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82. 混乱

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 今日は王家の人間が揃って昼食を取っていた。

「先日アリス様と一緒に診療所に行って参りました。微力ながら手伝いをさせて頂いたところ、皆さんとても喜んでくださって……。そういえばアリス様は途中で帰ってしまわれたのでその分私頑張りましたの。ーーーーーーー」

 その後も続くいかに頑張ったか自慢。王も王妃も診療所の所長から話しは聞いている。御礼状が届いたから。内容はアリスが治療した馬車に轢かれた男性は金持ちの商人でたんまり謝礼をもらえたこと。重傷患者を治療してもらったことでベッドに大量の空きができて今まで受け入れることができなかった患者たちを受け入れることが出来るようになったとあった。

 ルビーのことは……来ました。ありがとうで終わっていた。

 皆が適当に相槌を打ちながら食事を進める中、あの男……ブランクは食事の手を止め熱心に話しを聞いている。

 長く続く頑張り話に王妃はアリスを見る。もう少し上手くやってくれてれば……と恨めしげだ。が、アリスは王妃の視線をスルーする。どうにかしろ光線を発していた王妃はアリスの肉を切る手が止まったのに気づく。

「アリス。どうし」

 ドーーーーーン!!!

 王妃の問う声は凄まじい轟音と地面の揺れにより遮られた。

「キャーーーーー!!!」

 叫び声を上げるのはルビーだ。他の女性陣は混乱しているようだが、声は上げない。叫び声を上げるのは助けを求めるべきとき。よくわからないこの非常事態にて国のトップ達が悲鳴を上げればより大きな混乱になりかねない。護衛の者、侍女たちに支えられながらなんとか立ち続ける。

 ルビーは隣のルカ王子に抱きついている。ブランクはそれを切なげな目で見つめている。アリスの方には一瞥もくれない。別にいらないが……夫としてはあり得ない。

 揺れが収まると食堂にかけてくる足音。ノックもなしに開け放たれる扉。

「申し上げます!ま……魔物が。王都に魔犬の群れが現れました!!!」

 魔物……皆の視線がアリスに向かうが二人を除き即座にそらされる。アリスは動かない。隣のブランクがアリスの腕を掴む。

「おい!魔物が出たって聞いただろ!何をぼーっとしてるんだ!はや「お離しなさい」」

 ブランクの怒鳴り声よりよほど小さい声なのに、王妃の声はよく通った。

「な……なぜ……」

 戸惑うようなブランクの声。

「そもそも女性に、まして妻に乱暴を働くものではありません」

 緊急事態でありながら、食堂は静まり返っている。

「偶然近くにおりました討伐協会の者たちが戦闘中です!ですが数も多く身体も人の2倍程、動きが素早く苦戦しているとのことです!」
 
「将軍、直ちに兵士を引き連れて向かってくれ」

 騒ぎを聞きつけ控えていた将軍に指示を出す王。

「は!」

 去っていく将軍を見送る中、ブランクが声を上げる。

「ち……父上!アリスにも行かせれば良いではありませんか!何を躊躇うことがあるのです!?早くせねばたくさんの死傷者が……!」

 ブランクに続けとばかりにルビーも声を張り上げる。

「アリス様!何をしているのです!早く行って下さい!王都のものが皆やられてしまいます!!あなたは王子妃なのですよ!皆を守る義務があります!」

「黙れ!!!」

 ビクーッ!数人を除くその場にいた者が王の一喝に身体を震わせた。

「何もできぬ者は黙っておれ!たかが伯爵令嬢ごときが王子妃たるアリスに何たる言い草!懇願するならまだしも命令をするなど、反乱でも起こす気か!?それにブランク、妻に何たる言い草!自分も共に参るというならばまだわかるが、妻を魔物に差し向けようとは……恥をしれ!!!」

「陛下……でも、民が……」

「で……ですが……。アリスは強いですし……」

 ルビーの立場を弁えぬ発言とブランクの他力任せの情けない呟きに王は大きくため息をつき再び吠える。

「たわけ!!!そんなに心配ならば自分たちが行け!物事には色々と決まりや役割があるのだ!」

 もちろん迅速に動かねばならない事態であることはわかっている。だから兵士を向かわせた。だが物事には守らねばならぬこと、慎重に動かねばならぬこともある。

 アリスは微妙な立ち位置にいるのだ。うかつに動かしてはならない。

「陛下!」

 再び駆け込んでくる伝令係。

「協会がアリス様にご助力を求めておられます」

 王はゆっくりとアリスを見る。

「アリス」

「はい、陛下」

「やってくれるか?」

「ご命令を」

「………………」

 王は先日王妃からエレナとの会話を聞いた。強き者は当たり前のように戦地へ赴けと言われる。当たり前……当たり前なのだが、なぜか命令の言葉が詰まってしまう。

「陛下。君主は慈愛に溢れ……そして非情であるべきです」

 魔物から民を守るためには誰かが動かねばならない。それが命がけであろうと。民を守るという慈愛、その為にある者には命をかけろという非情、どちらも持たねばならない。

「その通りだ。アリスに協会への助力を命じる」

「畏まりました」

 スッと胸に手を当て頭を下げるアリス。

「陛下のその私に対する慈愛の心、大変嬉しゅうございました」

「女性一人に荷を背負わせるとは情けないが頼む」

「あら、一人では参りませんよ」

 チラリと向ける視線の先には、動きやすい服を着た護衛のフランクと侍女のイリス。


「それに……皆様も大変な目に合われるかと。本当に大変なのは討伐後だと思いますので……。皆様心構えをされたほうがよろしいかと」

 ちらりと見る先にはルビーの姿。

「?それはどういう意味……「では」だ……?」


 王の言葉を最後まで聞かずに消える3人。


 アリスのルビーを見ながら発された言葉を理解しかねる王。ルビーが何かしでかすということか……?


 そっと影に目配せする王。


 影の視線はルビーに固定された。





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