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聖女暗殺編

第49話 久しぶりの聖女

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 俺は宿屋に戻ってきていた。

 駿河屋光輝スルガヤコウキを殺したことに悔いは無い。
 人を殺すことは疎か、同郷の日本人を殺しても罪悪感を覚えることは無かった。

 むしろ、清々としている。

 散々俺を見下し、殺そうとしていた人間がこのザマだ。

 ただ、同時に力不足も感じていた。

 実戦経験の浅い駿河屋光輝スルガヤコウキでもあの強さだ。女神となれば数倍、数十倍は強いだろう。

 ガーベラの力を借りてギリギリの戦いだった。
 女神と戦えば、確実に惨敗する。

 <支配ドミネイト>の能力の強さが分かってきた反面、その限界にも直面している。

 どれだけ強い人間を支配しようと、俺自身が強くなることはない。
 多少ステータスが引き継がれることがあろうと、それも些細なものだ。

───そういえば魔獣も支配できるんだよな。人より魔獣のほうがステータスの得れる量が多いんじゃないか?

 ふと、そんなことを思いついた。

 現状、自分一人で魔獣を<支配ドミネイト>できる手段が無いからそれは置いておくとして。

 今最優先ですべき事は、スキルレベル4になった固有スキル<生殺与奪>の確認か。

 俺は今となっては慣れた動作で固有スキルの効果を確認していく。


 今回新しく追加されたスキルは、

 <召喚サモン>…<支配ドミネイト>している対象を任意の座標に召喚する。

 というものだった。


 なんとも、また使いどころの難しいスキルだ。

 最悪な状況でガーベラや戦士長を召喚したり、とかか。現状思いつく使い方はそれくらいだ。

 召喚される方の都合も考える必要があるし、実戦での活用は現実的では無い。

 何か閃きがない限りは仕舞っておくことになりそうだ。

 少し残念だが、今は俺のできることをやるべきだろう。
 女神への復讐の手段に、自分を戦力として数えるのは辞めておいたほうが良さそうだ。

 とりあえず、女神の手の者を出来る限り減らしておくべきだろう。

 残りの勇者は、桃原愛美モモハラアミ魔夜中紫怨マヨナカシオン空梅雨茜カラツユアカネ角倉翔スミノクラショウ夢咲叶多ユメサキカナタ夏影陽里ナツカゲヒカリ北条海春ホクジョウミハル
 個人的な恨みで言えば桃原愛美モモハラアミを殺しておきたいところだ。

 流石に駿河屋光輝スルガヤコウキの死に女神は驚いているだろう。
 犯人探しも始まっていると見ている。

 死体は焼却した上、俺がダンジョンに入ったという形跡も残していない。
 枷月葵カサラギアオイのみならず、アオイだということにも辿り着かないだろう。

 運良く辿り着けたとしても”黒ローブ”までか。

 ”黒ローブ”の中がアオイであること、更にはアオイの正体が枷月葵カサラギアオイであることに気付くことはないだろう。

 <支配ドミネイト>の能力を使用した上で、ガーベラや戦士長には俺の身の上を話している。ついでに計画も、だ。

 だが、駿河屋光輝スルガヤコウキの死を防ぐことは出来なかった。

 <支配ドミネイト>は完璧だと見て良さそうだ。

 確認の一手だったが、流石に枷月葵カサラギアオイの正体を明かすのはやりすぎたとは思っている。

───光輝パーティーを倒したとき…レベルが上がらなかったのは何故だ?やはり対人だと獲得経験値が下がるのか?

 僅かながら、経験値の割合が増加していることは確認できた。およそ20%ほどだった為、レベルアップにはならなかった。

 彼らのレベルや実力を考えれば、もう少し経験値が入っても良さそうだ。
 光輝自身のレベルは1桁だろうが、周りの仲間はどれくらいだったのだろうか。

───やはり人が相手だと経験値は下がると考えて良さそうだな。

 尤も、レベルが上がったとて俺のステータス上昇は期待できるものじゃない。
 勇者ならば劇的な成長を遂げるのかもしれないが、天職”ムラビト”は伊達ではない。


 閑話休題。

 女神が黒ローブに辿り着くのも時間の問題かもしれない。
 警戒される前に、次の一人を殺すべきだ。

───誰にすべきか…。やっぱり桃原愛美モモハラアミが良いが、光輝以外の情報は少ないんだよな。

 得れば良い話なのだが、戦士長やガーベラも修行後の詳しい行き先までは知らないとか。

 既に国外に行っているならば厄介だが、光輝を見る感じ勇者は別行動をしているようだし、何人かは王都に残っているか。

 女神の屋敷に居候しているなんてことはないだろう。

───そんなことより…夕食の時間だな。

 腹が減っては戦が出来ぬとも言う。
 考えるのは、夕飯を食べ終わってからでも遅くないだろう。




・     ・     ・




 部屋を出て、食堂がある場所へと向かっていく。

 向かうと言っても部屋から1分もかからないのだが、階段があるために少々長く感じてしまう。

「おう、小僧。待ってたぞ」

 食堂に入った瞬間、宿屋のおっさんに声をかけられた。

 なんだろうとそちらを向けば、おっさんの前にはラテラが立っていた。

 久しぶりに見たが、今日のラテラは以前のように聖女然とした姿ではなく、冒険者のような、少しみすぼらしい服装をしていた。

 聖女をやめたとかではなく、聖女だとチヤホヤされるのが面倒だったのだろう。

「こんばんは」
「こんばんは、ユウキさん。お待ちしておりました」

───”お待ちしておりました”?

 こちらからラテラに会いに行こうと思って何度か教会に行っていたため、ラテラから会いに来てくれるのはありがたい。

 とは言え、彼女と何かを話さねばならないようなことを行っていない。
 まさかとは思うが──黒ローブの中身がアオイだとバレたのか。

「どうしてラテラさんがここへ?」

 俺は恐る恐る問いかけた。

「王都の近郊で魔族が勇者を殺したようですので、一応注意をしにきました。残念ながら、勇者である駿河屋光輝スルガヤコウキ様が王都の近郊にあるダンジョン内で魔族に殺されてしまったようです。その魔族が王都に潜伏している可能性があるため、気をつけてほしいと思っています」
「勇者が…魔族に?」
「はい。教会にいつもいらっしゃる勇者様──桃原愛美モモハラアミ様が女神様より授かった内容です」

───俺の仕業であるどころか、”黒フード”の存在すらバレていない?

 本当にあの女神が何も調査せず、魔族のせいにして終わらせるだろうか。
 まさか推測で言っているわけではあるまい。

───何が目的だ?魔族のせいにすることで、民衆の魔族に対するヘイトを高めた?だとしたら実際は裏で調査をしている?

 女神側の事情が分からない以上、どの考えも推測止まりだ。

 ただ、最悪の場合は想定しておくべきだろう。

 女神は”黒ローブ”の存在を知っていながら、魔族のせいにしていると考えておくべきか。

 今の話から得れた情報はそれだけではない。

 桃原愛美モモハラアミがまだ、王都の中に居るということだ。

 それも、教会にいるとのこと。
 であれば、次のターゲットは桃原愛美モモハラアミか。

「ラテラさん、ありがとうございます。気を付けようと思います」
「はい。それなら良いんです」

 ホッとしたような顔をするラテラ。
 やはりこの聖女はどこかお節介だ。

「そういえば、私に会いに来てくれて居たと聞きました。忙しかったゆえにお会いできなくて申し訳ありません」
「いえいえ。こちらこそ忙しい時期に申し訳なかったです。何かあったのですか?」
「えぇ、行方不明の女の子を探していまして」

───行方不明の女の子、か。

 そういえば、俺の人生で一度だけ、大きく日常からかけ離れた出来事があった。

 ちょうど3年ほど前の夏、俺の妹が行方不明になったのだ。

 当時中学生の妹だ。友達と出かけてくると行ったきり、二度と帰ることは無かった。

 その時のことはよく覚えている。なんというか、虚しい気持ちだった。

 悲しいとか、後悔とか、そういう気持ちよりも前に虚しさが来たのだ。

 ”人が死ぬ”ということへの責任感というか、自覚が足りなかったんだと思う。

 はじめはどうせすぐ帰ってくるだろうと思っていた。

 電話をかけても繋がらなかったとき、少し焦りを覚え始めた。

 とうとう3日が経ち、気づけば1週間が経ち──どれだけ夏の暑さが増そうと、俺の妹が家に帰ることは無かった。

 そうして初めて焦りを覚え始めたのだ。

 両親は泣き崩れていた。
 大の大人が大泣きする姿を見たことがない俺は、釣られて大泣きしたのを覚えている。

 仲が良い兄妹だったというわけではない。

 ただ、彼女の声が聞こえなくなった家は……3年経った今でも寂しいものに感じるくらいだ。


 と、行方不明の家族のことを語ったが、よく考えれば俺も今は行方不明なのだろう。

 両親は本当に気の毒だと思う。子供を2人とも行方不明にしてしまうなど、世界中のどの夫婦よりも不幸なのではないだろうか。

 ───案外妹も俺のように異世界に召喚されてたり…。

 そんな冗談を考える。

「見つかったのですか?」
「はい。見つかりましたよ」

 行方不明者の捜索は騎士の仕事だとばかり思っていたが、何か事情があったのだろうか。

 そんなことはどうでも良いのだが。

 とにかく、無事に見つかって良かった。

 関係ない俺だが、何故か心の中でホッとしていた。

「それは本当に良かったです」

 心の底から、良かったと思う。

 人が行方不明になれば、必ず悲しむ人は居るものだ。

 そんなことを考える俺を見て、ラテラは何を思ったか口を開いた。

「アオイさんは…優しいんですね」

 どこか含みのある言い方だった。

 俺がよほど行方不明という言葉に反応しているように見えたのだろう。
 実際、過剰な反応を見せてしまったかと反省している。

 俺と行方不明に何か関係があると思ったのか。親族や友人を行方不明にしていると考えたのかもしれない。

 それ故に聞きにくかったのだろう。

「そういえばラテラさん」
「どうされました?」
「ラテラさんがこの王都から出ることってあるんですか?例えば帝国に行ったり、とか」

 そういえば、と、気になっていたことを質問する。

 桃原愛美モモハラアミを処理した後、特にこの国に在住する理由はなくなる。

 ラテラがこの国から出ることが無いのならば、次会うのは随分先になるだろう。

「基本的にはありませんが…時折、と言ったところでしょうか」
「そうなんですね。それは良かったです」

 何が良かったのか、自分でも分からない。
 更には、これ以上会話が発展することもなく。

 その後、俺とラテラは少しばかり、くだらない雑談を楽しんだ。
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