【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

文字の大きさ
上 下
5 / 186

5.失態

しおりを挟む
 彼らの誕生から時は流れ、こちらは辺境地の森。

 魔物の雄叫びがする。公爵家(カサバイン家)の騎士が相対しているのはワイバーンの群れだ。斬っても斬っても新たなものが向かってくる。上空にはまだ何十匹というワイバーンが旋回している。

 この世界では急に空間が割れ魔物が現れる。普段は別空間にいる魔物だが、たまにこの世界と魔物の世界がつながり紛れ込んでしまうことがある。大人しく帰ってくれれば良いのたが、いかんせん会話ができないのでこの世から強制退場をしてもらっている。

 その役目を担っているのがカサバイン家や各貴族家の私兵、国お抱えの兵士たちだったが、察知能力が高く移動速度も早いカサバイン家の者が出動することがほとんどだった。

 何体ものワイバーンの亡骸が転がる中、まだ幼い8歳の少女が戦闘服を着て剣を振り回していた。アリスだ。

「!?深追いしないで、他の者に任せて!!持ち場を離れてはいけないわ!!!」

 子供らしい甲高い声が戦場に響き渡る。が、若い……まあアリスよりは年上だが……新人騎士は無視して突き進む。追いかけたワイバーンを仕留め満足気にどうだ、と馬鹿にしたようにアリスの方を見た彼は青褪めた。

 彼の近くで戦っていた先輩兵士の周りに何匹ものワイバーンがいたからだ。応戦はしているもののそんなに長い時間は保たないだろう。慌てて持ち場に戻ろうと駆け出すが先輩が目の前のワイバーンを切り捨てている間に背後から2頭が猛スピードで近づいてきた。

 アリスは誰よりもたくさんのワイバーンがいるところにいるためすぐには動けない。すっと彼に向かって手を伸ばす。ワイバーンが彼の背中を鋭い牙で襲ったとき……その首がズルリとずれた。

 その背に立つのはカサバイン家の三男カイルだ。その手には魔法で作り出した刃がある。首を掻っ切った彼は吠える。

「アリス!お前が指揮官だ!お前がこいつらの命を握っていることを忘れるな!カサバイン家に同僚殺しの殺人鬼は不要だ!!!」

 そう言いながら、バッサバッサとワイバーンを切り捨てていく。そんな彼の姿に勝機を見出した兵士らも活気を取り戻していく。

 暫くして魔物の鳴き声は一つもなくなった。

「あのっ……!」

 カイルに声をかけたのは命令を聞かなかった新人兵士。

「先程はありがとうございました!あとっ、すみませんでしたっ!」

 カイルはその無駄に良い頭ですぐになんのことか理解する。

「ああ。この場の責任は指揮官のものだ。お前が別に謝ることじゃない」

 そう言って去るカイルを羨望の眼差しで見送る新人兵士。他の兵士には声をかけることなくアリスのもとに行き、何やら話している。最後にアリスに拳骨を食らわすとそのまま姿を消した。

 たんこぶを撫でるアリスを見て、やはり自分の魔物を退治しようとする姿勢は間違っていないのだと確信する。だってまだ18歳という若さでありながら国一の剣豪と言われるカイルが声をかけたのは自分のみ。自分が優秀だから、見込みがあるから声をかけられたのだ。

 ……声をかけたのは自分なのにカイルがアリスを除き彼以外の騎士とは声をかわさなかったので自分の都合の良い用に頭の中を書き換えてしまった。

 彼はアリスに哀れみの視線を送る。認められた自分、家族なのに殴られたうえ認められない彼女……アリスを蔑む視線がまた一つ増えたのだった。

 一方のアリスはまた兄の信奉者が愚かなことを……と思って内心笑っていたが、目の前のことに集中する。先程襲われていた兵士の背中に大きな傷ができ、横たわっていた。

 すっと手をかざすと傷を癒やす。

「……アリス様、ありがとうございます……」

 苦痛に閉じられていた目を開ける兵士。

「いえ、私の責任ですので……。私が不甲斐ないばかりに申し訳なく思います」

 起き上がろうとする彼の背に手を添え、助ける。

「…………。あいつも悪いやつではないんですよ」

 確か彼らは訓練中もよく一緒にいた仲だったはず。ですが先輩よ……こちらを見る新人兵士の目には優越感が見て取れますが。自分のせいで怪我した先輩を気にする様子もありませんが。先輩よ……子供相手に優越感を抱き、人に怪我をさせても気にしない者なんて性根が腐っているとしか思えません……。

「わかっています」

 心の中の声は隠して適当に返事をする。その返事に信じてないだろと言いたげにククッと笑っている先輩兵士……確か名前はフランクだったか。その瞳を見て悟る。彼も外面用に言っただけだと。

 でもどこか寂しげな色も見える。彼女は彼らの身上書を思い出す。確か彼らは同郷。ああ……彼はそのよしみで彼に親しみを覚え期待していたのだ。もしかしたら少しでも性根を直そうと側にいたのかもしれない。

「世の中はままならないものですね」

 そう言って横たわるフランクの肩をぽんとたたき去る。フランクは一瞬何を言われたか理解できなかった。なぜなら相手は8歳の娘さん。彼は理解すると思いっきり爆笑した。
 


 アリスはゲラゲラ笑う彼に楽しそうだこと、と小さくつぶやく。

 はあーーーーーーっ。

 長い溜息が出る。彼が羨ましい。自分はこれから屋敷に戻ったら説教タイムだ。

 空を仰ぐと眩しい光が全身に降り注ぐ。

 自分の心とは正反対のそれに、再びなが~い溜息が漏れるアリスだった。

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結保証】領地運営は私抜きでどうぞ~もう勝手におやりください~

ネコ
恋愛
伯爵領を切り盛りするロザリンは、優秀すぎるがゆえに夫から嫉妬され、冷たい仕打ちばかり受けていた。ついに“才能は認めるが愛してはいない”と告げられ離縁を迫られたロザリンは、意外なほどあっさり了承する。すべての管理記録と書類は完璧に自分の下へ置いたまま。この領地を回していたのは誰か、あなたたちが思い知る時が来るでしょう。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

【完結保証】ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

幼馴染を溺愛する旦那様の前から、消えてあげることにします

新野乃花(大舟)
恋愛
「旦那様、幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...