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第九部:大結界の中心
シンシアの恩師
しおりを挟む上機嫌なシンシアの声が脳内に響く。
< ついでに先生には、『ミルシュラントにも輸出して構わないけれど、その場合は王都にあるシャッセル商会を通してください』と言っておきました >
< おお! でも、あれはシンシアの発明なのに、いいのかい? >
< 私たち二人の発明です御兄様 >
< それに頷けるほど俺は厚顔では無いよシンシア... >
< いいんです御兄様。先生には、ミルシュラント国内でもいずれは内製を始めるから、その際はあしからずと伝えてあります。そちらはリンスワルド家に渡せば良いかと >
< そうか...ともかく気遣ってくれて有り難うなシンシア >
< いえ。先生も『当然のことだ』と、ニコニコして頷いてくださいましたから...あ、先生が戻ってらっしゃいましたので、いったん切ります >
ホントにシンシアは気が利くよな・・・
シャッセル商会の資本はリンスワルド家だけど、表の代表はスライだ。
最初は『代表というのは建前で、名前だけ』ってノリだったけど、実際にはノイルマント村関連の資材購入や職人の手配とか、牛や羊と言った畜産の振興とか、シャッセル兵団による街道警備や輸送とかも全部、シャッセル商会を通して行っているから結構な金額が動くようになった。
ちなみに地元フォーフェンの商人達の間では、『莫大な資金源を持つ数百人規模の開拓団が新しい村を作ってる』という話がアッと言う間に広がったらしく、村の仕入れをとりまとめているフォブさんは、いまや事実上シャッセル商会のノイルマント支店長扱いだと聞いている。
スライは『代表っつても仕事がねえ』なんてブツクサ言いつつも、牧場開発の取り纏めに限らず、そういう仕組みの確立にも持ち前の知恵と手配力を発揮してかなり動いて貰っていたのだ。
だから、その見返りも含めて、代表であるスライの懐に商会の利益から相応の金額が入るようにしても悪くない気がするな・・・
そうしておけば、今後シャッセル商会の利益に連動してスライ個人の収入も増える訳で、ジェルメーヌ王女と結婚した後でもお互いの『実家』に頼る比率を大幅に下げられるはずだ。
パトリック王から新しく移譲される領地の経営を軌道に乗せるまでには、それなりに手が掛かるものだろうし、『子爵位』に支給される公金だけで『元王女』の暮らしぶりをこれまで通りに支えるのは大変だろうからね。
スライは俺のせいで問答無用に子爵にされちゃったけど、これで少しは埋め合わせになるかな?
++++++++++
ともかく、これで歴史書の入手は一段落したと安堵し、本を抱えたシンシアが門から出てくるのを待っていたが、一向に屋敷から出てくる気配が無かった。
さっきの様子じゃ王宮魔道士の先生とは良い感じに調整できたみたいだし、あの後トラブルが起きたとは考えにくい。
悶々としていると、またまたシンシアからの指通信が入った。
< あの御兄様... >
< うん、今度はどうした? >
< 御兄様も、この屋敷の中に入っていらっしゃいませんか? >
< え? >
< その...歴史書を受け取って辞去しようとしたら、先生から『ところで君は、何を調べて探し出すつもりなんだい?』と聞かれたので、『言えません』と素直にお答えしたら、『それは自分の独断では決められないって事だよね?』と、見抜かれました >
< ぉおぅ... >
< それで頷いたら、『だったらその人とも相談してごらん、僕が力になれるかもしれないよ?』って... >
< そこまで見抜かれてたか? >
< 最初から、何か特殊な事情があると察していたみたいです。と言いますか、そうで無ければ、『シンシア君が魔法関係以外のことに興味を持つはず無いからね』って言われてしまいました... >
不覚!
そりゃそうだよ、だってシンシアなんだもん!
以前の・・・少なくとも魔道士学校に留学していた頃のシンシアだったら、魔法関係以外のことに興味を向けていた可能性は恐ろしく低いってことを俺も理解しているべきだった。
逆に、相手の王宮魔道士先生は、シンシアのことをよく理解してる人だったんだろう。
うーん、そうなると直感的に、これ以上は誤魔化しを重ねない方がいいって気がするな。
相手は王宮に出入りできる、いや王宮魔道士としても特別扱いされてる感じの重要人物なんだし、ヘタに疑われたりしたら今後の探索自体に差し障りが出ないとも限らない。
< わかったシンシア。俺も姿を出すよ >
< はい。すぐに門を開けて貰うようにしますね >
< って言うか、俺たちが指通信で会話してることもバレてる? >
< ええ、『仕組みは分からないけど、なにか手段があるんでしょ?』と言われました >
< マジか! >
恐ろしい洞察力だよ・・・
ともかく、自分が立っている四つ辻の周囲に人目が無いことを確認し、不可視結界を解除して門扉に近づいた。
さっきシンシアが触っていたドアノッカー風の金属板に手を伸ばしたら、俺が触れる前に門扉がさっと開く。
人の門番が立っていない代わりに、なにか銀ジョッキ的な手段で門を見張っているのかもしれない。
そのまま真っ直ぐ玄関口に向かうと、ちょうど馬車寄せの屋根の下に踏み込んだところで玄関の扉が開いた。
ただし今度は開けてくれた人がいる。
黒くてシック、そしてシンプルなドレス姿の若い?女性で、言うまでも無くエルフ族みたいだから年齢は不詳だ。
服装的にもメイドさんというよりは、使用人女性で一番偉い家政婦長とか、いっそ侍女みたいな雰囲気。
その女性は俺に向かって頭を下げた後、『お二人は二階でお待ちです』とだけ言ってホールの右手階段を掌で柔らかく指し示した。
これがアルファニアの流儀なのか、エルフ族の流儀なのか、それともこの家独特のスタイルなのかは分からないけど、つまり、勝手に二階に上がって行ってくれって事だろうな。
用心は必要だけど敵と確定している相手じゃあ無いし、むしろシンシアの魔法の先生の一人で、しかも、かなりシンシアの才能に眼を掛けてくれていた年長者らしいことを踏まえると、ストレートな態度で接した方が良さそうだ。
示された階段を上がって二階の廊下に入ると、そこでシンシアが待っていてくれた。
「すみません御兄様、急にこんな事になってしまって...」
「シンシアは悪くないさ。一人で行かせたのは俺なんだしね。それに、あの『方位魔法陣』のことは褒めて貰ったんだろ?」
「ええ」
「お金になるかどうかよりも、シンシアが恩師から褒められたって事の方が俺は嬉しいな」
「御兄様!...」
シンシアは咄嗟に俺に抱きつこうとしたみたいだけど、ここが他人の屋敷の中だってことを思い出してギリギリのところで踏みとどまり、俺の上着のへりを掴むに留めた。
「じゃあ、俺もシンシアの恩師に挨拶しよう」
「はい!」
少し元気を出したシンシアが俺を先導して歩き、奥の部屋の前で立ち止まった。
ドアを軽くノックして中に声を掛ける。
「先生、先ほどお話しした私の御兄様、その...私の...婚約者をお連れしました!」
ソレってここで言う必要あるのかシンシア!
まあ隠すことじゃないからいいけど。
軽く『どうぞ』という声が聞こえたと同時にドアが開く。
どうやら、このドアも門扉と同じように魔導装置の類いで開け閉めしているらしい。
「失礼します」
「失礼しま...え?」
シンシアに習って礼儀正しく入室しようとした俺は、部屋の奥でにこやかに微笑んでいる『王宮魔道士』の先生を見て固まった。
魔道士らしいローブをフワリと羽織ったその女性は、とても寛いだ様子で椅子に掛けている。
そう、女性だ。
見た目の年齢的には、さっき玄関で出迎えてくれた女性よりも年上で、ショートカットの快活な感じの大人の女性・・・
「こんにちは、シンシア君の婚約者さん」
「ど、ど、どうも。ライノ・クライスと申ひます」
優しい、でも少しハスキーな声で話し掛けられ、それがまた一層の緊張を煽って、俺は思わずしどろもどろになってしまう。
しかも噛んじゃったよ。
「僕はパジェス、アニエス・パジェスだ。どうぞよろしく」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
「どうしたの、なんだか硬くなってるけど?」
「あ、いえ。すみません。あの、パジェス先生が想像と違っている雰囲気だったもので、つい...」
「あ、ひょっとして僕が女だって知らなかった?」
「えぇまあ」
「あれ? 言いませんでしたっけ御兄様?」
「聞いてないぞシンシア。絶対に聞いてない!」
「...ごめんなさい」
「いや、ちょっと驚いてパジェス先生に対して失礼な態度になっちゃったかもしれないけど...すみませんパジェス先生」
シンシアの恩師である『王宮魔道士』という言葉に、今日まで俺は勝手に『白髪で長い髭を蓄えた老人』的なイメージを頭の中で抱いていたのに、実物は対極にあると言って良いくらい違っていた。
でも、この人がもしもエルフ族の女性では無く人間族の男性だったとしたら、そういう雰囲気であったとしても、おかしくは無いように思える。
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