【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

文字の大きさ
上 下
49 / 186

49. あの夜

しおりを挟む
 あの夜、とはいっても昨日というか日付が変わっていたので今日の夜というべきなのか。

「ガルベラ王国で王を凌ぐ権勢を誇るカサバイン家の末のお姫様。あなた様が噂のような方じゃないのはわかっております。どうか私達と母たちをここから解放していただけませんか?」

 アリスの目を見る。なんと美しい紫色の目。その瞳の色だけで測り知れない魔力量があることがわかる。それにここに自分たちが来ることがわかっていた。情報力?魔法?なんでも良い。彼女は様々なことを見透かす目を持っているよう。

「フフッ。ここの気持ち悪い空気……あなたたちや母君たちを監視している目よね。中には美しいあなたたちに下心を抱いているものも混じっているわね。さぞ気持ち悪いでしょう?でもあなたたちを助けてなんのメリットがあるの?」

「貴方様はこの国の王子妃。王族が困ったものを助けるのは当然のことでは?」

「あらあら、そんなの表面上だけのことだってわかってるでしょう?でもそうね……王妃様からのお願いもあるから助けてあげる」

「王妃様はさぞ母のことを恨んでおりましょう」

「本当の事情を知らないもの」

 はい、と仕方なさそうに微笑む一人の娘。先程までの鋭い目力はない。

「大丈夫よ、全て終わったらそんなものなくなるわ。それに王子妃になりたいと言った人がそんな弱気では駄目ではないの?」

「おわかりでしょう?皆でああやって無理なことを言えば追い出してくれるかと思ったのです。ですが……」

「まさか公爵が王に話しを持っていくとはね」

「まさかでした。それで私達は何をすれば良いのでしょうか?」

「あなたたちはただ王宮に来て頂戴。母君たちにはこの薬を飲んで亡くなっていただくわ。ああ、大丈夫よ。一時的に心臓を止める薬だから。うちの変人治療士が発明したとてもたか~~~い薬よ」

 アリスの手のひらの上に紫色の液体が入った薬の瓶が4本現れる。

「エミリア姉様、4本じゃなくて5本よ」

『誰が変人治療士ですって』

 ゴンッとアリスの頭の上に落ちてくる1本の薬瓶。

「いたっ……もう。ありがとう姉様」

 アリスの頬が優しい風に撫でられる。

「母君たちがお亡くなりになって、怒り狂った公爵が外に出たらあなたたちも全員で王宮に向かうのよ。護衛のフランクを置いていくから彼に助けてもらうと良いわ。王宮で公爵が監禁まがいのことしていたと暴露すれば世間体もあるし解放されるわ」

「そんなことをしなくてもアリス様が今から魔法で連れ出してくだされば良いのでは?ガルベラ王国に連れて行っていただければ……」

「嫌よ~。それじゃあ私は誘拐犯じゃない。それに公爵が捜すでしょ。公爵自身が解放するようにしなければいけないわ」

「でも騒動が収まったら再び……」

「大丈夫よ。あのおじさんはそこまで頭悪くないわ。金で人を縛り付けてたなんて……プライドもある。同じことはしないわよ。周りの者の目もあるし。何よりもこわ~~~~~い王宮の女ボスもいらっしゃるし」

「………………」

 大丈夫なような大丈夫じゃないような。微妙な心境だ。
 
「それじゃあよろしく。心臓はそんなに長く止められないからスピード勝負よ」



~~~~~

 ある妾の部屋にてーーーーー

 目の前の女神様に目を奪われていると頬がグニグニとつままれている感触が。不快な表情をすると手が離された。

「ご機嫌よう。今日はどんより曇った空ね」

「そうですね。この屋敷のよう……いえ、女たちの心のよう。あなたは女神様かしら?」

「どちらかというと悪魔かしら。あなたたちを貧乏な生活に導くし。娘さんから貴方がたを解放するようにお願いされたのだけれどどうする?」

「私の意見を聞いてくださるの?」

 公爵は愛しているから離さないの一点張り。こんな足枷までつけられた。何を言っても愛、愛、愛。もう気持ち悪いの一言に尽きる。

「ええ、もちろん」

「自分が選んだ道。あの人は待っていないでしょうけど……。でもここは気持ち悪い……泥沼に嵌っているよう。抜け出したいわ」

「じゃあ公爵がこの部屋に来たらこの薬を飲んで一時的に亡くなって頂戴。それで気がついたら王宮にダッシュよ。面倒だから詳しいことは娘さんに聞いて」

 いや、娘さんもあまりよくわかっていないのだが。

「王宮ですか……」

 暗い表情をする女性。彼女は自分の動かない足を見る。

「王妃がいるから行きにくい?」

「…………」

「あれは事故よ」

「私のせいです」

「そうね。あなたが原因ね。でもあなたも必死だった」

 彼女が公爵夫人に飛びかかったのは嫉妬からではない。そもそもしがみついただけ。彼女に公爵家から追放してもらおうと思ったから。

「あなたが階段の近くでしがみついたのは間違いなく判断ミスだったとしか言えない。だけどあなたも精神的にギリギリのところでもあった。それに結果は伴わなかったけれど、あなたは公爵夫人を抱え込んで階段を転がり落ちていったわ。あなたの方が重症だったと聞いたわよ」

 彼女は足の他にも腕も骨折していた。もちろん身体中痣だらけにもなった。腕は完治したものの足が動くことはなかった。

「私のせいなのです。守ろうとするのは当たり前です。それにボロボロになれば公爵は捨ててくれるかもしれないと打算的な部分もありました」

「まあ夫人が怪我したのは事実だし、原因はあなただから罪悪感は消えないだろうけど、そんなもの私には関係ないのよ」

 ばっさりと言い捨て立ち上がるアリスに呆然とする女性。

「これは王妃様の願いを叶えるためにやっていることなのよ。それにあなたたちのことには時間をかけたくないの。とにかくこれ飲んで。わかったわね?」

 何やらよくわからない部分もあったがアリスの気迫に押され気味に頷く。

 よしよしうんうんと満足げなアリス。ああ忘れてたと小さく声を上げる。


「それにたぶん夫人は…………」

 女性の目が見開かれる。


 そして、その目から美しい涙が静かに流れた。



 

 心優しく、気の弱い女性……。運悪く金もなかった。
 だからあんな公爵に目をつけられたのだ。


 もっと強かであれば……。

 ふと姉のリリアの顔が浮かぶ。


 カサバイン家の庶子として生まれたリリア。
 彼女は言っていた。

 やられるだけの人生など絶対に嫌!


 言葉通り出自をものともせず、彼女の振る舞いは実に見事だった。特にエミリアから薬を試す見返りに金をもらう契約をもぎとったときは拍手したほどだった。

 血は半分しか繋がっていないけれど、姉妹らしく過ごしてきたのは彼女だった。他の兄姉の顔も浮かぶ。何やらたくさん非常識なことを教えてもらった。


 これが俗にいうホームシックというものだろうか。


 
 ゾワッ。


 あんな規格外の化け物たちで……鳥肌が立った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

処理中です...