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第九部:大結界の中心
パジェス先生の悪戯心
しおりを挟むやっぱり初めに紹介しておくべきだったかな・・・もう遅いけど。
「すいません、驚かせるつもりじゃなく、話題がとっ散らかるだろうと思って紹介を後回しにしてたんです。彼女の名はマリタン、古代に生み出された『自我を持つ魔導書』なんです」
「なんとっ!」
クローヴィス国王の後ろに立っていた王宮魔道士が叫んで、国王の肩越しに身を乗り出す。
やはりマリタンは、この手の人にとって恐ろしく興味深い対象なんだろう。
パジェス先生が、身を乗り出している王宮魔道士に向けて言う。
「僕はもうマリタンさんと挨拶してたけど、皆さんへの紹介はクライスさんからして貰う方がいいだろうと思ってね」
「左様でございましたかパジェス殿...失礼しました、陛下」
そう言って魔道士がさり気なく身体を引っ込める。
あ、なるほど・・・
いまのやり取りで、この魔道士さんは興味が先走って国王陛下の肩越しに覗き込んだのでは無く、危険の有無を見極めようとして身を乗り出したという体裁が創られたんだな。
「マリタンと申します、クローヴィス国王陛下、そして皆様、ご挨拶がおくれて申し訳ありません。書籍本来としての題名は『マギア・アルケミア・パイデイア』ですが、どうぞマリタンとお呼びくださいませ」
「これは驚いた...」
「なんということだ、このような書物が存在しているとは...」
「陛下、ちなみに彼女の姿は書籍のカタチをしているけれど、中身は人族と同じだと考えるべきです。わがアルファニアが種族の違いによる差別を禁じているということを踏まえれば、マリタンさんには平等に人として接するべきでしょう。現にクライスさんも勇者の仲間の一員として扱っています」
「あい分かった...だがパジェスよ。本当は予を驚かせようと思って黙っていたのであろう?」
「バレました?」
「日頃の行いと言うものがあるからな」
「酷いなぁ陛下」
「身に覚えがあろう? そう言えば、予がまだよちよち歩きの幼子であった頃にも...」
「陛下?」
「うっむ! しかし本当に驚かされたな! さすが勇者殿の一行は世俗の常識では図りかねない」
パジェス先生がクローヴィス国王と旧知の間柄なのは分かるが、敬意を払いつつも、むしろ友人のように接している。
なるほど、こういう間柄だったら、面会の申し込みも無くいきなり王宮に駆け込んで図書館まで引っ張ってこれる訳だ。
「僕も腰を抜かすほど驚かされましたからね! マリタンさんの事もですけど、まさか教え子の一人に、人生最大の感動を分けて貰うことになるとは想像もしませんでしたよ」
「含みの有る言い方だなパジェス。もったいぶるで無い」
「これは失礼。クライスさん、シンシア君、陛下には話しても良いよね?」
「もう、ここに至れば」
「有り難う。陛下、僕はさっきシンシア君と一緒にラファレリアの空を散歩してきたんですよ。ワイバーンの背に乗せて貰ってです」
「なんとっ!」
この部屋で『なんと』という単語を耳にするのは何回目だろう。
パジェス先生も明らかに国王陛下達の反応を楽しんでいるな。
「シンシア君が大きなワイバーンと友達になっていましてね。シエラちゃんと言う名前でとっても可愛いんですけど、僕も頼んで一緒に乗せて貰ったんです。いやぁ空から見たラファレリアには心から感動しました。人生最大の夢が叶いましたよ」
「なんと、公女殿下はワイバーンと友誼を結んでおられるのか?!」
「ぇ、ええ、まあ...」
クローヴィス国王も我を忘れてシンシアに『公女殿下』と呼びかけ、シンシアはその迫力に押されてチョットたじろいでいる。
「危険では無いのですか?」
「それはありません宰相殿。ワイバーンと言ってもシエラは大人しくて、本当に良い子なんです」
「いかにして斯様な偉業が可能に?」
「その...私たちの仲間と言いますか、御兄様のお友達の力と言いますか、色々と流れがありまして...」
「もしや、古代に使われたという『支配の魔法』で?」
「いえ! それは違います!」
王宮魔道士から急に支配の魔法とか言われてシンシアがビックリしているので、助け船を出すことにする。
「陛下、俺の友人にアプレイスって言うドラゴンがいましてね」
「ドラゴンの友人?」
「ええ」
「なんと驚かされることか...実は最近、サラサスの王宮にドラゴンが現れ、しかしなんの被害もなく、王族もルリオンの市民も平穏に日々を過ごしているという報告を得ているが、もしかするとそれも勇者殿が?」
「実はそうです。そのドラゴンの一人が俺の親友で、もう一人は彼の姉君です。少しばかりサラサスに用があったもので、一緒に行ってました。経緯を話すと長くなるんですが、その関わりでドラゴンの配下にいるワイバーン達の一頭がシンシアに懐着まして一緒に行動を」
「そうであったか...」
本当は『少しばかり』どころの騒ぎじゃないんだけど、今、その内容を詳しく言っても仕方が無いからな・・・
「だいたい『支配の魔法』なんて道義にもとる凶悪な魔法を平気で使うのは、魔獣使いのエルスカインだけですよ」
「うむ、それは分かる。しかしドラゴンが友人とは...勇者殿の行いは予の想像を遙かに超える凄まじさであるな」
「陛下、クライスさんやシンシア君を普通の人族の範疇で捉えていては核心を見失いかねません。勇者が大精霊に使わされた存在で有るならば、大精霊と同じと考え、接するべきであると進言しますよ」
「うぅむ、あい分かった。それもまたパジェスの言う通りであろう」
「で、陛下。話が色々と逸れてしまいましたが、今回の相談事の主題はクライスさんとシンシア君が探しているラファレリアの地下遺構についてです。そして先ほど申し上げた通り、その発見と制圧にアルファニア全土と全国民の命運が掛かっている可能性もあります」
「むろん勇者殿の言葉を疑うつもりは無い。だが話の規模が大きすぎて、なににどう対応すべきか今後の方針を考えにくいというのも事実だ」
「出来ることからです」
「それはそうだがパジェスよ、まずは旧市街の市民達を残らず立ち退かせれば良いのか? 大きな混乱が起きるぞ?」
「いえ陛下、俺としては騒ぎを起こしたくはありません。エルスカインが俺たちの活動に気が付けば、逆にヤツの行動を早めてしまう可能性もありますから、出来るだけ覚られないようにしたいんです」
「なるほど...そうなると、先ほどモルチエにシンシア殿の身元を明かしてしまったのは早計であったな。あやつに対する怒りが先に立ってしまった」
「いえ陛下、お気になさらず。私は長くここに留学していたのですし、パジェス先生に会いに来ること自体は不自然ではありませんので」
「そう言って貰えるなら助かる」
「シンシアの言う通りですよ。ヤツらはまだ俺たちの目的を知りません。つまり『旧市街の地下に拠点がある』と言う情報を俺たちが掴んでるってコト自体を分かってないんです」
「ならばチャンスだ」
「そうです。だから、できるだけ早く動いて先手を活かしたいですね」
「では勇者殿、我らに手助けできることを言って欲しい。具体的には、まず何をすれば良かろう?」
「さっき、ここにある資料を漁って遺構のありそうな場所に目星を付けてたところなんですけど、もしそこを本当に『発掘』する羽目になった時は、そこに有る土地や建物の権利者に協力するよう秘密裡に命を出して欲しいです」
「造作ない。他には?」
「エルスカインの活動がアルファニアを中心に行われてきた可能性を考えると、他にもヤツの中心的な拠点が存在している可能性があります。そういったところを自由に調べて回る許可を」
「言うまでも無い。騎士や兵を出す必要は?」
「いよいよの時には御願いするかも知れませんけど、可能な限り目立たないように行動したいと思いますので、むしろ俺たちのことは見て見ぬ振りをして頂ける方がありがたいです」
「ううぅむ。勇者殿の考えは理解できるので異を唱える訳では無いが、一歩間違えば我が国の存亡の危機であると言うのに、自ら率先した行動が取れないというのはもどかしいな...」
「すみません」
「陛下、ことはアルファニアのみならず、ポルミサリアに暮らす全ての人々に関わってくることです。僕らは性急な手出しをせずに時を待つべきかと」
「分かっておるよパジェス。分かっておるとも...」
そう言ってクローヴィス国王は少し沈痛さを感じさせる表情を見せると、深く椅子に座り直した。
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