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第九部:大結界の中心
毒ガスの防ぎ方
しおりを挟むもちろん、浮遊兵器から毒ガスが噴出されることを防げるならそれが何よりだけど、魔石矢で吹き飛ばせば逆に被害が広がりかねない。
それにエルスカインは、サラサスで俺がワイバーンの群を吹き飛ばしたことも知っているのだから、ソレを承知で飛ばしてくるのなら、ドラゴン対策と同様に勇者対策とか魔石矢対策の目算もあって不思議じゃ無いだろう。
例えば超強力な代わりに、湯水のように魔石を消費する防護結界とかね?
古代魔法には『橋を架ける転移門』のように、強力だけど、代わりに魔力を膨大に消費する『力技』タイプの魔法が多いし、ここぞって時だけに起動する防護結界なら、そういうのもアリそうな気がする。
これまでの俺は、操られた魔獣やホムンクルスといった『下っ端』との戦闘しか経験していないから、『エルスカインの本体』がどんな魔法を隠しているのかは未知数なのだ。
場合によっちゃあ、どっちが先に魔力を使い果たすかの消耗戦になるのかも・・・
かと言って、中の構造さえ分からないところにガオケルムを構えて突っ込んでいっても、なんとかなるとは思えない。
シンシア曰く、ヒュドラの毒ガスは魔力や魔法の表れでは無く、純粋な物質であって、『濁った空気のようなモノ』だと。
つまり、それ自身には攻撃の意志も敵意も、あるいは防護結界が反応するような危険な力・・・魔力、熱、速度、重量・・・と言った、すぐに分かる危険要素は何も存在していない。
だから精霊の防護結界と言えど、毒ガスを害あるものと認識して防げるかどうかは分からないと言うのが、サラサス訪問時に『獅子の咆哮』の正体がヒュドラの毒ガス兵器だと判明した時のパルレアの意見だった。
– 『なあパルレア、だったら防護結界を思いっきり厳重にって言うか、そういう毒の空気も通さないくらい...言ってみれば『鉄の箱』みたいな強固さにしたら防げるかな?』
– 『空気も通さないってさー、毒を防げても中にいるお兄ちゃんが窒息死するんじゃないかなー?』
– 『窒息?』
– 『だって鉄の箱に入って水の中に沈んでるのとおんなじじゃん? すぐに息が詰まるよー?』
– 『それもそうか...』
– 『ヴィオデボラ島でさー、ヒュドラの首は、なんかの容れ物に保管されてたでしょー? アレと同じ位に丈夫な素材で造った馬車にでも籠もってるか、毒物を認識できる魔法で封じ込めればダイジョーブだと思うケドねー』
なにしろ大精霊だってヒュドラの毒と触れ合った経験は無いのだし、『過去に誰も試してないことだから確信を持てない』ってのは致し方ない。
シンシアが受け継いだ『バシュラール家の知識』にも、ヒュドラを斃すための魔法酒の製造方法は乗っているけど、毒ガスを防ぐ魔道具の知識は無いらしい。
そりゃまぁ、そんなモノがないからこそ、魔法酒で酔わせて眠っている間に首を切って凍結ガラスの容器に仕舞い込む、なんて言う姑息な方法しかとれなかったわけだろうしな。
結論として、既知の防護結界や古代技術で毒ガスは防げないって事だ。
++++++++++
パジェス邸でシンシアと伯父上が触媒の実験を色々と行っている間、毒ガスをなんとかする方法は無いかと考えを巡らせていたんだけど、有る時フト思い至った。
毒ガス自体には、以前にパルレアが例に挙げたような『物理的な攻撃要素』が全くないのだ。
物体としての堅さは無く、重さも空気とほぼ同じで、噴出後は空気中に広がるものだから凄いスピードでぶつかってくるモノでも無い・・・
だったら、単に『水も空気も通さない』なにかで包み込めば、隔離できるんじゃないか?
ヒュドラの首を収納する容器のように丈夫である必要も無いだろう。
逆転の発想というと大袈裟だけど、『周囲の毒ガスから身を守る』とか『ガスを焼き尽くす』なんてことを考えるよりも、まずは『毒ガスを広がらせない』事を考える方がいい。
となれば、自由自在にカタチを変えられて動かすことの出来る素材・・・マリタンの錬成する液体金属・・・あれを『枝』では無く『薄い幕』のように広げることが出来れば、ガスの放出された空間全体を包み込むのにはドンピシャリじゃ無いだろうか?
そんなわけで、防護結界の代わりにヒュドラの毒ガスを防ぐ役割を、マリタンの魔法に担って貰えないかと考えたワケだ。
「ともかく、マリタンの銀幕があればヒュドラの毒ガスをシャットアウトできるはずだからな」
「どこまで広げられるか、どれくらい保たせられるか未知数なのよ? パジェス先生はワタシの銀幕が『水も空気も通さない』って太鼓判を押してくれたけど、浮遊兵器から毒ガス広がる時に、どれほどの量や勢いで噴き出してくるのか想像も付かないわ」
「きっとなんとかなるさ。俺はマリタンの技量を信頼してるんだよ」
「嬉しいけど、それは成功した時に褒めて頂戴ね!」
「安心しろ、失敗した時は褒めるヤツも腐すヤツも誰も残ってないから」
「兄者殿! 冗談を言ってる場合じゃ無いの!」
「ゴメン、ゴメン。マリタンの緊張をほぐすつもりだったんだけど軽率な言い方だったよ」
「もう!!! でも緊張って...ワタシが緊張、ねぇ...自分で言うのもヘンだけど、ワタシって本なのに」
「本なのは見た目や能力の事さ。マリタンがどんどん感情豊かになって来てるのは、心の働きが人と変わらないって証拠だよ」
つい考えなしに口にしてしまった『失敗すれば皆死ぬ』という軽口のせいで、ちょっと不安げな様子を見せているマリタンをなだめつつ、撤収準備に掛かる。
準備と言っても、『錬金実験室に行くならついでに持ってきて貰えないだろうか?』と伯父上に頼まれた幾つかのアイテムを探すだけだ。
「ロワイエ卿が回収してきて欲しいと言ってたモノって全部、この部屋にあるのかしら、ね?」
「そのはずだな。伯父上から別の置き場所を指示されたものは無かったからね」
「ふーん...ねぇ兄者殿、この部屋をくるんでいる魔法障壁は、いま兄者殿の革袋の中から銀の糸を通じてワタシが制御してる訳よね? だからロワイエ卿が設定していた範囲の『内部障壁』は、いまも、そのままのサイズでこの部屋をくるんでいるってわけ」
「そうなるな。それがどうかしたのか?」
「魔法が有効な範囲を、ワタシが地下を探る魔法で調べた感じだと、この部屋ってね、物理的に建物の構造と隔絶してるのよ」
「へ?」
「つまり、壁とか柱とかを屋敷の建物自体とは一切共有してないってワケ、よね」
「いやいやいや、階段降りて廊下の端にある扉を開けて入る部屋だぞ? 繋がってないってことは無いだろ。扉を通る時も、転移門で空間を超える系の違和感なんかカケラも無かったし」
「あら、そういう意味じゃなくって構造の話よ?」
「部屋自体の?」
「部屋自体の、ね。つまりこの部屋って、屋敷の地下に掘った大きな穴の中に、それ自体で独立したカタチになっている『箱』を置いたような感じなのよ。扉がピッタリ廊下に向き合うように置いてから、周囲の繋ぎ目を塞いだらしいわ、ね」
「へぇー、そうなのか!」
「多分、ロワイエ卿はこの錬金実験室の障壁を強固にするために、そういう構造にしたのだと思うわ。床下も地面に敷き詰めた石の上に土台を置いて、その上に部屋を乗せてあるの。部屋の天井と屋敷の一階の床の間も空間が取ってあるし、ホントにポツンと箱を置いてるみたいな造りね。この部屋って、そのまま外の地面や洞窟の中に置いても使えるわよ?」
「そりゃぁ面白いなぁ!」
「確かに構造として面白いのだけど...ねぇ兄者殿。これって地面にモノを置いてるのと同じ状態よね?」
「まぁ、そうなるな」
「だったら、地面に置いてある馬車や大きな木箱を革袋に収納するのと同じように扱えるのではないかしら? つまり、この部屋そのものを、まるっと革袋の中に収納できそうに思うのよ」
「お?...おぉっ!」
「兄者殿が、それを一塊の物体として認識できれば選択的に収納できるわけでしょ。馬車と馬を一緒に収納できて、床に置いてある椅子やテーブルは個別に仕舞えるのだもの、ね」
「確かに出来そうな気がするぞ!」
「それに兄者殿の革袋の中でも、銀のパイプで繋がった障壁の内側では普通に魔法が動いて、外の世界と同じように時間が経過するのは証明済みだわ。と言うことは、つまり...」
「つまり?」
「ワタシが、その中に入っていられるんじゃ無いかしら?」
「はぁぁっ? マジかよマリタンっ!」
確かに部屋ごと収納できるんだったら捜し物の手間も省けるし、もし伯父上が忘れていたモノがあっても、後から取りに戻る必要は無くなるとは考えたけど・・・
まさか、そう来るとは思わなかったぞマリタン。
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