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第九部:大結界の中心
パジェス先生
しおりを挟む俺に続けて部屋に入ってきた彼女は、ポットを手に取りつつ問い掛けてくる。
「お茶でよろしゅうございますか? お好みでしたら南方大陸産のカフィアも御用意できますが?」
「あぁカフィアですか。懐かしいなぁ」
「ご存じなのですね」
「豆の木の実を煎って焦がした飲み物ですよね? 南方大陸に行ってた時に、よく飲みましたよ」
「左様で御座いますか。初めての方は味に驚かれることもございますが、慣れていらっしゃるのであれば是非お飲みください。では御用意いたしますので、少々お待ちくださいませ」
そう言いつつ、手にしたポットのお茶もカップに注いでくれる。
確かに、トレーの上に乗った魅力的なスナックを摘まむ時には、カフィアよりも普通にお茶の方がいいからな。
と言うか、自ら客人にお茶を入れてくれるのか? そんなの侍女や家政婦長の仕事じゃ無いだろうに・・・
いや、ひょっとするとトレーに並んでいる軽食だって、この女性が作ってくれた可能性もあるな。
そうだとしたら不思議だけど、余所の家の事情を尋ねるのも不躾だし・・・気にしないことにしよう!
ハムやなにかを乗せたほんわりと暖かい薄切りのパンを、お茶と一緒に美味しく味わって満足していると、ポットやカップを載せた大きなトレーを持って彼女が戻ってきた。
そこに載せられている品物類の姿を見るに、どうやらこの場でカフィアを入れてくれるらしい。
「カフィアは濃いめがお好みですか? それとも喉ごしの優しい方がよろしゅうございましょうか?」
「出来れば濃いヤツで御願いします」
「かしこまりました、現地風という事でございますね。もっとも土地によって色々な入れ方や飲み方があるそうなので、なにが本当の現地風なのかはわたくしも存じませんが...」
「そう言えば、あっちでは色々な飲み方をしましたね。温めた牛や山羊の乳を入れたり蜜を溶かし込んだり...小さな手鍋にカフィアの粉と水と砂糖を一緒に入れて、強火で泡が出るほど煮たてた上澄みを飲む、なんてのもありました」
「その方法は存じませんでした。今度、試してみたいと思いますわ」
「お口に合うかどうかは保証しませんよ?」
俺がそう言うと、彼女は柔らかく微笑んだ。
最初に玄関で応対された時には慇懃なタイプの人かと思ったけれど、決してそんなことは無かったようだ。
++++++++++
温かい軽食でお腹が落ち着き、その後に久しぶりのカフィアまで御馳走になって満足感に浸っていると、急にマリタンから呼びかけられた。
< 兄者殿、聞こえてる? >
< ああ、聞こえてるよマリタン。どうした? >
< なにも無いわ。と言うかなにも無いから連絡したみたいな? >
< ああ、そういう... >
< だって皆さん部屋から出て行って、話の流れだとシンシアさまはパジェス先生をシエラちゃんに乗せて飛んでるんでしょう? >
< だな >
< と言うことは、ワタシのことも白状しちゃう流れかしらって? そうなると、二人が戻ってくる前に、兄者殿の意向を確認しておいた方がいいと思ったワケよね? >
< 確かにそうだな。気を回してくれてありがとう >
< どういたしまして。それで、兄者殿はどうするおつもりかしら? >
マリタンの疑問はもっともだ。
この流れでマリタンのことを言わないまま一日預けるとか、むしろ『間諜』を送り込むに等しい。
後でバレたらシンシアもパジェス先生も嫌な思いをするだろう。
だけど、シンシアは無邪気というか屈託ない気持ちで『歴史書と引き換えに古代の魔導書を貸し出す』というマリタンの案に乗った。
諸々の秘密をバラしてしまう流れになったのは、むしろ俺の判断だからな・・・今さらシンシアに白状できるのか? という考えも過らなくは無い。
< 坑道の探知や分析にはマリタンの力を借りたい。ただ、今の流れだとパジェス先生も『シンシアに本を貸して終わり』って風にはならない気がするんだよ >
< そうね。ワタシの目から見ても、兄者殿が目的を達成するまで、ずっとき付き合おうとするんじゃ無いかって気がするわ >
< だよなぁ... >
< シンシアさまは、それを断れるかしら? >
< ムリだな! >
< じゃあ教えるなら今しかないわよね? それにシンシアさまに告白させるよりも兄者殿から言った方がいいと思うわ。『実は俺が口止めしてました』って >
< パジェス先生、シンシアに怒らないかな? >
< ワタシの勘だけど、怒るよりも面白がると思うのよね。ただ、ワタシと二人になったら根掘り葉掘り聞こうとはするでしょうけど、ね? >
< そこは仕方ないな >
< まあ、ワタシは『主の許可なしに話せません』で通るでしょうし。話していいことと駄目なことを、兄者殿かシンシアさまが決めておいてくれれば、それでいいと思うわ >
<よしマリタン。書物としての記載内容...古代の生活魔法と錬金術については何を話してもいいけど、俺たちの活動と古代の世界戦争が関わってくることは『言えない』ってことにしよう。もしも食い下がられたら『俺に聞け』でいいよ >
< 分かったわ。そういう時は無感情で無機物っぽく振る舞えばいいわね >
< あー、まぁそうなるな。悪いけど >
< 悪くないわよ兄者殿。実際にワタシは無機物だし? >
< 心持ちの問題としてだよ >
< ええ、気を使ってくださって有り難う兄者殿 >
++++++++++
このお茶って何杯目だっけ? という感じでお腹がガボガボになってきた頃、ようやくシンシアとパジェス先生が戻ってきた。
俺の通されていた客間に入ってきたパジェス先生の興奮具合は物凄く、『生まれて初めて空から見たラファレリアの姿』と、『自分がどれほど凄い体験をして感動したのか?』を、一通り語り終えるまでに追加で三杯のお茶が必要だったほどだ。
それをシンシアは黙ってニコニコと聞いているだけなので、主に語られている相手は俺である。
相づちを打ったり、たまに『そうですね』という感じで肯定の言葉を挟み込む以外に言えることもほとんど無い状態がしばらく続いた後、一気に喋り続けて喉が渇いたらしいパジェス先生が三杯目のお茶を飲み干したところで、ようやく一息つく感じになった。
「いやぁ、それにしても長らく待たせて悪かったねクライスさん、埋め合わせってワケじゃ無いけど、地下の遺構探しには僕も全面的に協力させて貰うよ!」
ほーら、マリタンの言った通りになったな。
埋め合わせしたいと言うよりも、こんな面白そうな体験のチャンスを絶対に手放したくないとパジェス先生の顔に書いてあるよ。
コレって、もう受け入れるしかないだろ。
「パジェス先生、俺が何者かはシンシアから聞いたと思いますけど...」
「聞いてない」
「え?」
「聞いてないよ。シエラちゃんに乗せて貰ってすぐ、シンシア君から『御兄様のいない場では何も聞かないでください』って釘を刺されたからね」
「な...」
「だから何も聞いてない。それよりも生まれて初めての空中遊覧をひたすら堪能してた。僕の人生で最大最高の感動を得た日だもの。ケチを付けるつもりなんか、これっぽっちも無いさ」
「そうだったんですね...」
「だから聞かれて困ることなら僕から尋ねるつもりは無いよ。だって、困ることがあるからこそ隠してた訳だろうしね?」
「それはまあ...」
「誰にだって事情はあるものだし、あの大人しかったシンシア君が婚約者を見つけてきたり、ワイバーンを友達にしてるなんて、どれほどの事情があるのか見当も付かないよ!」
「そういう感じですか?」
「うん。だから僕は純粋にクライスさんとシンシア君のお手伝いをしよう。知りたいことがあれば言って欲しいけど、僕に教える必要が無いと思ったことは言わなくて良いよ?」
ふーむ、このパジェス先生は中々の傑物だ。
王宮魔道士の中でも特別扱いされてる様子なのは、単純に過去の業績の高さというだけでは無いのかも知れない。
自分に関係ないことまで『なんでも知りたがる人』というのは往々にしてトラブルの種だけど、自分が知るべきことに『自分で線を引ける人』というのは、逆に信用できる。
シンシアの方をチラリと見ると、柔らかい微笑みの中に、『御兄様にお任せします』と顔に書いてあった。
なんだか最近はズルズルと俺たちの正体を人に教えてしまう流れが多い気がするけど、まあ悪いことしてる訳じゃ無いし、出来るだけ勇者の活動を人に知られないようにってのも、アスワンの忠告を俺なりに実行してるだけとも言えるしな。
義務や必須事項じゃあない。
だから・・・まあ、いっか。
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