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第九部:大結界の中心
鉱山を捨てる理由
しおりを挟む「ふむ...確かに有り得ない話とも言えませんがな?」
そう言ってはいるが、ハーグルンド氏の表情は未だに訝しげだ。
俺の話が事実かどうか判断しかねてるんだろう。
「で、かつてはラファレリアの旧市街にも、そういう先史時代のドワーフによって造られた廃坑があったと聞いたので、ここの市民であれば詳しいかと思ったんですけど、中々そう上手くは行かず...あちこちの伝手を頼って調べて回ってる最中なんです」
「なるほど分かりました。ところで、儂がこれについて知っていることをクライス殿に教えたとして、なにか儂の利益はあるんでしょうかな? いや、もちろん他ならぬフィヨン殿のご紹介ですからな? なにも益が無くともお話ししますけど、あれば尚更良い訳でしてな?」
ああ、つまりこれがフィヨン氏の言っていた、『ハーグルンド氏に借りが出来る』って意味か。
ここで俺が対価を何も差し出さなかったら、それをフィヨン氏が被ることになる。
もちろんフィヨン氏は『俺の刀を見せて貰う』って事でチャラにしてくれるつもりだったワケだけど、あの断熱魔法の論文があるなら話が変わってくる。
大慌てで弟子達に書き写させて俺に返したのは、まさにこのためだな。
俺はさっきフィヨン氏から返してもらったばかりの論文を背負い袋から出して、ハーグルンド氏に渡した。
「大したモノじゃ無いんですけど、お土産としてコレを持ってきました。ミルシュラントや南岸諸国じゃあ無料で広まってるモノですから、情報としてお金にする事は出来ませんけどね」
「ほう、それはどのような?」
「断熱魔法と言います。この魔法を使うと熱を遮断できるんですよ。冷たいモノは冷たいままに、熱いモノは熱いままに保つことが容易になります」
「なんですとっ!」
「ここに書かれている術式と魔法陣を上手く組み合わせれば、例えば食品を冷たくして長持ちさせる棚だとか、冬でも冷めにくい風呂や暖炉とか、そういう製品も造れるらしいですよ?
「な、な、なんと...」
「まあ、骨董商の方には守備範囲外かも知れませんし、外国でも無料の情報なのですぐに広まってしまうでしょう。先駆者利益ってことにはならないでしょうけど、よろしければお納めください」
ハーグルンド氏は俺から受け取った論文をパラパラとめくっていくが、徐々にその顔が険しくなっていく。
悩んでるのか怒っているのか分からない表情だな。
「すぐに広まると言っても時間差があるでしょう。儂はコレを本当に無料で受け取って良いのですかな、クライス殿?」
「ええ」
「そうですか! こういうものは先に手を出して商品を形にした者が市場を席巻できるのですよ。これは素晴らしい! えぇ、えぇ、先駆者利益は十分以上にありますとも! こんな凄いモノをお譲りいただけるとあっては、クライス殿にはどんなことでもお話ししなくてはなりませんな!」
そう言ってハーグルンド氏が破顔した。
さっきの表情はどうやら『驚愕』の部類だったみたいだ。
「それは良かったです。持ってきた甲斐がありましたよ」
まさか、フィヨン氏もハーグルンド氏も、この論文が同じラファレリア市内で書かれたものだとは想像だにしないだろうね。
「では先ほどの話に戻りますが...確かに廃坑であれば、すでに坑道が掘られている訳ですから、新たにイチから鉱山を掘り始めるよりは容易でしょうな。古い坑道は落盤の危険も高いですが、それは対策できます。ですが...」
そこでハーグルンド氏は含みを持たせる言葉の切り方をする。
「例えば銅の鉱山から金が出ると言うこともありますが、金は先史時代から貴重品だったのですから捨て置かれると言うことは無いでしょう。古代文明で使われたティターンやオリカルクムとなれば、これらは製法さえ分からない」
「でも製法を知っていれば、素材を探す気になりますよね?」
「クライス殿、仮にティターンやオリカルクムを鉱石から作り出せる知識と技術を持っているなら、他人の土地を乗っ取らなくても億万長者になれますな。どこの国でも、その製法には巨額の金を払うでしょう」
「確かに...」
「それに、古代文明が滅んだ後にオリカルクムやティターンを造れなくなったのは、素材の枯渇と共に造る技術が失われたという二段重ねです。使いどころの無くなった技術は継承されませんからな?」
それはそうだけど、あのホムンクルスの老錬金術師は、エルスカインですらオリカルクムを新たに造れないのは、『技術はあっても素材が枯渇したからだ』と言っていた。
もちろん、普通の人族の常識では三千年前の技術が使いどころも無いまま継承されてるなんて有り得ないけどエルスカインは別だ。
やはりラファレリアの地下深くにはオリカルクムの『原料』が眠っているのか?
・・・使い道はともかく。
「ですがクライス殿、そもそも先史時代に限らず鉱山を捨てる理由は、鉱石を掘り尽くしたからとは限りませんぞ?」
「そうなんですか?」
「良くあるのは『出水』ですな。掘り進んでいるうちに、地下の大きな水脈を掘り抜いてしまうのですよ。そうすると鉱山の中は水浸し...下手をすれば、それまでに掘ってきたトンネル全体が水没することだって有り得ます。そうなるともう、ちょっとやそっと汲み出したところでどうにもなりません」
「ああ、それは危険ですね!」
「左様ですな、坑夫たちの命が失われることだってある。自然に水が抜けることもありますが期待はできません。まあ、それを待つよりは新しい鉱脈を探す方がよほど堅実でしょうな」
「なるほど」
「また、大地というのはずっと同じ土質では無く、掘る深さによって様々な土質に変化していきます。すると最初の頃は平気だったのに、ある深さを超えると急に脆くなって落盤が頻発するという事もありますな。この場合も鉱脈と土質の兼ね合い次第では放棄するしか無い。他にも、有毒なガスが吹き出てきたりすることだってあります」
「有毒ガスですか!?」
「ええ、即死するようなものじゃありませんが長く坑道に籠もっていると危ない。中には引火性があって迂闊に火を使うと爆発しかねないようなモノさえ吹き出すことがあります」
「なかなか壮絶ですね...」
「そうですとも。鉱山は危険なのですよクライス殿。だからこそ経験と知識が必要とされますな。長らくドワーフ族が金属加工に秀でていたのは、その原料となる鉱石の採掘から一貫して知識と技能を磨いておったからなのですぞ」
有毒ガスと言ってもヒュドラの毒みたいなモノじゃ無さそうだけど、逃げ場のない坑道でそんなモノが噴き出してきたらタダじゃ済まない。
いったいどれほどの坑夫たちが犠牲になってきたのだろう?
「ところでクライス殿は、我々が何故『ドワーフ族』と呼ばれるようになったかご存じですかな?」
「えっ? いや、存じません」
急に話題が変わって驚いたけど、ハーグルンド氏は平然と言葉を続ける。
「ドワーフというのは『小さい』という意味を持っています。確かに我々はエルフ族や人間族に較べると背丈が低めですが、身体の厚みはあります。他の人族の基準で言えば『ずんぐりむっくり』というところですな!」
「まあ、そうですね...」
「単に『小さい人族』だというならコリガン族の方がよほど小さいでしょう。あるいはピクシー族とか?」
「あぁそうか、言われてみると不思議ですね」
「彼等も同様に古い種族なのに、なぜコリガンやピクシーを差し置いて儂らだけが『ドワーフ』と呼ばれるようになったかと言いますと、較べる基準が違っていたからです」
「ほう...」
「なんでも、儂らを最初にドワーフと呼び始めたのは巨人族だそうですぞ? 彼等に較べれば儂らは十分に小さいということだったのでしょうな」
「え、あの、遙か昔に滅びたと言われてる巨人族ですか?」
「左様です。巨人族とドワーフ族は離れた場所に暮らしておりましたが、同じ北方の山あいに住む種族同士として先史時代には交流がありました。そこで巨人達は自分よりも二回りも小さい儂らを『ドワーフ族』と呼んでおった訳ですが、やがて、その呼び方が他の種族にも広まったということですな!」
「そういう経緯があったんですね...」
「いやぁー、そいつぁ俺も知らなかったよハーグルンド殿」
感心した様子のフィヨン氏に向けてハーグルンド氏は軽く頷いてみせると話を続けた。
「ですが、北方の巨人族達は先史時代に滅んでしまった。彼等が付けた儂らの種族の呼び名だけが歴史の波を越えて残っているという訳です」
巨人族か・・・
話には聞いたことがあるけど、遙か昔に種族全体が滅び去っていて、北方にわずかな遺跡が残っているだけだという。
現代ではリアルな人族じゃなくて、『お伽話の登場人物』って感じだな。
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