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第八部:遺跡と遺産
シンシアの出発前に
しおりを挟む部屋で皆と一緒に夕食を済ませた後、俺はオブラン卿に軽く状況を聞いてみたけど、どうやらパトリック王にとってもジェルメーヌ王女の申し立ては大歓迎だったらしい。
なんでもパトリック王は、勝手にスライのことを『ジェルメーヌ王女の婿にでもなってくれれば良いのに』と思っていたらしく、むしろ王女から希望が出た婚礼の話に喜んで飛びついたのだそうだ。
オブラン卿は、王家と繋がりを持ちたいだけの理由でジェルメーヌ王女を利用しようと考えていた貴族家の連中は落胆してスライのことを恨むだろうけど、それはどうと言うことも無い話だと斬り捨てていた。
ひょっとしてパトリック王はそこまで見越して、王女の中の誰かを降嫁させる相手として釣り合うように、スライを子爵に叙爵したのかな?
ま、さすがにそれは考えすぎか。
ともかく、パトリック王は今回の婚姻話に全面的に賛成・・・オブラン宰相に対しても、通常の手順は独断で端折って構わないから出来るだけ早く二人に結婚式を上げさせるように命じたと言うことで、厄介な手配に忙殺され始めているらしい。
丁度いいことに、俺とパトリック王との会見の日に貴族達から『嫁の斡旋』で詰め寄られていたスライは『実は公表してない婚約者がいる』と言い逃れていたから、その『公表してない婚約者が本当はジェルメーヌ王女だった』というシナリオで話を進めるそうだ。
オブラン宰相の苦労も多そうだけど、この先スライが怒濤のような日々に巻き込まれるを考えると、チョット同情しなくも無いかな?
++++++++++
スライからジェルメーヌ王女と婚約することになった経緯を聞かされた三日後、俺達は久しぶりにヒップ島を訪れた。
今回の目的は、『セイリオス号』の改修資材が一通り揃ったと言うことで、俺達の手が空いているうちにヒップ島へ運んでしまうことにしたからだ。
あれからスライがラクロワ家の伝手を使った怒濤の手配で馬車や人足を集め、アッと言う間にオービニエ造船所から資材一式を運び出してしまった。
今日はヴァレリアン卿の所有する郊外の倉庫でそれを受け取り、と言うか革袋に収納してヒップ島に運んで来たワケだけど、ただ資材を砂浜にポイッと出せば終了という訳には行かない。
そのためにアプレイスやシンシアにも一緒に来て貰った訳だけれど・・・
いまも乾ドックに乗せられているセイリオス号で俺たちがやるべきことは、斬り倒したマストの修復だ。
ヴィオデボラから脱出する時は走りながら斬った事もあって、水平に斬ったつもりでもよく見るとわずかに切り口が斜めっている。
船大工のスミスさんは、『ガフセールは少々マストが短くなっても構わない』と言うので、相談の上、いったん甲板の下で切り直すことにした。
つまり船底の支えから伸びていたマストが、いまは上甲板から少しだけ突き出て・・・俺の腰の高さぐらいまで残っているのだけど、これを二層目の甲板の処で水平に切断して余分を取り除く。
そこに繋ぐマストを上甲板の穴から差し込み、これも水平に揃えてからシンシアとマリタンが凝結剤で接着して一本のマストに戻すという段取りだ。
強度的には問題ないというマリタンのお墨付きだけど、この作業をやるとマストの高さが『人の背丈分』ほど低くなってしまう。
もっともスミスさんの話によれば、元の背丈が高いマストだからガフセールの付け方を調整すれば問題ないらしい。
慎重に水平を測りつつ三本のマストを中間で切断し、甲板部分の固定も外す。
余剰分の丸太は上からドラゴン姿のアプレイスが指で摘まんでポイッと抜き取るだけだ。
そこでぽっかり空いた甲板のマスト穴に、横桁を外したマストの残りを差し込み、アプレイスが慎重に支えている間にシンシアとマリタンが軽く仮固定・・・
それから、もう一度厳密に垂直を調整して、凝結剤でガッチリ固定すれば完成だ。
半日がかりでその作業を三回繰り返して、なんとかセイリオス号に再び三本のマストを立てることが出来た。
「いやはや、さすがは勇者さま御一行ですな。マスト三本の修復をわずか半日で済ませてしまわれるとは!」
スミスさんのセリフに、パーキンス船長とオルセン航海士がうんうんと深く頷いている。
「まあ、アプレイスのお陰ですけどね。普通だったら...いや普通はマストを切断するなんて事態は起きないでしょうけど。もし、ああいう修理をするとしたら、どれくらい掛かるモノなんですかスミスさん?」
「そうですなあ...修理とは違いますが、いまデクシーで建造されているキャラック船はこのアクト...いえセイリオス号よりもさらに大型で、メインマストは三本の木材を繋ぎ合わせて作られています。十分に乾燥させて歪みを取った木材を使いますが、その準備期間は省くとして...木材からマストを成形して接合、そして船体に立てて固定して横桁を取り付けと、作業全部でマスト関連には二~三ヶ月がかかりますな」
「おおぅ三ヶ月ですか!」
「それでもデクシーの造船所は設備が整っておりますから早いほうです。まあ、大型船を建造するには急いでも一年は掛かりますから、マストだけ早く仕上がっても意味がありません」
「それもそうですね」
「同時進行で横桁やセール、索網の類いも別々に作って、最後に船の上で合体させる訳ですな」
「なるほど....」
この後は立て直したマストに、改造した横桁を取り付け、そこに新しく縫い上げて貰ったガフセールを張るという大変な作業が残っている訳だけど、それは船員達だけでなんとか出来るそうだ。
ともかく見た目さえ大幅に変えて、ぱっと見で『元アクトロス号』だと分からないようにさえしてしまえば、後の細かい作業や修正・調整はオービニエ造船所に回航してからでも十分だからね。
ぶっちゃけスライも言うように、本当はセールを張らなくてもアルティントまで航行できるんだし・・・
++++++++++
ヒップ島でセイリオス号のマスト建て直しを終えて戻った翌朝、早速シンシアは自分のプラン通りにマリタンと二人でアルファニアへ向かって出発することになった。
色々と心配はあるけれど、これが一番合理的だというシンシアの主張はもっともだし、あまりグズグズしている訳にも行かない。
明け方に出発するシンシアを見送ろうと一緒に屋上庭園に出ると、そこで大人しく待っているシエラの背中に見慣れないモノが装着してあった。
「なんだい、シエラの背中のそれは...って、ひょっとしたら鞍か?」
シエラの背中全体と位置を鑑みると、一種の鞍のように見えなくもない。
もちろん、普通の乗馬用の鞍とはまるで違う姿だけど、シエラの巨大な背中に座りやすいポジションを造ろうとすれば、ああいう形状になるのだろう。
「はい、鞍です!」
「凄いな、いつの間に...」
「この前、シエラを小箱に収納する実験に成功した後です。あれからシエラを小箱の中に入らせたままヒップ島に跳んで、バシュラール家の施設を使ってこれを作ったんですよ」
「じゃあ革製とかじゃないんだな」
「素材としては凝結剤に近いですね。もっと柔軟性があって、魔力を通しながら力を加えていけば、形も自由に成形できますけど」
「へぇーっ!」
「それで、シエラの背中のデコボコの形に合わせて土台を造り、そこにクッションを収められるフレームを立てたって言う感じです。ヒップ島で試乗してテストしましたから問題ありません。乗り心地もいいですよ!」
「相変わらず凄いなシンシアは。そのアイデアと行動力と、どちらも併せて尊敬するよ!」
「そんな、私なんて御兄様に較べればまだまだです...」
俺は戦闘力の話をしていたつもりは無いので、思わず素で『なにが?』と言いそうになったけど、ぐっと飲み込んだ。
自分自身の中では近接戦闘以外にシンシアに優っているところが一つも思い浮かばないからと言って、素直にそれを伝えればシンシアはまた妙な気の使い方を始めるだろうし。
「それでは、アルファニアに向かいますね御兄様!」
「ああ、十分に気を付けてな」
「はい!
そしてシンシアはシエラの背に登ると、朝焼けの空に向けて意気揚々と飛び立っていった。
ルリオンから見てラファレリアはぴったり北西の方角にあり、そちらに向けて飛んで行くシエラとシンシアは背中に朝日を浴びている。
なんとも形容しがたいその美しさに、しばらく見蕩れていたのはナイショだ。
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