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第九部:大結界の中心
繋がりの交差
しおりを挟む「グリフォン三頭を一人で討伐するとは、さすがは勇者殿であるな! しかしシンシア殿、そういう事であればリンスワルド伯の身は、今でも危険なのではあるまいか?」
「いえ陛下、実は今の時点では母上の危険はそれほどでもないと考えています。エルスカインがミルシュラントで企んでいたことは仕組み自体を破壊しましたたので、恐らくエルスカインは元の計画を放棄して次の行動に移っているでしょう。もちろん安全とは言えませんし、襲撃を受ける心配が少ないのも『今のところは』という期間限定ですが」
「だが、企みを粉砕したと言うことであれば、逆に恨まれて復讐される可能性もあるのでは?」
「閣下、エルスカインにそんな無駄な感情はないと思います。エルスカインは合理的で非情な存在です...欲求や感情を利用して人を操ろうとはしますけど、自身が感情に突き動かされることはない、そういう相手なのです」
「なるほど...」
「シンシアの言う通り、エルスカインは普通の人のような情動で判断を下しません。逆に、エルスカインに取り込まれる人は、往々にして激情家だったり欲望まみれだったりですね。有る意味では人族らしいとも言えますけど」
人よりは魔物に近い心なんじゃないかと思わされたモリエール男爵と、亡くなった妹を呼び戻したい一心だったカルヴィノを一纏めにしてしまうのはチョット可哀想な気もするけど仕方ない。
自分の意志でホムンクルスになったことは変わりないし、そこはあの老錬金術師でも同様だ。
「感情に突き動かされる者は操りやすかろうな...デラージュよ、聞けば聞くほどモルチエがエルスカインに取り込まれそうに思えてきた。あやつの身辺は少し見張っておけ」
「かしこまりました陛下」
「それにしても思い出すだけで腹立たしい。我が国は人種に基づく差別を法によって一切禁止しておるというのに、あやつは一体何を考えておるのか...そもそも何をしにここへ来ておったのだ? 学問や創作など、およそモルチエには縁が無かろう?」
酷い言われ様だけど、俺もその意見には全面的に賛成だ。
あと、シンシアを侮辱したことは忘れてないからな?
もし機会があれば俺がぶっ飛ばす。
クローヴィス国王の言葉を聞いて、後ろに控えていた魔道士が口を開いた。
「陛下、噂ではございますがモルチエ子爵は、とある魔道具の謂れを調べに来ていた可能性があるかと...」
「なんだそれは?」
「王都の魔法使いや魔道士達の間で少しばかり噂になっておりました。モルチエ家が古代の魔道具をどこからか手に入れておりまして、それをレスティーユ侯爵家と関係を深めるための貢ぎ物にしようと考えているのだという話でございます」
まて。
いまこのオッサン、もとい王宮魔道士は確かに『レスティーユ侯爵家』って言ったよな?
レスティーユ侯爵家・・・
ソレって、言葉を交わしたこともない俺の産みの母親『シャルティア・レスティーユ』の実家のことじゃないのか?
「ふうむ...古代の魔道具か、どうも怪しいな」
「早速調べさせましょう陛下」
「そうしてくれデラージュ。レスティーユ侯爵家に近づくためということも気になる...いや、すまんな。パジェスとオレリア嬢の前でする話ではないか」
「いえ陛下、どうかお気になさらず」
どうして二人の名前がそこに出るのか分からないけどパジェス先生は気に留めてないようで、クローヴィス国王にさらっと返した。
オレリアさんは黙っているけど、少し不安そうな表情だ・・・
さっき、クローヴィス国王が、モルチエ家はパジェス先生の一族に対して恨みを抱いてるようなことを言ってたけど、それの関係なのかな?
「ああ、すまない勇者殿。一応経緯を伝えておくと、先ほどのモルチエは以前にオレリア嬢に結婚を申し込んでおってな。ああいう男であるので、無論オレリア嬢には断られた訳だが、以来、それを逆恨みしてなにかとパジェスの一族に噛みついておるのだ」
『無論断られた』と・・・そりゃそうだろうな。
あと、『人間族と夫婦になろうなどと言う愚か者』と、差別意識全開で言ってたから、自分を振ったオレリアさんの新しい婚約者が人間族だってことが腹立たしくて仕方が無いんだろう。
いや、さっきは俺の耳を見て『混じりエルフ』だの『耳先の丸い半端物』と罵ったはずだ。
姫様に聞いた話ではレスティーユ家の一族にも耳の丸い人が多いはずで、そうなると自分が取り入ろうとしてる相手さえも内心では見下してるって事か?!
なんとも愚かで矮小な男・・・
クローヴィス国王が案ずる通り、モルチエって奴はいかにもエルスカインに取り込まれてしまいそうな人物だよ。
「そうでしたか...」
「ん? 勇者殿は何か気になることでも?」
クローヴィス国王が意外に鋭くて少し驚いた。
モルチエって男はどうでもいいんだけど、正直に言って『古代の魔道具』と『レスティーユ家』の話は少し気になる。
レスティーユ家の方は今さら知ってどうなるってものでも無いし、首を突っ込まない方がいいっていうのが論理的な思考なんだろうけど・・・
ただ、『実の両親』云々ということとは無関係に、パルミュナの話によればシャルティア・レスティーユが何度も魔獣に襲われていたことは確かだし、結局、俺を育ててくれた父さんと母さんも、『なぜか』村の近くに迷い込んできたブラディウルフに殺されている。
そこにエルスカインの影を見ない訳にはいかない。
俺がなぜ考え込んでいるのか、その理由を知っているシンシアが、少し不安そうな眼差しを俺に向けた。
俺自身、ここまで来て隠しておくのも良くない気がする。
「御兄様?」
「うんシンシア、これも『縁』ってヤツかもな?」
「そうですね...」
「どうされた勇者殿?」
「いやすみません陛下、ちょっと『レスティーユ家』って名前が気になったもので考え込んでました」
「かの侯爵家について、なにか勇者殿がご存じの情報でも?」
「いや、そういう訳じゃないんです。実際には会ったことも話したこともないんですけど、俺の産みの母親の名前が『シャルティア・レスティーユ』だと聞かされていたもので...辺境の侯爵家だということですが、いま話題に出ていたレスティーユ家のことかなって思ったんですよ」
俺がそう言ったとたん、クローヴィス国王、デラージュ宰相、パジェス先生とオレリア嬢、そして後ろにいる騎士と魔道士まで全員揃って俺の方を向き、目をまん丸に見開いた。
「にゃ、な、な、な、なんと申されまひた勇者殿!」
デラージュ宰相の慌てっぷりが酷い。
盛大に噛んでるし。
「俺の母親の名前がシャルティア・レスティーユなんです。たぶんその侯爵家を追い出された人だと思うんですよね」
「追い出された?」
「ええ。跡目争いに巻き込まれて刺客を向けられる羽目になり、国外に逃亡せざるを得なくなったそうです」
「予が聞いた話では、シャルティア姫は一族と共に狩猟会に出た際に、馬が足を滑らせて一緒に谷底へ落ちたと...」
「それは失踪した言い訳でしょうね。谷底へ落ちたことにすれば遺体が出ないことも誤魔化せますし」
「では、シャルティア姫は亡くなられていなかったのですな?」
「ええ。国外へ脱出する途中で魔獣に襲われていたところを偶然通りかかった破邪に助けられ、成り行きでそのまま一緒に旅することになったらしいです。その破邪っていうのが俺の実の父親ですね」
「これは驚いた」
「勇者殿、ならばシャルティア姫は今もご存命であるのだろうか?」
「それは分かりません。俺は生まれてすぐにフルーモアとリリルアというクライス夫妻に預けられて、エドヴァルの田舎で普通の村の子供として育てられました。その二人は元々、シャルティア・レスティーユの家臣だったそうですけど、政敵に狙われ続けていた産みの両親に頼まれて、安全な場所で育てるようにと俺を預けられて以来、一度も会ってないはずですから」
「立ち入ったことを伺うが勇者殿、貴殿の育ての親であるフルーモア・クライス殿とリリルア殿は?」
「八年前、村を襲った魔獣に殺されましたよ」
「失礼した」
「いえ、お気になさらず。俺の育ての親を殺したのは、本来その地域にはいないブラディウルフでしたからね」
「ならば...」
「人に育てられた魔馬や魔犬ならともかく、普通の人にブラディウルフを操るなんてことは出来ません。それが出来るのは魔獣使いのエルスカインくらいでしょう。シャルティア・レスティーユの血筋を絶とうとしつこく狙っていた政敵とやらが、俺を狙って送り込んできた可能性は高いですね」
「やはりそうであったか...」
もはや俺の中では『可能性』と言うよりも『確定事項』になってるけどな・・・
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