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絶対服従幼稚園 1話
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「ぶ~ん!ぶ~ん!キキ―!赤信号です!」
「じゃあエミちゃんはお医者さんね!私がケガした人!」
「ねぇねぇ、緑のクレヨン貸してー。」
「うん、いいよ~。」
給食が終わって少し経った、午後の幼稚園。高く上った太陽が優しく照らす教室では、十数名の園児たちが思い思いに遊んでいる。年長クラスともなれば、この時間に眠たいと泣くような園児もおらず、いつも通りの穏やかな光景が広がっていた。
「ピーポーピーポー!道を開けてください!救急車が通ります!」
教室の一角、日差しがわずかに差し込む窓際で遊んでいるのは、タクミ。車のおもちゃが大好きで、いま手にしている救急車は特にお気にいりだ。タクミは友だちとよりも一人で遊ぶことの方が多く、この時間帯は、専ら自分の世界に浸っている。
―ある男児が、その平穏な世界を壊さなければ、の話だが。
「おいタクミ!」
背後から、突然大きな声が響く。恐る恐る振り返ったタクミの前には、体格のいい男児が仁王立ちしていた。
「ショウタくん…。」
「その救急車よこせ!そっちの車も!俺が使うんだ!」
ショウタと呼ばれた男児は、そう言いながら次々と車のおもちゃを鷲掴みにしていく。
「ダ、ダメだよ…。」
「うるさい!今日はこれで遊びたい気分なんだよ!」
「そんな…。」
ショウタは、ありったけのおもちゃを腕に抱えて、ズンズンと教室の中央に歩いていった。タクミはと言うと、それ以上言い返すこともなく、唇を噛んで泣くのを堪えるのが精いっぱいだった。
「でね、ショウタくん酷いんだよ!僕のおもちゃ、取っていっちゃうの!」
ダイニングテーブルを囲んだ夕食どき。タクミは、両親に事の顛末を話した。母親は、大皿に盛った料理をタクミの皿に取り分けながら、うんうんと頷き、優しく語り掛けた。
「そんなことがあったのね…悲しかったわねぇ…。」
一方の父親は、気弱なところがあるひとり息子を心配してか、やや強めの口調で口を開いた。
「あのな、タクミ。お前が強く言い返さないから、そうなるんだ。ショウタくんも、一度強く『やめてよ!』って言ったら、分かってくれると思うぞ。」
「言ってるもん…僕…。」
「タクミは言ってるつもりでも、ショウタくんには伝わってないかもしれないだろ?同じことが今度あったら、もっと強く言い返してみなさい。」
「…。」
タクミはそれ以上言葉を返すことなく、口を真一文字に結んだまま、俯いた。
その日の夜、タクミはなかなか寝付けずに、布団の中でゴロゴロと何度も寝返りをした。目を閉じると、睨みつけるようなショウタの視線を思い出してしまうのだ。
「(僕…ダメだよって…言ってるのに…。)」
疲れ果て、いつの間にか眠りに落ちる頃には、小さな枕が少しだけ濡れていた。
「じゃあエミちゃんはお医者さんね!私がケガした人!」
「ねぇねぇ、緑のクレヨン貸してー。」
「うん、いいよ~。」
給食が終わって少し経った、午後の幼稚園。高く上った太陽が優しく照らす教室では、十数名の園児たちが思い思いに遊んでいる。年長クラスともなれば、この時間に眠たいと泣くような園児もおらず、いつも通りの穏やかな光景が広がっていた。
「ピーポーピーポー!道を開けてください!救急車が通ります!」
教室の一角、日差しがわずかに差し込む窓際で遊んでいるのは、タクミ。車のおもちゃが大好きで、いま手にしている救急車は特にお気にいりだ。タクミは友だちとよりも一人で遊ぶことの方が多く、この時間帯は、専ら自分の世界に浸っている。
―ある男児が、その平穏な世界を壊さなければ、の話だが。
「おいタクミ!」
背後から、突然大きな声が響く。恐る恐る振り返ったタクミの前には、体格のいい男児が仁王立ちしていた。
「ショウタくん…。」
「その救急車よこせ!そっちの車も!俺が使うんだ!」
ショウタと呼ばれた男児は、そう言いながら次々と車のおもちゃを鷲掴みにしていく。
「ダ、ダメだよ…。」
「うるさい!今日はこれで遊びたい気分なんだよ!」
「そんな…。」
ショウタは、ありったけのおもちゃを腕に抱えて、ズンズンと教室の中央に歩いていった。タクミはと言うと、それ以上言い返すこともなく、唇を噛んで泣くのを堪えるのが精いっぱいだった。
「でね、ショウタくん酷いんだよ!僕のおもちゃ、取っていっちゃうの!」
ダイニングテーブルを囲んだ夕食どき。タクミは、両親に事の顛末を話した。母親は、大皿に盛った料理をタクミの皿に取り分けながら、うんうんと頷き、優しく語り掛けた。
「そんなことがあったのね…悲しかったわねぇ…。」
一方の父親は、気弱なところがあるひとり息子を心配してか、やや強めの口調で口を開いた。
「あのな、タクミ。お前が強く言い返さないから、そうなるんだ。ショウタくんも、一度強く『やめてよ!』って言ったら、分かってくれると思うぞ。」
「言ってるもん…僕…。」
「タクミは言ってるつもりでも、ショウタくんには伝わってないかもしれないだろ?同じことが今度あったら、もっと強く言い返してみなさい。」
「…。」
タクミはそれ以上言葉を返すことなく、口を真一文字に結んだまま、俯いた。
その日の夜、タクミはなかなか寝付けずに、布団の中でゴロゴロと何度も寝返りをした。目を閉じると、睨みつけるようなショウタの視線を思い出してしまうのだ。
「(僕…ダメだよって…言ってるのに…。)」
疲れ果て、いつの間にか眠りに落ちる頃には、小さな枕が少しだけ濡れていた。
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