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異世界転生編

第19話 魔術師ギルド(1)

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 ギギィ……

 重い音を上げ、木でできた扉がゆっくりと開く。

 扉に隔たれていた魔術師ギルドの中が見えてくる。レンガ造りの巨大な建物にしてはやけに狭さを感じた。

 それは、この空間に人が多くいることも影響しているだろうが、机が置かれていたり、道具屋と思われる店があることが大きな要因だろう。

 中にいる人の多くはローブを着用している。色は様々だが、地味目な色が多い印象だ。

───それはそうか。

 好き好んで目立つ服を着ようとする人間はいない。少なくとも、死が隣にある世界では自己顕示よりも命が大切に見える。

 扉からまっすぐ進むと、受付がある。カウンターのような形になっていて窓口は5つ。それぞれ受付嬢が座っていた。

 俺はそこを目指し、歩を進めようとする。だが、そこでふと周りの視線に気づいた。

 見ない顔だからか、それとも、ローブを着ていないことが変なのか。流石に勇者”枷月葵カサラギアオイ”だとバレていることは考えられない。

───なんだ?

 敵対的な視線というよりは、物珍しいものを見るような視線。それも、面白半分ということはない。
 むしろ、周りの表情は真剣そのもの。どこかでごくりと喉を鳴らす音もする。

───後ろ?

 それらの視線に疑問を覚えてる時、もしかしたらこれは俺以外の人に向けられたものなのではないか、と思う。”自分への視線”という潜在意識をなくすと、この視線は俺の後ろに集中しているように思えるのだ。

 バッと、後ろを振り返る。

 そこには、黒いローブを着た女性がいた。身長は170くらいで大きい。髪は深い青のロング。丁寧に手入れされているのか、サラサラとしていて美しい。

 案の定、視線の向いていた先が俺でなかったことに安堵する。それと同時に、なぜ彼女に視線が集まっていたのか、疑問も抱く。

「新人か?」

 しばらく見つめていたからか、声がかかる。声の主はもちろん前の女性だ。

「え、あ、はい」

 急に声をかけられたせいでつい吃る。ただ、彼女はそれを気にした様子もなく話を続けた。

「見ない顔だったからな。魔術師ギルドへ登録に来たのか?」

 凛としたやや低い声で聞く彼女に対して、俺が思ったことは一つ。

───わからない。

 なぜ、彼女が俺にこんな質問をしてくるのか。その目的が何なのか。
 全く分からない。

 周りの視線は収まらず、むしろそれはエスカレートしてひそひそ話を生み出していた。

 俺は必死に聴覚を研ぎ澄ます。少しでもヒントになりそうな情報を聞き出す為に。

 ここでの俺は完全な部外者だ。一つのミスが何に繋がるのか、予想もできない。

 だから俺は、彼女の質問に対する最適解を編み出さなくてはならない。


「久しぶりに見たよ、俺」
「というか、新人に話しかけるんだな」
「今日は何しにきたんだろ?」
「中々ここに来ないよね」


 違う。推測には役立つ情報だが、今必要なのはそれではない。

 もっと実用的な情報は──ないのか。


「ていうか、あんな美人なんだね」
「わかる、憧れだよね」
「というか俺、ギルマス初めて見たかも」


 あった。

 ギルマス。多分、ギルドマスターの略称。

 つまり彼女は──魔術師ギルドのギルドマスター、魔法使いのトップである存在。

───視線の原因はそれか。

 納得する。

 そして、答えは───

「はい。登録をしに来ました」

 ギルドマスターなら、魔術師が増えることは嬉しいはずだ。彼女が上位者で、どんな人物か分からない以上、機嫌を損ねるような真似は避けたい。

「そうか。ならば歓迎しよう。ようこそ、魔術師ギルドへ」

 表情の変化が少ない。感情が全く読めない。
 ただ、”歓迎”という言葉、およそ嫌がってないと見て良いか。

「異国からの移民も大歓迎だ。私はギルドマスターのガーベラ。君の名を聞こう」

 異国の人間であると、それは理解されている。容姿や言動の違いから感じ取ったのだろう。
 そしてそれが今、ガーベラの発言によって周知された。

 多少の粗相や怪しい挙動は”文化の違い”として誤魔化すことができるようになったのだ。しかもアマツハラの大陸から来たと思われている以上、その違いは大陸をも超えている。

───つまり、こういうこともできるわけか。

「アオイです。よろしくお願いします」

 俺はそう言いながら右手を出す。握手を求めるポーズだ。

 初対面で握手をするのは私の国では常識です、と言わんばかりに手を出した。それもあってか、ガーベラが怪しんでいる様子はない。

 彼女が身に着けているのは、ローブと、腰に小さな杖のようなものが一つ。手は素手だ。

 俺がガーベラに握手を求めたことが驚きだったのか、周りはより一層騒がしくなった。目上の人に握手をするという行為は、少なくともこの国では一般的なものではないのだろう。

 ガーベラが周りの声を気にする様子はない。一瞬チラと周りを見たものの、すぐに興味を失ったのか視線を戻していた。

 そして、俺の右手に応えるように、彼女も右手を俺の方に差し出す。

 握手が交わされる。

 それと同時───

「<支配ドミネイト>」

 スキルを使う。

 魔術師ギルドマスターという上位者を<支配ドミネイト>する為、僅かな隙を利用して放つスキル。

 あまりにも唐突な展開に、ガーベラは反応できない。<支配ドミネイト>と呟く瞬間、手を離そうとするも、離せなかった。

───勝った。

 そう、確信した。

 だが───

 いつまで経ってもスキルが成功した感覚が来ない。

 背中に冷や汗が流れる。何かの異常イレギュラー。スキルを使ったのに、効いていない。

 そもそも、確実に成功するという事自体が慢心だった。無意識中で、他の勇者も特別だから、自分も特別だと勝手に思い込んでいた。

 俺は恐る恐るガーベラの顔を見る。

 そして──恐怖する。

 彼女の顔には凍てついた笑みが作られていた。それは、目の前にいる俺への明確な敵意が込められている。

───まずい。

 戦士長に使えたことで調子に乗っていた。もしかしたら、対人での<支配ドミネイト>の成功は確率によるのかもしれない。それを試さずに上位者に使うなど──なんと愚かなことか。

 本能は直ぐに働いた。
 この場にいるのは危険だと、心が訴えかけてくる。

 だが、未だ握ったままの手は離さない。いや、離せない。
 俺が何かした瞬間、彼女は俺の命を奪い去るだろう。獣とは違い、確実に。

 俺が何をしたのか理解していない周りの魔術師たちも、ガーベラの笑みに慄いて言葉を失っている。先程までの騒がしさは欠片も見られない。

 それも合わさって、俺は自分の失敗の大きさを知る。

───早くここから逃げ………

 それでも本能は警笛を鳴らした。だから、その手を離し走り出そうとした。

 だが、彼が理解していた通り、ガーベラという人物はそこまで甘くない。冷静且つ慎重で、彼を黙って見過ごすほどの優しさも持ち合わせていない。

 彼が知覚するよりも早く、枷月葵カサラギアオイの意識は闇へと落ちていった。
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