【2章完結】女神にまで「無能」と言われた俺が、異世界で起こす復讐劇

騙道みりあ

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聖女暗殺編

第66話 聖女暗殺

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 街の外、あらゆる方向から戦の音が聞こえる。
 金属がぶつかり合う音だったり、爆発音だったり。
 耐性のない街の人々にとっては、それはかなりの精神的苦痛だろう。

 不安は伝播する。
 誰かが不安だと騒げば、その隣にいた人も不安だと思い始める。
 それが広がるのに、多くの時間はいらない。
 気づけば街全体に広がり、多くの人に伝われば、様々な考えを持つ人が行動を始める。
 例えば、何が起きているのか詳細を求める者が現れる。
 そういった人たちは中心街へと押し掛け、王にでも状況説明を求めるだろう。
 あるいは、暴力騒動を起こす者が現れる。
 彼らの動きはもっと単純で、こんな時にも悠々としている貴族を攻撃し始める。

 結果、街全体はパニックに陥る。
 魔獣の軍勢を撃退できたところで、民の暴動を抑えられなければ未来はない。
 王国が今崩れることを、女神は望んでいなかった。

 では、どうすれば良いのか。

 誰か、民の不安を抑える人物を祀らせれば良いのである。
 祀る、という言い方は正しくない。
 正しくは、不安をぶつける対象を用意してあげれば良いのだ。
 自分たちの不安をぶつけ、その上でそれが杞憂だと分かってしまえば。
 民の不安は容易に払拭することができる。

 そのためには、民からの信頼を得ている人物の用意が必要だ。
 それも、出来る限り大きな信頼を得ている方が良い。

 そこで、女神が用意するのが桃原愛美モモハラアミだ。
 彼女は、勇者であるという理由で、人々から無条件の信頼を勝ち取り、聖女であるという理由で信用を得た。
 そんな彼女に任せてしまえば、民の気持ちなどどうとでもできる。

 不安を述べるとするならば、駿河屋光輝スルガヤコウキを殺した存在だろうか。
 それへの対処としては、メイを護衛として付けた。
 どれほどの存在かは分からないが、メイの実力があれば、最低限桃原愛美モモハラアミの命だけは守れるはず。
 それこそ、始まりの獣ラストビースト直々に命を狙ってこない限り、メイが為すすべもなく殺されることはない。

 その始まりの獣ラストビーストも今は魔獣の軍勢と共にいた。
 メイの能力で、常に始まりの獣ラストビーストの位置は警戒してもらっている。
 それだけでなく、随時報告するようにも言っていた。
 報告さえあれば、予定通りに4人を向かわせるだけだ。

 女神が立てた作戦はそうだった。

 あれから魔獣たちの進軍が開始された。

 始まりの獣ラストビーストは作戦どおり4人で抑え込めており、桃原愛美モモハラアミも順調に民から不安を取り除いている。

 3回連続の侵攻には驚いたが、魔王の作戦は自分より一枚下手だ。
 問題はない。
 そう、確信していた。

 その確信はすぐ、覆されることになるとも知らず。
 その時の女神はまだ、上機嫌でいた。




◆     ◆     ◆




 計画に多少の狂いはあったが、概ね問題はなかった。
 本来であれば、桃原愛美モモハラアミがもう一度スピーチを行うかどうかは賭けの要素があったのだが、それも杞憂に終わった。

 三度目の魔王軍の侵攻が始まったらしい。
 直接関わりがない身としては、その詳細はどうでも良い。
 大事なのは、桃原愛美モモハラアミが再度スピーチを行うだろうという点だ。

 女神はなぜか、民の動揺を恐れている。
 民が不安になるのを防ぐために、わざわざ勇者を動員するほどだ。

 戦の時、最も大変なのは兵士だが、国の中も大変なものである。
 戦は当然、民に不安を生む。
 勝てるのか、負けるのか。
 自分たちはどうなってしまうのか。
 死んでしまうのか。
 そういった疑心暗鬼な心が、不安を生む。
 それは瞬く間に人々に伝播し、場合によっては暴動が起きる。
 女神がそれを恐れる気持ちは分かる。
 とはいえ、勇者を戦に駆り出さず、こんなことに使う理由までは分からない。

 ともかく。
 人々の不安を上手く流してやる存在は必要だ。
 それが権力者であれ、そうでなかれ。
 不安を抱く人からすれば、甘い言葉に縋り
りつきたくもなる。

 そんな桃原愛美モモハラアミのスピーチは、既に始まっているよう。
 俺はまだ宿屋から出たばかりだが、近くで待機させていた冒険者の情報ではそのようだ。

 真っ直ぐ、桃原愛美モモハラアミの居る場所へと向かっていく。
 比較的貴族街とも近い広場で行われているようだ。
 中心の方が安全だし、なるほど納得がいった。

 持ち物は、空間魔法が付与された魔法の袋と、スクロールたちだ。
 服装はもちろん黒ローブで、内側に4つスクロールを仕込んでいる。
 フードも深く被り、顔が見えないようにしている。
 怪しいが、魔術師でフードを被っている人は意外と多い。

 広場は、宿屋からは思ったよりも近くにあった。
 想像していたよりも早くついたのだ。
 以前と同じように、ステージのようなものの上で話をしている桃原愛美モモハラアミの姿が見える。

 傍らには、護衛の騎士が4人と──見知った顔のメイド、メイが居た。

───メイ? 桃原愛美モモハラアミのメイドだったのか?

 これには驚いたが、確かに勇者に専属のメイドがいる事はおかしくない。
 もしかしたら女神のメイドの可能性もある。

 メイドの格好をした護衛の可能性も考慮すべきだろう。
 桃原愛美モモハラアミのすぐ隣に立ち、周りを警戒しているし、戦闘能力は意外と高いのかもしれない。

「──今も魔王軍による攻撃を受けていますが、安心してください!」

 ステージは広場の中央にあり、囲むように冒険者のパーティーを配置していた。
 合図を出せば一斉に攻める手筈だ。
 とはいえ、まずは護衛の騎士から。

 タイミングは、いつでも良い。
 想像よりも人だかりができてしまっているせいで、身動きが取りにくいことが欠点か。

 だが、冒険者たちはきちんと先頭に立っていて、遮られることなく作戦を決行できそうだ。

 気掛かりな点は、本当に護衛の騎士はあれしか居ないのかということ。
 私服警官のように、民衆の中に混ざっていてもおかしくないはずだ。

 そしてもう一つ、気になる点がある。

 それは、護衛の騎士たちはステージの下四隅に一人ずつ立っているという点だ。
 その正面に、<支配ドミネイト>した冒険者たちが居るというのに。

 それでは──
「行け」
 ──指示を出しただけで、4人とも瞬殺されてしまうではないか。

 小声で軽く指示を出せば、一斉に冒険者たちは動き出した。
 先頭にいた剣士が護衛の騎士の首を颯爽と刈り取る。
 騎士たちは地面に血を滲ませながら、ゆっくりと倒れていった。

「キャーーーーーーーーーーッ!!!」

 それに気付いた民衆から、悲鳴。
 場は一瞬で地獄へと変わり、人々はステージから離れるように一斉に駆け出す。

 俺は逆流するように中央を目指して歩き始める。勢いの中逆流するのは、当然難しい。

 冒険者たちはその流れのまま、ステージへと走っていく。

桃原愛美モモハラアミ様、私から離れないようにお願いします」

 冒険者たちの反乱を確認したメイは、すぐに桃原愛美モモハラアミを守るような位置に移動する。

 桃原愛美モモハラアミとメイの対応は落ち着いたものだ。
 駿河屋光輝スルガヤコウキの一件があり、可能性を女神が示唆してくれていたことが大きいだろう。
 想定していた盤面だから、冷静に対応ができる。

 護衛の騎士が少ないのは、勇者殺しを炙り出すためだ。
 民衆の中に混ぜる考えもあったが、実力者であればそれに勘付いてしまうだろう。

 それゆえの、メイ1人での護衛体制。
 厳しくなったら逃げに徹すれば良いだけだし、問題はない。

 ただ、今回は敵が冒険者20人程度。
 全員魔王軍との戦いに駆り出されたかと思っていたが、一部の残りが反乱勢力となっているようだ。

 冒険者たちは、四方からメイに襲いかかろうとするが、実力差は大きい。

「私が対処致します。<華散>」

 一斉に襲いかかる冒険者たちには、剣を構える者、魔法を唱えようとする者、矢を番えようとする者。様々だ。
 その全てを対象に、桜色の花弁が胸を貫いた。

 メイのスキルは、反乱が起きたにしては素早く、敵を絶命させていた。

───まぁ、想定内だが。

 とはいえ、こんな事態も俺にとっては想定内だ。
 残念ながら、メイのスキルは俺には向けられていなかった。

 全力でステージへと駆ける。

 それにメイが気付き、こちらに手を向けた。

───ちっ!

 想像よりも対応が早い。

「<華──」

 ただ、そこで。
 はらりと。
 俺のフードが捲れた。

 素顔が顕になる。
 アオイ、という人物が。
 そして、枷月葵カサラギアオイという人物が。

「────えっ?」

 それが幸いしてと言うべきか。
 メイのスキルを使う手が止まった。

───今がチャンスだ。

 俺は駆ける。
 桃原愛美モモハラアミはすぐそこだ。

 見れば、桃原愛美《モモハラアミ》も驚いた顔をしている。
 俺が死んだとばかり思っていたのだろう。ざまあない。
 ただ、すぐに対応せねばと思ったのか、魔法を唱えた。

「なぜお前が生きている…!?────<聖なる護りセイクリッド・パラディン>!」

 即効で使ったものであるが、攻撃ではなく防御に徹するところは素晴らしい。
 青く透明な壁が俺と彼女の間に出来た。

 だが、俺はそれを気にせずに、懐から1つのスクロールを取り出す。
 <炎闘牛鬼イグニ>のスクロールだ。
 結界が貼られた以上、破壊のためにも使う必要がある。

「<炎闘牛鬼イグニ>ッ!」

 ありがたいことに、メイは未だに硬直中だ。
 それであれば、桃原愛美モモハラアミを狙わせていただこう。

 赤い魔法陣から炎の牛頭が現れ、結界に食らいついた。

 バリンッ

「は?」

 そして、結界はすぐに壊れる。
 その勢いのまま、桃原愛美モモハラアミへと炎は突撃した。

───脆いな。

「うあああああああ!!!」

 全身に火が付き、大声で痛みを訴える彼女。
 それを聞き正気に戻ったのか、メイがこちらに再び手を向けてきた。

 しかし、俺には願いの結晶がある。

 指輪に魔力を込めながら、この場からの離脱を望んだ。

 メイの手に魔力が集結しているのが見える。
 このままでは、確実に殺されるだろう。

 しかし、その既のところで。
 俺の視界は暗転し、気付けば別の場所へと移っていた。




>固有スキル<生殺与奪>のスキルレベルをLv4からLv5に変更




◆     ◆     ◆




「アオイ、さん………?」

 強力な魔法により、桃原愛美モモハラアミが絶命するのに時間はかからなかった。
 VITが低い時点で、あの威力の<炎闘牛鬼イグニ>は耐えられない。

 灰になった桃原愛美モモハラアミを横に。
 彼女の呟いた声だけが、虚しく響いた。
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