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聖女暗殺編

第63話 女神の苦悩

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 死傷者数は少ない。
 ベールの軍事力に影響を与えるレベルには及ばない。

 最も深刻な被害は民の動揺だろう。
 だが、こちらも大きな問題にはならなかった。
 桃原愛美モモハラアミの才能ゆえだ。

 総評しても、こちらに被害は無かったと言える。
 では、此度の侵攻の目的は何だったのか、という話になる。

 分からない。

 これは陽動で、裏で何かが起きているのかと思い調べるも、何もない。
 ただただ魔王軍が3万の兵を失っただけなのだ。

 こちらの戦力を見誤っていたのだろうか。
 それにしてもDランクばかりの魔獣の軍勢を使うわけがない。
 せめて、Bランクの軍勢ならば考えられる。

 考えれば考えるほど、分からなくなる。

───いえ、一度考えるのを止めましょう…。

 今回の侵攻は何も悪いことばかりでは無かった。
 桃原愛美モモハラアミの実力。
 そして、夢咲叶多ユメサキカナタの強さ。
 今まで不明だったその2点を知ることが出来たのだ。

 結果はどちらも期待以上であり、女神としては嬉しい誤算だった。
 正直、過小評価していたかもしれない。

 戦士長率いる騎士団の戦果も素晴らしいものだ。
 何より、戦士長はバジリスクを一撃で殺したという。
 大したものだ。

 こうして見ると、どうもベールに都合の良いことばかりだ。
 付与師エンチャンターギルドマスターからの返事が来ていないことにイライラしていたが、今となってはそれもどうでも良い。

───ではでは、狙いはなんなのでしょうね?

 先日の始まりの獣ラストビーストを始め、今回の侵攻。
 立て続けに起こった2つの攻撃。

───もしやもう1度ある…?その可能性も十分にありますが……3万もの大軍を使ったあと、それも転移を使用したと見ていますし。次はせめて1ヶ月の猶予はありそうですが……。

 よく分からない魔王軍の思惑も、潰してしまったので問題にはなっていない。
 もう一度攻めに来るとしても時間は開くだろう。
 そうなれば今度は準備ができるし、勇者をもっと育てておける。
 何より、付与師エンチャンターギルドマスターの協力を仰ぐ時間が出来る。

 展開はベールにとって良好。
 順調中の順調だ。
 この調子で少しずつ。
 魔王も今はさぞ焦っていることだろう。


 コンコン


 と、その時。
 不意に部屋の扉がノックされる。
 メイのものだとは理解はできたが、形式上ベールは口を開く。

「なんでしょうか?」
「はい、メイです。至急報告したいことが」

 想像通りの人物だ。
 至急報告という言葉に、「またか」という思いを抱きつつも、メイをとりあえず部屋の中に入れることにする。

「ありがとうございます。早速報告をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 礼を言うメイだが、ベールの内心をよく知っているだけあり、すぐさま本題を始めようとする。
 軽く頷くことで先を促すと、メイは話し始めた。

「昨日の襲撃に続いてなのですが、本日も王都が魔獣に包囲されています」
「はぁ…?」

 またまた、想定外の展開だ。
 魔王の狙いはこれだったのか。
 
 狙い、と言えるほどその狙いは分かっていないが。
 なんにせよ、二度目の侵攻に繋げるための布石だったに違いない。

「それで、今回の規模は?」
「はっ。Bランク、Cランクに相当する魔獣がおよそ800体ほど。更には始まりの獣ラストビーストも居るようです」
「………」

 昨日のは、茶番とでも言いたいのだろうか。
 そう思わせるほどの戦力の用意だった。

 なんとか、対処は考えなくてはならない。
 だが、なぜこの時期を狙ってきたのかが分からない。

 ちょうど勇者がいない時期を狙ったのか。
 答えは分からないが、ピンチであることに違いはない。

 ぶっちゃけ、こちらの戦力不足だ。

 DランクとBランクでは、魔獣の強さに天と地ほどの差がある。
 Dランクであれば余裕で倒せた騎士でさえ、Bランクの魔獣は10人がかりでやっと倒せるかどうか、と言ったレベルだ。

 幸いなのは、夢咲叶多ユメサキカナタのレベルが上がっていること。
 Dランクとはいえ、あの数の魔獣を倒せば──レベルは40弱くらいだろう。

 Bランクの魔獣も複数体同時に相手取れるはずだ。
 更には対集団戦に向いた固有スキルと天職。
 残ってもらう勇者として最も正解である。

 ただ、それでも不安は残る。
 始まりの獣ラストビーストのことだ。

 彼女の動き一つで、全てが崩れる。

 冒険者は総動員しよう。
 騎士団、魔術師ギルドのメンバーも総動員したとする。

 だが、彼女が気まぐれでそこを攻撃すれば、たちまち再起不能になるだろう。

 逆に言えば、彼女さえ動かなければ大した問題はないのだ。
 Bランクも強力とはいえ、現在王都には、それに対処するだけの戦力は残っている。

「さて、どうしますか……」

 虚空に呟いたはずの独り言だったのだが、意外と声が大きかったのだろう。
 メイがその言葉に反応した。

「私が出るというのはどうでしょうか?」
「メイが、ですか。確かにありでしょう。ですが、出来る限り使わない方針で行きたいですね」

 ベールがそういえば、メイは素直に引き下がる。

「メイ、現在王都にいる戦力を挙げてもらえますか?」
「はっ。──勇者が、夢咲叶多ユメサキカナタ様、魔夜中紫怨マヨナカシオン様。桃原愛美モモハラアミ様は参加なさらないでしょう。
 続いて、戦士長率いる騎士団です。数にして1000ほどです。
 魔術師ギルドのメンバーは参加なさるか分かりませんが、ガーベラ様は参加なさるかと。
 冒険者ギルドマスター、アギト様。そして王都にいる15人のAランク冒険者。
 各貴族の衛兵もありますが、戦力としてはアテにならないどころか、雇うのも面倒でしょう」

 ベールはうんうんと話を聞く。
 戦力的には問題ない。
 死者は出るだろうが、そこに追加してベール直属の戦力を足せば撃退も可能だ。

 始まりの獣ラストビーストは戦士長、ガーベラ、冒険者ギルドマスター、アギトの4人で相手させるべきだろう。
 この4人であれば、最悪誰かが死んでも代えは利く。
 それに、彼らは腐ってもエリートだ。
 全滅の恐れはないだろう。

始まりの獣ラストビーストには戦士長、ガーベラ、冒険者ギルドマスター、アギトの4人をぶつけます。彼らには生き延びることを優先するようにお伝えください。
 最も面倒なのは民の騒動でしょう。
 さすがに三度目の侵攻とあれば、上に状況説明を求める者も少なくないはず。
 そこで、桃原愛美モモハラアミ様を使います」

 そこで、ある可能性に気付く。

 ここまでの戦力を用意してやりたいことは、勇者の抹殺なのではないか、ということだ。
 駿河屋光輝スルガヤコウキを殺した犯人は、次の勇者の殺害も狙っているに違いない。
 であれば、今回も何かと隙を突いて、誰かを殺そうとしているのではないか。
 多分、その対象は桃原愛美モモハラアミだ。
 確証はないが、夢咲叶多ユメサキカナタ魔夜中紫怨マヨナカシオンは戦う気でいるだろうし、相手取るのは厄介なはず。
 街で演説をしている桃原愛美モモハラアミこそ、狙い目なのではないか。

「──メイ。あなたには桃原愛美モモハラアミ様に付いて、その護衛をお願いします。
 もしかしたら……駿河屋光輝スルガヤコウキ様を殺した犯人が出てくるかもしれません。
 犯人は一人とは限りませんから、無理はせず。桃原愛美モモハラアミ様を守ることを最優先してください」
「はっ」

 始まりの獣ラストビーストには4人を。
 他の魔獣にはその他の戦力を。
 冒険者たちには報酬を払う必要があるが、それは王が出すだろう。
 民は桃原愛美モモハラアミが抑え、それを守るメイ。

 問題はない。
 この通りにやれば、滞りなく対処は可能なはずだ。
 計画は滞るが、魔王軍の戦力を大幅に減らせるのは大きい。

「………以上です。では、対処を始めましょう」

 完璧だ。
 問題はない。
 そのはずなのに。

 ベールの気持ちはなぜか、不安に満ちていた。





 結果として、この侵攻に対する戦力は集まった。

 勇者からは、魔夜中紫怨マヨナカシオン夢咲叶多ユメサキカナタ

 騎士団1000名と、戦士長。

 魔術師ギルドの魔術師が300名と、ガーベラ。

 冒険者が1200名と、冒険者ギルドマスター、”黒魔”のアギト。

 人類と魔王との戦の幕は、この日、落とされることとなった。
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