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第九部:大結界の中心
准男爵家の屋敷
しおりを挟むアプレイスに運んで貰って到着したロワイエ准男爵家の領地は、何の変哲も無い田舎の農村だった。
空から見渡す限り大きな建物は無く、畑や牧場が広がっている。
人の背よりも低い低木が整然と『畝』のように植えられているのは、何かの果樹園かな?
ロワイエ家の領地と言っても、ここもレスティーユ侯爵家の領地の一角であり、その一部を与えられているに過ぎない。
もしも侯爵家の機嫌を大きく損ねれば、即座に召し上げられて終了、というあやうい存在だ。
そう考えると、騎士や使用人が貴族家から『禄』というか給金を貰っているのとあまり変わらんな・・・
しかも領地は管理や領民の統率が必要だし、天候不順による不作のように、人の手にはどうしようもないことが起きる可能性もある。
准男爵なんかよりも侯爵家の中堅家臣達の方が、よほど良い暮らしを安定して送れていそうだよ。
「いかにも長閑そうな土地だな。隠居して研究に耽るには中々いい場所じゃねえか?」
「逆だろアプレイス。ロワイエ家は長年積み上げた研究成果で准男爵の位を貰ったんだから」
「おっ、そうか。じゃあ元は何してたんだろうな?」
「以前は『郷士』で『豪農』という感じだったそうですよアプレイスさん。貴族では無いけれど家紋と剣も持てる周辺の地主で、小作として農民達を雇って働かせられる立場ですね」
「はー、なら研究に没頭する時間は取れてたってワケだ」
「ですね」
「そっか。考えてみりゃ貴族の領地内でも、それぞれの領民の『私有地』はあるんだもんな」
「もちろんです。『領地』と言うのは政治的な支配権が主体ですから。言い方を変えれば、領民の収入や資産に対する徴税権や、法治を行うための司法権や武力行使の権利ですね」
「なるほどねぇ...」
言い替えた方が難しくなったような気がしないでも無いけど、アプレイスが納得してるっぽいから気にしないでおこう。
ともかく眼下は一面に畑・・・恐らくは麦畑の広がる平野がほとんどで、馬車を出して隠しておけそうな森や起伏は余り見当たらない。
銀ジョッキを使うためにどこかに腰を据えたいのだけど、この様子だと、調べている最中から眠る時まで、ずっと不可視状態を維持する必要がありそうだ。
「おっ、ライノ、右手の先にある、あのお屋敷っぽいのがロワイエ家の住処じゃねえかな?」
「どれどれ...アレか...どうやらそれっぽいな」
「そうですね御兄様。村長とか代官の家にしては豪華な造りに見えます。他に大きな建物も見当たらないですし」
「よし、近づいて様子を見てみようアプレイス」
「了解だ!」
アプレイスが翼を傾けて進路をわずかに変える。
「ライノ、屋敷の向こうには川が流れてるぞ。木立もあるし、ちょいと羽を休めるには良さそうだ」
「川べりの向こうは崖...と言うにはチョット低いか。切り通しがずっと川に沿って続いてるみたいな、変な地形だな」
こちらから見て川の手前側にはそこそこ広い河原が広がっているのだけど、川の向こう岸は、人の背丈で二、三人分の高さしかない低い崖というか壁だ。
本当に大地がそこでスパッと切り落とされたみたいに見える・・・
もちろん『黒い岩壁』じゃあ無いけどね。
「切り通しって、獅子の咆哮を見つけた時にライノが言ってた『斜面を削り抜いて道を作る』ってヤツか? 確かに川岸が、片側だけスッパリ切り落とされたみたいで面白いな」
「ああ、それに向こう側の木立は果樹園とかじゃ無くて普通の森か。だったら人通りも少なくて良さそうだな」
「周辺は畑と牧場ばかりでですから、あの森は狩場として残してあるのかも知れませんね」
「なら、ますます好都合だ。ともかくチョット川幅が広いところもあるし、適当な場所に降りてくれアプレイス」
「おう! 俺も河原の真上で人に変わるぜ」
幅が広いと言っても大河じゃ無い。
ごく普通の、どこの平地にでもあるような川だから、ドラゴン姿で舞い降りるには河原がちょっと狭いかな。
アプレイスは着地寸前に人の姿になり、それに合わせて俺たちもフワリと河原に飛び降りた。
「どうするライノ、まずは不可視でロワイエ邸を偵察か?」
「先に腰を落ち着けられる場所を探したいな」
「でも冬だし、もう少しして陽が暮れたら窓を閉めちまうんじゃねえか?」
「ん?」
「明るいうちに銀ジョッキを開いてる窓か戸口から忍び込ませておいた方がいいだろ。暗くなってからゆっくり家の中を探らせればいいさ」
まだアプレイスは、シンシアとマリタンの合作による『銀ジョッキ改四号』を見てないから当然の心配だ。
「ああ、そこは大丈夫なんだアプレイス。それに長丁場になった時でも銀ジョッキの情報に集中したいし、操作しながらウロウロしたくないからな」
「へぇ。なら森の中にでも入るか」
「そうしよう」
「じゃー、アタシが森の様子を見てくるねー」
「頼む。でもコリガンやピクシーが住んでいそうだったら場所を変えよう。迷惑は掛けたくない」
「ダイジョーブ、この森にはいないよー!」
「そうか?」
「そーゆー気配じゃ無いもん。って言うか単純に狭いかなー?」
「ごもっとも...」
パルレアが森の上辺を一通り飛び回って、村人が通り抜けたり、夜中に狩人がやって来そうには無い場所を探してくれた。
まあ、仮に誰かが通りすがっても俺たちの姿を見る事は出来ないけどね。
そこの木立の間にはそこそこ開けた空間もあって、もし雨が降ったら馬車も出して置けるだろう。
革袋から出した夕食を皆で摂って一息ついた頃には完全に陽が沈み、辺りはとっぷりと暮れてきた。
街中ならともかく農家や田舎では、どの家も夕食を済ませてしまった頃合いだ。
早速シンシアが小箱から操作台を出すと、ロワイエ家の屋敷に向けて銀ジョッキを飛ばす。
調べてみて、もしも当主がホムンクルスだった場合は、そのままコルマーラに戻ってレスティーユ城に潜入だ。
どうせ『ロワイエ家当主役のホムンクルス』は下っ端のような気がするし、いまは出来るだけ騒ぎを起こさずにエルスカインの計画を解き明かす方が優先だからね。
「いくつかの部屋に灯りがついていますね御兄様。建物の外から窓を見て回れば『主人の部屋』を見つけられそうです」
「食後に当主は居間にいるか、書斎にいるか...居間で寛いでるなら書斎は暗いままだろうな。すぐには使用人たちの部屋と見分けがつかないかもしれないから、焦らずに探そう」
「あ、屋根裏部屋の一つに灯りが点きました!」
「まだ使用人が部屋に下がるには早い時間だよな...となると屋根裏部屋で探し物か?」
「売れそうな骨董品とかかよ?」
「それなら昼間に探すのではないでしょうか? 魔席ランプの灯りでやるような事じゃないかと...」
「確かにな」
「シンシア、まずは屋根裏部屋を窓越しに見てみよう」
銀ジョッキを屋根の明かり取りの天窓に近づけて内部を覗き込む。
点いている灯りは小さなもの一つだけらしくて、部屋の全体までは見えない。
何かの箱の上に置いた魔石ランプの横に座り込んでいる人物が一人・・・この位置からだと後ろ姿しか見えないけど、体格は随分と小さいようだ。
服装の雰囲気から言って女性か?
だったら当主じゃないだろうけど、使用人とも思えない。
「誰だろう? って言うか、何やってるんだろうな?」
「使用人ではなく家族の一人だとは思いますけど、後ろ姿では子供のように見えますね」
「子供かぁ...やっぱりいるのかな?」
実を言うと、ロワイエ家の家族構成はハッキリしていない。
もちろん一通りは調べてあるのだけど、どうも記録があやふやなのだ。
「御兄様、あれは『読書』ではないでしょうか?」
「読書? 屋根裏で?」
「夕食が済んで外が暗くなり、そろそろ寝なさいと自室に追いやられた子供が、部屋の明かりを消して寝たフリをしてから、こっそり屋根裏部屋に忍び込んですることと言ったら決まっています」
「なるほど...」
「読みかけの本がある時って、消灯時間を過ぎても続きが気になって眠れないものですから。だから部屋自体の明かりを点けずに、近くに魔石ランプを置いてるんだと思いますよ」
「そういうことか」
なるほど、あの後ろ姿が幼い頃のシンシアだと考えたら合点がいく。
親や使用人たちに隠れてこっそり本を読む・・・俺には経験が無いけれど、なかなか楽しそうだ。
「まぁ本当は数回もやれば、親や使用人たちにはバレているんですけどね。微笑ましく見て見ぬ振りというか、お目溢ししてもらってるのが実情だと思います」
「それはシンシアの経験談?」
「友人の経験談です。ラファレリアの魔導士学校で聞きました」
そりゃそうだよな。
リンスワルド城の屋根裏って、そうそう子供が一人で入れる場所じゃ無いだろうしね。
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