上 下
84 / 186

84. 王宮では……

しおりを挟む
 少し時間を遡り王宮。

 アリスが消えた後に王の言葉の途中でいなくなるなど不敬だと騒ぐのはルビー。いちいち煩いと頭の中でどついた王妃はルビーに視線を向ける。

「少しでも早く行ったほうが良いでしょう?」

 今だって王都の凄惨な様が続々と報告されている。

「ですが!」

「王に対する礼儀を守り、多くの怪我人が出たほうが良かったとでも?」

「いえ、あの……それは……。でもアリス様だって……人命よりなんかよくわからないですが、役割?決まり?を優先していたではないですか」

 ボソボソと文句を言うルビーに同調するのはブランクだ。

「ルビーの言う通りです!そのように仰るなら、なぜすぐにアリスを行かせなかったのですか!?」

 彼は周りの視線が冷たいことに気付かない。

「お黙りなさい!」

 ビクッと身体を震わせる二人。

「今後の為にも協会との関係を保つことと、家族内の王のメンツを同列に語るでない!!!」

 不思議そうな顔をする二人。意味がわからないようだ。

 ミシミシと王妃の手の中の扇が悲鳴を上げる。

「母上」

 一切笑っていない目がユーリに向けられる。

「アリスだけに任せるわけにはいきません。ルカと共に兵士を連れて応援に行って参ります。父上、許可を頂けますか?」

「ああ、頼んだぞ」

「「はっ!!」」

 二人は足早に去っていった。

 いけない……こんなやつらの相手をしている場合ではない。王妃はマリーナとキャリーと共に討伐後の為の医療支援や食糧配布の準備をしに向かう。

 愚か者の相手などしていられないとでも言うかのようにブランクとルビーの存在を無視して行動する母に苦い表情を浮かべるマキシム。彼も応援に行きたいところだが、その立場故危険なところに赴くことはできない。若き次代の王の命は王より優先される。その血を後世に伝えていくために。

 王は王で家臣たちとやることがある。この場は任せたとポンとマキシムの肩を叩くと去っていった。彼はブランクを見据える。

「なあ、ブランク。協会とか王家や貴族家の騎士たち……いわゆる魔物と戦える力を持つ組織だね、彼らが魔物を見つけたときの決まりって知ってる?」

「見つけた者に討伐の権利が発生します」

 わかってるね、とうんうんと頷くと不機嫌そうな顔をされた。解せぬ。

「それぐらい誰でも「じゃあ、今回の魔物の討伐権利があるのは協会だってわかるよね?」」

「わかります。ですが、彼らが苦戦しているのであれば国としてなんとかするべきです」

「うん、だから父上……いや、王は派兵したよね?王として民を守るために。民を守るという役割を持つ者を……ね」

「アリスは王子妃です。民を守る義務があります」

「じゃあ、お前が行けよ」

 乱暴な言葉に表情が固まるブランク。おっと、素が出てしまった。

「いや、それは……。私は王子ですし……軽々しく出るわけには……」

「ははっ!王子である自分は奥にこもり、王子妃は戦いに……なんだそのクズみたいな考えは。ユーリもルカも応援に行ったよ。少し時間はかかってしまったけど、なんの情報もなしに王子を魔物の前には出せないからね。それにしてもお前がそんな考えなら、ルビーが王子妃になったらバンバン魔物の前に出さないといけないね?」

 ルビーの顔が青褪める。

「なっ……ルビーにそんな危険なこと!」

「自分の奥方には行けというのに……人の妻は駄目なんだ?」

「でも……アリスは強いですし。もともと魔物の討伐をしていた人間ですし」

 だから、戦って当然だと思うのはいけないのだろうか。

「まあ、お前だけじゃないよ」

「え?」

「アリスに任せればOK。彼女が魔物の出現と同時に出向いていたら被害は抑えられたのに……そんなふうに思ってしまうのは」

「でしたら」

 なぜ自分は責められているのだ。

「彼女はとても強い」

「……………はい」

「アリスを討伐に出すということは協会からすると、手柄を取られるということになるんだよ」

「それは……」

 ギロッと睨みつけられ黙る。

「我が国には魔物討伐ができる突出した人材がいない。だから強い魔物が出現したときは協会にお願いしている。うちの兵士も戦うけど、主戦力は協会になる。それは知ってるよね?」

 コクリと頷くのを確認して先を続ける。

「私達は協会と対立するわけにはいかない。魔物を倒す度に多大なる犠牲を払うことになる。ところで、協会が私達に求めているものは何かわかる?」

「報酬、地位とかですか?」

「まあ地位は稀だろうけど、お金だね」

 ニコリと言うマキシム。

「彼らが命をかけて戦うのはやらなきゃやられるし、人を守るためというのもあるだろうけどね。でもそんな危険なことなんの見返りもなしになんかやってられないよ。でね、アリスが参戦すれば分け前減っちゃうでしょ?」

「いや、でも……アリスは王子妃ですし。別に無償で良いではないですか」

「そんなわけにいかないんだよ。王子妃に割り当てる予算はあり、それと魔物退治の褒美は別物だよ。アリスはここの国に将軍として来たわけじゃないんだから。それに将軍だって手柄を上げればボーナスがもらえるだろ?」

「そうですけど……」

「それに協会にもメンツってものがある。急に現れたアリス嬢にぽっと倒されてはね……。協会に見捨てられたらどうするんだい?アリスがいるから良い?じゃあ将来は?絶対に離縁はないかい?アリスが私達に絶対に協力してくれる保証は?協会との縁を守るというのは非常に大切なことなんだよ。だから私達は協会からの要請を待った。そうすればこちらがそれを答えた形になり、角が立たないからね」

 そもそもアリスの実力をわかってるくせに、
 それを頼ろうとしているくせに、
 なぜアリスにあんな態度を取るのか理解不能だ。
 離縁の可能性大だろうに。

 なぜだろうと考えていると伝令係が飛び込んできた。

「申し上げます!全ての魔物を鎮圧したとのことです!」

「被害は」

「はっ!王都の半分程の者が負傷したようです。死者はまだ不明ですが、決して少ない数ではないかと……。建物は半分程倒壊しているようです。王子さま方は帰還され、アリス様は引き続き診療所で怪我人の治療にあたるとのことです」

「わかった」


 伝令係が去った後、ブランクが声を上げる。

「……そんなことで救えるはずだった民の命を見捨てたのですか……?アリスが即座に出ていれば百人の命は助かったはずです」

 協会だって鬼じゃない。そんな金やメンツくらいで縁を切るわけないはず。

「お前はおかしなことを言うね」

「アリスがいたから本来受けるはずだった被害を抑えることができたんだよ」

「えっ……?」

「アリスがいなかったら王都は全滅だったかもしれない。かなり早い段階で援助要請が来たからね。協会としてもすぐに自分たちでは手に負えないと判断するレベルだったんだろうね」

「それは……」

「お前のような考えのやつは多いだろうね、貴族も平民も。アリスはそれらを受け止める覚悟で王家や協会のことを考えて行動してくれた。王家として彼女を責めるなどあり得ないよ。救えるべき命を救わなかった。確かに非人道的なことかもしれない。だが、今後のことを考え非道な道を選択することもあるんだよ。それが国というものだ。綺麗事だけではやっていけないんだよ」

 黙るブランク。室内は静寂に満ちた。



「申し上げます!!!」

「何事だい?」

 伝令係が再び来たが、何やら様子がおかしい。尋常ではない汗をかいている。


「門の前にてルビー様を出せと民衆が集まっております!!!」

 皆の視線が黙っていたルビーに向かう。


 自分は何もしていない。

 ずっとここにいた。

 なのになぜ……?



 ルビーの顔は困惑に満ちていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...