7 / 186
7. 公爵家 アリス8歳①
しおりを挟む
~庭園にて~
公爵家の庭園には庭師と一家の女帝ことエレナの手により丹精込めて育てられた美しい花が季節を問わずに咲いている。そんな庭園で楽しそうな子供の声が聞こえる。
「エミリア姉様、このケーキ美味しいわ」
口いっぱいにケーキを頬張りながら話すのはリリアだ。リリアの前には白い丸テーブルに映える美しいケーキやその他焼き菓子でいっぱいだった。
リリアが美味しそうに食べるのを温かい眼差しで見るのは優雅な手付きでお茶を飲む長女のエミリアだ。その向かいには魔術師として魔物討伐を終えて戻ってきたところをエミリアに捕獲されたミカエラが座っていた。その隣にはアリスが座る。アリスはリリアの言葉を聞きそろ~っとケーキに向かって手を伸ばす。あと少しで届くという時に……
パシッ
エミリアがアリスの腕を扇ではたく。
「盗み食いだなんてはしたなくてよ。こちらはリリアのもの。あなたの分はそこにあるでしょう」
そう言われアリスは自分の前にあるお皿に視線を移す。そこには不格好な……おどろおどろしい紫色……?いや緑色……?のケーキという名の危険物が置かれていた。アリスはフォークで一口大に切ると無表情で口に運ぶ。
「ねえねえエミリア姉様。このデザート全部殿方に頂いたものなのでしょう?お美しいしお優しいもの……殿方が放っておかないわよね。それに、治癒士としてエミリア姉様に勝てる人もいないわよね。私に姉様の美点が一つでもあればなあ……羨ましい」
エミリアは剣の腕は微妙だったが魔法が得意で特に治癒を得意としていた。王国一と言われるほどに。友人も多く社交の場に行くと彼女はすぐに男性にも女性にも囲まれていた。
異母妹の言葉に困ったような……しかし微笑ましそうにリリアを見る。そっとリリアの頬に手を添える。
「リリア……あなたはそのままで十分よ。こんなにも愛らしいのだから。この愛らしさのままでいてくれたら姉様は嬉しいわ」
ねっミカエラと向かいに座るミカエラに同意を求めると、コクっと頷かれる。戦闘向きの魔法を得意とする彼はこの国で3本指に入る腕前と言われている。ミカエラの目にはリリアの様子が微笑ましげに映し出されている。
その言葉に、視線に嬉しそうに笑うリリア。その様子を遠目から見ていた使用人たちも微笑ましい光景に心が和む。そして、ちらっとアリスに視線を移す。アリスは先程エミリアに言われたケーキを無表情で全て食べ終えたところだった。
誰にも気にかけられず、いないかのように扱われ、叱られるときだけ声をかけられる。今だってどう見ても食べてはいけないものを食べさせられているアリス。彼女を見て彼らは自分より高位の者の無様な姿に下卑た笑みをもらしていた。
~~~~~
「うけるわよね~」
いやいや、全然楽しくないですが……という言葉を飲み込む。
「それにこの前なんかね~」
イリスの様子に気づかず再び話し出す先輩使用人。
~アリスの自室にて~
子供の声が聞こえてくる。子供部屋だから当たり前だが持ち主の声とそれ以外の声も聞こえてくる。しかも相手の声には少々涙が混ざっているよう。
「いやよ、これが欲しいの!」
「リリア……こちらの方が良いものだと言っているでしょう」
「いやよいやよ!絶対に嫌!これがいいの!!」
いやいや言うリリアの手に握られているのは大ぶりの赤いルビーの首飾り。8歳の子供にはまだまだ似合わなそうな、首に非常に負担がかかりそうなものに見える。
こちらの方が良いものだと言うアリスの手にあるのは、小さいルビーがついた首飾り。可愛らしいデザインのもので8歳の子供にも良さそうである。
にも関わらず……
「アリス、リリアがそちらが良いと言っているんだからあげなさいよ」
「そうよ、本人が良いと言っているんだからあなたは黙ってあげれば良いのよ」
リリアの肩を持つような物言いをするのは、次女のアンジェと三女のセイラである。
「でも……それは「アリス!アンジェ姉様もセイラ姉様もこう言ってるじゃない。こちらをもらうわ」」
アリスの返事も聞かずにぱっと身を翻し大きいルビーのついた首飾を持ったまま部屋を飛び出す。
「あっ……」
とっさに伸ばされた手は静かに落ちた。
「「アリス」」
「はい、姉様」
「リリアが欲しいと言っているんだからあげれば良いのよ。わかったわね?」
アンジェが愉快そうな声音で話しかけてくる。
「でもあれは「あなたには他にも私達やエミリア姉さまからもらったものがあるでしょ」」
セイラが開いた扇を口元に当てる。まるでアリスがけちだとでも……器の小さい人間だとでも……口も聞きたくないというかのように……
それを見ていた廊下を清掃中の使用人たちは、アリスに侮蔑的な視線を投げかける。リリスに素直に渡さないからそうなるのだと。
リリア信者の者たちは気づかない。そもそも嫌だというものを持っていくほうが性格が難ありだということに。姉たちがアリスの意見を一切聞かないことへの異常さに……。
いや、一部の者は気づいている。気づいているからこそ下卑た笑みを浮かべているのだ。自分より多くのものを持つ者への優越感から……そして、より強者の味方をすることで自分が強くなったかのような、偉くなったような気になっているのだ。
自分は強者の味方をしたのだから、強者も自分の味方をしてくれる。いざとなっても自分は守ってもらえると……。そんな愚かな勘違いをしているのだ。
公爵家の庭園には庭師と一家の女帝ことエレナの手により丹精込めて育てられた美しい花が季節を問わずに咲いている。そんな庭園で楽しそうな子供の声が聞こえる。
「エミリア姉様、このケーキ美味しいわ」
口いっぱいにケーキを頬張りながら話すのはリリアだ。リリアの前には白い丸テーブルに映える美しいケーキやその他焼き菓子でいっぱいだった。
リリアが美味しそうに食べるのを温かい眼差しで見るのは優雅な手付きでお茶を飲む長女のエミリアだ。その向かいには魔術師として魔物討伐を終えて戻ってきたところをエミリアに捕獲されたミカエラが座っていた。その隣にはアリスが座る。アリスはリリアの言葉を聞きそろ~っとケーキに向かって手を伸ばす。あと少しで届くという時に……
パシッ
エミリアがアリスの腕を扇ではたく。
「盗み食いだなんてはしたなくてよ。こちらはリリアのもの。あなたの分はそこにあるでしょう」
そう言われアリスは自分の前にあるお皿に視線を移す。そこには不格好な……おどろおどろしい紫色……?いや緑色……?のケーキという名の危険物が置かれていた。アリスはフォークで一口大に切ると無表情で口に運ぶ。
「ねえねえエミリア姉様。このデザート全部殿方に頂いたものなのでしょう?お美しいしお優しいもの……殿方が放っておかないわよね。それに、治癒士としてエミリア姉様に勝てる人もいないわよね。私に姉様の美点が一つでもあればなあ……羨ましい」
エミリアは剣の腕は微妙だったが魔法が得意で特に治癒を得意としていた。王国一と言われるほどに。友人も多く社交の場に行くと彼女はすぐに男性にも女性にも囲まれていた。
異母妹の言葉に困ったような……しかし微笑ましそうにリリアを見る。そっとリリアの頬に手を添える。
「リリア……あなたはそのままで十分よ。こんなにも愛らしいのだから。この愛らしさのままでいてくれたら姉様は嬉しいわ」
ねっミカエラと向かいに座るミカエラに同意を求めると、コクっと頷かれる。戦闘向きの魔法を得意とする彼はこの国で3本指に入る腕前と言われている。ミカエラの目にはリリアの様子が微笑ましげに映し出されている。
その言葉に、視線に嬉しそうに笑うリリア。その様子を遠目から見ていた使用人たちも微笑ましい光景に心が和む。そして、ちらっとアリスに視線を移す。アリスは先程エミリアに言われたケーキを無表情で全て食べ終えたところだった。
誰にも気にかけられず、いないかのように扱われ、叱られるときだけ声をかけられる。今だってどう見ても食べてはいけないものを食べさせられているアリス。彼女を見て彼らは自分より高位の者の無様な姿に下卑た笑みをもらしていた。
~~~~~
「うけるわよね~」
いやいや、全然楽しくないですが……という言葉を飲み込む。
「それにこの前なんかね~」
イリスの様子に気づかず再び話し出す先輩使用人。
~アリスの自室にて~
子供の声が聞こえてくる。子供部屋だから当たり前だが持ち主の声とそれ以外の声も聞こえてくる。しかも相手の声には少々涙が混ざっているよう。
「いやよ、これが欲しいの!」
「リリア……こちらの方が良いものだと言っているでしょう」
「いやよいやよ!絶対に嫌!これがいいの!!」
いやいや言うリリアの手に握られているのは大ぶりの赤いルビーの首飾り。8歳の子供にはまだまだ似合わなそうな、首に非常に負担がかかりそうなものに見える。
こちらの方が良いものだと言うアリスの手にあるのは、小さいルビーがついた首飾り。可愛らしいデザインのもので8歳の子供にも良さそうである。
にも関わらず……
「アリス、リリアがそちらが良いと言っているんだからあげなさいよ」
「そうよ、本人が良いと言っているんだからあなたは黙ってあげれば良いのよ」
リリアの肩を持つような物言いをするのは、次女のアンジェと三女のセイラである。
「でも……それは「アリス!アンジェ姉様もセイラ姉様もこう言ってるじゃない。こちらをもらうわ」」
アリスの返事も聞かずにぱっと身を翻し大きいルビーのついた首飾を持ったまま部屋を飛び出す。
「あっ……」
とっさに伸ばされた手は静かに落ちた。
「「アリス」」
「はい、姉様」
「リリアが欲しいと言っているんだからあげれば良いのよ。わかったわね?」
アンジェが愉快そうな声音で話しかけてくる。
「でもあれは「あなたには他にも私達やエミリア姉さまからもらったものがあるでしょ」」
セイラが開いた扇を口元に当てる。まるでアリスがけちだとでも……器の小さい人間だとでも……口も聞きたくないというかのように……
それを見ていた廊下を清掃中の使用人たちは、アリスに侮蔑的な視線を投げかける。リリスに素直に渡さないからそうなるのだと。
リリア信者の者たちは気づかない。そもそも嫌だというものを持っていくほうが性格が難ありだということに。姉たちがアリスの意見を一切聞かないことへの異常さに……。
いや、一部の者は気づいている。気づいているからこそ下卑た笑みを浮かべているのだ。自分より多くのものを持つ者への優越感から……そして、より強者の味方をすることで自分が強くなったかのような、偉くなったような気になっているのだ。
自分は強者の味方をしたのだから、強者も自分の味方をしてくれる。いざとなっても自分は守ってもらえると……。そんな愚かな勘違いをしているのだ。
434
お気に入りに追加
5,154
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結保証】領地運営は私抜きでどうぞ~もう勝手におやりください~
ネコ
恋愛
伯爵領を切り盛りするロザリンは、優秀すぎるがゆえに夫から嫉妬され、冷たい仕打ちばかり受けていた。ついに“才能は認めるが愛してはいない”と告げられ離縁を迫られたロザリンは、意外なほどあっさり了承する。すべての管理記録と書類は完璧に自分の下へ置いたまま。この領地を回していたのは誰か、あなたたちが思い知る時が来るでしょう。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結保証】ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ
ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる