【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

文字の大きさ
上 下
6 / 186

6. 叱責

しおりを挟む
「聞いたぞ。お前は部下を殺したいのか?」

 静かでありながら聞いたものがゾッとするような低い声を発するのは大将軍ロナルド。目の前に立っているのは美しい金髪に紫の瞳の少女ーーーアリスだった。騎士のような服を着ているが、その服は汚れ…破れ…焦げ跡…そして血がベッタリとついている。

 ワイバーンの群れを撃退したあと、帰宅後すぐに父親であるロナルドの執務室に来たからだ。

 今回の現場のリーダーはアリスだったが騎士たちを纏められなかったこと、現場を混乱させてしまったことを責められていた。それにカサバイン家の直系がいながらワイバーンの群れごときで大きな怪我を負った騎士が出たということも許されないことだった。

「申し訳ありません」

 素直に謝るアリスに対し、ただでさえ険しい視線を更に険しくするロナルド。

「どれだけ謝ろうと失った命は戻らない。謝罪などは必要ない。カサバイン家の人間にふさわしくあれ。とりあえず今回はカイルに感謝することだ。……あと、今回の報酬はお前にはやれない。カイルに渡す」

 誰も亡くなっていないわいと思いつつ殊勝に頭を下げる。

「……承知いたしました」

 失礼しますと言って執務室を出るアリス。ちょうど次男のミカエラとはちあわせる。

「アリス」

「はい」

「まだ子供だからというのは通用しない。俺を含めお前を除く兄弟はもうすでに国に名が轟くほどの功績をあげたものばかりだ。それは俺等が命がけで努力してきたからだ。それに比べなんだその顔は……まだ余裕そうなお前のだらけきった顔は。公爵家の娘として認められたかったらもっと精進しろ」

「……はい、申し訳ありません」

 しーん…と静まり返る廊下。そんな気詰まりする中に可愛らしい声がした。

「ミカエラ兄様!」

 声の主は茶色の髪と瞳を持ったロナルドの娘のリリア。

「リリア」

 アリスに対峙したときの低く暗い声音から明るい柔らかな声音に変わる。

「見て見て……このドレス新しくお父様に買っていただいたの!」

 そう言ってクルクルと回るとフワリと広がるピンクのスカート。リボンとフリルのついた子供らしい可愛いドレス。

「ああ、よく似合っている。可愛いリリアにぴったりだな」

 リリアをヒョイッと抱き上げる。

「本当?嬉しい……!」

 ミカエラの首に両腕を回すリリア。

「そういえば姉上が庭園でお茶でも飲もうと言っていたが、行くか?」

「エミリア姉様のお茶大好き」

 はしゃぐリリアをそのまま抱き上げ歩き出すミカエラ。リリアが来てから一瞥もされることのなかったアリスは二人の姿が視界から消えると自室に向けて歩き出した。


 その様子を見ていた複数の使用人。その中の一人がポツリと呟く。

「何ですかあれ?」

「何って?」

「アリス様はミカエラ様と母を同じくする妹君、リリア様は異母妹ですよね。ミカエラ様はなぜリリア様ばかり可愛がりアリス様にあんな冷たい視線を……」

 いや、最後など存在しないかのように視線を向けてもいなかった。

「フフッ。あんたイリスだったわよね?新人だから知らないのも当然ね。ミカエラ様だけじゃないのよ。公爵家の御夫婦も兄弟も全員リリア様にはメロメロなのよ」

 鼻高々な様子で話す使用人。リリアのことを尊敬でもしているのだろうか……。いや、でも8歳の何も手柄のない子供の尊敬する部分って何?そもそもなぜ彼女はこんなに優越感たっぷりに話しているのだろうか……。

「あら、アリス様。今から清掃を行いますのでどこかに行ってください」

 ちょうどドアノブに手をかけていたアリスに声を掛ける先輩使用人。イリスはその物言いにぎょっとした。雇い主の姫君。しかも服はボロボロで怪我までしている子供にどこか行けとは……人としてありえない。

 しかし、それを諌める人間はいない。周りの使用人たちもクスクスと笑っている。驚きのあまり口を開けないでいるとアリスは小さくわかったわ、というとどこかに去っていってしまった。

「さあ、入って」

 いやいやお前の部屋じゃないだろと思いつつ、清掃のために部屋に足を踏み入れる。あまり物をおいていないシンプルな部屋だった。今部屋の中にいるのは使用人3人。その3人で清掃を始める。

 清掃、清掃……清掃…………?いやいやいやいや、何をやっている……それは清掃じゃない。そりゃないだろ先輩方。

 先程イリスに現状を話した先輩の手には髪飾りがあった。もう一人の先輩が持っているのは耳飾りのよう。それを自分たちの身体に身に着けては戻すを繰り返している。

「あのー……」

「ああ、この部屋は別に適当でいいのよ。やらなくてもいいし」

「!?」

 適当でいい?やらなくてもいい?いやいや、清掃のために来たのにどういうことだ。まあ……先程のアリスへの態度や噂話をする様子で彼女のことをどう思っているかはわかるが。

「あのガキはこの家で可愛がられてないの。親からも兄弟からも!ここの家長に大事にされてないから私達が大事にする必要はないでしょ。それにホコリがあったって文句なんて一回も言ったことないんだから」

 ニヤニヤといやらしい顔で言葉を発する姿は醜いことこの上ない。思わず顔を歪めそうになるが顔に力を入れてごまかす。確かに先程父親と兄からひどく叱責されているようだったが、他の者からもとは……。

「御母上や他の御兄弟からもだなんて……」

 思わず言葉が口から出ていた。その言葉を聞いた先輩使用人は良いことを聞いたとばかりに、もっと下卑た笑みを浮かべる。アリスの椅子にドカッと腰掛けると嬉々として話し出す。

「この前なんてさー……」

 それは気の毒としか思えない話しだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結保証】領地運営は私抜きでどうぞ~もう勝手におやりください~

ネコ
恋愛
伯爵領を切り盛りするロザリンは、優秀すぎるがゆえに夫から嫉妬され、冷たい仕打ちばかり受けていた。ついに“才能は認めるが愛してはいない”と告げられ離縁を迫られたロザリンは、意外なほどあっさり了承する。すべての管理記録と書類は完璧に自分の下へ置いたまま。この領地を回していたのは誰か、あなたたちが思い知る時が来るでしょう。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

【完結保証】ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

幼馴染を溺愛する旦那様の前から、消えてあげることにします

新野乃花(大舟)
恋愛
「旦那様、幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...