【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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90. アリスとルビー 時々ルカ②

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 少し間をおいて紡がれる言葉。

「だってあなたを苦しめられるでしょう?」

「!………………」

 なにか言わなければとは思うものの、アリスの纏う雰囲気に圧倒され言葉が出てこないルビー。アリスはゆっくりと瞬きをした後、再度口を開く。


「なんちゃって」

 そういう彼女は重苦しい雰囲気を霧散させると、ルビーに顔を近づけた。


「死を与えたらあなたが得られるものは何も無いでしょう?ただこの世から消えるのみ。私はあなたにご褒美をあげたいのに」

「は?何を言ってるの…………」
 
 ご褒美?なんの?なぜ?


「あなたは自分大好き、皆私を見て~ってタイプでしょう?あなたにとっては存在無視をされるような生活は苦痛以外の何物でもないはず。多くの人に頼られ救いを求められる修道院での生活はあなたの自己満足感を満たすと思ったのだけれど……違いました?あっ、ちなみにノラ修道院です」

 ノラ修道院は王都の外れにある貧民街にある。栄養失調や貴族に乱暴された者など、多くの人が訪れる。どんな人でも受け入れ多くの人を癒やし救うが、修道士たちの規則が厳しいことでも有名であった。

「たくさんの方が来るそうですが、修道士の方は少ないみたいですね。きっと治癒魔法が使えるルビー様はノラ修道院で人気者になれますよ」

「ノラ修道院?い……いやよ」

「なぜですか?あなたの治癒魔法が活かせる場ではないですか?たくさんの人を癒やしてあげてくださいね」

 体が震える。この前の民が王宮に押しかけてきた日が蘇る。魔力の消費が激しすぎ、目眩はするし、身体は怠いしで大変だった。あれほどではないかもしれないがそれに近いものを毎日やることになる。

 考えただけでゾッとする。

「なぜそのようなお顔を?大変な生活かもしれませんが、皆に頼られ尊敬される……あなたの理想の場ではないですか?」

 頼られる?尊敬される?こき使われるだけじゃない。

「嫌がらせ……?散々あなたに食って掛かった嫌がらせなの?」

「?」

「やめて欲しいならそう言えばよかったじゃない。不敬を問うならもっと早く問えばよかったじゃない。こんな……今まで黙ってたくせにいきなり色々と迫ってくるなんて卑怯よ!」

 そもそもこうなったのはルビーの無責任な言動のせい。アリスは不敬に関しては罪を問うべきではないと主張したのだ。だがルビーの頭の中ではアリスへの不敬でこのような事態になったと変換されているよう。

 どこまでも自分勝手で

 愚か。

「卑怯?」

「あなた私のこと嫌いなんでしょ!?だからこんなことするんでしょ!?謝れば良いの!?謝れば王命を撤回してくれるの!?」

 王命の撤回と言われても王の命令でアリスにどうこうできるものではない。それに一度下された王命に口を出す気もない。ルビーの頭は相当混乱しているよう。

「嫌い……ではないわ。むしろそのクソ意地悪い性格は人間らしくて好みよ。それに、ご褒美だって言ったじゃない。私ルビーには感謝しているのよ」

「え?」

「あなたのお陰でブランク様と触れ合わずに済んでいるし。少々しつこく、そりゃあ鬱陶しいと思うこともあったけれど。あなたのような脳内花畑の人間に何か言われたところでお猿さんがキーキー騒いでるわーくらいにしか思わないわよ」

「え?」

「どうも思わぬ夫とベタベタされても気にならないし、突っかかって来る内容も独りよがりで、とても的はずれなものばかり。他の王族の方たちの視線がどんどん冷たくなっていくのにグレードアップしていく愚行。いやあ、ここまで愚かな人もいるんだな……と感心してたくらいよ。こんなに色々とやらかして楽しませてくれたんだから褒美くらい欲しいでしょう?」

 アリスから放たれる言葉に震えるルビー。

「ああ、でも謝ってほしいこともあるわ」

「…………」

「あなた……私がなにかする前に自爆したでしょ?」

「「「は?」」」

 ルビー以外の室内にいた者からも思わず声が上がる。ルカも思わず声が出てしまい、慌てて口を閉じる。

「どうやってあなたを追い詰めていこうかと考えていたのに自分でやらかしていっちゃうんですもの。せっかくの企みが全ておじゃんだわ」

「…………っ!」

 ルビーの顔が朱に染まる。

「でも、ここまで突っかかってきて跳ね返って自らドンドン転がり落ちていく人も初めて見たから面白かったわ。まるで一つのお芝居みたい」

 自分としても今まで様々な人に蔑ろにされてきたとは思うが、ここまでドンドン攻められたのは初めてだった。かといってそれがダメージになるわけでもなく、放っといたら勝手に遥か彼方に落ちていた。

 ここまで愚かな人間は初めて見た。


「不敬罪を問わないようにしたのは、面白いものを見せてもらったお礼よ」

 不敬罪という意味ではルビーは確実に処刑となったはず。だが、軽はずみな言動で王宮を混乱させたことについては騒ぎは大きかったものの、自ら治療をしたことへの功績もあるから処刑とまではいかない。修道院行きなら患者は助かり、治癒魔法が使えるルビーは皆に頼られ、尊敬され、感謝もされる。良いと思ったのだが……。

「な……何がお礼よ…………。そんなの……処刑になった方がましよ!!!」

「ねえ……」

 アリスから低い声が漏れる。

 ゾクッ……アリスの纏わりつくような視線に怖気づく。

「本当に処刑がいいの?」

「ほ……ほん……………」

 言い淀むルビー。何やら上手く息が吸えない。

 苦しい…………………………。

「本当に?」

 眼の前が霞む。

 嫌だ……。

 やはり、死は怖い。

「ねえ……、本当に死が良いかと聞いているのよ」

 ルビーは最後の力を振り絞ってゆっくりと首を横に振る。その瞬間肺に流れ込む空気。

「そうよね……嫌よね」

 ニコリと微笑むアリスに震えが止まらなくなるルビー。慌てて何度も頷く。

「理解してくれたのね。それにしても、もうこれでお別れなんて、なんだか寂しいわ」

 恐怖から目に涙が溜まる。なぜ自分はこんな怪物に喧嘩を売っていたんだろう。今更考えたところでどうにもならないことが頭をよぎる。


 怖い…………。

 怖い……………………。

 早くこの人から離れたい…………。

 この人の目が届かないところへ………………。



 ガタガタ震えるルビーにフワリと抱きつくアリス。

 驚きのあまりルビーの震えが止まる。



 此度の処罰……ルビーにとってどうなるか。

 命を取らなかったこと、
 修道院行きは彼女にとって褒美となるのか。


 そもそもアリスは本当にお礼として罪を軽減させたのか。


 それとも……

 嫌がらせ?

 苦しめるため?


 それを知るはアリスのみ。



 最後に耳元にそっと囁くアリス。


「さようなら」


 ルビーが王宮で最後に見たアリスの表情は、


 彼女がよく浮かべる嘲笑だった。




 だが、ルビーが感じる気持ちは違った。


 いつもは馬鹿にされているような、

 憐れまれているような、

 不快な気持ちにされられた。



 なのに、なぜだろう。

 今日感じるのは、


 
 恐怖と後悔だった。




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