではありましたが使用人に手をあげたことも、どこかの令嬢を没落させたこともない。正気に戻れば賢い常識人ですよ」

 頭が良い……ルビーと結びつかない。

「平民の姿であなたにベタベタしたり、親しげに話すような品のない行いをすることはルビーさんのプライドが許さなかった。身分、金、あなたの愚かな愛があったからこその過去の所業。所謂調子に乗っていたというやつですね。修道院でこき使われ現実が見えたのだと思いますよ」

「現実……か」

 あのときは自分たちを主役とした理想の世界で生きていた。まあルビーの王子様はルカ兄上だったが……。あのままあそこに囚われていたら今の生活はなかった。

「あら、ベタベタされなくて残念でしたか?」

 黙ってしまったブランクをアリスはからかう。

「えっ!?いや、そんなことはないよ……でも、元気そうな姿を見ることが出来て嬉しいと思った。自分も愚かな行いをしたけれど今ではこんなに幸せな日々を送っている。彼女が少しでも穏やかな生活を送れていたらいいなと思っていたから」

 まあそんなのは綺麗事だ。

 我儘いっぱいの貴族生活を送っていた彼女が辛くないはずない。それはわかっている。でも修道院から逃げ娼館送りや自ら命を……などという事態もあり得ることだと思っていた。だからといって手を差し伸べたり彼女の様子を探ることをしなかったのは

 自分の弱さ故――――だ。

 本当に自分は情けない。妻のアリスは人を助け、生かす力があるというのに。自分には何の力も無い。勇気もない。アリスは本当に自分には勿体ない妻だ。本来なら離れるべきなのかもしれないが彼女が夫でいることを子供たちの父親でいることに何も言わないことに甘えてしまっている。

 自分はアリスに何をしてあげられるのだろう?

「……あなた、聞いてます?」

 アリスが呆れた顔でこちらを見ていた。色々と考えていたらアリスの言葉を聞き逃してしまったよう。

「すまない聞いていなかった。もう一回言ってもらえるかい?」

「素直で宜しい」

 にんまりと笑うアリス。

「あなたとルビーさんの縁は切れたのです。相手に一方的に利用される縁でしたが」
 
 ブランクの心にグサッと言葉のトゲが刺さった。

「それでもあのときあなたがルビーさんに向けた思いは本物でした」

 ブランクはのろのろと顔を上げた。

「ルビーさんはあなたの中では最も美しく華やかなお姫様のような存在として在りたいと思っていることでしょう。ですから今日平民の彼女と会ったことはそっと胸の奥にしまうのが優しさですよ」

「わかった」

 確かに自分に夢中だった男に落ちぶれた姿は見せたくないものかもしれない。



 ルビーと会ったことはそっと胸の奥にしまっておこう。





 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...