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第九部:大結界の中心
まさかの謁見
しおりを挟む「パルレア、お前は一緒に来て俺の革袋に入っててくれるか? 侯爵家の窓口とか家令とかはどんなヤツか分からないけど、ホムンクルスの可能性も高いだろうし、魔法対策がどんなものか見当も付かないからな? イザ危険な状況になるまでは革袋から出ずに様子を窺っててくれ」
「わかったー!」
言うが早いか、パルレアは俺の革袋に飛び込んだ。
もちろん、ただホムンクルスってだけなら俺にも見分けは付くけれど、妙な魔法が張り巡らされていたらパルレアが頼りになるからね。
++++++++++
ガラス箱を手にサリニャックさんの馬車に乗せて貰って市街地をしばらく進むと、侯爵家の城の裏門に到着した。
城自体は大きくて街のどこからでも見えていたけど、それを囲む三重防壁の一番外側には、たっぷり水を湛えた堀があった。
街の中心を横切る川からの水路でも引かれているのか、堀の水も綺麗に澄んでいる。
「大きな城ですよね。堀の水も綺麗だし手入れが行き届いてる感じがします」
「まぁレスティーユ家は羽振りが良いですからな。それと、ただの古い噂話ですが、この堀の水は抜くことが出来ないと聞いたことがあります」
「え、どうしてです?」
「なんでも、城の地下室から堀のある場所まで秘密の通路があって、そこには地底湖...というと大袈裟ですが地下貯水池でしょうかな? そう言うモノが埋まっているんだそうです。だから堀の水を抜くと、そこの水が淀んで腐ってしまうのでマズいとかなんとか...」
「へぇー!」
言われてみると、お堀の水もゆっくり動いているような感じがする。
『流れる』と言うほどの動きじゃ無いけど、淀んではいない。
だとすると地底湖の話は真実で、もしかしたら堀の水は水路から流れ込んでいるのでは無くて、地下水脈から直接その地底湖に湧き出してるんじゃ無いのか?
つまり、堀から地下へと水が流れ込んでいるのでは無く、逆に地下から堀へと流れ出しているとか・・・
だったら澄んだ綺麗な水なのも頷けるんだけどね。
「ま、大昔の噂話ですし、本当かどうかは分かりませんがね? それに、そもそも侯爵家のための秘密の通路なんてのが本当にあったのなら、外に話が漏れてる訳がないだろうと思えますな!」
そう言ってサリニャックさんは大きく笑う。
どんな城にだって、王族なんかの重要人物が有事に脱出するための秘密の通路はそれなりに用意されているだろうし、屋敷どころかアヴァンテュリエ号にさえ設置されていたくらいだ。
でも、『秘中の秘』だから外部に漏れる訳が無い・・・と言うのは建前で、そもそも完全に秘密を隠し通すためには、築城時の大工や石工から荷運び人足、城の設計技師まで皆殺しにしないといけなくなるだろう。
ひょっとしたら、実際にやろうとした王もいたかも知れないけど。
ともかく、『王族以外の誰も知らない空間』なんてモノがあったとしたら、そこは誰にもメンテナンスされない場所ってことになる。
数百年も放置していれば隠し扉なんて確実に動かなくなってるだろうし、下手をすれば通路の存在自体が忘れ去られてるだろうね・・・
裏門でサリニャックさんが衛兵に名前と用件を伝えると、あらかじめ門番に伝達されていたらしく、すぐに門が開いた。
そのまま馬車を乗り入れ、指示された通りに進むと二段目の城壁の裏門に到着する。
そこでもすぐに門が開かれ、また指示された通りに進んで三段目の城壁、つまり最後の城壁の裏門まで連れて来られた。
ちなみに、この手の城の城壁内通路は突入してきた敵兵を迷わせて、一網打尽に討ち取る構造になっているのが普通なので、案内無しで進みやすい方向に真っ直ぐ向かっていたら、大抵は行き止まりの広場や袋小路・・・俗に言う『キルゾーン』って場所に流し込まれることになる。
そこで足止めを喰らった瞬間、四方から雨あられと矢を浴びるって寸法だ。
「いきなり城内に入れて貰えるんですね?」
「滅多にありませんけどな。それこそ名のある職人の手による名陶や名剣みたいなものを持ち込んだ時くらいですか...」
「へぇー」
「つまりこれはアレです。クライスさんの持ってきた古代魔道具の話を聞いた家令さまが、恐らく良い品であると目星を付けたと言うことでしょう。私も少々緊張してきました」
「いやぁサリニャックさんに緊張されたら、俺なんかどうすればいいんです?」
「いやいや。侯爵家の家臣の方々は皆さん揃って温和で優しい方々ですので、問題ないと思いますよ?」
「そうあって欲しいです...」
「私も何度も取引させて頂いておりますし、萎縮させて買い叩こうなんて意図はないでしょう。ま、心配はご無用かと」
最後の城門をくぐり抜けて馬車を降りた俺たちは、入り口で待っていた家僕の人に案内されて城内へと入った。
外壁の門番に名前と用向きを告げた時点ですぐに伝令が走っていたんだろうけど、たかが商人に対する扱いの良さにちょっとビックリしてしまう。
だけど、俺の驚きはそんなモノでは収まらなかった。
延々と通路を歩き、階段を上り、また通路を歩いて、最終的に連れて行かれた先は、こともあろうに侯爵家の『謁見の間』だったからだ。
++++++++++
俺とサリニャックさんは、謁見の間の赤い絨毯のど真ん中で跪いて頭を垂れていた。
家令どころか、侯爵家の当主である『コンスタン・レスティーユ侯』その人が目前に座っているからだ。
まさかの展開だ。
マリタンの『変わり身の魔法』を準備しておいて、本当に良かった。
そして、この凜々しい中年男性であるコンスタン・レスティーユ候は恐らく俺にとっては親戚の一人なんだろうけど、人なのかホムンクルスなのかも、気配が全く分からない。
・・・なんと言うか、俺たちと侯爵との間には見えない壁があって、一切の気配がそこで遮断されている感じ?
たぶん、これはエルスカインの魔導技術による防護結界の類いなんだろうけど、まぁこういうモノがあるなら、誰の前にでもポンポン気軽に姿を出せることは間違いないな・・・
しかし絶対にここで正体がバレる訳にはいかない。
バレたなら戦闘になりかねないし、そうなったら十中八九、サリニャックさんにはとんでもない巻き添えを喰らわせてしまうからな。
俯いている俺たちに、コンスタン卿の横に立っている家令か宰相か侍従長か、そういう感じの男性が優しく声を掛けてくる。
「そうかしこまらずとも良いので二人とも頭を上げなさい。それに久しぶりですなサリニャック殿。今回は良い品を紹介して貰って有り難い。それと、殿からの問いには直答して構いません」
言われて恐る恐る、そっと顔を上げる。
今にして、シーベル領のハーレイの街で姫様に謁見させられた代官や顔役達の心情が分かるよ。
これは失敗できないよな・・・色々な意味で。
「その方らが持ち込んだ古代の魔道具とやらを確認したが、確かに世界戦争の時代の遺物であろうことは間違いない。保存状態も見事である。して、あの品物をどこでどうやって手に入れたのか差し支えなければ聞かせて貰いたいと思い、ここに来て貰った訳だ」
ほほぅ、あの品物そのものの事よりも、まずは『出元がどこか?』って話か。
有る意味では予想通りの反応だな。
一般人の前で、凍結ガラスの正体というか機能について議論する訳にはいかないだろうし・・・
俺が答えた方がいいのか、サリニャックさんに先に答えて貰った方がいいのか悩んでいると、家令が促した。
「直答して構わないのですよ?」
「は、失礼ながらお答えいたします。あの品はミルシュラントの、とある貴族さまから買い取ったモノにございます。その貴族さまは少々財政状態が悪化しておりまして、保有されていた工芸品や刀剣類などを、その補填のため秘密裡に売りに出されました」
「ほう...」
「しかしながら、『家の名誉に関わることゆえ、売り手に家名は明かさないでくれ』と言われておりますので、商人の約束事として貴族家の名前を申し上げることは出来ません。どうかお許し頂ければ幸いにございます」
「ふむ...ならば、ここで無理に名を聞けば、その方らの今後の仕入れにも支障を来たしかねんな」
「はっ! まことに申し訳なく!」
「よいよい。商人が仕入れ先を秘密にするのは常であるゆえな。しかしミルシュラントから来たと聞いたが、なぜわざわざ?」
もちろん、その質問に対する答えはちゃんと用意してあるよ?
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