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聖女暗殺編

第51話 隠された場所(2)

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 この部屋に入った時には居なかったにも関わらず、俺が視線を逸らした数秒の間にふと現れたのだ。

───誰だ……?

 見覚えのない人物だ。話しかけられる筋合いもない。

 だが、聞かないという選択肢は取れなかった。

 全身が、危機を告げている。

「なんてのは僕のキャラじゃないけどね。さてさて、まあそこから動くなよ?」

 冗談めいた声色で言う少年。

 鳥肌が、止まらない。

 背中に冷や汗が流れる。

 滝のように、それが止まることはない。

 50メートルも先にいる少年に、今はただ怯えていた。あれは、”強者”と一括りにして良いものではないと、本能が理解している。

「……ふーん。やっぱり君、勇者なんだ?」

 それは俺への質問なのか。

 警戒を込めた声で言う少年に、より一層の威圧を感じる。

 質問ならば、せめて答えられるようにしてほしい。有り得ないほどの危機感が止むことはない。

「固有スキルは支配系か…。てことは君も………”落ちこぼれ”なのかな?」

 ”君も”という言葉と、”落ちこぼれ”という言葉。

 彼は何者なのか。

 全く正体が掴めない。

 ただ、女神を快く思ってることはなさそうだ。それは、”勇者”に警戒を示していた事から明確だろう。

 そんな俺の内心など無視して、少年は話を続ける。

「1つだけ君に質問したい。君は───枷月葵《カサラギアオイ》くんは、女神に仇なす者なのかい?」

 ここに来てようやく、口を開くことを許可される。

 威圧感がスッと抜け、答えを急かされる。

「俺は──女神を許さない」

 だから一言、それだけを言った。

 紛れもない俺の本音。心の底から出た女神への思い。

 それを少年がどうとったのか、俺には分からない。

 ただ、不快に思っていないことは、次の一言で理解できた。

「もう少しこっちへおいで。そこでは顔が見えないだろう?」

───とりあえず、第一関門は合格《パス》した。

 俺は少年の指示に従い、前へと進む。

 一歩進む度に、床に敷かれたカーペットが衝撃を吸収する。ふわふわと、その柔らかさはかつて味わったことが無いほどの至福である。

 できる限りカーペットを傷めないように、そんな気遣いをしながらゆっくりと歩く。周りから見ればなんと滑稽な歩き方をしているのだろうか。

「そんなに気にしなくていいんだよ?どうせ、魔法ですぐに治せるから」

 一つ一つの言葉からの情報収集は怠らない。

 ”魔法ですぐに治せる”レベルの魔法は使うことができる。魔法で何かを治す時、治す対象の品質によって難易度は変わる。このカーペットの品質はかなり高いだろう。つまり、彼の魔法のレベルは想像より数倍高い。

 警戒レベルをいっそう上げることにする。

「大丈夫、取って食ったりするわけじゃないさ」

 俺が辿り着いたのは玉座に向かう階段の下だ。位置関係は、”臣下と王”を想像すれば分かりやすい。

 「近くに来ていい」という言葉を「玉座付近まで行っていい」と解釈するほど俺は馬鹿ではない。

「目を瞑ることはできるかい?」
「目…?」

 罠か、否か。

 彼ほどの実力者であれば一瞬で俺を殺すことができるだろうし、罠にかける意味がない。

 つまり、罠ではないだろう。

「うん、目だよ。変なことをするわけじゃないさ」

 俺は少年の言うことに従って目を閉じる。

 煌々と輝く部屋の光は、目を瞑ってもなおその明るさを感じさせていた。

 特に何かをされている感じはしない。どちらかというと、好奇心から来る視線を感じる。

 あの少年の正体は何なのだろう?もしかしたら女神を殺す、手助けをしてくれるかもしれない。

「もういいよ、ありがとう」

 そんなことを考えていると、すぐに少年の用事は終わったようだ。

 何をしたのか理解はできないが、およそ魔術的なことだろう。

「君のことはよく分かった。君も女神に裏切られた人間の一人なんだね」
「え?…はい」

───記憶を読み取ったのか?

 ここに来てから俺は、少年に情報を与えるようなことはほとんど話していない。

 それなのに彼は、俺の名前も、この世界に来た異世界人だということも、女神に受けた仕打ちも、その全てを知っている。

 何らかのスキル、もしくは魔法によって情報を得たと考えるのが無難だ。

「あー、名乗り忘れてたけど、僕はタクト。タクトって呼んでくれて構わないよ」
「知ってるかもしれないが、俺の名前は枷月葵カサラギアオイ。勇者としてこの世界に召喚された」
「葵くん、で良いかな?」
「ああ…」

 彼の目的は分からない。
 ただ、同じ女神に仇なす者と考えてよいのか。
 彼は仲間と呼べるのか。
 それだけが疑問だ。

 君”も”、という表現。
 彼自身が女神に裏切られた存在なのか、それとも他にも俺と同じような人間を見てきたのか。
 とにかく、有効的に接してくれてる以上、無理な詮索は避けようと決意した。

「まあまあ、警戒しないでよ。単刀直入に言うとね、僕は君の仲間に当たる人物なんだ。信頼できない気持ちは分かるけどね……僕が葵くんの情報を持っている以上、信頼せざるを得ないんじゃないかな?」

 タクトの言う通りだ。
 仮にタクトが女神の味方だとして、情報を持っている以上、信じようが信じまいが女神に俺のことがバレる。
 であれば、信頼できる、できないに関わらず、彼を信頼するしかない。

「まぁ、あまり時間も無いことだし、サクサクと話を進めていこうか」

 時間が無い、とは何のことか。
 この空間に制限時間があるのか。
 それとも何か別のことなのか。

 圧倒的な彼我の差と俺の知識不足ゆえに、情報を何も得ることが出来ない。

「とりあえず、ここに来たからには1つ、君に与えなくてはならない物がある」

「物、ですか?」

「あいにく、僕は神じゃないんでね。力を与えることは出来ないんだよ。だからその代わりに──」
 タクトは右手を軽く振るう。
 すると、俺の目の前に突如として1つの指輪が現れた。
 青色に輝く指輪には、一つの宝石が埋め込まれていた。
「──それを与えよう。願いの結晶と呼ばれる宝石を嵌め込んだ指輪さ。一度だけ、魔力を込めると願い事を一つ叶えてくれるんだ。ただ注意して欲しいのは、あまりにも無理な願いは叶えてくれないということ。もし叶えられなかった場合、回数は消費されるから気を付けてね」

 本当に、善意なのか。
 善意のみの施しほど、怖いものはない。

「あぁ、善意だけじゃないよ。君が女神の手に居た勇者を一人殺してくれたからね。それは僕にとって嬉しいことだったってだけさ。まぁ、褒美だと思ってくれよ」
「あ、ありがとう…」

 やはり掴めない。
 何を考えているのか。本当に女神と敵対しているのか。

「さてさて。時間も間に合ったみたいだし──<千里鏡リモータルミラー>。観戦を始めようか」
「観戦?」

 話が急遽変わったことに驚く。
 先程までの話はどこへやら、彼は何かスキルを発動したようだ。

 タクトの前と俺の前に半透明な板が現れた。
 ステータスが映し出されるものと似ているが、決定的に違うのはタクトのものも見えることだろう。

 そして、映っているものが違った。
 半透明な板には王都が映っていたのだ。

 しかも、上から見下ろすような視点。神の視点とでも言おうか。
 なにせ、王都の全体を見渡せるような映像が映し出されていた。

 それにしても、観戦という言葉。
 映し出された王都。
 これから何が始まるのか、さすがの葵でも想像は出来る。

 およそ、何かが王都を攻め入るのだろう。
 魔獣か、魔族か。それが何かは分からないのだが。

「今から……何が起こる?」
「見てれば分かるよ。──あぁ、能力が支配系だから、心配をしているのかい?ならば安心してくれ。主要人物は誰も死なないさ」
「何を言ってい──」


 ドゴォォォンッ


「え?」

 轟音が響いた。

 ただ、それはこの部屋から聞こえるものではない。
 目の前にある半透明な板から、その音は聞こえていた。

 唖然としつつも、咄嗟に板を見る。

 そこに映って居たものは──惨劇。
 重厚な王都の壁の一部が、破壊され崩れている様子だった。
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