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6. 叱責
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「聞いたぞ。お前は部下を殺したいのか?」
静かでありながら聞いたものがゾッとするような低い声を発するのは大将軍ロナルド。目の前に立っているのは美しい金髪に紫の瞳の少女ーーーアリスだった。騎士のような服を着ているが、その服は汚れ…破れ…焦げ跡…そして血がベッタリとついている。
ワイバーンの群れを撃退したあと、帰宅後すぐに父親であるロナルドの執務室に来たからだ。
今回の現場のリーダーはアリスだったが騎士たちを纏められなかったこと、現場を混乱させてしまったことを責められていた。それにカサバイン家の直系がいながらワイバーンの群れごときで大きな怪我を負った騎士が出たということも許されないことだった。
「申し訳ありません」
素直に謝るアリスに対し、ただでさえ険しい視線を更に険しくするロナルド。
「どれだけ謝ろうと失った命は戻らない。謝罪などは必要ない。カサバイン家の人間にふさわしくあれ。とりあえず今回はカイルに感謝することだ。……あと、今回の報酬はお前にはやれない。カイルに渡す」
誰も亡くなっていないわいと思いつつ殊勝に頭を下げる。
「……承知いたしました」
失礼しますと言って執務室を出るアリス。ちょうど次男のミカエラとはちあわせる。
「アリス」
「はい」
「まだ子供だからというのは通用しない。俺を含めお前を除く兄弟はもうすでに国に名が轟くほどの功績をあげたものばかりだ。それは俺等が命がけで努力してきたからだ。それに比べなんだその顔は……まだ余裕そうなお前のだらけきった顔は。公爵家の娘として認められたかったらもっと精進しろ」
「……はい、申し訳ありません」
しーん…と静まり返る廊下。そんな気詰まりする中に可愛らしい声がした。
「ミカエラ兄様!」
声の主は茶色の髪と瞳を持ったロナルドの娘のリリア。
「リリア」
アリスに対峙したときの低く暗い声音から明るい柔らかな声音に変わる。
「見て見て……このドレス新しくお父様に買っていただいたの!」
そう言ってクルクルと回るとフワリと広がるピンクのスカート。リボンとフリルのついた子供らしい可愛いドレス。
「ああ、よく似合っている。可愛いリリアにぴったりだな」
リリアをヒョイッと抱き上げる。
「本当?嬉しい……!」
ミカエラの首に両腕を回すリリア。
「そういえば姉上が庭園でお茶でも飲もうと言っていたが、行くか?」
「エミリア姉様のお茶大好き」
はしゃぐリリアをそのまま抱き上げ歩き出すミカエラ。リリアが来てから一瞥もされることのなかったアリスは二人の姿が視界から消えると自室に向けて歩き出した。
その様子を見ていた複数の使用人。その中の一人がポツリと呟く。
「何ですかあれ?」
「何って?」
「アリス様はミカエラ様と母を同じくする妹君、リリア様は異母妹ですよね。ミカエラ様はなぜリリア様ばかり可愛がりアリス様にあんな冷たい視線を……」
いや、最後など存在しないかのように視線を向けてもいなかった。
「フフッ。あんたイリスだったわよね?新人だから知らないのも当然ね。ミカエラ様だけじゃないのよ。公爵家の御夫婦も兄弟も全員リリア様にはメロメロなのよ」
鼻高々な様子で話す使用人。リリアのことを尊敬でもしているのだろうか……。いや、でも8歳の何も手柄のない子供の尊敬する部分って何?そもそもなぜ彼女はこんなに優越感たっぷりに話しているのだろうか……。
「あら、アリス様。今から清掃を行いますのでどこかに行ってください」
ちょうどドアノブに手をかけていたアリスに声を掛ける先輩使用人。イリスはその物言いにぎょっとした。雇い主の姫君。しかも服はボロボロで怪我までしている子供にどこか行けとは……人としてありえない。
しかし、それを諌める人間はいない。周りの使用人たちもクスクスと笑っている。驚きのあまり口を開けないでいるとアリスは小さくわかったわ、というとどこかに去っていってしまった。
「さあ、入って」
いやいやお前の部屋じゃないだろと思いつつ、清掃のために部屋に足を踏み入れる。あまり物をおいていないシンプルな部屋だった。今部屋の中にいるのは使用人3人。その3人で清掃を始める。
清掃、清掃……清掃…………?いやいやいやいや、何をやっている……それは清掃じゃない。そりゃないだろ先輩方。
先程イリスに現状を話した先輩の手には髪飾りがあった。もう一人の先輩が持っているのは耳飾りのよう。それを自分たちの身体に身に着けては戻すを繰り返している。
「あのー……」
「ああ、この部屋は別に適当でいいのよ。やらなくてもいいし」
「!?」
適当でいい?やらなくてもいい?いやいや、清掃のために来たのにどういうことだ。まあ……先程のアリスへの態度や噂話をする様子で彼女のことをどう思っているかはわかるが。
「あのガキはこの家で可愛がられてないの。親からも兄弟からも!ここの家長に大事にされてないから私達が大事にする必要はないでしょ。それにホコリがあったって文句なんて一回も言ったことないんだから」
ニヤニヤといやらしい顔で言葉を発する姿は醜いことこの上ない。思わず顔を歪めそうになるが顔に力を入れてごまかす。確かに先程父親と兄からひどく叱責されているようだったが、他の者からもとは……。
「御母上や他の御兄弟からもだなんて……」
思わず言葉が口から出ていた。その言葉を聞いた先輩使用人は良いことを聞いたとばかりに、もっと下卑た笑みを浮かべる。アリスの椅子にドカッと腰掛けると嬉々として話し出す。
「この前なんてさー……」
それは気の毒としか思えない話しだった。
静かでありながら聞いたものがゾッとするような低い声を発するのは大将軍ロナルド。目の前に立っているのは美しい金髪に紫の瞳の少女ーーーアリスだった。騎士のような服を着ているが、その服は汚れ…破れ…焦げ跡…そして血がベッタリとついている。
ワイバーンの群れを撃退したあと、帰宅後すぐに父親であるロナルドの執務室に来たからだ。
今回の現場のリーダーはアリスだったが騎士たちを纏められなかったこと、現場を混乱させてしまったことを責められていた。それにカサバイン家の直系がいながらワイバーンの群れごときで大きな怪我を負った騎士が出たということも許されないことだった。
「申し訳ありません」
素直に謝るアリスに対し、ただでさえ険しい視線を更に険しくするロナルド。
「どれだけ謝ろうと失った命は戻らない。謝罪などは必要ない。カサバイン家の人間にふさわしくあれ。とりあえず今回はカイルに感謝することだ。……あと、今回の報酬はお前にはやれない。カイルに渡す」
誰も亡くなっていないわいと思いつつ殊勝に頭を下げる。
「……承知いたしました」
失礼しますと言って執務室を出るアリス。ちょうど次男のミカエラとはちあわせる。
「アリス」
「はい」
「まだ子供だからというのは通用しない。俺を含めお前を除く兄弟はもうすでに国に名が轟くほどの功績をあげたものばかりだ。それは俺等が命がけで努力してきたからだ。それに比べなんだその顔は……まだ余裕そうなお前のだらけきった顔は。公爵家の娘として認められたかったらもっと精進しろ」
「……はい、申し訳ありません」
しーん…と静まり返る廊下。そんな気詰まりする中に可愛らしい声がした。
「ミカエラ兄様!」
声の主は茶色の髪と瞳を持ったロナルドの娘のリリア。
「リリア」
アリスに対峙したときの低く暗い声音から明るい柔らかな声音に変わる。
「見て見て……このドレス新しくお父様に買っていただいたの!」
そう言ってクルクルと回るとフワリと広がるピンクのスカート。リボンとフリルのついた子供らしい可愛いドレス。
「ああ、よく似合っている。可愛いリリアにぴったりだな」
リリアをヒョイッと抱き上げる。
「本当?嬉しい……!」
ミカエラの首に両腕を回すリリア。
「そういえば姉上が庭園でお茶でも飲もうと言っていたが、行くか?」
「エミリア姉様のお茶大好き」
はしゃぐリリアをそのまま抱き上げ歩き出すミカエラ。リリアが来てから一瞥もされることのなかったアリスは二人の姿が視界から消えると自室に向けて歩き出した。
その様子を見ていた複数の使用人。その中の一人がポツリと呟く。
「何ですかあれ?」
「何って?」
「アリス様はミカエラ様と母を同じくする妹君、リリア様は異母妹ですよね。ミカエラ様はなぜリリア様ばかり可愛がりアリス様にあんな冷たい視線を……」
いや、最後など存在しないかのように視線を向けてもいなかった。
「フフッ。あんたイリスだったわよね?新人だから知らないのも当然ね。ミカエラ様だけじゃないのよ。公爵家の御夫婦も兄弟も全員リリア様にはメロメロなのよ」
鼻高々な様子で話す使用人。リリアのことを尊敬でもしているのだろうか……。いや、でも8歳の何も手柄のない子供の尊敬する部分って何?そもそもなぜ彼女はこんなに優越感たっぷりに話しているのだろうか……。
「あら、アリス様。今から清掃を行いますのでどこかに行ってください」
ちょうどドアノブに手をかけていたアリスに声を掛ける先輩使用人。イリスはその物言いにぎょっとした。雇い主の姫君。しかも服はボロボロで怪我までしている子供にどこか行けとは……人としてありえない。
しかし、それを諌める人間はいない。周りの使用人たちもクスクスと笑っている。驚きのあまり口を開けないでいるとアリスは小さくわかったわ、というとどこかに去っていってしまった。
「さあ、入って」
いやいやお前の部屋じゃないだろと思いつつ、清掃のために部屋に足を踏み入れる。あまり物をおいていないシンプルな部屋だった。今部屋の中にいるのは使用人3人。その3人で清掃を始める。
清掃、清掃……清掃…………?いやいやいやいや、何をやっている……それは清掃じゃない。そりゃないだろ先輩方。
先程イリスに現状を話した先輩の手には髪飾りがあった。もう一人の先輩が持っているのは耳飾りのよう。それを自分たちの身体に身に着けては戻すを繰り返している。
「あのー……」
「ああ、この部屋は別に適当でいいのよ。やらなくてもいいし」
「!?」
適当でいい?やらなくてもいい?いやいや、清掃のために来たのにどういうことだ。まあ……先程のアリスへの態度や噂話をする様子で彼女のことをどう思っているかはわかるが。
「あのガキはこの家で可愛がられてないの。親からも兄弟からも!ここの家長に大事にされてないから私達が大事にする必要はないでしょ。それにホコリがあったって文句なんて一回も言ったことないんだから」
ニヤニヤといやらしい顔で言葉を発する姿は醜いことこの上ない。思わず顔を歪めそうになるが顔に力を入れてごまかす。確かに先程父親と兄からひどく叱責されているようだったが、他の者からもとは……。
「御母上や他の御兄弟からもだなんて……」
思わず言葉が口から出ていた。その言葉を聞いた先輩使用人は良いことを聞いたとばかりに、もっと下卑た笑みを浮かべる。アリスの椅子にドカッと腰掛けると嬉々として話し出す。
「この前なんてさー……」
それは気の毒としか思えない話しだった。
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