【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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93. イリスの想い②

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 ーーーイリス、留守番よろしくね。行くわよフランク。

 ーーーイリス、下がっていなさい。
    フランクあいつらは任せるわ。

 ーーーイリス、こちらに引き付けるから逃げなさい。
    ちょい待ち、フランクどこに行くの?
    文句言わない!早く片付けるわよ!

 
 日が経つにつれて何かもやもやとした気持ちが募る。

 そんなある日、散策中に魔物が出現した。アリスがイリスを魔物から庇うように前に出る。小さい背中が見える。

 そして、その隣に並ぶのはフランク。
 魔物に向かっていく二人。

 自分は今日も見ているだけ。


 
 ある日、アリスが一人庭で泣いていた。

 彼女が指揮する魔物の討伐で死者が出た日だった。屋敷に響き渡る彼女の父や兄からの怒鳴り声。
 
 
 自分よりも小さい背中が震えていた。
 小さい主人の背に手を添える。


「アリス様にも子供時代があったんですね。身も……心も……。子供じゃなくても仲間を失ったり、親から叱られたら悲しいですよね」

 カルラの言葉にイリスは応える。

「いえ」

「「いえ?」」

「アリス様が泣いていたのは、次兄のミカエラ様の机から勝手に拝借した怪しげな惚れ薬をミカエラ様に取り返されてしまったからよ」

 彼女は三兄のカイルと評判の良い令嬢に飲ませるつもりだったそう。理由はいい年こいて色恋の噂も無い独り身だからというとっても単純なものだった。
 
 あとちょっとで脱独身だったのにとわんわん泣き叫ぶアリスの声が聞こえて集まってくるカサバイン家の面々の顔はちょっと困り顔だった。

「それは……子供らしい理由で泣いているような違うような……」

 アイラが少々引き気味に言う。

「そう?私はとても子供らしいと思ったけど」

 自分の思うようにいかなくて、いいことをしたつもりなのに邪魔されてワンワン泣きじゃくるなんて子供だ。


 落ち着いたアリスに仲間の死には涙を流さないのかと問うた。

 彼女は仲間の死は泣かないと言った。
 自分も仲間も覚悟をしているが死は怖いと感じるもの。

 先頭に立つ自分が泣けば皆が死を恐れるかもしれない。覚悟が薄れるかもしれない。自分が泣いても泣かなくても何も変わらないかもしれない、自己満足かもしれない。

 だけどそう決めた、と。

 
 大人のようなことを言うアリスと泣きじゃくるアリス。自分の前に立ったときの小さな背中。化け物じみた強さを持っていたって、アリスは子供なのだ。


 自分は子供に守られているだけなんて嫌だ。

 自分には何が出来る?


 アリスのように強く……いや、あれは無理だ。

 じゃあフランクのように……いやいや、あれも無理だ。いつもニコニコしているが化け物並みに強い。


 では……せめて隣に立てるように自分も強くなりたい。 
 はっきりと自分の気持ちを感じた。


「「へ、へー……」」

 二人が引いているのがわかるが解せぬ。自分で言うのもなんだが、感動話しだと思うのだが……。



「それにしてもイリス様って少し魔力が多いだけなんですね。それであんな強い魔物を退治できるなんて驚きです」

 話しの路線を変えようとカルラが声を上げる。

「いえ、自分で言うのもなんだけど、今はかなりの魔力を持っているわ」

「「えっ!?魔力の増幅は不可能ですよね!?」」

「禁じ手を使いました」

「「禁じ手!?」」

 興味津々の二人。イリスは再び過去に思いを馳せる。


 アリスとフランクに自分の決意を話した日から二人はイリスにスパルタ訓練を課した。


 過酷な日々だった。


 1ミリもズレが許されぬ攻撃魔法のコントロール。ズレた分だけ王宮の外周を走った。


 怪物並みの二人から繰り出される拳からひたすら自分の身を守る結界魔法。結界が破られたときはそのまま殴られた。アリスがちゃんと治してくれたが、殴られたときは非常に痛かった。というか意識が飛んだ。
 

 毎日毎日付き合ってくれる二人のお陰で魔法の精度は上がった。自分が持つ魔力を全て引き出し魔法として操れるようになった。だが自分が持つ魔力量は変わらない。持って生まれた魔力量は一生変わることはないから。


 魔法石で一時的に魔力を上げて戦うしか無いと結論付けた。有り金を握りしめて魔法石を買いに行こうとした時。


 アリスの長姉エミリアに声をかけられた。

 これを飲んでみない?

 ーーーと。


 彼女が発明した魔力増量剤だった。どんな副作用があるかもわからない。そもそも本当に魔力が増幅するかもわからない。

 エミリアがイリスの為だけに作った薬。

 彼女の瞳からは服用したらどうなるのか興味津々なのが伺えた。未知で危険な薬。

 飲むなと頭の中で警鐘が鳴る。が、これ以上強くなれないとわかっていた。少しでも可能性があるのならば賭けようと思った。

 
 薬を飲み干す。


 身体の血液がすごい勢いで流れるのを感じた。
 自分の中の魔力が暴れまわる。
 溢れ出しそうだった。
 身体が爆発しそうだった。

 意識が遠のく。


 誰かが自分の胸に手を翳したのを目の端に映した後、意識が切れた。



 次に目が冷めたのは1週間後のことだった。

 一番最初に目の前に現れたのは一家の女主人エレナだった。


 めちゃくちゃ叱られた。
 死ぬところだったと。


 地獄の特訓のお陰で身体は丈夫くなり魔力の質が上がっていた。アリスの魔力で暴走しそうになるイリスの魔力を押さえつけられる程に。だから助かったと。


 魔力は上がりましたか?と聞いたらーーー 
 エレナは呆れた顔をして成功よ、と言った。


 でも同じことを自分にも他人にもしてはいけないと釘を差された。これは禁忌だと。そもそも薬も全部飲んだからやりたくてもできない。


 エミリアにお礼に行ったら彼女の身体は包帯まみれだった。エレナにボコボコにされたが、治癒魔法使用禁止令が出たので治せないそうだ。


 いや~あれはだめだわ。二度と作らないっ、ていうかお互い記憶から消しましょうねと言われた。


 部屋を出る時、妹をよろしくねと言われた。彼女は薬を試したいだけではなく、妹の力になってくれる者を増やしたかったのかもしれないと思った。

 

 まあ、そんなことを簡潔に眼の前の二人に話すと固まっていた。


「……副作用はなかったんですか?」

「ええ、別に。でもどんどん魔物と対峙するときに恐怖心がなくなっていったわ。感情が鈍くなる副作用でもあったのかしら」

 いや、色々な魔物と対峙して肝が座っただけだと思う。真面目な顔をしているイリスを見て言葉を飲み込む二人。


「でも、魔力量を増やすことってできるんですね」

 アイラがしみじみと言う。

「やっちゃいけないし、ほぼあの世行きだけどね。自分の努力と人の協力があれば0パーセントではないわ。……やっちゃだめよ」

「頼まれてもやりません」

「イリスさん、アリス様のこと大好きなんですね!」

「まあ、金払いも良いしね」

「ヤダ~イリスさん、照れてます?」

 キャッキャと騒ぐアイラ。

「イリスさんのたった一人の主人の為に……!という想いが天に通じたのかもしれないですね」

「私欲だけどね」

「え~……でも人の為になる欲じゃないですか。きっと、ただの馬鹿がやったら破滅ですよ」

「アイラ口が悪いわよ」

「カルラも思わない?」


 問われたカルラは考える。


 力が欲しいと思うは人の性。

 それを手にする手段を見つけた時、人はどのような行動に出るのだろう。それは人によって違う。


 だが、一つ言えるのは


「自分の利益だけ考えて力を欲する馬鹿は破滅するでしょうね」

「いや、カルラも同じこと言ってるじゃない」

 

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