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第九部:大結界の中心
サイズの違い
しおりを挟むその日の晩餐の席で、俺はパジェス先生とオレリアさんに今日のことを報告した。
結果としては、エルスカインがなぜ旧市街の坑道に拘る必要があるのかは分からなかったけど有益な話を聞けたし、次回はドワーフの人物を紹介して貰えることになったと伝えると、オレリアさんも『クライスさんにご紹介した意味があって良かったです』とホッとしてくれたようだ。
「ドワーフの人物ねぇ...僕はラファレリアに住んでるドワーフの人とは面識がないな。もちろんそれなりにはいると思うけど、フィヨンさんの言う通りで、ラファレリアはドワーフ族にとって暮らしやすい街じゃ無いと思うし...差別は無くてもね」
「身体サイズの問題ですね?」
「ちょっとした差なんだけどね。でも、椅子やテーブルの高さが少し高いだけでも日常に不便を感じたりするものさ。逆にドワーフの街だとエルフ族や人間族に合わせて高くする必要が無いから、扉も天井もみんな少し低いんだよ」
「それだと人間やエルフがドワーフの街に行くっていう逆パターンでも、相当暮らしにくそうですね」
「だと思うよ。広さは同じでも天井高が頭一つ分違うだけで、閉塞感は随分と違うからね」
「なるほど。そう言えばコリガン族の集落なんかも普通の人には暮らせない感じでしたね」
「えっ! クライスさんってコリガン族の集落に行ったことがあるの?」
「ありますよ。シンシアと一緒に、ミルシュラントにあるコリガンの集落で数日間ほど過ごしたことがあります」
「いいなぁ、どんな感じだったんだい?」
「えぇーっと...部屋が狭いとか天井が低いっていうのは無かったんですけど、集落のほぼ全部が巨木の樹上でしたね」
「うんうん、それで?」
「とにかくほとんどの家が樹上に造られてて、木と木の間を吊り橋みたいな廊下や階段で繋ぎ合わせてる感じなんです。一言で言えば『空中集落』って感じですね。俺やシンシアは平気ですけど、高いところが苦手な人なんか目眩を起こすんじゃ無いかな?」
「へぇー!」
「彼等には自分の身体や手にした荷物を軽くする、種族の固有魔法があるから、それでムササビみたいに枝から枝へと飛び回るんですよ。見た目は...その、エルフ族の子供みたいな感じなのに物凄い敏捷さでしたね」
「話には聞いてたけどホントにそうなんだね...このラファレリアにも、ひっそりとコリガン族の人が紛れて暮らしたりしてるのかなぁ?」
「そう言えばルースランドのソブリンでは、コリガンの人達はエルフの子供のフリをして街中で買い物をしてましたね。しかも街の住人には正体を知ってる協力者がいて、色々と便宜を図ってくれるそうです」
「でもコリガン族だからって隠れる必要は無いだろ? それともルースランドじゃ差別が激しいのかい?」
「と言うか、彼等自身が人間族やエルフ族と一緒にいたくないみたいだし、そもそも人間達の街が出来るずっと前から近隣の森で暮らしていた先住種族ですから、人間やエルフの法律とか規範に合わせる必要を感じてないんですよ」
「そういうことか!」
「彼等にしてみればルースランド王家だって、後から踏み込んできたヨソモノなんです。ヨソモノの都合なんて知ったこっちゃ無いし、森で手に入らないモノを買い付ける程度の最低限度の付き合いさえ出来ればいい。後は自分たちに構わないでくれってスタンスですね」
「なるほど...じゃあもしラファレリアにコリガン族が住んでいたとしても、自分からそれを明らかにすることは無さそうだね?」
「いても不思議じゃ無いとは思いますけどね。ただ、本格的に世代交代しながら暮らしていくのは難しいと思いますよ。コリガン族はピクシー族と共同体みたいになってる部分もありますから、森の中の里からは離れにくいでしょう」
「ピクシー族とも会ったの?!」
コリガン族の集落とピクシー族に出会った経験をなんとなく口にしたらパジェス先生の興味を大きく惹いたらしく、その夜の俺とシンシアは、エンジュの森とソブリン郊外での体験について長々と語ることになってしまったのだった。
++++++++++
さて、『究極の覗き見魔道具』として順調に進化している『銀ジョッキ改四号』の完成後、シンシアとマリタンとパジェス先生は王宮図書館に入り浸っている。
その間に俺は少しだけ観光というか、今後の活動の参考にするためにラファレリアの街を歩いて雰囲気や地理を掴んでおいた。
この街でガオケルムを持って走り回るハメにはなりたくないけど、イザという時に右往左往しないための備えは必要だからね。
住人の多くはエルフ族で、たまに人間族もチラホラと言う程度。
アンスロープやエルセリアの獣人族は数回見掛けたけど、コリガン族やピクシー族の気配は、俺に分かる範囲では一度も感じてない。
もちろんドワーフ族も。
『身体のサイズが違うことで、建物や道具類なんかの全てのサイズが違ってくる』と言うのは当然の話だ。
単一種族の街なら自分たちの種族に便利なように全てが出来上がっていくのであって、来るか来ないか分からない他種族の客人のために天井や扉を高くしておく理由は無い。
道具でも同じことで、ピクシー族が人間族サイズの道具なんか手にしても困るだけだろう。
だったら、坑道の『トンネル内部の高さ』だって同じ事だと思える。
俺なら精霊の土魔法が使えるからそうでも無いけど、普通は長いトンネルを掘るには物凄い時間とエネルギーが必要だ。
そもそもドワーフが先史時代から『鍛冶』や『焼き物』を得意とする種族として名を馳せたのは、彼等が種族の固有魔法として岩や土を操る術に長けており、穴を掘ったり土を固めたりということを自在に出来たからだと言う。
経緯は知らないけど、先史時代から北方の山岳地帯を種族の領域としていたドワーフ族は、厳しい冬の寒さを凌ぐために山腹に長いトンネルを掘り、その中に集落を作って暮らしていた歴史が長いのだそうだ。
その過程で、彼等は土中に含まれる様々な鉱物資源・・・金属やガラス、焼き物の釉薬の原料などの利用方法を見つけ出して、その技術を発達させてきた。
そして彼等は、そうした技術や魔法を『種族の秘技』として、外部に流出させないように守って来たはずだ。
つまり・・・
ドワーフが鉱山にヨソモノを招き入れるなんて考えられないし、自分たちしか使わないトンネルなら、自分たちのサイズに合わせて掘るのが無駄が無い。
ドワーフ族ならギリギリ立って歩ける高さでも、大抵の人間族やエルフ族、獣人族の大人なら中腰で屈んで進まなければいけないトンネルを掘っていたとしても当然だろう。
ただしパジェス先生の話によれば、世界戦争の頃にドワーフの掘った坑道が発見されてから、そこが『空から敵に襲われた時に逃げ込む場所』として利用されていたという。
と言うことはエルフ族でもトンネル内に入れたってことだけど、生活するならともかく、一時的に避難するだけなら屈んで潜り込める大きさがあれば用は足りるだろうしね。
それでなくても戦争中の逼迫している状況なのに、狭くて前に進むだけでも一苦労で、おまけにいつ落盤が起きるかも分からない廃坑の奥まで探索する気にはなれなくて当然・・・その奥に何があったとしても見つけられずじまいだ。
それにしても、残されていた貴重なモノって一体なんだろうな?
やっぱり枯渇していると言うオリカルクムの原料とか?・・・と言っても、それを何に使う気なのやら・・・ラファレリアが大結界の中心だってことにオリカルクムの鉱石が関係してくるようには思えない。
それに古代都市のエルフ達も見落としていたモノを、なぜエルスカインだけが気付くことが出来たのか?
正直、さっぱり分からん。
まあ、ともかく折角シンシアとマリタンが銀ジョッキを最高に進化させてくれたんだから、早く坑道の秘密を解いてあの街区を調査しないとな。
あまり悠長に構えている訳にも行かなさそうだし、もういっそ、街区の周辺から勘を頼りに穴を掘りまくってみるか?
でもなぁ・・・結界の中で不可視にしていても、掘った穴はあくまでも物理的な『穴』なのだ。
逆に不可視にしていて人や馬が気付かずに落ち込んだりしたら目も当てられないし・・・などと悶々としながら屋敷に戻ると、オレリアさんが手紙を預かってくれていた。
フィヨン氏からの連絡で、件のドワーフの人と調整が付いたらしい。
まずフィヨン氏の工房に立ち寄って、そこから二人で一緒にドワーフ氏の元に向かう段取りだそうだ。
そして手紙の最後には、『刀を見せて貰うことを楽しみにしている』と、わざわざ追記があった。
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