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聖女暗殺編
第65話 魔王軍の侵攻、再び(2)
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王都郊外で魔獣の群れと戦う人々がいる中、
戦士長、魔術師ギルドマスター、冒険者ギルドマスター、そしてアギトの4人は、1匹の幼女と対面していた。
紫髪で、金眼。
小さいながらも強烈な存在感を放つ彼女こそ、始まりの獣である。
周囲には他の魔獣も居なければ、人も居ない。
これから起こる戦いに巻き込まれて死ぬだけだろうと、そういう考えだ。
これに関して、両者考えは同じであり、魔王側も魔獣を逃し、女神側も人々を逃している。
偶然にも利害が一致したのだ。
そんな両者の間には緊迫した雰囲気が張り詰めている。
先頭は戦士長とアギト。
中央に冒険者ギルドマスターことギール。
後ろにはガーベラという配陣だ。
4人のバランスもよく、個人の戦闘能力も高い。
対する始まりの獣は1匹。
周囲に味方の影もなく、平野で佇んでいた。
「アギト殿、行くぞ」
「ああ!」
先手を切ったのは戦士長だった。
剣を構え、始まりの獣に突撃していく。
そして、その後ろを追いかけるようにアギトが続いた。
「<亜空斬>ッ!!!」
目にも止まらぬ速さで振りかざされる、戦士長の刃。
結界さえも貫通するその刃が始まりの獣に迫るが、彼女はそれを少し横にズレることで回避した。
最低限の動きで回避したのには理由がある。
回避した先、アギトが剣を持って肉薄していた。
「はぁッ!!!」
剣聖より放たれる、高速の一撃。
戦士長の刃を避けるために姿勢を崩した始まりの獣はそれを避けることが出来ない。
と思われたが、始まりの獣は、とても人とは思えない動きでそれを躱した。
スキルか、魔獣としての性質がある故の芸当だろう。
「<蒼氷塊>」
始まりの獣も負けじと反撃をする。
前に向けた彼女の手に魔法陣が描かれ、翡翠の氷が放たれる。
それはアギトに向かって放たれたが──
「<炎闘牛鬼>!」
ガーベラの魔法によって相殺された。
ガーベラが完全に守備に回っていることで、このパーティーの維持能力を高めている。
ガーベラが守りに入れば、遠距離の攻撃手段で倒すのは難しいのだ。
それをすぐに悟った始まりの獣は、地面を蹴ってアギトに迫った。
その速度は、異常。
常人では捉えることも出来ないが──アギトは何とか追いつくことができた。
とはいえ、目で追えることと体が追いつくことは別問題だ。
「くっ!」
ギリギリのところで振るわれる拳を剣で受け止めるが、完全には受け止めきれず、大きく吹き飛ばされる。
「<落下軽減>」
勢いよく吹き飛んでいくアギトだが、ガーベラが魔法でサポートをすることでそのダメージを軽減した。
大したダメージにはなっていないが、前衛が一人になってしまった。
ただ、そんな隙を与える戦士長ではない。
右手でアギトを殴り飛ばした始まりの獣の左から、近付き、剣を振るわんとした。
「<神速斬>ッッ!!!」
「<真護────ッッ!?」
始まりの獣も直ぐに対応し、結界魔法を使用した。
いや、使用を試みたが、戦士長の剣の方が速かった。
戦士長により振るわれた神速の太刀は、始まりの獣の腕に到達する。
だが──
ガキンッ
そんな音を立て、既のところで弾かれた。
「結界の類……種族による特性か、魔道具か?」
そんな独り言を発する戦士長だが、生憎姿勢を崩している。
殴ってくださいと言わんばかりの横腹に、始まりの獣は拳を構えた。
始まりの獣の視界には、魔術師の後ろから迫る剣士を捉えている。
ついでに、弓を番える男の姿も映っていた。
ゆえに、戦士長への追撃はやめ、ギールを狙うこととした。
体勢を崩す戦士長など無視だ。
後衛をやるならば今しかない。
始まりの獣は、戦士長に向かって構えるのをやめ、右手をギールに向けた。
そして、魔力を右手に集中させる。
「<炎闘牛鬼>」
紅の魔法陣が描かれた。
それは光を発し、炎の牛頭が現れる。
ギールは合わせて弓を放つ。
魔道具なのだろう。
凄まじい勢いで飛ぶ矢と牛頭がぶつかり──矢は燃え尽きた。
だが、炎は弱まった程度で健在だ。
そのままギール目掛けて牛頭は突撃していく。
避けようとするギールよりも早く、それはギールの身を炎に包んだ。
だが、さすがは冒険者ギルドマスターだ。
バックから小瓶のようなものを取り出し、炎がついた自分の体にかけた。
液体が体中の火を消し去っていくが、ダメージが無になるわけではない。
「<回復>」
ただ、大したダメージでは無かったのだろう。
第2階級の治癒魔法をガーベラはギールに使った。
彼女にとって、殺せないのは厄介だ。
場合によっては殺していいとかなんだとか言われていたが、よく理解していないので殺せない。
そして、殺せないと魔術師が回復をしてくる。
ギールに致命傷を負わせられなかった以上、戦士長の追撃が怖い。アギトも居るのだ。
彼女は一度後ろへと下がり──ちらと背後を確認した。
───問題は…ない。でも……むぅ……厄介……!
軽く右腕を上げ、そのまま手を前に突き出す。
狙いは戦士長だ。
「<蒼氷塊>」
「<魔術拒否>」
ここで戦士長を崩せれば。そうでなくとも、ガーベラに魔力を消費させれば。
そう思ったが、戦士長の固有スキルでキャンセルされてしまった。
しかも、<魔術拒否>は魔法陣の構成をかき乱すものだ。余計な魔力消費までさせられてしまう。
「はぁっ!」
そんなやり取りの間に、アギトは接近して来ていた。
「<四連一閃>ッ!!」
魔法発動直後の硬直を狙い、高速で剣が振るわれる。
だが、それを考慮していない始まりの獣ではない。それを見据え、事前にスキルを用意していた。
<嫌厭>
スキル名を唱えることこそ無いが、それは確かに発動された。
罠系統に属するスキルだ。
範囲が非常に狭く、相手を上手く誘導してそこにおびき寄せる必要があるが、上手くいったときの効果は絶大だ。
アギトが踏んだ地面から黒い手のようなものが複数出てきて、彼の足に絡みついた。
「なっ!?」
「アギト殿!」
それに気付き、戦士長が距離を取る。流石としか言えない。
助けに行くために近づこうとせず、離れるあたり。
警戒というものをよく分かっている。
こういった罠にハマった時は、本人が転移の魔法を使うか、罠の効果終了時に回復魔法を使うか。
ただ、このスキルに置いてはどちらも意味を為さない。
アギトも必死に抵抗するが、意味はない。
影で出来た手には、剣も魔法も通らない。
「……<起動>」
容赦はない。
罠を、起動した。
影の手がアギトの全身を包むように、伸び、その本数も増えていく。
「なんだっ! ギール、分かるか!?」
「い、いや! 分からん!! 注意しろ!」
口々に罠への警戒を発するが、そこまで注意して貰うものでもない。
全身を包んだ影の手がアギトを覆い、既にアギトの姿は見えない。
そのまま、手は地面へと帰っていく。
アギトを包んだまま、その姿が徐々に地面へと沈んでいった。
「アギトっ!!」
面食らったような反応を見せる各々に、しかし、始まりの獣は攻撃の手を緩めることはない。
「<蒼氷塊>!」
「<炎闘牛鬼>!!」
咄嗟にガーベラも反応し、魔法こそ打ち消されてしまったものの、アギトを包んでいた影の手は全て、地面へと消え去っていった。
「何をした…?」
「安心して、殺してはいないから」
短いやり取りだが、始まりの獣は決して嘘をついていない。
実際、あのスキルは遠方に転移させる罠だ。
アギトは自力で戻ってくるだろう。
ただ、これで3対1。
戦況は大きく傾いた。
「次はあなた」
金眼を向ける先は、ガーベラ。
それだけで、ガーベラは身震いするような恐怖に襲われた。
「戦士長! ギール! ゆくぞ!」
奮い立たせるように声を上げ、アギトが抜けた穴を埋めるように戦陣を組む。
前衛は戦士長一人。彼の存在が命となる。
だが、彼女の狙いはガーベラだ。
タッと、爽快な音を上げ、目にも止まらぬ速度で彼女は移動した。
向かう先はガーベラ。拳を握り、彼女を殴り飛ばす気に満ちている。
しかし、それを許す戦士長ではない。
始まりの獣とガーベラの中間地点に入り、剣を構えている。
直線に走った始まりの獣は、ガーベラの元へは決して辿り着けない。
剣を構え、勢いよく走り過ぎる始まりの獣を受け止めようとした戦士長だが、始まりの獣は彼の前でピタリと止まる。
「ちっ!!」
一番最初にその狙いに気付いたのはギールだ。
矢を番え、始まりの獣相手に放った。
ガーベラもすかさずフォローに入ろうとするが、始まりの獣との間には戦士長が居る。迂闊に魔法を撃てない状況だ。
ギールから放たれた矢を、少し身をひねることで躱すと、彼女は狼狽する戦士長目掛けて拳を突き出した。
<発勁>
戦士長の腹に手を当て、スキルを発動する。
威力こそ低いが、全身に伝わる衝撃は大きく、戦士長は後方へ大きく吹き飛ばされる。
さすがにそれは想定していなかったのか、戦士長の後ろにいたガーベラも巻き込まれて飛んで行く。
とはいえ、飛ばされる距離は50メートルほどだ。
ダメージを与えることを目的としていたわけではない。
始まりの獣の狙いは、初めからギールだ。
そのままギールに向き直り、地面を蹴った。
そこでギールも気付いたのか、腰から短剣を取り出そうとする。
が、間に合わない。
高速で肉薄する始まりの獣に思い切り腹を殴られる。
「ぐふっ!」
瞬間、衝撃が走る。
「ギール殿!!」
遠くから、戦士長が自分を呼ぶ声が聞こえる。
きっと、すぐ助けに入ってくるだろう。
今は短剣で応戦しようと、そう思い再度腰に手を回す。
尤も、それを許す始まりの獣ではない。
勢いをつけ、次はギールの顔面を殴る。
グキッと、何かが折れるような音と共に、ギールの意識は闇へと落ちていった。
冒険者ギルドマスターは、対応力こそあれど、個人としての戦闘能力は高くない。それを見抜いた上での行動だ。
───あと2人。
ギールも離脱すれば、残るはあと2人。
戦士長と魔術師ギルドマスターだけだ。
こちらに向かってくる戦士長に対して構える。
だが、戦士長は始まりの獣に近づくことはなく、離れた場所で止まってしまった。
そして、口を開いた。
「始まりの獣、俺たちの負けだ。投降しよう」
放たれた言葉は、敗北を認めるもの。
「何を言っている、戦士長! 相手は魔獣だぞ!!」
「ガーベラ殿! 彼のものは俺たちを殺す気はない。であれば、素直に負けを認めた方が良いではないか」
アギトやギールを見ての対応だろう。
アギトは兎も角、ギールは殺されてはいない。気絶させられているだけだ。
始まりの獣の話したことでは、アギトもどこかへ飛ばされただけだと言う。
目的はおそらく時間稼ぎだ。
それならば、戦士長やガーベラはここに残っていても良い。
ただ、無駄に死のリスクを負う必要はないと考えた。
「私は別に良いけど……」
始まりの獣としては、構わない。
元々予定していたのは時間稼ぎというよりは足止めだし、時間もかなり稼げた。
「申し訳ない、ガーベラ殿。2人では勝てない。無駄に体力を消耗するのは避けたいのだ」
真摯に頼み込む戦士長に、ガーベラも折れたようで、
「仕方ない」
と、不承不承杖を収めた。
「でも…あなた方に加勢に行かれるのは困るから……しばらくはここに居て」
「それは畏まった。感謝しよう」
戦士長は軽く頭を下げると、倒れているギールの元へと近づき、その体を背負った。
そのままガーベラまで向かい、回復魔法を施して貰っている。
───手加減とか疲れるし……これで良いかな…。
そんな戦士長たちを視界の端に捉えつつ、後ろを振り返るも、特に変わったことはない。
なら何も問題は無かったのだろう、と。
彼女はそう判断し、戦いを終えた。
戦士長、魔術師ギルドマスター、冒険者ギルドマスター、そしてアギトの4人は、1匹の幼女と対面していた。
紫髪で、金眼。
小さいながらも強烈な存在感を放つ彼女こそ、始まりの獣である。
周囲には他の魔獣も居なければ、人も居ない。
これから起こる戦いに巻き込まれて死ぬだけだろうと、そういう考えだ。
これに関して、両者考えは同じであり、魔王側も魔獣を逃し、女神側も人々を逃している。
偶然にも利害が一致したのだ。
そんな両者の間には緊迫した雰囲気が張り詰めている。
先頭は戦士長とアギト。
中央に冒険者ギルドマスターことギール。
後ろにはガーベラという配陣だ。
4人のバランスもよく、個人の戦闘能力も高い。
対する始まりの獣は1匹。
周囲に味方の影もなく、平野で佇んでいた。
「アギト殿、行くぞ」
「ああ!」
先手を切ったのは戦士長だった。
剣を構え、始まりの獣に突撃していく。
そして、その後ろを追いかけるようにアギトが続いた。
「<亜空斬>ッ!!!」
目にも止まらぬ速さで振りかざされる、戦士長の刃。
結界さえも貫通するその刃が始まりの獣に迫るが、彼女はそれを少し横にズレることで回避した。
最低限の動きで回避したのには理由がある。
回避した先、アギトが剣を持って肉薄していた。
「はぁッ!!!」
剣聖より放たれる、高速の一撃。
戦士長の刃を避けるために姿勢を崩した始まりの獣はそれを避けることが出来ない。
と思われたが、始まりの獣は、とても人とは思えない動きでそれを躱した。
スキルか、魔獣としての性質がある故の芸当だろう。
「<蒼氷塊>」
始まりの獣も負けじと反撃をする。
前に向けた彼女の手に魔法陣が描かれ、翡翠の氷が放たれる。
それはアギトに向かって放たれたが──
「<炎闘牛鬼>!」
ガーベラの魔法によって相殺された。
ガーベラが完全に守備に回っていることで、このパーティーの維持能力を高めている。
ガーベラが守りに入れば、遠距離の攻撃手段で倒すのは難しいのだ。
それをすぐに悟った始まりの獣は、地面を蹴ってアギトに迫った。
その速度は、異常。
常人では捉えることも出来ないが──アギトは何とか追いつくことができた。
とはいえ、目で追えることと体が追いつくことは別問題だ。
「くっ!」
ギリギリのところで振るわれる拳を剣で受け止めるが、完全には受け止めきれず、大きく吹き飛ばされる。
「<落下軽減>」
勢いよく吹き飛んでいくアギトだが、ガーベラが魔法でサポートをすることでそのダメージを軽減した。
大したダメージにはなっていないが、前衛が一人になってしまった。
ただ、そんな隙を与える戦士長ではない。
右手でアギトを殴り飛ばした始まりの獣の左から、近付き、剣を振るわんとした。
「<神速斬>ッッ!!!」
「<真護────ッッ!?」
始まりの獣も直ぐに対応し、結界魔法を使用した。
いや、使用を試みたが、戦士長の剣の方が速かった。
戦士長により振るわれた神速の太刀は、始まりの獣の腕に到達する。
だが──
ガキンッ
そんな音を立て、既のところで弾かれた。
「結界の類……種族による特性か、魔道具か?」
そんな独り言を発する戦士長だが、生憎姿勢を崩している。
殴ってくださいと言わんばかりの横腹に、始まりの獣は拳を構えた。
始まりの獣の視界には、魔術師の後ろから迫る剣士を捉えている。
ついでに、弓を番える男の姿も映っていた。
ゆえに、戦士長への追撃はやめ、ギールを狙うこととした。
体勢を崩す戦士長など無視だ。
後衛をやるならば今しかない。
始まりの獣は、戦士長に向かって構えるのをやめ、右手をギールに向けた。
そして、魔力を右手に集中させる。
「<炎闘牛鬼>」
紅の魔法陣が描かれた。
それは光を発し、炎の牛頭が現れる。
ギールは合わせて弓を放つ。
魔道具なのだろう。
凄まじい勢いで飛ぶ矢と牛頭がぶつかり──矢は燃え尽きた。
だが、炎は弱まった程度で健在だ。
そのままギール目掛けて牛頭は突撃していく。
避けようとするギールよりも早く、それはギールの身を炎に包んだ。
だが、さすがは冒険者ギルドマスターだ。
バックから小瓶のようなものを取り出し、炎がついた自分の体にかけた。
液体が体中の火を消し去っていくが、ダメージが無になるわけではない。
「<回復>」
ただ、大したダメージでは無かったのだろう。
第2階級の治癒魔法をガーベラはギールに使った。
彼女にとって、殺せないのは厄介だ。
場合によっては殺していいとかなんだとか言われていたが、よく理解していないので殺せない。
そして、殺せないと魔術師が回復をしてくる。
ギールに致命傷を負わせられなかった以上、戦士長の追撃が怖い。アギトも居るのだ。
彼女は一度後ろへと下がり──ちらと背後を確認した。
───問題は…ない。でも……むぅ……厄介……!
軽く右腕を上げ、そのまま手を前に突き出す。
狙いは戦士長だ。
「<蒼氷塊>」
「<魔術拒否>」
ここで戦士長を崩せれば。そうでなくとも、ガーベラに魔力を消費させれば。
そう思ったが、戦士長の固有スキルでキャンセルされてしまった。
しかも、<魔術拒否>は魔法陣の構成をかき乱すものだ。余計な魔力消費までさせられてしまう。
「はぁっ!」
そんなやり取りの間に、アギトは接近して来ていた。
「<四連一閃>ッ!!」
魔法発動直後の硬直を狙い、高速で剣が振るわれる。
だが、それを考慮していない始まりの獣ではない。それを見据え、事前にスキルを用意していた。
<嫌厭>
スキル名を唱えることこそ無いが、それは確かに発動された。
罠系統に属するスキルだ。
範囲が非常に狭く、相手を上手く誘導してそこにおびき寄せる必要があるが、上手くいったときの効果は絶大だ。
アギトが踏んだ地面から黒い手のようなものが複数出てきて、彼の足に絡みついた。
「なっ!?」
「アギト殿!」
それに気付き、戦士長が距離を取る。流石としか言えない。
助けに行くために近づこうとせず、離れるあたり。
警戒というものをよく分かっている。
こういった罠にハマった時は、本人が転移の魔法を使うか、罠の効果終了時に回復魔法を使うか。
ただ、このスキルに置いてはどちらも意味を為さない。
アギトも必死に抵抗するが、意味はない。
影で出来た手には、剣も魔法も通らない。
「……<起動>」
容赦はない。
罠を、起動した。
影の手がアギトの全身を包むように、伸び、その本数も増えていく。
「なんだっ! ギール、分かるか!?」
「い、いや! 分からん!! 注意しろ!」
口々に罠への警戒を発するが、そこまで注意して貰うものでもない。
全身を包んだ影の手がアギトを覆い、既にアギトの姿は見えない。
そのまま、手は地面へと帰っていく。
アギトを包んだまま、その姿が徐々に地面へと沈んでいった。
「アギトっ!!」
面食らったような反応を見せる各々に、しかし、始まりの獣は攻撃の手を緩めることはない。
「<蒼氷塊>!」
「<炎闘牛鬼>!!」
咄嗟にガーベラも反応し、魔法こそ打ち消されてしまったものの、アギトを包んでいた影の手は全て、地面へと消え去っていった。
「何をした…?」
「安心して、殺してはいないから」
短いやり取りだが、始まりの獣は決して嘘をついていない。
実際、あのスキルは遠方に転移させる罠だ。
アギトは自力で戻ってくるだろう。
ただ、これで3対1。
戦況は大きく傾いた。
「次はあなた」
金眼を向ける先は、ガーベラ。
それだけで、ガーベラは身震いするような恐怖に襲われた。
「戦士長! ギール! ゆくぞ!」
奮い立たせるように声を上げ、アギトが抜けた穴を埋めるように戦陣を組む。
前衛は戦士長一人。彼の存在が命となる。
だが、彼女の狙いはガーベラだ。
タッと、爽快な音を上げ、目にも止まらぬ速度で彼女は移動した。
向かう先はガーベラ。拳を握り、彼女を殴り飛ばす気に満ちている。
しかし、それを許す戦士長ではない。
始まりの獣とガーベラの中間地点に入り、剣を構えている。
直線に走った始まりの獣は、ガーベラの元へは決して辿り着けない。
剣を構え、勢いよく走り過ぎる始まりの獣を受け止めようとした戦士長だが、始まりの獣は彼の前でピタリと止まる。
「ちっ!!」
一番最初にその狙いに気付いたのはギールだ。
矢を番え、始まりの獣相手に放った。
ガーベラもすかさずフォローに入ろうとするが、始まりの獣との間には戦士長が居る。迂闊に魔法を撃てない状況だ。
ギールから放たれた矢を、少し身をひねることで躱すと、彼女は狼狽する戦士長目掛けて拳を突き出した。
<発勁>
戦士長の腹に手を当て、スキルを発動する。
威力こそ低いが、全身に伝わる衝撃は大きく、戦士長は後方へ大きく吹き飛ばされる。
さすがにそれは想定していなかったのか、戦士長の後ろにいたガーベラも巻き込まれて飛んで行く。
とはいえ、飛ばされる距離は50メートルほどだ。
ダメージを与えることを目的としていたわけではない。
始まりの獣の狙いは、初めからギールだ。
そのままギールに向き直り、地面を蹴った。
そこでギールも気付いたのか、腰から短剣を取り出そうとする。
が、間に合わない。
高速で肉薄する始まりの獣に思い切り腹を殴られる。
「ぐふっ!」
瞬間、衝撃が走る。
「ギール殿!!」
遠くから、戦士長が自分を呼ぶ声が聞こえる。
きっと、すぐ助けに入ってくるだろう。
今は短剣で応戦しようと、そう思い再度腰に手を回す。
尤も、それを許す始まりの獣ではない。
勢いをつけ、次はギールの顔面を殴る。
グキッと、何かが折れるような音と共に、ギールの意識は闇へと落ちていった。
冒険者ギルドマスターは、対応力こそあれど、個人としての戦闘能力は高くない。それを見抜いた上での行動だ。
───あと2人。
ギールも離脱すれば、残るはあと2人。
戦士長と魔術師ギルドマスターだけだ。
こちらに向かってくる戦士長に対して構える。
だが、戦士長は始まりの獣に近づくことはなく、離れた場所で止まってしまった。
そして、口を開いた。
「始まりの獣、俺たちの負けだ。投降しよう」
放たれた言葉は、敗北を認めるもの。
「何を言っている、戦士長! 相手は魔獣だぞ!!」
「ガーベラ殿! 彼のものは俺たちを殺す気はない。であれば、素直に負けを認めた方が良いではないか」
アギトやギールを見ての対応だろう。
アギトは兎も角、ギールは殺されてはいない。気絶させられているだけだ。
始まりの獣の話したことでは、アギトもどこかへ飛ばされただけだと言う。
目的はおそらく時間稼ぎだ。
それならば、戦士長やガーベラはここに残っていても良い。
ただ、無駄に死のリスクを負う必要はないと考えた。
「私は別に良いけど……」
始まりの獣としては、構わない。
元々予定していたのは時間稼ぎというよりは足止めだし、時間もかなり稼げた。
「申し訳ない、ガーベラ殿。2人では勝てない。無駄に体力を消耗するのは避けたいのだ」
真摯に頼み込む戦士長に、ガーベラも折れたようで、
「仕方ない」
と、不承不承杖を収めた。
「でも…あなた方に加勢に行かれるのは困るから……しばらくはここに居て」
「それは畏まった。感謝しよう」
戦士長は軽く頭を下げると、倒れているギールの元へと近づき、その体を背負った。
そのままガーベラまで向かい、回復魔法を施して貰っている。
───手加減とか疲れるし……これで良いかな…。
そんな戦士長たちを視界の端に捉えつつ、後ろを振り返るも、特に変わったことはない。
なら何も問題は無かったのだろう、と。
彼女はそう判断し、戦いを終えた。
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生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。
目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。
元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。
そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。
一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。
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冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
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