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3. 隣国王家の末っ子息子誕生

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 場所は変わりこちらは隣国ダイラス国の王宮。

 きらびやかな王宮にふさわしい豪華な部屋にて……ベッドではなく床に膝と額を付ける黒色の髪の毛の女性が一人。目の前には穏やかに微笑む波打つ美しい金髪と金色の瞳の女性ーーーダイラス国王妃が立っていた。

「あら……そんなふうにされたら悲しいわ。私達は同じ夫を持つ妻ではないの」

 ほらお立ちになってと自ら膝を付き手を差し伸べ女性ーーー側妃を立ち上がらせる王妃。その優雅な動作、慈愛の心に侍女や護衛は心酔する。そして、王妃に膝をつかせた側妃に冷たい眼差しを向ける。その視線に居たたまれなさを感じながらも立ち上がる側妃。

「恐れ多いことにございます……」

 ビクビクしている側妃だが商売を手広くしている国一番の大金持ちの伯爵家出身だった。すなわち国への納税額、援助額が一番多い。王妃は侯爵家で爵位は上だがそんなに謙る必要はない。

 ではなぜ?ーーー単純に王妃が怖いから。

 王には彼女以外にも側妃が数人いる。妊娠したものはいるが、誰一人として子を産んでいない。なぜかは口にしないのが長生きする秘訣だ。

 昨日までは王の子は王妃が生んだ3人の男の子のみだった。

 だが今日初めての例外が誕生した。

「可愛いわ。赤子というのは存在するだけで癒やされるものね……。生まれた赤子を目にするのは5年ぶりかしら。本当だったらもっと多くの赤子を目にしていたはずなのに……」

 ベビーベッドに寝かされた母譲りの黒い髪の毛がちょびっとばかり生えた赤子を見ながら目を潤ませる王妃。その姿を見て同じく目を潤ませる侍女と護衛。

 女優だ。
 名女優がここにいる。

 目から涙という水ではなく身体から冷や汗という水が出ている臆病者である側妃にはできない芸当。

「……王妃様。恐れながら万民の母である王妃様にお名前を頂戴する栄誉をこの子にいただけないでしょうか……?」

「あら、良いのかしら?陛下がお付けになったほうがよろしいのでは……」

 側妃は身につけている軽いはずの産服が重くなるのを感じた。選択を誤ったか……。陛下に名前を与えられるよりはマシだと思ったのに。自分が付けるべきだったか。いやいやいや、側妃の子供でも王家の子として認められるダイラス国。後宮の主たる王妃を差し置いて王家の子に名前をつけるのは悪手だ。

「王妃様……。私にとっては誠に遺憾なことではございますが陛下が愛し、心に留め置かれているのは王妃様と王子様たちのみ。私のような政略という関係で結ばれただけのものの元にいつ来ていただけるか……」

 陛下の来訪を待っていたらいつ子供に名前をもらえるかわからない……ここは王妃様の御慈悲にすがりたい……と自分は陛下に冷遇されているとアピールする。

 ……そんな事実はないが。王は王妃と区別はするものの大事な妃もとい大事な金蔓として丁重に扱ってくれる。今回自分が無事に子供を産めたのは実家が持つ経済力の為。

 そして自分が牙のない……いや、抜いた存在だと王妃に示したからだと思っている。

 人は誰しも心に牙を持っているものだと思うが、彼女は抜いた。隠しているでもない……抜いたのだ。抜いた牙は二度と生えない。相手に噛みつくことのできない存在になったのだ。

 そんな人間を相手にするほど王妃は暇でもなければ、愚かでもない。必要以上に自分を下げたせいで使用人たちからもどんな目で見られているかはわかっている。

 しかし、だからといって何か命に関わるようなことをされたことはない。多少嫌がらせはあるものの微々たるもの。とはいうものの王宮とは数多くの人間がいるところなので、蔑む視線だけでもメンタルはかなりやられるが……。

 少し考え込んでいると王妃のドレスの裾が動く音がした。
その音に意識がはっとし、慌てて王妃の方に視線を向ける。金と黒の瞳(側妃は黒色の瞳)……その視線が交わる。

「この子の名前はブランク。ブランク・ダイラス。側妃……どうかしら?」

 言葉が発される間も瞬き一つせず視線が交わったままだった。側妃は息を呑む。

 ブランクーーー空白。

 王妃がこの子を何色かに染め上げるのだろうか……いや、王妃がこの子に何かするわけがない。彼女の時間を割くほどの価値はないのだから。

 では、この子が何色に染まったら邪魔となるのか……これは警告だろうか。彼女の気に入らぬ色に染まった時その時は…………。そうならぬように気をつけろと。

「王妃様に名前をいただけるなどこの子はなんて幸せな子なのでしょうか。……そして、王妃様の御心承知いたしました」

 側妃の返答に一層穏やかな笑みを深めると王妃は身体をやや後ろに向けた。

「あなたたちの弟のブランクですよ。仲良くしてあげるのよ」

 そこには王妃の3人の息子がいた。上から順番に8歳6歳5歳だ。彼らはちらっとベビーベッドに視線を向けたものの興味なさそうに視線を母親へと戻す。

「「「はい、ははうえ」」」
 
 行儀の良い返事に侍女も護衛もうんうんと頷く。王妃に似て物腰穏やかで、礼儀正しい。見た目だけなら良いお兄さんたちそのものだ。

 しかし、側妃は赤子を前にしてなんの感情も示さない幼子たちに……目に輝きのない彼らたちに薄ら寒さを感じたのだった。
 
 隣国ダイラス国の側妃の子ブランク・ダイラスが生まれた日の出来事だった。


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