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第九部:大結界の中心
領民達の噂話
しおりを挟む「じゃあ、二人は街に入って酒場を探してくれ。店や話を聞く相手の選び方はアプレイスに任せるよ」
「美味しぃ店がイィー!」
「それは絶対に期待しちゃ駄目だなパルレア殿。ここ最近は貴族家や王宮のメシばかり喰ってんだから、酒も飯も市井の宿屋で満足できるはずがねえよ」
「そっかー...」
「パルレア、満足できなくても我慢な?」
「うん!」
「俺とシンシアとマリタンは適当なところに馬車を停めて待ってるから、場所が決まったら指通信で連絡を取り合おう」
「ねぇ兄者殿、ワタシもドラゴンに付いていく方がいいと思うのよね」
「え、マリタンもか?」
「もしもだけど、相手から古い魔道具の事を聞かれた時に、ある程度のことならコッソリ概念通信で伝えてフォローできるもの。あの『錬金素材の変遷』とかの書物で最近の魔法や錬金方法のこともある程度は知ったから、役に立つと思うわ」
「なるほど、それは確かにあるな。じゃあ頼むよマリタン」
偽装がバレるリスクは、確かにその方が少なくなる。
こっそりマリタンからの情報支援があれば、適当に話を合わせるくらいは出来るだろう。
それに、いかにも稀覯本って感じのマリタンを肩から下げてると魔法関係の古物商って雰囲気にもなるかな?
いったん街道の外れに停まって、肩からマリタンを下げたアプレイスとパルレアを降ろした後はそのまま進み、コルマーラの市壁の脇を少し通り過ぎたところで枝道に入った。
人目に付きたくない俺たちとしては、冬の陽は落ちるのが早くて、すでに辺りが黄昏に染まりつつあることが有り難い。
道から見えにくい空き地を見つけて馬車を乗り入れ、そこに不可視の防護結界を張れば野営の準備は完了だ。
「御兄様、もう少し暗くなったらシエラちゃんに乗って、レスティーユ城を空から偵察してみましょうか?」
「エルスカインがいる可能性がある場所では止めておいた方がいいな。万が一にも、ワイバーンを実戦で兵器として使役してた時代の防御魔法でも使われたら目も当てられないよ」
「そうですね。それにシエラだってルリオンを攻めた中にいたんですから、一度は支配されてますものね」
「だな。マディアルグと魔法使い達が使った支配の魔道具は、エルスカインから貸与されたものだろうし、支配の魔法を無効化するのは保有魔力の絶対量みたいなものも影響すると思うから、パルレアやエスメトリスが側にいない時は無理をさせない方がいいと思う」
「分かりました。私も気を配るようにしますね」
++++++++++
結局、情報収集に行った三人が戻って来たのは夜も更けた頃だった。
この三人の組み合わせで『暴力的』な意味で危険な状態になる可能性は無いと分かっているが、『社会的』な意味ではそうでも無い。
何しろドラゴンと大精霊と魔導書だ。
つまり、狭い意味での『人族』は三人の中に誰もいないのである。
盛大な騒ぎでも引き起こしてなきゃいいがと、かなり心配になってきた時にようやく戻ってきたのだけれど、案の定、アプレイスとパルレアは顔が赤い。
アプレイスは分かるけど、パルレアまで顔が赤いってのは酒精の魔力変換が追い付かないほど飲んだワケか?
「で、なにがどうだったんだアプレイス?」
「いやまぁ色々とあってな...マリタンが一緒にいてくれて良かったぜ。でないと途中で寝てたかもしれん」
「あのなぁ...」
「悪い、悪い、ホントは飯食いながら飲むフリしてるつもりだったんだけどな。パルレア殿が俺のことを『パパ』って呼んだもんだから、周りの連中が盛り上がってだなぁ...」
「は?」
「やれ、『女房はどうした逃げられたのか?』とか、『男手一つで娘さん育てるのは大変だろう?』とか、もう途中からウルセー!って叫びたかったんだけど、コッチは情報を聞きたい立場だからそうも行かなくてな...」
パルレアめ、懐かしい『パパ』ネタをアプレイスにまでカマすとは・・・
「そんでよ、俺は肩からマリタンぶら下げて、横には娘を演じてるパルレア殿だ。周りの連中は『大事なモノは肌身離さずってトコか?』とか、からかってきてな。話してるウチにパルレア殿が、『パパに腕相撲で勝てたらアタシがお酌してあげるー!』って言い出して」
「あー、それはそれで面倒なコトに...」
「だろ?」
「でもさー、それで酒場の皆と仲良くなったんだよー?!」
「まあそうだケドよ。いつのまにか俺が勝ったらエールを驕って貰うって話になってて...」
「何人と腕相撲やったんだ?」
「覚えてねぇけど、店の中には二十、いや三十人くらいいたかな?」
無論、普通の人族にアプレイスが力負けする訳はないので、これは完全にエール狙いのパルレアの戦略である。
まったく・・・
「途中からはアプレースだけだと大変そーだったから、アタシも一緒に飲んでたら、皆が料理とか他のお酒とかも驕ってくれるようになってさー!」
「つまり宴会になったワケだ」
「まーねー」
「パルレアぁ...」
「でもでもでも、それで侯爵家とコルマーラのことも、いっぱい聞けたんだよー! 最近の噂話とかー、領内の事件とか領主一族の昔話とか。あとさー、魔道具の話も!」
「魔道具?」
「誤算だったんだケドよ。まさか酒場に骨董商が来てるとはな!」
「良くバレずに済んだな?」
「マリタンのお陰だ。向こうが喋る内容を逐一マリタンが解説してくれてな。ホントに助かった」
「ワタシって本なのに、なぜか喋りすぎて疲れた気がするわ。概念通信とはいえ、こんなに喋ったのって、この世に生み出されて初めてだと思うもの。魔力不足とは違う、『疲労』って概念を理解した気がするわね」
「そうだったか。お疲れ様だよマリタン。で、その骨董商の魔道具云々って話はどういうことだったんだ?」
「地元でもレスティーユ家はむかーしから骨董品の収集で有名なんだってさー。だから、コルマーラには他の土地に較べて古物商が多いって。あと、違法なモノでも買い取る故買屋も多いから、買い付ける時は妙な盗品とか掴まされないよーに気を付けろって言われたー!」
「へぇー」
「でねー、昔から領主さまが特に集めてるのが『魔道具』で、絵や彫刻みたいな美術品とか食器なんかの工芸品よりも、とりあえず古い魔道具だったらなんでも買ってくれるんだってー」
「昔から、か」
「遺跡から掘り出した魔道具で、まだ動くモノを見つけてきて侯爵家に売った人なんか、それ一個で金持ちになれたって言ってた!」
「つまりライノ、うぇっぷ...スマン。そうやって古い魔道具収集の話が広まってるから、国中の骨董品がココ目指して集まってくるってワケだな。骨董収集なんて貴族の間じゃ『品の良い趣味』って扱いで、違法でも悪巧みでもなんでも無いんだからよ」
「そりゃ古物収集を怪しいって考えるのは俺たちぐらいのもんだ」
「お陰で『レスティーユ領じゃあ骨董売り買いが盛んだって聞いてミルシュラントから遙々やって来た新米商人』って言う、俺たちの設定もすんなり受け入れられたケドよ」
「要するに、レスティーユ侯爵家はエルスカインの表の収集口なんだな。ヤツがウォームを使ったりして自分自身で掘り出してるもの以外に、すでに世の中に出回ってる『骨董魔道具』は、そうやって集めてると。もし四百年前からやってるなら、もう相当な数が集まってるだろうな...」
「でもよライノ。まだ集め続けてるってことは、まだ『足りてない』ってコトじゃねえのかい?」
「おおっ、その通りだなアプレイス!」
「ラファレリアでお前が会ったチンケな貴族...モルチエとか言ったか? 急にそいつらに発破を掛けたのは、他の準備が整ったのに『肝心の何かが足りてない』って風にも思えるね」
やっぱりそうだよな・・・
きっとそれが、魔力触媒に間違いなく連鎖反応を起こさせるための最後のピースだったりするんだろう。
「今回、ライノとシンシア殿がミルシュラントから掻き集めてきた骨董品の中に、それっぽい古魔道具でもあれば、酒場であった骨董商に話を持ちかけてみれるかも知れねえぜ? 珍しいモノがあったら侯爵家に紹介するみてえなコトを言ってたから、城内を探る伝手としては使えるかもしれねえ」
「そうか! そいつは大きな収穫だぞアプレイス。で、その骨董商の連絡先は?」
「...すまねぇ、忘れた」
「アタシも忘れたー!」
「おい?」
「ワタシが覚えてるわよ兄者殿。明日になったら訪問してみましょう? もっとも、アチラさんもだいぶ飲んでたから、いざ訪ねていってみたら『私、そんなこと言いましたか?』ってなってる可能性が無きにしも非ずだけど、ね?」
「それでもいいさ。とにかく伝手ナシの飛び込みよりは脈があるよ」
いやぁ、しかしマリタンが二人について行ってくれて本当に良かったよ・・・
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