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第九部:大結界の中心
尾行者対策
しおりを挟む俺たちも、わざわざここでレスティーユ侯爵家についての感想を口にする必要は無いだろうと黙ってじっと待っていると、しばらくして侍従の一人が箱を抱えてやって来た。
ずっしりと重い木箱の中には、売り買い証書と金貨が・・・五十枚!
マジか!
こんな大盤振る舞いをされれば、普通の商人だったなら次に古代の品物を見つけた時も一目散に侯爵家に駆け付けることだろうよ。
証書にサインをして金貨を受け取り、来たコースを逆に案内されて馬車に戻り、そのまま無事に城外へと出た。
人目のあるところに出る前に、侯爵家で受け取った木箱の中から金貨十枚を抜いて仲介料としてサリニャックさんに渡す。
「多すぎませんかクライス殿っ!」
「単なる仲介というだけで無く、サリニャック殿の顔がなければ、そもそもココに入れていませんよ」
「しかし...」
「それに、これほどの金額になるとは思っていなかったので。そこもサリニャック殿のお陰ですから」
「ですが、普通の仲介でしたら一割程度が相場ですぞ? それに今回は元の金額が大きいですからな、一割でも過剰なくらいでしょう」
サリニャックさん本人は全く気が付いていないし、俺自身にとっても予想外だったけれど、『エルスカイン配下の領主と謁見する』という危険な状況に彼を同行させてしまったのは事実だ。
せめてもの埋め合わせにこの程度は渡さないと、俺の罪悪感が半端ないからね!
「純利益でも、アルファニアとの往復で稼ぐつもりだった金額の数倍です。このくらいは分け合わないと罰が当たりますよ」
むしろ俺たちの財政的には五十枚全部を渡してしまってもいいんだけど、さすがにそれは渡す理由が立たないからな・・・
「では、本当に頂いてよろしいので?」
「ええ、それより次回もなにか仕入れられた時はサリニャックさんのところに顔を出しますから、よろしくお願いしますよ?」
「そりゃもちろんですとも! こちらから御願いしたいですよ!」
俺から金貨を受け取ってホクホク顔になったサリニャックさんと一緒に、いったん市中の店に戻ろうとする途中、俺はちょっとした違和感のある気配に気が付いた。
さり気なく指を頭に当てて、パルレアを呼び出す。
< さっきはどうだったパルレア >
< ホムンクルスはいなかったねー。もぅチョット正確に言うと、結界の手前にはいなかったねー! >
< だよな。あの見えない壁の向こう側からは、一切の気配が遮断されてたと思う。従僕は普通に通り抜けてたけど >
< 障壁じゃ無いって感じよねー。でも、もしもあの場でマズいことになったら、結界のコッチ側は瞬殺されるのかも? >
< だろうな >
< 城の中の雰囲気もフツーだし、カモフラージュ? が行き届いてるって感じだったなー! >
< さすがは本拠地か? >
< ねー >
< で、この馬車って城を出てからずっと尾行されてる気がするんだけど、確かめられるかな? >
< まかせて、お兄ちゃんっ! >
不可視結界で姿を隠したパルレアがピクシーになって革袋から飛び出すと、馬車の後方へスーッと飛んで行く。
しばらくするとパルレアは戻って来て状況を教えてくれた。
< 後ろにねー、騎士っぽい人が乗ってる馬が二頭いてさー、それよりも後ろに荷馬車もいるー。ソッチは商人っぽい男が二人乗ってるよー >
< 有り難う。荷馬車の方が本命だな >
< そーなんだ? >
< 騎士の方は侯爵家が出してくれた護衛だよ。さっき俺たちは大金を受け取っただろ? >
< あ、そーか! >
< まあ親切だな。荷馬車の方は俺たちがどこに戻るか...って言うかサリニャックさんの店に戻った後、次にどこへ行くかを探る役目だろうね >
< なーる >
< パルレア、先に戻ってシンシアに適当な宿を取って貰っておいてくれ。今日はこのまま普通の商人のように振る舞った方がいい >
< 分かったー! >
俺が城を出てからずっとホクホク顔のサリニャックさんとの世間話に戻っている間に、パルレアが指通信でシンシアを呼び出して一部始終を伝えた。
適当な宿を確保してから、馬車を店まで回してくれるようだ。
宿に戻ったら早速作戦会議が必要だけど、尾行というか見張り役は、ガラス箱を仕入れた貴族家を特定するために、俺たちがミルシュラントに戻るまで着いてくるつもりだろう。
謁見の時に、ガラス箱を俺に売った貴族の名を無理矢理聞き出そうとしなかったのはコルマーラの骨董商であるサリニャックさんが一緒だったからだろうな。
それに、例え聞き出せても事実とは限らないから、どのみち実際に調べる必要はある。
となると問題は・・・どうやって尾行を撒きつつ、目立たないように領内で行動を続けるか、だな!
++++++++++
夕食を馳走したいから是非泊まっていってくれと言うサリニャックさんの誘いを固辞して、取り急ぎシンシアが探してくれた宿に入る。
もちろん、尾行の男達がついてきているのは承知の上だ。
家族四人の設定で大きな部屋を貸して貰い、マリタンも含めて五人でテーブルを囲みつつ今後の作戦を練る。
「御兄様、あの尾行の男達はこの宿屋に入ってこないんでしょうか?」
「来たらブッ飛ばすー!」
「やめろパルレア。そりゃ来ないよ。彼等の役目は俺たちがどの街道からレスティーユ領を出るのかを確認することだもの」
「お母様は、私たちの隠れ蓑用としてフォーフェンに骨董屋を一軒作っておいて下さると仰っていましたが、そこの住所を調べれば私たちの帰郷先は分かるのではないですか?」
「もちろん、すぐにそっちにも人をやってるだろうね。で、俺が売り買い証書に書いた名前の店が実在していることを確認する。ただ、彼等が知りたいのはそれじゃ無くて、俺が『ガラス箱』を買い取った相手ってことにしている『貴族家』がドコの誰か? ってことなのさ」
「あ、他にも古代の魔道具がその家の中に眠っているのでは無いかと、それを狙うんですね」
「と思う。あのガラス箱はいまでも動く魔道具だ。サリニャックさんは『自分が買い取るなら金貨十五枚、もし動くなら一桁上がる』と言ってたけど、実際に侯爵が俺に払ってくれた金額は、スクラップのオリカルクム蝶番二つと合わせても金貨五十枚だった」
「要するにライノは足下を見られて買い叩かれたってことか?」
「言い方っ!」
「つまり御兄様、侯爵はそれ以上を『払えなかった』と?」
「さすがシンシアは賢いなぁ。その通りで、ガラス箱が動くことには彼等もすぐに気が付いたと思う。だけどそれを認めて、あのガラス箱がどういう魔道具かを明らかにすることは出来ないんだよ。影響が大きすぎるからね」
「ですよね...」
「じゃあライノ、侯爵家はガラス箱を、あくまでも『動かない魔道具』として扱いつつ、でも普通の骨董屋なら飛び上がって喜ぶような金額を提示してきたっていうことか?」
「そう言う話だよアプレイス」
「面倒くせえなぁ...」
「骨董の価値ってのはそんなもんさ。それに、あのガラス箱はエルスカインにとって特別な意味があるからな。あのガラス箱が出てきたような遺跡なら、他のモノだって良い状態で眠ってるかもしれないし、深く掘れば不足気味の高純度魔石がザクザク埋まってるかもしれないんだから」
「つまりヤツらにとっちゃあ、たっぷり手間暇を掛けてでも出所を探る意味があるってコトだ!」
「だな」
「そうなると御兄様、彼らを撒くのが難しいと言うよりも、むしろ撒いてしまうと問題なのでは?」
「うん、そこでだ。俺たちが積極的に尾行を『撒く』んじゃなくて、見張りの連中が勝手に『見失う』ように持っていきたいんだ」
「は?」
「ソレ、どーすんのお兄ちゃん?」
「俺たちは、まだ尾行の男達にあまり近寄られてない。だから、向こうも俺たちの顔をハッキリと断定できるほど見てないはずだ。ぱっと見では男二人と少女二人の四人組、でかい男は高価そうな古書を肩から下げてるし少女二人はどちらも美人で...後は服装で見分けてるくらいだろう」
「えへっ、美人ーっ!」
「おい、いまの中にライノの描写が入ってねえぞ?」
「別にいいだろ」
つまるところ、『変わり身の魔法』を埋め込んだメダルさえ身につけておけば、人物の見た目に関する具体的な描写はどうでもいい。
追跡者たちに対して、『自分たちが同じターゲットを追い続けている』と誤認させることができればそれで良いのだから。
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