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異世界転生編
第31話 勇者たちの修行(1)
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駿河屋光輝は勇者だ。
それは元の世界に居た頃から変わらない。
彼は多数派にとっての正義であり、少数派にとっては悪でもあった。
スクールカースト最上位である、いわゆる陽キャと呼ばれる集団のトップであり、彼はそれを好んでいた。逆に、陰キャという存在を毛嫌いしていた。
それは彼の集団にいた多くの人も同じで、だからこそ陰キャを攻撃の対象とすることで己の正しさを表現していた。
彼自身、それに罪の意識はない。陰キャを蹴るのも、パシるのも、彼にとって決して悪いことではないのだ。
それは今でも変わらない。
例えば──枷月葵、だったか。
あの冴えない顔の、そして冴えない能力を持った少年。現実世界から異世界に来ても変わらず陰キャであろう、彼。
彼は悪だ。
大して役にも立たない、ただの悪だ。
だから俺は彼をこの場から追放した。枷月葵は俺たちにとって不要な存在だからだ。
それが勇者としての俺の仕事であり、その役割を皆は絶賛しているに違いない。
邪魔者は一人消え、ようやく俺たちが八勇者として成立するようになったのだから。
そして今、駿河屋光輝は勇者の代表として女神に呼び出しを受けていた。
目の前にいる女神は相変わらず美しく──そして純真な気高さを感じさせた。
「光輝様は剣を使うのですね。バフをかける人にしては珍しい──いえ、さすが勇者といったところですか」
「仲間が前にいるのに自分が安全なところにいるなど、とても俺にはできません」
その言葉に女神が微笑む。
「光輝様は心優しいのですね。勇者代表に相応しいです」
召喚され、武器を貰い、それから数日が経った。
あれから女神に多くのことを聞き、この世界の常識を学んだ。その中にはもちろん、勇者の立ち位置についての話も含まれている。
勇者は世間に明るみにされる。「魔王を倒すために異界から召喚された勇者たち」として世間の目に晒される以上、その勇者の代表格とも言える人物が必要という話も受けた。
その際、天職が勇者である光輝が適任ではないかという話になったのだ。
勇者が人々の前に立ち、何かを大々的に話す機会はあまりないが、それでも勇者の評価は人々のモチベーションに直結する。天職が勇者の人間ともなれば、人々の安心はより一層厚いものとなるだろう。
「いえ、勇者として召喚された以上、当たり前のことだと思っています」
それでも謙虚な姿勢を崩さない光輝に、女神はニコッと微笑むことで返事をした。
対する光輝は──頬を赤く染めている。
女神ほどの美女に微笑まれたら、男ならば当然の反応だろう。
部屋には今、女神と光輝以外の人物はいない。現在光輝は、勇者代表として女神の部屋に呼ばれていたのだ。
光輝からすれば、これは絶好の機会だった。
女神に自分の有用性をアピールする良い機会──枷月葵の死後、女神には役立つことを知ってもらいたいのだ──になると光輝は踏んでいる。あえて卑怯な表現をするなら、女神に媚びを売るためのチャンス、とでも言うだろうか。
もちろん、女神も勇者たちからそう思われていることは百も承知だった。そもそも枷月葵の処遇をああしたのは、他の勇者たちの恐怖心を煽るためでもあったからだ。
ただそれはあくまで内心で思っていること。決して外には出さず、ニコニコとした笑顔をその顔に貼り付けていた。
「ところで、光輝様」
「はい?」
「他の勇者様方は、どうですか?」
「どう、と言うのは?」
「いえ、いえ。特に深い意味は無いんですよ?」
女神は、あくまでも冷静に答える。
「ただ、そろそろこの事態にも慣れた頃かな、と」
光輝としては、女神の意図を正しく汲み取り、適切な回答をしたいところだった。
だが、聞かれたことがあまりにも当たり前で、困惑しているのだ。
この世界に慣れた。それは勇者たちにとって当たり前のことだった。
だから、
「はい、全員既に慣れているようです」
そう、包み隠さずに答える。
「そうですか」
それに対する女神の反応は淡白なもの。
「ありがとうございます」
だが、次の瞬間、女神はニコッと光輝に向かって微笑んだ。
2回目とは言え、その破壊力は凄まじい。心の底から安心したようなその笑みに、光輝までも、何故か安心感を覚えていた。
「それで、光輝様」
「───な、なんでしょう?」
笑顔に見惚れ、返事が遅れた光輝を咎めることは無い。むしろ、彼女の笑顔に見惚れない方が難しいだろうから。
そんな光輝の様子は気にも留めず、女神は本題を話し始める。
「そろそろ、戦闘訓練を行ってもらおうかと」
戦闘訓練。
召喚されたかつてより聞かされていた、勇者たちの使命を全うするための、第一段階。
たしか──戦士長やギルドマスターなど、腕利きの人たちによる指導だった。
勇者のポテンシャルを最大限活かすため、女神の役に立つため、必要なプロセスとなる。
だが、光輝は詳しくは聞かされていなかった。
「それは聞いていましたが...具体的には何を?」
「具体的な話はまだでしたね。とはいえ、何も難しいことではありません。勇者様方に指南をしてくださる方は決まっておりますので、後は指示に従っていただければと思います」
武器庫にて、剣を選んだのは駿河屋光輝、魔夜中紫怨、空梅雨茜であった。
桃原愛美はメイスを、夢咲叶多は杖を、夏影陽里や何やら本のようなものを武器として選んでいた。この3人は魔法系統だ。
角倉翔が選んだのは短剣だった。冒険者ギルドマスターの世話になることとなる。
北条海春は扇を手に持っていた。彼女もまた、冒険者ギルドマスターの世話になる。
「薄々お気づきかもしれませんが、駿河屋光輝様、魔夜中紫怨様、空梅雨茜様は戦士長に、桃原愛美様、夢咲叶多様、夏影陽里様は魔術師ギルドマスターに、角倉翔様、北条海春様は冒険者ギルドマスターに指南をしてもらう予定です」
「なるほど」
と、返事はしたものの、大して他の勇者には興味がない。他の勇者が何をしていようと勝手にしろと思うが、勇者代表として返事をしておいただけだ。
それにしても、空梅雨茜だけは少し気がかりだった。というのも、天職が剣聖である以上、自分よりも強くなるのではないかという恐れがあったからだ。
───結局、対魔獣では俺のほうが優秀なわけだが。
彼の勇者としての自負は全て、他人より何かしら秀でたものにより保たれていた。
「それで、明日から訓練をする予定なのですが…」
「明日から…ですか?」
「はい。しばらく時間も取りましたし、そろそろ異世界にも慣れてきたことでしょう」
「そうですね。どのようにすれば?」
相変わらず女神は優しい顔を崩さない。概ね、「理解が早くて助かります」といったところだろう。
「特にしていただくことはありません。強いて言うのであれば朝──できるだけ早く起きておいてください。メイドに案内させますので」
「はい、分かりました」
光輝の返事は気に入ったものだったのか、うんうんと首を縦に振る女神。
その一挙一動に光輝は安心感を覚え、同時に胸が熱くなるような気持ちも感じていた。
「それと、勇者様がたには仲間を作っていただく、という話でしたが、こちらの方で人選をさせて頂きました。書類選考のみですので、後ほど面接もしておきます。もし希望があればお伺いしますが…」
「では、質問があるのですが」
光輝はすかさず口を挟む。
「仲間たちと喧嘩や…方針が合わなかった場合、解散するも新しく仲間を迎え入れるも自由、ということはできますか?」
「ふむふむ」
考える素振りを見せる女神だが、実際は考える間もなく答えは出ているのだろう。
「もちろんそれは勇者様にお任せ致します。何よりも重要なのは勇者の皆様、ご自由になさってください。何か問題が起きた場合はこちらで対処しましょう」
「さすが女神様、お願いします」
女神がじっと光輝を見つめる。
嫌味ったらしい言い方であったことは事実だ。本心かどうか見抜いてると思われた。
もちろん光輝からすれば本心なのだが、それを見抜いたのだろう。何やら納得した表情で口を開いた。
「大体はそんなところでしょうか…。もし何か困ったことがあればメイドにでも聞いてみてください。それでも解決しなければ私に直接聞いてくださっても構いませんが…幾分忙しい身ですので、いつでもご要望に答えられるかは分かりません」
「分かりました──」
そこでふと、あることを思い出す。
「──そういえば女神様にお聞きしたいことが」
「はい、どうしました?」
いつもどおりの優しい笑顔で聞き返す女神。
それに対し、光輝は遠慮なく質問をした。
「女神様は魔王とは戦わないのですか?随分、お強いご様子でしたので…」
「──そうですね、それは当然の疑問でしょう。ですが、共には戦えないのです」
いつか聞かれると予測していたのだろうか。未来が見えていたと言われても疑わないほど、彼女の返答は間を置かないものだった。
そしてその内容も、どこか不思議を含んでいる言い方であった。光輝からすればそれ以上聞くことはないのだが、そこまで含みのある言い方をされれば気になってしまうというもの。
「それはなぜですか?お聞きしても良いのでしたら教えていただきたいです」
「私は魔王に対して力を発揮できないのです」
返答は先程同様、間を置かないものだった。
ただ、光輝が気になったことはそれではなく、女神の表情。悲痛な表情を浮かべ、共に戦えないことへの無力さや申し訳なさを感じられた。
「誓約のようなものなのです。私は確かに強いですが…魔王に対してのみ、非常に弱体化してしまうのです。尤も、魔王の影響を色濃く受ける魔族幹部達にも弱いのですが…」
その悲愴さに、光輝は自分が詮索してしまったことに対する罪悪感を覚え始める。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません!女神様のお気持ち、本当に嬉しいです。魔王については我ら勇者共に任せていただければと!」
女神は光輝の元へと歩み寄り、その手をぎゅっと握り締めた。
手を繋ぐというイメージではない。胸の前で手を包み込むように握り締めたのだ。
その表情は晴れやかな笑顔によって描かれ、いつもとは違った少女のような晴れ笑顔に光輝は釘付けだ。
「光輝様…ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます」
感極まったかのような声。
光輝は女神の気持ちと──自分が持つ勇者の才を認識する。
───女神様が期待してくれてるんだよな…。これは頑張りがいがありそうだぜ。
「さて、光輝様…。そろそろ良いお時間です。一度お部屋に戻ってはいかがでしょうか?」
光輝は時計を見る。
女神の部屋にある掛け時計だ。これは地球の物と大した違いはなく、強いて言うなれば時計の役割しか果たしてないというところだろうか。日付や曜日、室温なんかの表記はない。
時計を確認すれば、確かに女神の言うとおりかなり話し込んでしまったようだ。
自分の行動に失敗を認めつつ、光輝は素直に引くことにした。
「そうですね。長々とすいませんでした。お話、ありがとうございました」
これ以上長居するのも申し訳ない。
光輝は足早に女神の部屋を出ていった。
それは元の世界に居た頃から変わらない。
彼は多数派にとっての正義であり、少数派にとっては悪でもあった。
スクールカースト最上位である、いわゆる陽キャと呼ばれる集団のトップであり、彼はそれを好んでいた。逆に、陰キャという存在を毛嫌いしていた。
それは彼の集団にいた多くの人も同じで、だからこそ陰キャを攻撃の対象とすることで己の正しさを表現していた。
彼自身、それに罪の意識はない。陰キャを蹴るのも、パシるのも、彼にとって決して悪いことではないのだ。
それは今でも変わらない。
例えば──枷月葵、だったか。
あの冴えない顔の、そして冴えない能力を持った少年。現実世界から異世界に来ても変わらず陰キャであろう、彼。
彼は悪だ。
大して役にも立たない、ただの悪だ。
だから俺は彼をこの場から追放した。枷月葵は俺たちにとって不要な存在だからだ。
それが勇者としての俺の仕事であり、その役割を皆は絶賛しているに違いない。
邪魔者は一人消え、ようやく俺たちが八勇者として成立するようになったのだから。
そして今、駿河屋光輝は勇者の代表として女神に呼び出しを受けていた。
目の前にいる女神は相変わらず美しく──そして純真な気高さを感じさせた。
「光輝様は剣を使うのですね。バフをかける人にしては珍しい──いえ、さすが勇者といったところですか」
「仲間が前にいるのに自分が安全なところにいるなど、とても俺にはできません」
その言葉に女神が微笑む。
「光輝様は心優しいのですね。勇者代表に相応しいです」
召喚され、武器を貰い、それから数日が経った。
あれから女神に多くのことを聞き、この世界の常識を学んだ。その中にはもちろん、勇者の立ち位置についての話も含まれている。
勇者は世間に明るみにされる。「魔王を倒すために異界から召喚された勇者たち」として世間の目に晒される以上、その勇者の代表格とも言える人物が必要という話も受けた。
その際、天職が勇者である光輝が適任ではないかという話になったのだ。
勇者が人々の前に立ち、何かを大々的に話す機会はあまりないが、それでも勇者の評価は人々のモチベーションに直結する。天職が勇者の人間ともなれば、人々の安心はより一層厚いものとなるだろう。
「いえ、勇者として召喚された以上、当たり前のことだと思っています」
それでも謙虚な姿勢を崩さない光輝に、女神はニコッと微笑むことで返事をした。
対する光輝は──頬を赤く染めている。
女神ほどの美女に微笑まれたら、男ならば当然の反応だろう。
部屋には今、女神と光輝以外の人物はいない。現在光輝は、勇者代表として女神の部屋に呼ばれていたのだ。
光輝からすれば、これは絶好の機会だった。
女神に自分の有用性をアピールする良い機会──枷月葵の死後、女神には役立つことを知ってもらいたいのだ──になると光輝は踏んでいる。あえて卑怯な表現をするなら、女神に媚びを売るためのチャンス、とでも言うだろうか。
もちろん、女神も勇者たちからそう思われていることは百も承知だった。そもそも枷月葵の処遇をああしたのは、他の勇者たちの恐怖心を煽るためでもあったからだ。
ただそれはあくまで内心で思っていること。決して外には出さず、ニコニコとした笑顔をその顔に貼り付けていた。
「ところで、光輝様」
「はい?」
「他の勇者様方は、どうですか?」
「どう、と言うのは?」
「いえ、いえ。特に深い意味は無いんですよ?」
女神は、あくまでも冷静に答える。
「ただ、そろそろこの事態にも慣れた頃かな、と」
光輝としては、女神の意図を正しく汲み取り、適切な回答をしたいところだった。
だが、聞かれたことがあまりにも当たり前で、困惑しているのだ。
この世界に慣れた。それは勇者たちにとって当たり前のことだった。
だから、
「はい、全員既に慣れているようです」
そう、包み隠さずに答える。
「そうですか」
それに対する女神の反応は淡白なもの。
「ありがとうございます」
だが、次の瞬間、女神はニコッと光輝に向かって微笑んだ。
2回目とは言え、その破壊力は凄まじい。心の底から安心したようなその笑みに、光輝までも、何故か安心感を覚えていた。
「それで、光輝様」
「───な、なんでしょう?」
笑顔に見惚れ、返事が遅れた光輝を咎めることは無い。むしろ、彼女の笑顔に見惚れない方が難しいだろうから。
そんな光輝の様子は気にも留めず、女神は本題を話し始める。
「そろそろ、戦闘訓練を行ってもらおうかと」
戦闘訓練。
召喚されたかつてより聞かされていた、勇者たちの使命を全うするための、第一段階。
たしか──戦士長やギルドマスターなど、腕利きの人たちによる指導だった。
勇者のポテンシャルを最大限活かすため、女神の役に立つため、必要なプロセスとなる。
だが、光輝は詳しくは聞かされていなかった。
「それは聞いていましたが...具体的には何を?」
「具体的な話はまだでしたね。とはいえ、何も難しいことではありません。勇者様方に指南をしてくださる方は決まっておりますので、後は指示に従っていただければと思います」
武器庫にて、剣を選んだのは駿河屋光輝、魔夜中紫怨、空梅雨茜であった。
桃原愛美はメイスを、夢咲叶多は杖を、夏影陽里や何やら本のようなものを武器として選んでいた。この3人は魔法系統だ。
角倉翔が選んだのは短剣だった。冒険者ギルドマスターの世話になることとなる。
北条海春は扇を手に持っていた。彼女もまた、冒険者ギルドマスターの世話になる。
「薄々お気づきかもしれませんが、駿河屋光輝様、魔夜中紫怨様、空梅雨茜様は戦士長に、桃原愛美様、夢咲叶多様、夏影陽里様は魔術師ギルドマスターに、角倉翔様、北条海春様は冒険者ギルドマスターに指南をしてもらう予定です」
「なるほど」
と、返事はしたものの、大して他の勇者には興味がない。他の勇者が何をしていようと勝手にしろと思うが、勇者代表として返事をしておいただけだ。
それにしても、空梅雨茜だけは少し気がかりだった。というのも、天職が剣聖である以上、自分よりも強くなるのではないかという恐れがあったからだ。
───結局、対魔獣では俺のほうが優秀なわけだが。
彼の勇者としての自負は全て、他人より何かしら秀でたものにより保たれていた。
「それで、明日から訓練をする予定なのですが…」
「明日から…ですか?」
「はい。しばらく時間も取りましたし、そろそろ異世界にも慣れてきたことでしょう」
「そうですね。どのようにすれば?」
相変わらず女神は優しい顔を崩さない。概ね、「理解が早くて助かります」といったところだろう。
「特にしていただくことはありません。強いて言うのであれば朝──できるだけ早く起きておいてください。メイドに案内させますので」
「はい、分かりました」
光輝の返事は気に入ったものだったのか、うんうんと首を縦に振る女神。
その一挙一動に光輝は安心感を覚え、同時に胸が熱くなるような気持ちも感じていた。
「それと、勇者様がたには仲間を作っていただく、という話でしたが、こちらの方で人選をさせて頂きました。書類選考のみですので、後ほど面接もしておきます。もし希望があればお伺いしますが…」
「では、質問があるのですが」
光輝はすかさず口を挟む。
「仲間たちと喧嘩や…方針が合わなかった場合、解散するも新しく仲間を迎え入れるも自由、ということはできますか?」
「ふむふむ」
考える素振りを見せる女神だが、実際は考える間もなく答えは出ているのだろう。
「もちろんそれは勇者様にお任せ致します。何よりも重要なのは勇者の皆様、ご自由になさってください。何か問題が起きた場合はこちらで対処しましょう」
「さすが女神様、お願いします」
女神がじっと光輝を見つめる。
嫌味ったらしい言い方であったことは事実だ。本心かどうか見抜いてると思われた。
もちろん光輝からすれば本心なのだが、それを見抜いたのだろう。何やら納得した表情で口を開いた。
「大体はそんなところでしょうか…。もし何か困ったことがあればメイドにでも聞いてみてください。それでも解決しなければ私に直接聞いてくださっても構いませんが…幾分忙しい身ですので、いつでもご要望に答えられるかは分かりません」
「分かりました──」
そこでふと、あることを思い出す。
「──そういえば女神様にお聞きしたいことが」
「はい、どうしました?」
いつもどおりの優しい笑顔で聞き返す女神。
それに対し、光輝は遠慮なく質問をした。
「女神様は魔王とは戦わないのですか?随分、お強いご様子でしたので…」
「──そうですね、それは当然の疑問でしょう。ですが、共には戦えないのです」
いつか聞かれると予測していたのだろうか。未来が見えていたと言われても疑わないほど、彼女の返答は間を置かないものだった。
そしてその内容も、どこか不思議を含んでいる言い方であった。光輝からすればそれ以上聞くことはないのだが、そこまで含みのある言い方をされれば気になってしまうというもの。
「それはなぜですか?お聞きしても良いのでしたら教えていただきたいです」
「私は魔王に対して力を発揮できないのです」
返答は先程同様、間を置かないものだった。
ただ、光輝が気になったことはそれではなく、女神の表情。悲痛な表情を浮かべ、共に戦えないことへの無力さや申し訳なさを感じられた。
「誓約のようなものなのです。私は確かに強いですが…魔王に対してのみ、非常に弱体化してしまうのです。尤も、魔王の影響を色濃く受ける魔族幹部達にも弱いのですが…」
その悲愴さに、光輝は自分が詮索してしまったことに対する罪悪感を覚え始める。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません!女神様のお気持ち、本当に嬉しいです。魔王については我ら勇者共に任せていただければと!」
女神は光輝の元へと歩み寄り、その手をぎゅっと握り締めた。
手を繋ぐというイメージではない。胸の前で手を包み込むように握り締めたのだ。
その表情は晴れやかな笑顔によって描かれ、いつもとは違った少女のような晴れ笑顔に光輝は釘付けだ。
「光輝様…ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます」
感極まったかのような声。
光輝は女神の気持ちと──自分が持つ勇者の才を認識する。
───女神様が期待してくれてるんだよな…。これは頑張りがいがありそうだぜ。
「さて、光輝様…。そろそろ良いお時間です。一度お部屋に戻ってはいかがでしょうか?」
光輝は時計を見る。
女神の部屋にある掛け時計だ。これは地球の物と大した違いはなく、強いて言うなれば時計の役割しか果たしてないというところだろうか。日付や曜日、室温なんかの表記はない。
時計を確認すれば、確かに女神の言うとおりかなり話し込んでしまったようだ。
自分の行動に失敗を認めつつ、光輝は素直に引くことにした。
「そうですね。長々とすいませんでした。お話、ありがとうございました」
これ以上長居するのも申し訳ない。
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