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帰郷遊戯⑬
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オスカーとジュリアはある一室の扉の前に立つ。
「陛下、皇太子様と皇太子妃様がいらっしゃいました」
扉の前にいた兵士が中に声を掛けると、入れと王の声がした。ゆっくりと部屋に足を踏み入れる二人。
「母上……」
彼の目に映るのはベッドの側の椅子に腰掛ける父とベッドに腰掛ける母の姿。オスカーはベッドの横に膝をつくと母の手を握った。ジュリアは黙ってオスカーの後ろに控える。
「オスカー」
「母上……もう二度とお目にかかれないかと思いました」
「そのつもりだったわ。私には何もなくなった。愛する夫、息子に裏切られ、アリスにも負けたわ。あんな可愛い赤子にまで手を出そうとしたのにね。家族に見捨てられ、敗れたものの末路……あなた達は私に処刑は言い渡すことができないでしょう?でも私は廃妃になるくらいならば…………。私は惨めに生きていきたくはないわ」
「母上……申し訳ありません。でも私はあなたに生きていてほしいです」
結局彼女は王妃としての地位を剥奪になり離宮に幽閉されることになった。王宮から出て平民として暮らせという声も上がったが、今までの献身やジュリア一人に王家の采配を任せることに不安があった為、最下級の妃として離宮行きとなった。権力はないが有事の際に政務はせよ。それは彼女にとっては屈辱以外の何ものでもない。
母はどんな手を使っても命を絶とうとするだろう。どんな言葉も届かない。だから、素直な気持ちを言葉にすることにしたオスカーだった。
「フフッ。もう二度とこんなことはしないわ。アリスとそう約束したからね。敗者は勝者の言うことに従わねばならないわ」
「…………………………」
息子の言葉はスルーで他人のアリスの言葉は届くのか。母はアリスを虐げているくせに二人の間には何か強い絆のようなものがある。それに誰よりも互いの理解者であるような気がする。
嬉しいはずなのに何か心にモヤモヤしたものが広がるオスカー。黙るオスカーをちらりと見ると、つい先程の出来事を思い返す廃妃。
ーーーーーーーーーー
意識が浮上する。
これは…………どういうこと?
ゆっくりと目を開く。
「お目覚めですかー?」
ぬっと触れ合わんばかりの距離に絶世の美貌を誇る顔がある。見惚れんばかりの美貌……無性にイラッとする。はたいても良いだろうか。
「危険を察知」
顔が離れていく。
「ベラドンナ……目覚めたのだな、良かった」
ホッとしたような表情を浮かべる王が視界に入る。こころなしか涙が浮かんでいるように見える。ちなみにベラドンナというのは彼女の名前だ。久しぶりに名前で呼ばれた気がする。
「陛下どいてください。今は私とベラドンナ様が話をする時間です」
「いや、違うだろう」
「違いません。女同士の話しがあるのです。陛下はお邪魔です。下がっていてください」
「目覚めたばかりのこの感動の瞬間。なぜ他人様に譲らねばならぬ。そなたが引くが良い」
ぐいぐいとお互いの身体を押しのけ合う二人に声がかかる。
「陛下、お下がりください」
「ベラドンナ……」
おっしゃーとガッツポーズするアリス。
対照的に最愛の妻の言葉に悲しげな表情をする王。しかしそんなものに心が揺れることのない女性二人は、早くどけとばかりに王に視線を突き刺す。しょげながらノロノロとベッド脇をアリスに譲る王。
「ご気分はいかがですか?ベラドンナ様」
「最悪よ。あの世に行ったはずがまだこの世なんだもの」
「うーーーん……良い表情です。一言で表すなら絶望いや、空虚と言うべきでしょうか。最愛の息子のオスカーに廃位を迫られるなんてショックでしたでしょう?」
「ええそうね。妻子を守るため私は捨てられた。夫からも」
「私は捨ててなど「陛下お黙りください」」
「………………はい」
「無駄にプライドの高いベラドンナ様が廃位を大人しく受け入れるなんてなんで思っちゃったんでしょうね?オスカーに毒を飲むのがわかっていたならなぜ止めなかったって責められましたよ」
察しの悪い男は嫌ですね~とぶつぶつと文句を言うアリスにそうね、と小さく呟く。
「私との勝負も負けてしまいましたしね。最後の勝負。子供を狙ったあなたはあの世行きの覚悟があると私は思いましたけどねー……。あなたは罪なき命を奪うようなことはしない方でしたから」
「あなたの子供たちには悪いことをしたと思っているわ。トラウマにならないと良いけど」
薄っすらと微笑んで言われる言葉は本気か、嫌味か。でもとりあえず子供たちが公爵と逃げ回っていた時に笑っていたことは黙っておこう。
「この世から消えた方が楽ですよね。息子や夫に裏切られた悲しみ、私に負けた悔しさ、廃位という屈辱……全てあなたの心で感じることはなくなるのですから」
「私はあの時あなたが最後の情けをかけたと思ったわ。王妃として崇高な最期を迎えさせてくれたのかと。敵への最後の情け……」
ベラドンナの言葉に軽く笑うアリス。
「なぜ私が貴女のために何かせねばならぬのですか?全ては自分のため。あなたの顔が絶望の色に染まるのが見たかった。消えて全てを無に帰すのがあなたの望みならば、その望みを叶えたとみせかけて実は叶わなかったとした方がショックが大きいでしょう?」
「…………あなたはダイラス国に戻るのでしょう?あなたがいなくなった後にまた毒を飲めば良いこと。あら……最後にあなたから一本取れるかもしれないわね」
「えー、それは困ります。あなたがこの国には不要だと判断したアナベル姫が大事に大事に育てられるのを見てもらわないと。それに、あなた様には徐々に弱りゆく国を寿命尽きるまで見てもらわねば…………」
ゆったりと口角を上げて嘲笑うアリス。ベラドンナと王の顔が険しくなる。
「陛下、皇太子様と皇太子妃様がいらっしゃいました」
扉の前にいた兵士が中に声を掛けると、入れと王の声がした。ゆっくりと部屋に足を踏み入れる二人。
「母上……」
彼の目に映るのはベッドの側の椅子に腰掛ける父とベッドに腰掛ける母の姿。オスカーはベッドの横に膝をつくと母の手を握った。ジュリアは黙ってオスカーの後ろに控える。
「オスカー」
「母上……もう二度とお目にかかれないかと思いました」
「そのつもりだったわ。私には何もなくなった。愛する夫、息子に裏切られ、アリスにも負けたわ。あんな可愛い赤子にまで手を出そうとしたのにね。家族に見捨てられ、敗れたものの末路……あなた達は私に処刑は言い渡すことができないでしょう?でも私は廃妃になるくらいならば…………。私は惨めに生きていきたくはないわ」
「母上……申し訳ありません。でも私はあなたに生きていてほしいです」
結局彼女は王妃としての地位を剥奪になり離宮に幽閉されることになった。王宮から出て平民として暮らせという声も上がったが、今までの献身やジュリア一人に王家の采配を任せることに不安があった為、最下級の妃として離宮行きとなった。権力はないが有事の際に政務はせよ。それは彼女にとっては屈辱以外の何ものでもない。
母はどんな手を使っても命を絶とうとするだろう。どんな言葉も届かない。だから、素直な気持ちを言葉にすることにしたオスカーだった。
「フフッ。もう二度とこんなことはしないわ。アリスとそう約束したからね。敗者は勝者の言うことに従わねばならないわ」
「…………………………」
息子の言葉はスルーで他人のアリスの言葉は届くのか。母はアリスを虐げているくせに二人の間には何か強い絆のようなものがある。それに誰よりも互いの理解者であるような気がする。
嬉しいはずなのに何か心にモヤモヤしたものが広がるオスカー。黙るオスカーをちらりと見ると、つい先程の出来事を思い返す廃妃。
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意識が浮上する。
これは…………どういうこと?
ゆっくりと目を開く。
「お目覚めですかー?」
ぬっと触れ合わんばかりの距離に絶世の美貌を誇る顔がある。見惚れんばかりの美貌……無性にイラッとする。はたいても良いだろうか。
「危険を察知」
顔が離れていく。
「ベラドンナ……目覚めたのだな、良かった」
ホッとしたような表情を浮かべる王が視界に入る。こころなしか涙が浮かんでいるように見える。ちなみにベラドンナというのは彼女の名前だ。久しぶりに名前で呼ばれた気がする。
「陛下どいてください。今は私とベラドンナ様が話をする時間です」
「いや、違うだろう」
「違いません。女同士の話しがあるのです。陛下はお邪魔です。下がっていてください」
「目覚めたばかりのこの感動の瞬間。なぜ他人様に譲らねばならぬ。そなたが引くが良い」
ぐいぐいとお互いの身体を押しのけ合う二人に声がかかる。
「陛下、お下がりください」
「ベラドンナ……」
おっしゃーとガッツポーズするアリス。
対照的に最愛の妻の言葉に悲しげな表情をする王。しかしそんなものに心が揺れることのない女性二人は、早くどけとばかりに王に視線を突き刺す。しょげながらノロノロとベッド脇をアリスに譲る王。
「ご気分はいかがですか?ベラドンナ様」
「最悪よ。あの世に行ったはずがまだこの世なんだもの」
「うーーーん……良い表情です。一言で表すなら絶望いや、空虚と言うべきでしょうか。最愛の息子のオスカーに廃位を迫られるなんてショックでしたでしょう?」
「ええそうね。妻子を守るため私は捨てられた。夫からも」
「私は捨ててなど「陛下お黙りください」」
「………………はい」
「無駄にプライドの高いベラドンナ様が廃位を大人しく受け入れるなんてなんで思っちゃったんでしょうね?オスカーに毒を飲むのがわかっていたならなぜ止めなかったって責められましたよ」
察しの悪い男は嫌ですね~とぶつぶつと文句を言うアリスにそうね、と小さく呟く。
「私との勝負も負けてしまいましたしね。最後の勝負。子供を狙ったあなたはあの世行きの覚悟があると私は思いましたけどねー……。あなたは罪なき命を奪うようなことはしない方でしたから」
「あなたの子供たちには悪いことをしたと思っているわ。トラウマにならないと良いけど」
薄っすらと微笑んで言われる言葉は本気か、嫌味か。でもとりあえず子供たちが公爵と逃げ回っていた時に笑っていたことは黙っておこう。
「この世から消えた方が楽ですよね。息子や夫に裏切られた悲しみ、私に負けた悔しさ、廃位という屈辱……全てあなたの心で感じることはなくなるのですから」
「私はあの時あなたが最後の情けをかけたと思ったわ。王妃として崇高な最期を迎えさせてくれたのかと。敵への最後の情け……」
ベラドンナの言葉に軽く笑うアリス。
「なぜ私が貴女のために何かせねばならぬのですか?全ては自分のため。あなたの顔が絶望の色に染まるのが見たかった。消えて全てを無に帰すのがあなたの望みならば、その望みを叶えたとみせかけて実は叶わなかったとした方がショックが大きいでしょう?」
「…………あなたはダイラス国に戻るのでしょう?あなたがいなくなった後にまた毒を飲めば良いこと。あら……最後にあなたから一本取れるかもしれないわね」
「えー、それは困ります。あなたがこの国には不要だと判断したアナベル姫が大事に大事に育てられるのを見てもらわないと。それに、あなた様には徐々に弱りゆく国を寿命尽きるまで見てもらわねば…………」
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