なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第九部:大結界の中心

クローヴィス国王

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エルスカインのこれまでの行いや推測される計画などを俺に聞かされたクローヴィス国王は、しばらく目を瞑って考え込んだ。
あまりに破壊的なことや他国の内情に関わる話は掻い摘まんだり飛ばしたりしているので、俺も全てを洗いざらい話したと言う訳でも無いけど、エルスカインという敵の姿をイメージし、その危険を把握するには十分な情報のはずだ。

やがて顔を上げたクローヴィス国王は、かすかな溜息を一つつく。

「ふむ、太古のアンスロープ族とエルセリア族の根源はそのようなことであったのか...これは他国との戦争よりも危険な話であるな...侵略者なら戦って追い返せば良いが、エルスカインは言わば、ポルミサリア全体を蝕む病巣の様なものであろう」
「仰る通りですね。ヤツは内部に食い込んでいて姿を見せない。表に出てくるのは操っている配下と、謀略の結果だけです」

「陛下、わたくしからも勇者殿に伺いたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

さっきデラージュ宰相と紹介された男性が遠慮がちに発言する。
普通は宰相って言うとかなり年配の男性をイメージするのだけど、この人は年齢不詳のエルフ族ということもあって若々しい。
なんならクローヴィス国王よりも若く見えるけど、それもパジェス先生と同じで見た目だけのことなんだろう。

「むろん構わんデラージュ。他の皆も、思うところあれば自由に発言する方が良い。ただし、この場は非公式ゆえ、ここで話されたことを外に漏らすことは罷り成らんぞ。良いな?」

「はっ!」

クローヴィス国王の後ろに居並ぶ騎士と魔道士がビシッと威勢良く返答する。
もちろん、この箝口令の対象には俺とシンシア、マリタンは含まれないけどね?
パジェス先生も多分含まれないだろう。

「勇者殿、いまのお話しの通りに『エルスカインと魔獣使いが同一』だとするならば、何故、魔獣使いは様々な国の戦争や政争に関わってきたのでございましょう? 人々の権力争いを手伝うことが、日々の糧を得るための商いとは思えませぬが?」

「デラージュ宰相殿、それは一言で言えば各国への影響力を高めるためですね。だって貴族を籠絡すれば国の政治に影響を及ぼせるでしょう?」

「しかし、貴族の一人、二人を籠絡したところで、国政を変えるまで行くのは難しいのでは?」
「いや、エルスカインは国を乗っ取りたいんじゃないんですよ宰相殿。むしろヤツにとっては貴族とか国家って言う既存の枠組みなんか、どうでもいいんです」

「どうでも...」

「ええ、ヤツには金銭も権力も意味が無い。その国その土地で自分が計画していることに利用できるか、邪魔になるか。エルスカインの判断基準はそれだけですよ。例えば、ある土地の領主を取り込んでなにかを行う...そして用が済めばエルスカインは後のことは放置する。国が荒れようが籠絡した領主の一族が凋落しようがどうでもいいんです」

「エルスカインにとって国や民とは治めるものではなく、ただしゃぶり尽くすだけのものという訳ですな...しかし、それではまるで蝗害こうがい...通る土地を荒らしていくイナゴの群のようではありませんか!」

「いや、もっと酷いですね宰相殿。ヤツは欲しいものを手に入れるために国同士の戦争を起こさせたり、内紛を誘発させたりもしてるんですから」

国王と宰相の顔に複雑な表情が浮かんだ。
きっと、過去の出来事からそれに該当しそうな事例を思い浮かべようとしているのだろう。

「しかし勇者殿、籠絡と言ってもどのように? 仮にエルスカインが王家や大貴族に匹敵する富豪であるとしても、諸国の有力貴族達を財産で誘惑するのは難しいでしょうし、王家でもないのに権力を与えるという訳にもいきますまい」

「そこは明快ですよ宰相殿。エルスカインは、多くの人達が目を眩ませるものを持っているので」
「とは?」
「ヤツは『永遠の命』をチラつかせて、人々を自分の配下に取り込むんです」

「なんとっ!」

「エルスカインは古代の禁忌の魔法と魔道具でホムンクルスの体を造り、月日が経ったら魂を移し替えるという方法で、好きなだけ人を延命させることが出来るんですよ」
「それは...なんとも想像を絶する手段ですな...」

デラージュ宰相が絶句するが、クローヴィス国王やパジェス先生はホムンクルスの知識を持っていたのか、それほど驚いた様子が無い。

「大抵の人は死ぬのが怖いし、死にたくない。当然のことです。エルスカインはそこにつけ込んで、自分の言う通りにすれば『永遠の命』を与えてやると囁く訳です。もちろん欺瞞なんですけど、手を伸ばしてしまう人は多い」

「なるほど永遠の命か...ホムンクルスの話は耳にしたことがあるが、惹かれる者は多かろう。しかし勇者殿が、その誘惑を『欺瞞』と言うのは、ホムンクルスが本当に人と呼べる存在ではない、という意味であろうか?」

「いや陛下、実際には永遠の命と言っても『何度でも体を作り直し続けられる』という意味に過ぎないんです。ホムンクルスの体も元になった人と同じように歳を取って弱っていくし、ある程度の月日が経ったら、どうしても新しい体に魂を移し替える必要があります」

「それでも、それを繰り返せるのなら、ほぼ生き続けていると見なせるのでは?」

「そうですね。一つの体で永遠の命を得る訳じゃありませんが、延命し続けていくことは出来る」
「ならば...」
「ですが、そのためにはエルスカインの力が必要です。ヤツしか持っていない魔法と魔道具がね?」

「なるほど! そういうことか...卑劣な罠だ」

クローヴィス国王は即座に意味を理解したらしく、眉間に深い皺を寄せる。

「お分かりでしょう? ホムンクルスとして生き続けるためにはエルスカインの言いなりになって、永遠に奴隷であり続けるしか無いんです。だけど、その事をよく考えないで誘いに乗ってしまう者もいる」

「なあデラージュよ、先ほどのモルチエなど、いかにもエルスカインの誘いに乗ってしまいそうではないか?」
「左様で御座いますなぁ陛下」
「ああ、さっきの男はホムンクルスじゃありませんでしたよ? 少なくとも今のところはね」
「ほう、勇者殿はホムンクルスを見分けられるのであるか?」

「ええ、その人物の近くに寄れば、ですけど。少なくともこの部屋にホムンクルスはいません」
「ならば良かった」
「ただ、不満を持っていたり過大な欲望を抱いている人ほど、エルスカインの甘言に乗りやすいのも確かです。永遠の命を手に入れれば自分の望みが叶うと、短絡的に考えてしまうんでしょう」

「ふむ...不満分子ほど敵側に寝返りやすいというのは世の常であるからな」

「それに貴族自身を籠絡できなければ、その家で働く家臣を誘惑してもいいですからね」
「それは、なにゆえですかな?」

「貴族家で働くものを取り込めば、暗殺による首のすげ替えなんかも容易いですから。籠絡できなければ当主を殺してすげ替えるんです。現当主や国王に強い不満を持っている血縁者を探し出して永遠の命で誘惑すれば、話に乗ってくる可能性は高いでしょう」
「暗殺...」
「権力の座と永遠の命の両方が一度に手に入るってワケです。簡単な発想ですよ?」
「なんとも...」
「未遂も含めて、実際に各国でエルスカインが試みてきたことです。その幾つかは陛下や宰相殿もご存じでしょう?」

またまたクローヴィス国王とデラージュ宰相の表情にピクッと緊張が走る。

彼等はサラサスでフェリクス王子の引き起こした事件を知らないかもしれないが、似たような事例はそこらに転がっていそうな気がするし・・・
他国の事件について、どこまでを『知っている』と、ここで話して良いものか考えたのだろう。

クローヴィス国王は、チラリとパジェス先生とシンシアに目を走らせた。

「例えばの話であるが...シンシア殿が我が国の魔道士学校への留学を早々に切り上げる仕儀となったことも、ご実家のリンスワルド家において不穏な事件が起きたせいだということは耳にしている...が、勇者殿はそれにもエルスカインが絡んでいると仰りたいのであろうか?」

「ええ、シンシアの母君であるレティシア姫は、『籠絡できない相手』だとエルスカインに判断されたから殺されそうになったんですよ」

「陛下、母上は数度にわたって狙われ、二回目の時には急遽帰国した私も一緒でした。一度目は偶然の成り行きで母は命拾いをし、二度目は居合わせた御兄様が、襲ってきた三頭のグリフォンを討伐して全員を救ってくださいました」
「なんと!」
「グリフォンを!?」

国王の背後に立っている騎士と魔道士がざわつく。
信じ難いのは理解できるから、構わないけどね。
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