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魔王からの招待編

第68話 狼狩り

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 目が覚めた。

 一日程度は眠っていただろうことは理解できた。
 記憶はある。
 ガーベラに<奪取スティール>を使い、とてつもない頭痛に襲われ、意識を手放した。
 結局、今に至る。

 戦士長にも使おうと思っていたが、それは止めようと決意もした。
 こんなところで眠っていては魔獣に襲われるかもしれない。
 その上、あの痛みを味わうのも嫌だ。

 というわけで、早速魔族領域に向かうことにした。
 魔法の使い方は──なんとなく体に馴染んでいる気がする。

 <奪取スティール>の効果は、スキルを獲得するというより、対象の経験を自分にインプットするようなものだと思う。
 ガーベラが今まで培ってきた魔法のアレコレの一部を、俺にインストールしたのだ。
 だから、スキルを獲得しただけでも、魔法を使えるという実感が湧く。

 俺の予想なので真偽は不明だが、筋は通っている。

「よし」

 そんなことを考えながらも、魔法の袋(仮称)から剣を取り出し、腰に付けておく。
 これで準備は万端だ。
 他にできることは何もない。

 スクロールや魔道具は桃原愛美モモハラアミの暗殺前に装備していた。

 ここで、装備のおさらいをしよう。


 腰に帯びる剣は、ドワーフの名工ガルデの作った剣らしい。効果は不明だが、見た目に反してとにかく軽い。
 指輪は3つだけ付けている。
 赤、青、紫の宝石がそれぞれ埋め込まれた指輪は、各種ステータスのアップに役立っている。だが、固定値上昇ではなく、割合上昇らしく、効果はあまり感じられていない。
 銀の鎖でできた細い首輪も付けている。これは、徐々に体力が回復するという効果があるらしい。
 腰には2本の短剣を挿しており、これらは傷をつけた対象のDEXを低下させる効果を持っている。


 と、点検も終わったところで、俺は魔族領域への一歩を踏み出す。
 どの方向に進めば良いのかも分からないまま、魔族領域へと入っていった。

 その様子を、影で観察する者が居ることも知らずに──。




・     ・     ・




 森は薄暗く、”死の森”とは異なった雰囲気を醸し出していた。
 太く、生い茂るような暗い緑の葉を持った木がまばらに生えているが、それでも太陽光はなかなか差し込まない。それゆえに、森は全体としては暗く見えていた。

 少し歩くと、3匹の狼のような魔獣と出くわした。

 極力、魔獣がいないような場所を通ろうと意識したのだが、DEXが低いゆえ、索敵能力は低い。避けようと思って避けられるものではなかったのだ。

 狼は、こちらを睨んでいる。

 その眼には殺意が篭もっており、俺を殺す気だということは容易に理解できた。

 魔王城までの道のりはまだまだ序盤だろう。ここで貴重なスクロールは消費したくない。

 かつて、『魔獣辞典』という本を読んだことがある。
 数多の魔獣──主にBランク以下のものだ──について詳細が図付きで書かれており、目の前の獣についての知識も有していた。

 ローウルフという魔獣だ。体長は1メートルほどで、紫の毛を持つ。特徴はなく、”紫色の狼”としか表現のしようがない。

 弱点は炎らしい。普通の獣だ。

 じりじりと、俺を囲うように距離を詰めるローウルフたち。

 このまま動かず、奴らの射程に入るのはまずい。
 自分の能力で、ローウルフの攻撃を防ぎつつ、カウンターを入れれる自信はない。

 先手を打とう。

 そう思ってからの行動は早い。

 右手を正面のローウルフに向け、魔法を唱えた。

「<火球ファイアボール>!」

 掌に赤い魔法陣が現れ、そこから拳大の火の球が出現する。

 それが1匹のローウルフ目掛け、飛んでいく。
 だが、大した速度はなく、ローウルフは軽く身を捩ることでそれを避けた。

───想像よりも小さく、遅い。

 そんな感想が頭に浮かぶ。
 だが、それもすぐに振払われた。

 いつの間に移動したのか、両脇から、ローウルフが迫っていたからだ。

 間に合わない。
 後ろに飛ぶよりも、ローウルフの方が速いだろうし、2匹同時に相手にはできない。それどころか、1匹でも有効な攻撃手段は見いだせない。

 となれば、仕方ない。

 俺は右手を右にいるローウルフへと向け、左腕は噛みつかれてもいいように突き出した。

「<火球ファイアボール>…ッ!」

 近付いた右のローウルフに火の球を放つ。
 この距離であれば避けられないだろう。

 数瞬後、右のローウルフは火の球と衝突し、後ろへと吹き飛んだ。
 引火もしている。
 上手くいったのだ。

 しかし──

 グルゥッ!!

「くっ……!」

 左腕に、牙が立てられていた。

 ガーベラの拷問ほどではないが、激痛が左腕に走る。

 幸いにも、かつてこれ以上の痛みを味わったことがあるという事実が、俺を冷静に保っていた。

 <火球ファイアボール>2回だけで、かなり削られた魔力に脱力感を覚えながらも、俺は左腕に噛み付くローウルフを睨みつけた。

 ローウルフも同様、こちらを睨みつけている。
 このまま絶対、骨まで噛み砕いてやるぞ、と言わんばかりに。

 ただ、そうはさせない。

 右手をそのローウルフの頭に向ける。
 些細な抵抗だが、ローウルフが牙を抜けぬよう、左腕には力を入れつつ、だ。

「<火球ファイアボール>ッ!!!」

 そして、満身創痍ながらも、魔法を撃ち込んだ。

 <火球ファイアボール>は至近距離でローウルフとぶつかり、それの反動で俺も少し後ろに押し出される。
 ただ、左腕に噛み付いていたローウルフは俺から離れ、グダッとした様子で地面に倒れていた。

───まずは…1匹。

 グルゥッ!!!

 そんなことを思っていると、先程<火球ファイアボール>を避けた正面のローウルフが俺に飛びついてきていた。

 反射的にしゃがみ込むことでそれを避ける。

 すると、次は<火球ファイアボール>を受けていた右のローウルフが迫っていた。

「<火炎ファイア>ッ!!」

 魔法の威力はともかく、発動速度は早い。
 ガーベラの経験の継承のおかげなのか、咄嗟に魔法で反応できた。

 右から迫るローウルフの体に火が宿り、全身を包むように広がっていく。

 奴らの弱点が炎であることも相まって、右のローウルフはそれだけで動きを止めた。
 鬼気迫る表情で俺に向かってきていたにしては、呆気ない。

 そっちは直に死ぬと予想し、俺に飛びかかってきた、前の──今は後ろにいるローウルフに振り返った。

 グルルルルゥゥ………

 仲間を殺したことを怒っているとでも言うのか、先程よりも強く威嚇しながら、ジリジリと詰め寄ってきていた。

 魔法は、使えてあと<火球ファイアボール>1度だ。

「来い、ローウルフ」

 グルアァ!!

 そして、勢いよくこちらへと飛びかかった。

「<ファイア──ボール>ッ!!」

 それに対して俺は、タイミングを合わせるように、最後の魔力を振り絞って魔法を使う。

 掌に魔法陣が描かれ、今までよりも大きな<火球ファイアボール>が現れた。

 全身を使い、勢いよくこちらへと飛んでくるローウルフ。
 そして、それを焼き尽くさんと放たれる<火球ファイアボール>。

 ローウルフは空中で身体を捻ることで、避けようとはしたらしいが、最後、ありったけの魔力を使った<火球ファイアボール>は大きく、避けることができなかった。

 <火球ファイアボール>にぶつかったローウルフは、そのまま後ろへと吹き飛ばされていく。

 グルァッという、鳴き声を残しながら、火の玉になって飛んでいく姿は、俺の勝利を確信させていた。

「はぁ……はぁ………」

 もちろん、3匹のローウルフはみな死んだ。
 勝ったのだ。
 単純な勝負だったが、自分の力で、<支配ドミネイト>を使わずに勝ったのだ。

 正直、炎が弱点ということに気を取られすぎて、<支配ドミネイト>を使えばいいということに気づかなかった。もっと簡単に倒せただろう。

 損傷は、左腕くらいか。
 牙を立てられたことで、かなりの出血になっている。

 ガサッ

「ん?」

 そんな時、ふと俺の後ろ側から音が聞こえた。

 反射的に、俺は振り返る。

 そこには、2人の男が居た。

 紫髪で、色白の。背の高い方は紫の槍を持っている。

 こんなところに人がいるわけがない。
 つまり。

 訝しげな表情で俺を見つめる彼らは────魔族だ。
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