上 下
107 / 186

107. 欲しいもの

しおりを挟む
 あの会議から数日後、謹慎処分中のアリスは自室で刺繍をしていた。彼女の部屋にあるハンカチやらドレスやらカーテンやらと至る所にアリスの見事な刺繍が散りばめられている。

 今やっているのは王妃に頼まれた慈善活動に使うハンカチである。アリスの刺繍の腕前を見た王妃が孤児院の子に配るから暇ならお願いしたいと言ってきたのでやっているもの。

 チクチクと縫っているとイリスがブスっとして言った。

「なんか納得がいきません」

「そう?別に暇だからこれくらいやっても良いじゃない」

 今部屋にいるのはアリスとイリスの二人のみ。他の侍女たちは人手不足なところへ派遣されている。護衛のフランクは結婚相手を見つけるんだと、ナンパしに行っている。

「そちらのことではありません。離縁すれば良かったではありませんか。あれだけ無下にされてきた相手となぜ添い遂げるのですか?命だけ助けてご実家に帰れば良かったのでは?ガルベラ王国の王妃様だって反対されないはずです」

 散々アリスを虐めてきたガルベラ王国王妃はアリスを他国に嫁に出した後、全てやりきったとばかりに精神的に落ち着きつつあった。皇太子妃ジュリアが懐妊したことで王家安泰だと思ったのか、相変わらずエレナのことは気に入らないようだが公私混同はなんとか平穏を保っている。

 アリスはそういえばと思い出す。王妃も精神的に病んでいたとはいえ、やり過ぎたと思っているのかいつでも戻ってきて良いと手紙が来ていた。なんか追放されるような形で嫁に出されたのに本当に大丈夫かと確認したら何も問題なし、と返事が来た。

 何もなかったような顔をしていれば良いと。厚顔無恥も極まればいっそ清々しいと自国の王妃に拍手を送りたい気分だった。それに、なんか彼女にもなんらかのお返しをするのも楽しいかもしれないと思うこの頃。

 だから戻っても良いのだが、アリスはこのままここでの生活をし続けることを選んだ。それに納得がいかないイリスは最近ネチネチネチネチとお小言を繰り返していた。

「アリス様はまだお若いですし、もっと良い方が見つかるかもしれないですよ?良い出会いがあるかもしれませんよ?っていうかあれよりも最低な男の方が少ないですよ」

「いやいや、そこまで最低男ではないでしょう。一応王子様だし。少なくとも食うに困る生活はないじゃない」

 世の中には浮気しまくる男。借金しまくる男。暴力を振るう男等々もっと酷い男はたくさんいる。アリスからすればルビーへの一途すぎる想いやアリスの命を軽んじるような言動も大した問題ではなかった。

 どれだけ一途に思っていてもルビーがブランクを選ぶことはないと確信していたし、むしろ報われなくて可哀想だなあと思っていたくらいだ。

 それにこの魔物が蔓延る世界で強い者が頼りにされるのは致し方ないこと。別にそんな扱いをするのはブランクだけではない。彼が特別に悪い男なわけではないのだ。

 傍から見たらえー……とか思うかもしれないが、別にブランクの行動でこいつ馬鹿だなー、小者だなーと思うことはあっても悲しいと思ったことは一度もなかった。

「でも、アリス様をもっと大切にしてくれる方やもっとアリス様に見合ったスペックの高い方が良いです。そういう方のほうがアリス様にはお似合いです」

「イリス……」

 二人は見つめ合う。

「別に旦那にそんなに人生の比重をおいてないから大丈夫よ。お金は自分で稼げるし。命も自分で守れるし。可愛い可愛い侍女たちが大切にしてくれるし。夫の愛とか正直別になくても生きていけるし。それにあんまりスペックが高いと奴隷にできな……じゃなくて、口煩そうじゃない。煩わしいわ」

 アリス様……それはもはや夫の存在なんていらないのでは。

「とりあえずブランク様が夫で大丈夫よ。彼は今私の奴隷と化してるし、もともと気が弱いから私がいる限りお痛はしないわよ。………………何よ納得していない顔ね」

「まあアリス様がどう思おうと第三者から見たヤツはクズです」

 ぐっと親指を下に向けるイリス。

「こらこらやめなさい。いいじゃない。ここの侍女たちは良い子ばかりだし、王家の方たちも優秀すぎなくて丁度いいわ。それくらいが一番からかいやすいのよ。大臣たちもおもろいし……まだまだ愉快なことがたくさんありそう。ガルベラ王国の人達は優秀すぎてあんまりからかえないのよね」

 大国たるにはやはり理由がある。大臣たちもなかなか優秀だった。そんな彼らの隙をついてからかうのも面白かったが……。特に幼馴染ジュリアの父親でガルベラ王国の宰相は最高だった。ちょっとジュリアより優秀なところを見せるとすごい鋭い目つきで睨みつけてくるのだ。

 いや~あの目は良かった。あの目には優越感を覚えた。だってそれだけアリスが優秀だと物語っているのだから。

 ニマニマと笑うアリスに気づかぬイリスは小々伏し目がちに呟く。

「確かに……彼女たちと離れるのは寂しいですね」

 カサバイン家ではこんなに仲の良い仲間はできなかった。アリスを虐めてた下級使用人は論外だから良いのだが。他の侍女たちとは主人が違ったからか……自分の性格が悪いのか……今程距離の近い仲間はいなかった。まあそこそこといった感じだった。

「でしょう?だからここで楽しく暮らしましょ?」

「まあ、アリス様がそう言うなら」

 渋々と言うがその顔はちょっと嬉しそうだ。



「それに、欲しいものがあるのよねー…………」

「?何かおっしゃいましたか?」



 アリスの小さな呟きはイリスの耳には届かなかった。



 だがイリスは見た。

 アリスの顔がとても穏やかな笑みを浮かべていたのを。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...