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第九部:大結界の中心
再びフィヨン氏の工房へ
しおりを挟む約束の日になって、俺は少し早めにフィヨン氏の工房を訪ねた。
ガオケルムは革袋に入れず、打刀と脇差しの二本とも腰に差しておく。
工房の扉をノックすると、先日と同じようにフィヨン氏が自ら扉を開けて招き入れてくれる。
なんだかニコニコ顔だけど、他人の打った刀剣を見ることがそんなに楽しみなんだろうか?
ガオケルムの場合は、打ってくれたアスワンが『人じゃ無い』と言うことはさておき・・・
テーブルを挟んで向かい合って座ったフィヨン氏に、一応の口止めを御願いしておく。
「フィヨンさん、今日は約束通り俺の使ってる刀を持ってきましたよ。ただ、一つだけ御願いがあるんですけど、これからお見せする刀のことは他の誰にも言わないで貰えませんか?」
「え? まぁイイケドよ」
「じゃあ、そういうことで御願いします」
「なんか『いわく』でもあんのかい?」
「曰くというか...まあ見て貰った方が早いですね」
怪訝な顔になったフィヨン氏の前に大小二本の刀を鞘ごと抜いて置いた。
考えてみると俺自身も、こうやって二本を並べた状態で静かに眺めるのは随分と久しぶりだな。
フィヨン氏は俺がテーブルに置いたガオケルムをぐいっと覗き込むと、感嘆の声を上げた。
「おぉすげぇ! この鞘の細密なレリーフはどうだ! まるで魔法陣みたいじゃねえか?」
いやソレ実際に魔法陣なんですけどね。
たまに精神魔法を排除する時とかに役立ってますよ・・・
とは言えないな。
「それに柄の方の細工も見事なもんだ! 鍔の彫金もまるっきり魔法陣だなコリャあ...こんな細工は初めて見るぜ。よっぽど名のある刀匠の作と見たが、銘はなんだい?」
「銘は無いです」
「へ?」
「作者自身が銘を付けてないんで。俺はコイツのことを勝手にガオケルムって呼んでますけどね」
「作り手が銘を付けなかったのはなんでだ?」
「そういう考え方なんですよ。道具は使ってこそ、人は生きてこそ。どう呼ばれるかでは無く、どうあるかが大切だと」
「ほぉー、そいつは凄え人だ。なかなか迫力のある御仁だろうな...」
すいません、ホントは人じゃ無いです。
確かにアスワンって、いろんな意味で迫力はあるけれどね。
「抜いてみてもいいかい?」
「もちろんです」
フィヨン氏は慎重な手つきで打刀を持ち上げると左手で鯉口を切り、右手でスラリと刀身を引き抜いた。
さすが刀匠だな、剣士とは違う意味で見事な手つきだ。
「こ、これは!....いやまさかっ...」
鈍く光る刀身を見るフィヨン氏の目が、これ以上は無いほどに見開かれた。
「ええ、お分かりですよね?」
「オリカルクムか...」
「そうです」
「しかも並みの品質じゃねえぞコレ!」
「魔力で鍛造してるんですよ」
「それにしても、掘り出したオリカルクムを溶かして鍛え直して、ここまでのモノに出来るもんかねぇ...見分けが付くヤツは少ねぇと思うが、見るヤツが見れば判るもんだ」
「ですのでフィヨンさん、内密にと御願いしたのは、こういうコトなんですよ」
「いやぁ納得だよクライスさん。こりゃあ迂闊に人には見せない方がいい。ヘタをすりゃぁ争いの火種になっちまいかねねーからな...コイツは王家の家宝だって言われてもおかしくないシロモノだぜ?」
きっと俺は、フィヨン氏の口ぶりを『大袈裟だ』と笑い飛ばしてはいけないのだろうな・・・
ライムール王国の時代、俺が人としての命を終えた後に残された『聖剣メルディア』の所有権を巡って人々が争ったのだとすれば、今回はアスワンのためにも同じ轍を踏む訳にいかない。
「ですが、このガオケルムは俺が実際に魔獣や魔物討伐に現役で使っている刀ですよ。この刀は徹頭徹尾、最初から『魔』を討伐するためだけに造られたモノなんです。俺も創り主も、これを壁の飾りにするつもりはありません」
「ああ。わかる...分かるとも...なぁクライスさん、俺にとっちゃあこれは人生に二度と無い機会だ。だから頼む。アンタがこの二本の刀を構えてみてくれねえかい?」
「えっ? 俺が構えればいいんですか?」
「ああ。このオリカルクムの打刀と脇差しに並ぶ品を見ることは二度とねえだろう。だから、実際に使ってるヤツの姿を目に焼き付けときてーんだよ」
「ええまあ。そういうことでしたら...」
ちょっと気恥ずかしい思いもあるけど、フィヨン氏は誠意のある刀匠だ。
勇者では無く破邪として、その思いに応えない訳にはいかない。
二本のガオケルムをいったん腰に差して、まず鯉口を切る。
それから一本ずつ、右手に打刀、左手に脇差しをゆっくりと引き抜いた。
構えは姫様直伝、南方大陸由来の『小具足取り術』を元にしたというリンスワルド家の二刀流をアレンジしたものだ。
師匠に剣術を習っていた頃を思い出しながら、いくつかの『基本の構え』をフィヨン氏に見せていく。
修行中は、ちょっとでも型がブレてると叱責が飛んできたもんだったけどね・・・
++++++++++
一通りの『形』を見せ終わってガオケルムを鞘に仕舞うと、不意にフィヨン氏が俺に握手を求めてきた。
「有り難うなクライスさん! クライスさんの構えを見てただけで断言できるけどよ、俺がこれまでに刀剣を誂えてきたお客人達の中で、アンタに勝てるヤツはいねーだろうな!」
「まさか?」
「いやホント。むろん俺たちは剣士じゃ無いから、本当に闘ったらそこらの腕自慢程度にだって負けちまうかも知れねえ。だけどなクライスさん、剣を振るう奴の腕を見る目は確かだって自負があるんだよ」
「確かにそうでしょうね。使い手のクセとか膂力とか速さとか、そういう諸々をきちんと読み取らないと、その人だけにぴったり合う剣ってのは造れないだろうと思いますから」
「そうそう、まさにそれよ! なんつーか自分で歌うのは下手でも、人の歌の良し悪しは聞き分けられるみてーな感じだな!」
なるほど、歌に例えると分かりやすい。
自分自身は美声で無くても、あるいは俺のように音痴でも、歌っている人の音感が優れているかとか、声質がどんなかとかを聞き分けることは割と多くの人に出来るだろうな。
ましては刀鍛冶なんて、歌に例えれば作曲家かな?
ともかく、歌い手の特性を見極めないと、いい歌は作れないって話だ。
「いやぁー、しっかし今日は本当に良いモノを見せて貰ったよ。っつーか、オリカルクムとは知らずに刀を見せてくれなんて無理を頼んで、本当にすまなかったな! 申し訳ない!」
「構わないですよ」
「そう言って貰えるなら気が軽いぜ」
「お互いです」
「うん、じゃあそろそろ行こうかクライスさん。あんな凄い業物を見せて貰えて、つい興奮しちまったけど、今日の本題はドワーフの御仁だ!」
「ええ、御願いします!」
「それとなクライスさん、先日貰ったこの『断熱魔法』の論文なんだけどよ。俺のところでは早速、弟子総掛かりで書き写させて貰ったぜ。で、今日はコイツをアンタに返すから、ドワーフのところへもお土産に持って行った方がいーんじゃねぇか?」
「いいんですか?」
「だって、元がタダなんだろ?」
「まあそうですけど」
「商売人ってのは目端が利いてナンボだからな。いずれはタダで手に入るとしても人より早く手に入れられるなら、それだけでも満足するだろうさ。情報料としちゃ勿体ねぇ位だと思うがね?」
「じゃあ、そうさせて貰いますよ」
フィヨン氏から論文の元本を受け取って背負い袋にしまうと、二人で工房の荷馬車に乗り込んだ。
これから紹介して貰うドワーフ族の人の店に向かうのだが、居場所が『屋敷』では無くて『店』だということはつまり、その人は商人なのだ。
フィヨン氏の説明によると彼はハーグルンドと言う名の『骨董商』で、主に古い工芸品なんかを扱っているらしい。
基本的には美術品とかを商いしてるのだけど、希に古い刀剣なんかも売り買いの対象として出てくることが有って、その繋がりでフィヨン氏とも付き合いがあるのだそうだ。
大抵の品物は『ただ古いだけ』であって、大戦争の頃に大量に造られた武具が倉庫の奥から出てきたとかって話だけど、希には本当の値打ちモノ・・・例えばオリカルクムの剣とか、ティターン製の盾とか、そう言うモノが貴族の屋敷の屋根裏部屋に仕舞い込まれていた・・・なんて話も有るらしい。
そう言うモノを見つけた時って、本当にワクワクするだろうな!
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