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魔王からの招待編

第73話 友情

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「……<聖炎ファイラル>」

 ゴォ、と。

 ローウルフは、一瞬にして燃え尽きた。

 ローウルフに伸ばした右手が届く前に、
 断末魔を聞かせることもなく、ほんの一瞬で、
 目前に迫っていたローウルフたちは、今や灰となり地へと落ちていく。

「なん……だ…………?」

 助かった。

 前を見れば、族長は驚いたような顔をしている。
 つまり、彼の思惑通りではない。

「ああ、葵。大丈夫か?」

 そして、後ろから掛かる声。
 そこには、悠々とした態度で佇まう男が、1人。
 ローウルフを容易く殺した、俺と同郷の勇者。

 魔夜中紫怨マヨナカシオンが、立っていた。




・     ・     ・




魔夜中マヨナカ……紫怨シオン……」
「待たせた」

 かける言葉は何が正しいのだろうか。
 「待ってない」とでも言うべきか。それとも、俺を助けた理由を尋ねるべきか。
 「なぜここにいる?」とも聞きたい。

 だが、それよりも、まずは伝えなくてはいけないことがある。

「……ありがとう」

 俺がその言葉を口にすると、後ろからでも驚きが伝わった。
 俺が感謝を言わない人のようで心外だが──これは自業自得というやつだろう。

 驚きの後、言葉を咀嚼して照れくさくなったのか、
「気にするな」
 と、か細い声で応えが返ってきた。

 以前、散々言ってしまったのに、魔夜中紫怨マヨナカシオンが助けに来てくれたこと。
 不思議でもあったが、何より、嬉しくもあった。
 本当に身勝手な話ではあるが、謝罪を面と向かってしたいのも事実なのだ。

「なんだ? お前は……」

 ただ、今はそんな時ではない。

 呆けていた族長は気を取り戻し、次の手を模索しているだろう。

「葵、あいつを殺せばいいのか?」
「聖魔法……教会勢力か?」
「いや、まだ殺しちゃダメだ。エリスさん──ここにいる女性を救う手段をあいつが持ってる」
「なるほど。了解した」

「貴様ら……!」

 魔夜中紫怨マヨナカシオンと話していたせいで、族長の話を無視していたらしい。
 あいつの言うことを耳に入れる義務はないのだが。
 昂ぶった声を出しているのが聞こえた。

「黙って聞いていれば偉そうに! そもそもお前もだ。その男の首が必要なのだよ!」
「断る。俺は友人の首を易々と渡すような男ではない」

───魔夜中紫怨マヨナカシオン……。イメージとは違って良い奴なのか……。

 失礼だが、そう思ってしまうのも仕方ない。
 なにせ、冷静で冷酷な人間だと思っていたくらいなのだ。
 こんな一面があるなど、想像もしなかった。

「そうか。ならば貴様も殺すだけだ! 行きなさいっ、ローウルフッ!!!」

 グルァァァァッ!!!

 族長の合図で一斉に駆け出す、15匹のローウルフ。
 先程の冷静さは感じられず、とりあえず戦力をぶつけているように見えた。

 ローウルフの速度は相変わらず音のようだが、魔夜中紫怨マヨナカシオンがそれを気に留める様子はない。

「そう騒ぐな。──<聖絶>」

 魔夜中紫怨マヨナカシオンの右手に現れる、神聖な魔法陣。
 俺が使う魔法とは違って、青白く、透明な魔法陣。

 そこから、15の黄金の鎖が解き放たれた。

 迫りくるローウルフたちを迎え撃たんと、黄金の鎖はローウルフへと向かっていく。
 1匹につき1本の鎖が正面から向かっていく。

 ローウルフたちは皆、それを避けんと飛び上がる──が、そう簡単に逃げられるものではない。
 真っ直ぐとローウルフに向かっていた黄金の鎖は、ローウルフが上に跳ぶと、それに追従するように折れ曲がる。
 狩人が獲物を逃さないように、鎖はローウルフが避けることを許さない。

 一度上に跳んだローウルフに、追撃する鎖を避ける術はあるか。

 答えは否。
 あるはずがない。

 鎖を避けるために方向転換したことが仇となり、ローウルフは黄金の鎖に貫かれていった。
 鎖は、確実にローウルフを絶命させるよう、正確に心臓を狙い撃ちしている。

 グルゥゥッ!

 一瞬だった。
 俺が手こずっていたローウルフなど、彼の手にかかれば。

 これが、”勇者”なのだろう。
 落ちこぼれではない、優秀な勇者。
 駿河屋光輝スルガヤコウキ桃原愛美モモハラアミを殺せたからと、調子に乗っていた。

「貴様……。ふん。多少はやるようではないか」
「お前が弱いだけだ」
「はっ! 言っているが良い!! お前たちっ!!」

 次いで現れる、10のローウルフと、10の男。
 集落に住む全員を支配していたとしても、戦力はそろそろ尽きると思うのだが、どうなのだろうか。

 流石に女子供まで戦いに使うとは思いたくない。

「ふむ。厄介だな」
「厄介! 余裕ぶれるのも今だけだぞ! あれほどの魔法、もう魔力切れなのだろう!」

 魔夜中紫怨マヨナカシオンが思わず零したであろう言葉。
 そして、それを鼻で笑うように言い返す族長。

 ただ、意味が違ったのだろう。
 すかさず、魔夜中紫怨マヨナカシオンも口を開いた。

「いや、そういう意味ではない。お前を殺してはいけないのが面倒だったというだけだ。殺せるのならば楽だったんだがな」
「貴ッ……様ッ! アイツを殺せッ!!」

 族長の合図で、またもや駆け出すローウルフと男たち。

「<聖炎ファイラル>」

 だが、近づくことすら叶わない。

 走り始めた瞬間、聖なる炎に焼き尽くされたのだ。

 力の差は歴然。
 向こうが仕掛ける前──いや、仕掛けてからでも十分、蹂躙できるだけの力があった。

「……<魔断>」

 さらに、後ろに向かって魔法をもう一度。

───何を……?

 そう思ったのも束の間。

「ぐはぁッ!」

 そんな声が後ろから聞こえた。

 そこでようやく気付く。

 考えれば、族長がただ怒りに任せ、同じ失敗を繰り返すとは思えない。
 そう見せかけて、何かしら策を打ってくるのが普通だ。

 魔夜中紫怨マヨナカシオンは、それさえも見抜いていたのだろう。
 後ろから迫っていた敵に気付き、それを処理した。

 それが彼のセンスなのか、スキルによるものなのかは分からないが。

 なにせ、こんな卑怯な手でも倒せない以上、族長と魔夜中紫怨マヨナカシオンとの戦力差は圧倒的だ。

「もう終わりか?」
「ははっ……! やるではないかっ!!」

 引き釣った笑みで言う、族長。
 彼我の差は悪あがきで埋められる程度ではない。
 それを、頭では理解しているのだろう。

「葵、俺がサポートする。アイツの元まで行ってスキルを使ってもらえるか?」
「分かった」

「できれば使いたくなかったが……こうなっては仕方あるまい。奥の手を使おうじゃないか……!」

 魔夜中紫怨マヨナカシオンが抑えて、俺が<支配ドミネイト>を使う。
 族長を支配さえ出来れば、目的の達成は容易だ。

 そんなことを考えている傍ら、族長が胸元に手を入れている姿が目に映る。

───奥の手……とか言っていたか?

 何かを探る感じ、スクロールか何かだろうか。

 だが、そんな予想とは反して。

 次の瞬間、族長が取り出したのは──禍々しい気配を纏った水晶のようなものだった。

───あれは……?

「はははははッ!! あの御方から授かったこの力を使う時が来るとは!! 貴様らには敬意を示そうッ!!」

 隣で身構える魔夜中紫怨マヨナカシオンがちらと見える。
 それほど危険なものなのだろうか。
 俺も本能的に身構えるが、あいにく、対抗する手段は無い。

「葵、気を付けろッ!」

 水晶が上に掲げられる。
 それに比例して、水晶を覆う禍々しさも増していく。

「<召喚・魔将サモン・ジェネラル>ッ!!!」

 そして、族長が込められていたであろう魔法を叫んだ時────

 目が眩むほどの閃光が、水晶から放たれた。

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