なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

文字の大きさ
上 下
824 / 922
第九部:大結界の中心

シンシアの恩師

しおりを挟む

上機嫌なシンシアの声が脳内に響く。

< ついでに先生には、『ミルシュラントにも輸出して構わないけれど、その場合は王都にあるシャッセル商会を通してください』と言っておきました >

< おお! でも、あれはシンシアの発明なのに、いいのかい? >
< 私たち二人の発明です御兄様 >
< それに頷けるほど俺は厚顔では無いよシンシア... >
< いいんです御兄様。先生には、ミルシュラント国内でもいずれは内製を始めるから、その際はあしからずと伝えてあります。そちらはリンスワルド家に渡せば良いかと >
< そうか...ともかく気遣ってくれて有り難うなシンシア >

< いえ。先生も『当然のことだ』と、ニコニコして頷いてくださいましたから...あ、先生が戻ってらっしゃいましたので、いったん切ります >

ホントにシンシアは気が利くよな・・・
シャッセル商会の資本はリンスワルド家だけど、表の代表はスライだ。

最初は『代表というのは建前で、名前だけ』ってノリだったけど、実際にはノイルマント村関連の資材購入や職人の手配とか、牛や羊と言った畜産の振興とか、シャッセル兵団による街道警備や輸送とかも全部、シャッセル商会を通して行っているから結構な金額が動くようになった。
ちなみに地元フォーフェンの商人達の間では、『莫大な資金源を持つ数百人規模の開拓団が新しい村を作ってる』という話がアッと言う間に広がったらしく、村の仕入れをとりまとめているフォブさんは、いまや事実上シャッセル商会のノイルマント支店長扱いだと聞いている。

スライは『代表っつても仕事がねえ』なんてブツクサ言いつつも、牧場開発の取り纏めに限らず、そういう仕組みの確立にも持ち前の知恵と手配力を発揮してかなり動いて貰っていたのだ。
だから、その見返りも含めて、代表であるスライの懐に商会の利益から相応の金額が入るようにしても悪くない気がするな・・・

そうしておけば、今後シャッセル商会の利益に連動してスライ個人の収入も増える訳で、ジェルメーヌ王女と結婚した後でもお互いの『実家』に頼る比率を大幅に下げられるはずだ。
パトリック王から新しく移譲される領地の経営を軌道に乗せるまでには、それなりに手が掛かるものだろうし、『子爵位』に支給される公金だけで『元王女』の暮らしぶりをこれまで通りに支えるのは大変だろうからね。

スライは俺のせいで問答無用に子爵にされちゃったけど、これで少しは埋め合わせになるかな?

++++++++++

ともかく、これで歴史書の入手は一段落したと安堵し、本を抱えたシンシアが門から出てくるのを待っていたが、一向に屋敷から出てくる気配が無かった。
さっきの様子じゃ王宮魔道士の先生とは良い感じに調整できたみたいだし、あの後トラブルが起きたとは考えにくい。

悶々としていると、またまたシンシアからの指通信が入った。

< あの御兄様... >
< うん、今度はどうした? >
< 御兄様も、この屋敷の中に入っていらっしゃいませんか? >
< え? >
< その...歴史書を受け取って辞去しようとしたら、先生から『ところで君は、何を調べて探し出すつもりなんだい?』と聞かれたので、『言えません』と素直にお答えしたら、『それは自分の独断では決められないって事だよね?』と、見抜かれました >

< ぉおぅ... >

< それで頷いたら、『だったらその人とも相談してごらん、僕が力になれるかもしれないよ?』って... >
< そこまで見抜かれてたか? >
< 最初から、何か特殊な事情があると察していたみたいです。と言いますか、そうで無ければ、『シンシア君が魔法関係以外のことに興味を持つはず無いからね』って言われてしまいました... >

不覚!
そりゃそうだよ、だってシンシアなんだもん!

以前の・・・少なくとも魔道士学校に留学していた頃のシンシアだったら、魔法関係以外のことに興味を向けていた可能性は恐ろしく低いってことを俺も理解しているべきだった。
逆に、相手の王宮魔道士先生は、シンシアのことをよく理解してる人だったんだろう。

うーん、そうなると直感的に、これ以上は誤魔化しを重ねない方がいいって気がするな。
相手は王宮に出入りできる、いや王宮魔道士としても特別扱いされてる感じの重要人物なんだし、ヘタに疑われたりしたら今後の探索自体に差し障りが出ないとも限らない。

< わかったシンシア。俺も姿を出すよ >
< はい。すぐに門を開けて貰うようにしますね >
< って言うか、俺たちが指通信で会話してることもバレてる? >
< ええ、『仕組みは分からないけど、なにか手段があるんでしょ?』と言われました >
< マジか! >

恐ろしい洞察力だよ・・・

ともかく、自分が立っている四つ辻の周囲に人目が無いことを確認し、不可視結界を解除して門扉に近づいた。
さっきシンシアが触っていたドアノッカー風の金属板に手を伸ばしたら、俺が触れる前に門扉がさっと開く。
人の門番が立っていない代わりに、なにか銀ジョッキ的な手段で門を見張っているのかもしれない。

そのまま真っ直ぐ玄関口に向かうと、ちょうど馬車寄せの屋根の下に踏み込んだところで玄関の扉が開いた。
ただし今度は開けてくれた人がいる。
黒くてシック、そしてシンプルなドレス姿の若い?女性で、言うまでも無くエルフ族みたいだから年齢は不詳だ。
服装的にもメイドさんというよりは、使用人女性で一番偉い家政婦長ハウスキーパーとか、いっそ侍女みたいな雰囲気。

その女性は俺に向かって頭を下げた後、『お二人は二階でお待ちです』とだけ言ってホールの右手階段を掌で柔らかく指し示した。
これがアルファニアの流儀なのか、エルフ族の流儀なのか、それともこの家独特のスタイルなのかは分からないけど、つまり、勝手に二階に上がって行ってくれって事だろうな。

用心は必要だけど敵と確定している相手じゃあ無いし、むしろシンシアの魔法の先生の一人で、しかも、かなりシンシアの才能に眼を掛けてくれていた年長者らしいことを踏まえると、ストレートな態度で接した方が良さそうだ。

示された階段を上がって二階の廊下に入ると、そこでシンシアが待っていてくれた。

「すみません御兄様、急にこんな事になってしまって...」

「シンシアは悪くないさ。一人で行かせたのは俺なんだしね。それに、あの『方位魔法陣』のことは褒めて貰ったんだろ?」
「ええ」
「お金になるかどうかよりも、シンシアが恩師から褒められたって事の方が俺は嬉しいな」

「御兄様!...」

シンシアは咄嗟に俺に抱きつこうとしたみたいだけど、ここが他人の屋敷の中だってことを思い出してギリギリのところで踏みとどまり、俺の上着のへりを掴むに留めた。

「じゃあ、俺もシンシアの恩師に挨拶しよう」
「はい!」

少し元気を出したシンシアが俺を先導して歩き、奥の部屋の前で立ち止まった。
ドアを軽くノックして中に声を掛ける。

「先生、先ほどお話しした私の御兄様、その...私の...婚約者をお連れしました!」

ソレってここで言う必要あるのかシンシア!
まあ隠すことじゃないからいいけど。

軽く『どうぞ』という声が聞こえたと同時にドアが開く。
どうやら、このドアも門扉と同じように魔導装置の類いで開け閉めしているらしい。

「失礼します」
「失礼しま...え?」

シンシアに習って礼儀正しく入室しようとした俺は、部屋の奥でにこやかに微笑んでいる『王宮魔道士』の先生を見て固まった。

魔道士らしいローブをフワリと羽織ったその女性は、とても寛いだ様子で椅子に掛けている。
そう、女性だ。
見た目の年齢的には、さっき玄関で出迎えてくれた女性よりも年上で、ショートカットの快活な感じの大人の女性・・・

「こんにちは、シンシア君の婚約者さん」
「ど、ど、どうも。ライノ・クライスと申ひます」

優しい、でも少しハスキーな声で話し掛けられ、それがまた一層の緊張を煽って、俺は思わずしどろもどろになってしまう。
しかも噛んじゃったよ。

「僕はパジェス、アニエス・パジェスだ。どうぞよろしく」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
「どうしたの、なんだか硬くなってるけど?」

「あ、いえ。すみません。あの、パジェス先生が想像と違っている雰囲気だったもので、つい...」
「あ、ひょっとして僕が女だって知らなかった?」
「えぇまあ」
「あれ? 言いませんでしたっけ御兄様?」

「聞いてないぞシンシア。絶対に聞いてない!」
「...ごめんなさい」
「いや、ちょっと驚いてパジェス先生に対して失礼な態度になっちゃったかもしれないけど...すみませんパジェス先生」

シンシアの恩師である『王宮魔道士』という言葉に、今日まで俺は勝手に『白髪で長い髭を蓄えた老人』的なイメージを頭の中で抱いていたのに、実物は対極にあると言って良いくらい違っていた。
でも、この人がもしもエルフ族の女性では無く人間族の男性だったとしたら、そういう雰囲気であったとしても、おかしくは無いように思える。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

レオナルド・ダ・オースティン 〜魔剣使いの若き英雄〜

優陽 yûhi
ファンタジー
じいちゃん、ばあちゃんと呼ぶ、剣神と大賢者に育てられ、 戦闘力、魔法、知能共、規格外の能力を持つ12歳の少年。 本来、精神を支配され、身体を乗っ取られると言う危うい魔剣を使いこなし、 皆に可愛がられ愛される性格にも拘らず、 剣と魔法で、容赦も遠慮も無い傍若無人の戦いを繰り広げる。 彼の名前はレオナルド。出生は謎に包まれている。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

2回目チート人生、まじですか

ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆ ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで! わっは!!!テンプレ!!!! じゃない!!!!なんで〝また!?〟 実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。 その時はしっかり魔王退治? しましたよ!! でもね 辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!! ということで2回目のチート人生。 勇者じゃなく自由に生きます?

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

初めての異世界転生

藤井 サトル
ファンタジー
その日、幸村 大地(ゆきむら だいち)は女神に選ばれた。 女神とのやり取りの末、大地は女神の手によって異世界へと転生する。その身には女神にいくつもの能力を授かって。 まさにファンタジーの世界へ来た大地は聖女を始めにいろんな人に出会い、出会い金を稼いだり、稼いだ金が直ぐに消えたり、路上で寝たり、チート能力を振るったりと、たぶん楽しく世界を謳歌する。 このお話は【転生者】大地と【聖女】リリア。そこに女神成分をひとつまみが合わさった異世界騒動物語である。

処理中です...